声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。

今回、決着。

楽しんでいただけると嬉しいです。


99.声を無くした少年の、最後の戦い 7

 

 

 

 ズッドォオォオオオオン!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの声が聞こえた瞬間、轟音と共にモニターが閃光に包まれる。

 

 次いで、それまでよりもっと大きな振動が実験室を……いや、この研究所全体を襲った。

 

「何が起こった!?」

 

 奴の混乱した声が聞こえる。

 

 それは俺も同じだった。い、いったい何が起きたんだ?

 

「──なッ!? 私の《種子》が破壊されている!?」

『……な、に?』

 

 もう一度モニターを見ると……そこには、宇宙空間で木っ端微塵になった、《種子》があった。

 

 無残に無重力空間を漂う《種子》の破片に、思わず気怠い目蓋を全開まで見開く。

 

『何、が……』

《──テステス。聞こえますか、先輩?》

 

 通信機から、声が聞こえた。

 

 ややノイズ混じりのそれは、ここにおいては聞こえるはずのない人物のもの。無意識にそう判断する。

 

《こちらオンリー。地上からの緊急回線で交信しています。まだ耳は使えますか?》

 

 いろ、は……?

 

『どう、して、お前が……』

 

 ありえない人物からの通信に、全身に驚愕と困惑の震えが走っていく。

 

 思わず身じろぎすると、その拍子に壁で擦れた通信機が耳から外れる。

 

 

 

《それはもちろん、私のおかげさぁ!!》

 

 

 

 ぽとりと床に落ち、勝手にスピーカーモードになった通信機から聞こえてきたのは──ドクターの声だった。

 

『ドクター……』

《材木……おっと、ウッドくんがそのフロアのシステムをハッキングしてくれたおかげで、こちらから彼のネットワーク経由でアクセスできたのだよ。いやなに、造作もない作業だったさ』

 

 もし俺に声があれば、ハッと呆れ笑いが漏れたことだろう。

 

 さすが、技術力においては俺が誰より信頼する人だ……まさかこんな場所までハッキングするとはな。

 

「その声……どうやら元気そうですね、我が姉よ」

《そちらも元気そうだな、愚弟よ。残念だが、君の《種子》とやらはこちらの優秀なスナイパーの手で破壊させてもらったよ》

 

 スナイパー……こんなとこに正確に射撃できるような狙撃手は、俺は一人しか知らない。

 

 あのバカ後輩、謹慎中だってのに勝手なことしやがって……始末書書くの、誰だと思ってんだ。

 

 あとは、千葉支部に保管されてた《惑星間粒子砲》の使用報告書か。帰ったらまた事務仕事の山だな。

 

 心の中で悪態をつきながらも、俺の大切なものを間一髪のところで守ってくれた友に心底感謝する。

 

《全く、バカなことを考えるものだよ。この世界全てが地獄に変わったとて、人類の規範は変わらない。知性がある限り、我々のような異端なる天才への迫害も嫌厭も、排斥も消えないというのに》

「フン、たかが人間の一人ごときに絆され、才能への探求を放棄した愚かなあなたに説かれる道理などありはしません。地下に閉じこもって人類のためなどに働くなど、まさに奴隷ではありませんか」

《いやいや、それが割と楽しいものだよ。ここにはいくらでも研究資金も、材料もある。ついでに小言を言ってくるありがたい助手もね。案外この狭苦しくて退屈な規範も居心地のいいものさ》

 

 通信機越しに、奴とドクターが会話とも呼べないようなやり取りを交わす。

 

 初めて見る奴の嫌そうな表情に、なんとなく胸がスカッとした。いやリアルに穴空いてるけどね。

 

 しかし、平行線だと思ったのだろう。奴は忌々しそうに鼻を鳴らすと、まだ余裕がありげに笑う。

 

「まあいいでしょう。たとえ破壊されたとて、たった一つの《種子》を失ったに過ぎない。すぐに我が楽園から全ての異物を排除し、次の《種子》を準備すればいいだけの話です」

《それを許す私ではないと、愚弟のお前でもわかるだろう?》

 

 プシュッ、という音とともに、壊れかけのガントレットが展開する。

 

 驚いて右腕を見下ろすと、パージした部分から何かの注入器が出てきて、俺の腕に突き刺さった。

 

 数秒かけて投与され、全て使い切ると、役目を終えたのか、ガントレットごと外れて床に落ちる。

 

 ドクンッ、と心臓が大きく脈動したのは、その次の瞬間のことだった。

 

「っ!?」

 

 なんだ、これは……体の中から、気だるさが消えていきやがる。

 

 ブレードから血管に侵入した毒のせいで弱っていた内臓の痛みが消え、小さな傷のみではあるが再生が始まった。

 

