声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。日曜日ですね。

今回は材木座と陽乃さんたちの戦い。

楽しんでいただけると嬉しいです。


96.声を無くした少年の、最後の戦い 4

「ガハッ!?」

 

 激しく床に打ち付けられ、半分機械と化した肺から空気が押し出される。

 

 おそらくは端末が爆発した余波だろうその衝撃に、全身の義体が軋んでいるような錯覚を覚えた。

 

 立て続けに視覚センサーに表示される赤い文字、特に緩衝材になったスーツの強度低下の警告が喧しい。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 アクチュエーターに気合を込め直し、なんとか立ち上がる。

 

 ややノイズがかっていた視界が元に戻るまで待ち、正面を見ると……そこは火の海だった。

 

 予想通り端末は木っ端微塵に破壊され、火は近くの露出した配線に火花が散った所から引火したのだろう。

 

 そして、下手人はといえば……

 

「krrrrrrrrrrr」

「これは……また随分と奇怪な」

 

 一言で表すとするならば、それはスライムのような人外であった。

 

 おおよその形状こそA.D.S.と同じであるものの、全身が半透明の粘膜に覆われており、その中に一層濃い色の中身がある。

 

 背中から伸びる無数の触手は、それ自体が意思を持っているかのように不気味に揺れていた。

 

 緊急停止プロトコルを起動した状態でロックした今、彼奴を相手にする理由はない。

 

さっさと退散させてもらおう。

 

「斬り甲斐がありそうだが、失礼させてもらう!」

 

 効くかどうかわからないが、手のリパルサーから光を放射して目くらましをする。

 

 その間に踵を返し、生産フロアから退避しようとした瞬間ーー視界に警告が表示される。

 

 

 

《警告:回避が不可能な速度の攻撃が接近。緊急防御を推奨》 

 

 

 

「何!?」

 

 叫びながらも咄嗟に振り向いてナノブレードを起動したのは、幸いだっただろう。

 

 甲高い音を立てて、前に掲げたブレードの腹に激しい衝撃がいくつも走る。

 

「ぐぅ!?」

 

 あまりのパワーに後ずさると、ナノブレードを置いた場所であの触手たちが蠢いていた。

 

 その奥には、平然と立つスライム型のA.D.S.が奇妙な鳴き声を上げてこちらを見ている。

 

「……なるほど、視覚的な弱体化は無意味か」

 

 目のような窪みはあるものの、単なる飾りということだろう。

 

 であれば、彼奴は何を頼りにこちらを感知している?音?それとも匂いか?

 

「krrrrraaaaaaaaaaa!!!」

「考える暇は与えてくれんか!」

 

 触手が膨張して、凄まじい数に分裂し襲い来る。

 

 ナノブレードを握り直し、迎撃モードに戦闘システムを切り替えてスライム型に向けて走り出した。

 

「ふっ、はっ、せやぁっ!」

「KAaaaaaaaaaaa!」

 

 右から左から、はたまた背後に回り込み、自在に伸び縮みしながら触手達は我を刺し貫かんと迫る。

 

 弾道予測システムを応用して致命的な箇所はブレードで塞ぎながら、それ以外のパワーを足に回して避けた。

 

 

 

《攻撃の軌道を学習中:23/100%》

 

 

 

 その間に、縦横無尽に駆け巡る触手の動きをデータにして少しずつ蓄積していく。

 

 こやつは詰まるところ、一言で言えば兵器だ。

 

 つまり不規則なように見えて、その実インプットされたものに従い攻撃を放っている。

 

 その規則性さえ学習できれば、勝機はこちらのもの……

 

 

 

 

 

 

 

ゾクッ

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 悪寒を感じたのは、勝ちを確信したその瞬間であった。

 

 システムではなく、自らの意思によってその場で後ろに転がる。

 

 その判断は正解だったようで、我のいた場所に奴が触手の一つから自らの体色によく似た色の液体を噴射した。

 

 液体が床に触れた瞬間、凄まじい速度でその場所が溶け落ちていく。

 

「腐食性の毒液……腐姫殿のものに酷似したものか」

「krrrrrrrr!」

 

 奇声をあげ、さらなる追撃を仕掛けてくるスライム型。

 

 

 

 

 

 それから、彼奴の攻撃は苛烈さを増した。

 

 

 

 

 

 触手によるラッシュに加え、毒液を水鉄砲のように噴射してくるのだ。

 

 それだけでなく、それまで刺突だけだった職種が剣のように鋭くなったかと思えば、寄り集まって拳のようにもなる。

 

 おまけに斬撃やリパルサーではダメージがないのか、いくら触手を破壊しようともすぐに元に戻る。

 

 

 

《攻撃の軌道を学習中:64/100%》

 

 

 

「ぬぅ!?」

 

 くっ、情報量が増えたせいでデータ収集が遅れておる!