「これは……一体何をしたのです?」

《なに、そのような武器を支給するのだ。奪われた場合の対応策を用意しておくのも常識だとは思わないのかね?》

『オ、オオォォォォォッッッ!!!!!』

 

 溢れ出る力のままに、最後の気力を振り絞って立ち上がた。

 

 勢い余った体をブレードで留め、ただでさえ肺が片方オシャカになって苦しい呼吸を阻む首輪を引き千切る。

 

《彼のスーツには毒素を中和し、かつ再生力を一時的に引き上げる薬を隠しておいたのさ。あのウィルスの研究をしていたのは、お前だけではないよ》

「おのれ、愚かにも人類への隷属に堕するだけでなく、余計なことを……!」

「ハァ、ハァ……!」

 

 荒い息を吐きながら、奴をこれでもかと睨みつける。

 

 まるで体の底から力が湧いてくるようだ。これならばまだ、俺だけでも戦うことはできそうだな。

 

 後の副作用が怖いが、今は目を逸らそう。あの人の薬とかエグいフィードバックがあるに違いない。

 

《では、エージェントオクタに命じる──この惑星を、守護せよ》

 

 ……了解。

 

「く、くひははははははははははははは!!!だからどうしたというのです!?たとえ今更になって立ちがろうが、我が力を前にしてそんな状態で勝てるとでも!?」

「…………」

 

 首輪をとった以上、もう話すことはできない。

 

 だから、その代わりに全力で馬鹿にするように笑ってやった。

 

 この状況であくまで笑う俺に、奴の狂笑がわずかに困惑を含んだものになる。

 

 

 

 俺たちはノスフェラトゥ。

 

 この混沌たる世界において秩序を保つ、人と化け物を守る折れ不の刃。

 

 次は両足がもげようが……たとえ頭一つになったとしても、その喉元に食らいついてやるよ。

 

「……忌々しい。忌々しい忌々しい忌々しい!たかが道具の分際で、この私に楯突こうなど!」

「……!」

「そもそも勘違いしているようですが、まだまだ予備の《種子》はあるのです!そしてこんなこともあろうかと、すでに一つは準備してある!」

 

 奴がリモコンを操作すると、他の発射口の映像に切り替わって、さっきのとは別の《種子》が映された。

 

「あなたたちの努力は無駄に終わるのです!はい残念、さようなら!」

 

 俺たちをコケにしながら、奴がボタンを押そうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──話すの長すぎてウザいよ、オッサン♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、後ろから声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 パンッ、と乾いた音が鳴り響く。

 

 何かが頬をかすめていったと思えば……腕を掲げた奴の胸に、穴が空いている。

 

「な、に……?」

 

 呆然と奴が見下ろすと、強靭な筋肉の鎧を貫通した何か、その痕から一筋の血が白衣の上を伝っていく。

 

 それを見た途端、奴の体が小刻みに震え始めた。

 

 かと思えば、驚いて固まった俺の前でみるみるうちに人間の姿に戻っていき、あまつさえ吐血までする。

 

 かと思えば、手の中からリモコンが滑り落ち、次いで奴自身がその場で倒れた。

 

「……?」

「な、なぜ、我が力、が……」

「あっはははは、いいカンジの顔ぉ♪その顔をずぅ──っと見たかったんだよねぇ」

 

 また、聞き覚えのある声。

 

 だが、さっきいろはの通信を受けた時とは違って──背中を這い回られるような悪寒を感じた。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと振り返れば……そこにいたのは、やはりあの女。

 

 

 

 

 

 サイドにくくった、先端に向けて薄くなる白に近い金髪と、ガラス玉のような、底冷えする冷たい瞳。

 

 平均以上に整った顔には恍惚の表情が浮かび、唯一違うのはくノ一みたいな格好と……手に持った銃らしきもの。

 

 その銃口は俺を通り越して奴に向けられていて、奴を撃ったのがあいつだとわかる。

 

「き、さまぁ……! 試作品、四号……!」

「うわっ、そんなダッサい呼び方やめてくれない? 今の私には、新月(さつき)っていうご主人様からもらった可愛い名前があるから」

 

 試作品、だと……?

 

「く、ひひひひ…………まさか、君までも、彼らの側、とはねぇ……」

「はぁ? 勘違いしないでほしいんですけど。確かに兄さんと、そっちで寝てるおバカな弟は好きだけどぉ、あんな無能な組織とかマジ無理だし」

 

 兄さんって……え、それ俺のこと?

 

 つーか弟もわからん。八兎のこと言ってんの?もしかしてこいつも俺のクローンなのか?