 

「kriririraaaa!」

「づっ……!」

 

 腹めがけて放たれた触手をいなすも、脇腹をかすめる。

 

 その隙を狙って放たれた毒液を首をひねって回避、被弾を逃れる。

 

 あんなものがもし義体の回路の中に入り込めば、一発で終わりだ。生命維持すら危うくなる。

 

「kjuuaaaa!」

「ええい邪魔だっ!」

 

 焦りを覚えながら、死角から迫ってきた剣型の触手を見ずに撃ち落とす。

 

そして数度目の接近を試みた。

 

「ぜぇええいッ!」

 

 迎撃しようとする触手をもう片方の刃を出して一刀両断し、手の甲からブレードを展開すると心臓部めがけて射出する。

 

 しかしそれは、横合いから伸びてきた五本の触手による毒液の放射で到達する前に溶かされた。

 

「kraaaaaaaa!!!」

 

 ナイフを溶かした触手たちは、次はお前と言わんばかりに毒液を撃ってくる。

 

「チィ、小癪なぁ!」

 

 ボムナイフを全て取り出し、スイッチを押して投げて後退する。

 

 即席の盾がわりとなったボムナイフは、制御装置でもあった外装が溶けた瞬間爆発した。

 

「giigigigiuiuiaaaaaaaa!!!???」

「……!?」

 

 その時、初めて奴が悲鳴のような声をあげた。

 

 視覚センサーをズームして見ると、炎の花が咲き乱れる中で、もがき苦しむように触手を振り回している。

 

 なぜだ?これまで一切の攻撃が通用しなかったのに、どうしていきなり……

 

「……もしや、火か?」

 

 奴の弱点が、火だとすれば。

 

 いや待て、そうなるとこの火の海の中で最初から苦しんでいなければおかしい。

 

 

 

 では、現れた時と何が違う?

 

 

 

探せ。

 

 

 

 記録を洗い出せ、予測システムを働かせろ、なんでもいい、一つでも相違点を見出せ。

 

 

 

 そして脳と融合したメモリの中と演算システムをフル稼働させた結果……ある一つの結論に思い至る。

 

 

 

「……これに賭けてみるか」

「giguraaaaaaaaaaaa!!!!」

 

 こちらの処理が終わった瞬間、あちらも復活する。

 

 自分に痛痒を与えた存在が許せないのだろう、深淵の業火のごとき怒りの目で我を睨みつける。

 

「さあ化け物よ、決着といこうではないか!」

「agagagaaaaaaaaa!!!!!」

 

 それまでにない絶叫とともに、最大にまで増やされた触手が襲いかかってくる。

 

「おおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!」

 

 我もまた、熊のごとき咆哮ととともに走り出した。

 

 残存エネルギーを全て使い、地獄の番犬もかくやというスピードで一直線に奴に向かい疾走する。

 

 弾道予測システムをあえてオフにし、高性能な視覚センサーによって最低限の触手を切り捨てる。

 

 当然被弾率は上がり、触手はプロテクターの表面を削るだけにとどまらず、中まで抉り義体を傷つける。

 

「まだまだぁぁあああああああああ!!!」

 

 それすらも気にせずに、破損の報告をしてくるシステムを無視してひたすらに突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 残り三歩分。触手に貫かれ、片足のアクチュエーターが機能を停止する。

 

 

 

 

 

 

 

 残り二歩分。触手をより集めた攻撃により、背面にあった義肢の神経接続が半分麻痺する。

 

 

 

 

 

 そして、あと一歩。下から迫ってきた触手に動かなくなった右腕が肩口から吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「でやぁあああああっーーーーーー!!」

 

 それでも、どうにかたどり着いた奴めがけて、握りしめた左の拳を繰り出した。

 

 だが、ズッ、という音とともに体に何本もの触手が突き刺さり、あと数センチのところで体が止まる。

 

「ぐっ、ふっ……」

 

 視覚センサーをアラームが埋め尽くす。

 

 筋肉断裂、複雑骨折、義体と肉体との接続断絶、内臓損傷、大量出血、義体部からのエネルゴン漏れ、etcetc。

 

 ええい、うるさいわ……わざわざ教えられずとも、我が命の灯火が薄れていることくらい承知だたわけ。

 

「kikikikiki」

 

 アラームの嵐と激痛でおかしくなりそうな中、奴の嘲笑う声が聞こえた。

 

 見上げれば、奴は濁った緑色の中身に醜悪な笑みを浮かべていた。

 

 明らかにこちらを見下した奴は、我の頭上に毒液の触手を集めると一つにする。

 

 そして、その発射口を下……つまり俺に向けた。

 

 ドク、ドク、と背中の塊から、毒液が触手の中を伝ってくる音が聴覚センサーに引っかかる。

 

 その音にどこか、最初に死にかけた時の自分の心臓の音を思い出した。

 

「kukakakakakaka」

 

 可笑しそうに笑った奴は、いよいよ発射口を我をすっぽりと覆えるほど大きく開き、そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それを待っていたぞ、馬鹿め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バシュッ!!という点火の音とともに、握っていた拳が手首から放たれる。

 

 ロケットパンチのごとく飛び出した拳は、大口を開けていた触手の中に入り込み、管を伝いーー

 

「さらばだ、我がこれまでの戦いの中でもとびきりの難敵よ」

「giーーーーーーーー!?」

 

 わずかな断末魔の後に、大爆発。

 

 ゼロ距離で凄まじい衝撃と爆炎、内側から飛び散るやつの肉片を受け、我は吹き飛ぶ。

 

 A.D.S.を保管したビーカーにぶち当たり、ガラスを突き破って中身と一緒に床に落ちた。

 

「ゲホッ、ゴホッ、ゴブッ……」

 

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、ありとあらゆる感覚がショートを起こしている。

 

 視界は激しく明滅を繰り返し、耳は歌のような高音を聞き、肌は熱さと冷たさを同時に感じる。

 

 おまけに血とエネルゴンと鼻水を煮詰めたような最悪の臭いと味をしばらく堪能し、それが消えたのは30秒も後のことだった。

 

「や、奴、は……」

 

 かろうじて動く左腕を使い、壁にもたれかかる。

 

 奴のいた場所を見るとーーそこには、炎の庭園の中で跪くやつの下半身があった。

  

 いくら凝視しようとも、復活する兆しはない。

 

「……ふっ、やはり我の目論見通りだったか」

 

 最初は出していなかった毒腺のある触手を出した途端に火に苦しんだということは、つまりあの毒液は可燃性だったのだ。

 

 油のような性質を持っていると予測した我は、ボムナイフを握りしめた左手を奴の中で自爆させた。

 

「結果は上々、と言いたいところであるが……爆発までに回復できるといいがなぁ」

 

 津西殿に頼んで特殊改良してもらった我の携帯したナノマシンは、義体の修復にも使える。

 

 しかし、元が相当穴だらけであるためか、なかなか治るのが遅い。

 

「はは、まるであの夜のようだ……」

 

 また、あの日を思い出す。

 

 自分の手で、失うまで居場所だと気づかなかった居場所を失い、その代償を支払った日。

 

 何もかも失って、あいつに助けられて、機械の体を手に入れ。

 

そして、同じ病室の中で彼女に出会いーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……待っていてくれ、一色嬢。俺は、必ず……帰……る……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「グラァアアアアア!!!」

 

 咆哮とともに、唸理をあげながら暴れまわる極太の腕と尻尾。

 

「シィッ!」

 

それらを躱し、疾く、風のように刃を振るう。

 

 狙うのは鱗が薄い手首の関節、そして頭を動かすために筋肉が少ない首筋。

 

 それでも人間の数倍はあるものの、組織の技術の粋を集めた装備と私の技が堅牢な鎧を突破させる。

 

「グガァアア!!!」

「くっ!」

 

 しかし、瞬時に再生した手に光る鉤爪でナイフの刃を折られる。

 

 明後日の方向にかっ飛んだ刃は、壁に既にいくつも突き刺さった他の刃の仲間入りをした。

 

 得物を失い、関節技などかける意味がないので、やむを得ず後退する。

 

「ガァ!!」

「あら、しつこい男は嫌われるわよっ!」

 

 なおも追いすがろうとしてくるA.D.S.を、ホルダーから取り出した最後の呪符を投げ打つ。

 

 相手の足元で弾けた呪符は、強力な雷を発生させて動きを阻害した。

 

「ふぅ……これで打ち止めかぁ」

「平気ですか?」

「なんとかね。そっちは?」

 

 折れた刃を排出し、最後のナノマシンを使って直しながら尋ねる。

 

 海老名ちゃんは肩をすくめ、銃を上に傾けた。

 

 最後の弾倉か……まあ、あれだけサポートしてくれてたらそりゃあ弾も尽きるわよね。

 

 私も支給された装備は使い果たし、神通力の使えない時のために自前で用意した呪符や小道具も枯渇。

 

 はっきり言って、手詰まりに近い。

 

「しかもあいつ、硬くなってるわ。再生も速くなってる」

「こっちの攻撃に適応する習性があるみたいですね」

 

 上限はあるでしょうけど、それを待つほど悠長にはしていられない。

 

 タイマーを見れば、残りは五十分。随分と長い間戦っている。

 

いざとなれば、〝あれ〟も使うしか……

 

「ひとつ、アイデアがあります」

「ほんと?この際なんでもいいわよ、よっぽど馬鹿げた作戦でも構わないわ」

 

 硬い声の海老名ちゃんに、なるべく気負わないよう軽口で返す。

 

 仮面の下で笑った気がする彼女は、油断なく敵を見据えながら作戦を語り始めた。

 

「私の毒で、奴の細胞を内側から腐食させましょう」

「つまり、細胞の再生組織そのものを破壊するということ?」

「そうです」

 

 なるほど、確かに治癒能力そのものを腐らせてしまえば、もう治ることもない。

 

 正直終わりのないデスマーチにも飽き飽きしていたところだ、それで終わるなら楽ね。

 

 しかし、そうなるとよほど深い場所……すぐには切り離せないような場所でなければダメよね。

 

「どこかに再生能力の中枢があるはずですから、そこを叩けば……」

「それなら頭よ。他より少しだけ再生が速い」

 

 極限の戦闘状態の中でも、情報収拾は怠らない。こちとら諜報には自信があるんだもの。

 

 それに、唯一奴が他よりも傷を受けるのを倦厭していた節があった。まず間違いないだろう。

 

「わかりました。一撃で仕留めるので、意識を引いていてもらえますか?」

「オーケー」

「グラァアア!!」

 

答えた瞬間、目の前でA.D.S.が雷を打ち破る。

 

 それを見据えて、私は低くしていた姿勢を正して不敵に笑んだ。

 

「それなら私も、出し惜しみは無しでいきましょう」

 

 隣で、海老名ちゃんの雰囲気が少し強張る。

 

 心配してくれているのだろう可愛い部下の腰を軽く叩き、自分の内側に意識を向けた。

 

 長時間に渡る激しい戦闘で、体力は消耗しているが……

 

「これならまあ、そこそこは保つかな」

 

 自分の状態を冷静に判断して、自分に許可を下してナイフをホルダーに収める。

 

両手を重ね、胸に置く。

 

そして、一言呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「〝転力剛身(てんりきごうしん) 〟」 

 

 

 

 

 

 

 

 言霊を紡いだ瞬間、大きな力が自分の中でうねりを上げる。

 

 まるで、体を丸ごと塗り替えられていくような感覚。自分が全く別のものに成る陶酔感と快感。

 

 その衝動に身を任せ、しかし暴走しないようにしっかり手綱を握りながら、全身に行き渡らせていく。

 

 体内で一つの輪廻のように私の中で満ち満ちて、ついには外に溢れて放電現象を引き起こした。

 

 

 

 やがて、放電が収まる。

 

 

 

 浮いていた髪が肩に落ち……ゆっくりと目を見開いた。

 

 仄かに金色がかった視界。先ほどよりもずっとクリアに見える。

 

その端で、金色の尾がいくつも揺らめいた。

 

「グルル……」

 

そんな私に、あいつが低く唸る。

 

 あいつ自身に自我がなくとも、遺伝子に刻まれた生物としての本能が恐れているのだろう。

 

 今、あいつは明らかに私に()()()()()

 

「……行くわよ」

 

 小さな宣言とともに、一歩踏み出す。

 

 その瞬間には既に、あいつの目の前にいた。

 

「ッ!!?」

「遅い!」

 

 知覚されるよりも前に、鳩尾に神速の拳を一発。

 

 たったそれだけで、腹部の外皮が肉ごと弾け飛んで内臓とご対面した。

 

 まるで拳の摩擦に耐えきれずに溶けたようだ。実際その通りなんだけどね。

 

「グ、ギッーーーー!!???」

「はぁあああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 それまでやっていたように、最高速の攻撃による蓮撃。

 

 

 

 

 

 しかし先ほどまでと違うのは、どれも一撃必殺の威力を持っていること。

 

 

 

 

 

 拳を叩き込めば堅牢な体に風穴が空き、蹴りを入れれば強靭な骨を粉砕し、金尾を振るえば四肢が宙を舞う。

 

 

 

 

 

 まさしく必殺必死、幼少から教え込まれた一家相伝の殺術で完全に動きを封じる。

 

 

 

 

 

 時間が経てば経つほど向上していく再生能力があるのなら、再生する隙など与えない!

 

 

 

 

 

「ガァアァァァアアアア!!!!????」

「ぜぁッーー!!!!」

 

 絶叫する奴が達磨状態になったところで、裂帛の気合を込めた掛け声とともに渾身の踏み込み。

 

 金尾を床に突き刺し、全身全霊で繰り出すのは最高の正拳突き。

 

 それによって、ありとあらゆる外皮、筋肉、骨格、全てが吹き飛び、歪な脳味噌が露わになった。

 

今が千載一遇のチャンス!

 

「腐姫ちゃん!」

「はいっ!」

 

 私の尾を踏み台に、無防備に宙に浮く奴めがけて海老名ちゃんが跳躍する。

 

「せいやぁッ!!!」

 

 剥き出しの弱点めがけて、鋭い手刀が突き込まれる。

 

 私から見ても美しい軌道を描いたその一撃は、確かにズプリと奴に突き刺さった。

 

 そのまま着地した海老名ちゃんは、手を突き刺したままの奴を床に押し付ける。

 

「ッ……!!!」

 

 なんと、その状態でも奴は恐るべき生命力で激しくもがいた。

 

 それどころか、徐々に胸の部分から再生を始める。なんて性能!

 

「ぐ、うぅううう!!!」

 

 だが、海老名ちゃんも負けじと錆色に変色したもう一方の手も突き刺してさらに押さえ込んだ。

 

 拳を突き出した体勢のまま見守ること、数十秒。

 

 しつこく生き延びようとしていた奴は、小さな声をあげ、海老名ちゃんの手の中で動かなくなった。

 

「っはあ、やっと死んだ……」

 

 大きく息を吐き出して、海老名ちゃんは手を引き抜くと尻餅をつく。

 

 同時に、私の〝力〟の限界がやってきて、ふっと体の中に満ちていた力が霧消した。

 

 かろうじて残った体力で、どうにか膝をつくと壁に体を預ける。 

 

「あー、ほんっと厄介だった……腐姫ちゃん、疲れたよー」

「お疲れ様ですー……」

 

 

 

〝転力剛身〟。

 

 

 

 生命力を神通力に変換して、一時的にご先祖様……()()()()の力を借り受ける降霊術の応用技。

 

 雪ノ下家の姉に代々受け継がれてきた奥義であり、その力は折り紙つき。私の切り札の一つでもある。

 

 欠点は致命的に燃費が悪い。今回はギリギリもったけど、ほぼ万全の体力じゃないと命さえ削れる。

 

「ふふ、はやはちを見て疲れを癒したい……」

「あはは、私は義弟くんと妹が仲睦まじくしてるのを見たいなー」

「そのためには、任務を終わらせないとですね」

「そうだねー……よっこらせ、っと」

 

 少し休憩して回復した体力で、なんとか立ち上がる。

 

 同じように立った海老名ちゃんに肩を貸してもらいながら、扉の端末に近づいた。

 

『パスワードを入力してください』

「はいはい、おきまりの文句はいいから」

 

 ガントレットを近づけ、材木座くんから受け取っていたコードを送信する。

 

 すると、あっさりと三重の扉は開いた。どうやらあの言葉は本当だったみたいだ。

 

「ここが動力源……」

「なんというか……すごいですね」

 

 中に入って目の当たりにしたのは、おおよそオーバーテクノロジーの塊のようなエンジンコア。

 

 以前見た《地球外知的生命体六号》の宇宙船に匹敵するそれに、なんだか面白くなって二人で軽く笑った。

 

「さて、お仕事しよっか」

「そうですね」

 

 コアを整備するために設置されただろう梯子を登り、コアに接近する。

 

 間近に見ると、改めてとんでもない代物ね。あの頭の固い方のプライムさんも驚くんじゃないかしら。

 

 腰から爆弾を取り外すと、残り42分を示すタイマーを見てその五分前に起爆までの時間をセットし直す。

 

 それから海老名ちゃんと協力し合い、エンジンコアのなるべく奥へと取り付けた。

 

「よし、これで任務完了。男子組と合流しよっか」

「休憩しなくて平気ですか?」

「大丈夫大丈夫、あまりお姉さんを見くびらないことよ?」

 

 我ながら強がり以外の何物でもないことを言いながら、海老名ちゃんを伴ってエンジンルームを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り時間はーー39分と、28秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきまりがとうございます。

はい、ということで武闘派な陽乃さんと、誰だお前な材木座でした

コメントをいただけると嬉しいです。

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