 

 女型までいるとか聞いてねえぞ……

 

「私はあんたの苦しみもがく姿を見に来たのとぉ、ご主人様の命令で兄さんたちの手伝いしにきただけ。あんな腑抜け共と一緒にしないでくれるぅ?」

「わ、私に、何を打ち込んだ……」

「あ、これぇ?これはねぇ、あんたのウィルスを死滅させるワクチン」

 

 このウィルスを、抑えられるワクチン。

 

 聞き覚えのある単語に、心臓が跳ねる。

 

「兄さんには、馴染み深いですよねぇ?」

 

 そういって、こちらにウィンクしてくる新月とやら。

 

 あいつの手に握られた銃を見て、俺はあの人がしてくれた、最後まで気づけなかったお節介を思い出す。

 

 俺はあの人に、まだ人間でいさせられていた。最後には無駄になって、自分で踏みにじってしまったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………っ、まさ、か。生きてる、のか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、そんなはずは……ないか。

 

「まあ、せいぜい這いつくばっててください。その方がお似合いなんでぇ」

「く、そがぁ……!」

 

 悪態を吐く奴に、新月はつかつかと歩み寄る。

 

 俺の横を通り抜け、沈黙している八兎を無視して、奴の取りこぼしたリモコンを手に取った。

 

「よっと」

 

 そして、なんでもないように握り潰してしまった。

 

「はい、これでおしまい。あなたの野望は終了。お疲れ様でしたぁ♪」

「貴様ぁ、よくも我が素ン晴らしい理想郷への道をぉ…………!」

「うーわっ、いい歳こいて理想郷とか引くんですけど」

 

 マジで軽蔑してそうな顔をして、新月は奴の前にしゃがみ込む。

 

「ほんと、ウッざいです⭐︎」

 

 そうすると、輝くような笑顔でそう言い放った。

 

 奴の表情がみるみるうちに変化していく。俺が言えた義理じゃないが、まるで鬼みたいな形相だ。

 

 さっきまでの俺みたいに歯ぎしりする奴を捨て置き、新月が今度は八兎に近づく。

 

 おい、と言おうとするが、やはり首輪がないと話せもしなかった。

 

「あーあ、弱っちいのにいっちょまえに気張っちゃって。困った弟ですねぇ」

 

 嘆息しながら、八兎のことを片手てひょいと持ち上げる。

 

 そんな状況でないとわかっていながらも、細い体のどこにそんな力があるのかとあんぐりとした。

 

「じゃあ、このバカ弟は脱出ポッドに乗せとくんで。頑張ってくださいね、兄さん♪」

 

 八兎を背負った新月は、ニコリと笑うのと共に無数の蝙蝠へ変身した。

 

 そのままもう一度俺の横を通り抜けると、扉をぶち破った入り口から外へと出ていく。

 

 ……吸血鬼だったのか、あいつ。

 

 もしかして特化型のA.D.S.の試作品とかなんだろうか。

 

 

 

「ま、だ、だぁァァァアアア!!!」

 

 

 

 しかし、呆けている時間はもうなかった。

 

 入口へ向けていた視線を戻せば、奴は絶叫しながら立ち上がる。

 

「こんなところで死にはしない!私の研究も!才能も!こんなところでは、決して止まらない!終わらないのです!」

「……っ」

 

 どんだけしぶといんだよ、この野郎。

 

 肉体の変化が解けるほどのワクチンなのだ、再生力も人間レベルまで落ちているはず。

 

 なのにまだ立ち上がるとか……これ以上は、もはや元から人間だったことを疑うまである。

 

「さあ、かかって来なさい!君を打ち倒し、私は再びこの素ン晴らしい才能でこの世界に君臨するのです!」

「………………」

 

 悪いが、それは認められねえな。

 

 お前のような奴を生かしておくわけにはいかない。

 

 これ以上、俺のような存在を生み出させてはいけない。

 

 何よりも……あいつの、雪乃の生きるこの欺瞞と嘘に満ちた、でも少しだけ優しい世界を、守るために。

 

 

 

 

 

 今ここで、決着をつける!

 

 

 

 

 

「おおおおぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」

「ッ────!」

 

 

 俺にできる全力で!ドクターがくれたこの力で!

 

 

 

 

 

 

 

『──約束よ』

 

 

 

 

 

 

 

 あいつの元へ、帰るためにッ!

 

「っ!」

「ガッ!!?」

 

 奴の振るったブレードを、右腕が引きちぎれるのを覚悟でブレードをぶん回してぶった切る。

 

 腕どころか、胴体ごと切り裂いたその一撃に奴は目を見開き、俺は声があれば裂帛の叫び声で踏み込んだ。

 

 そして、思い切り奴の心臓に、ブレードを突き刺す。これまでの任務で、初めて〝俺〟が人を傷つけた。

 

 だが、しぶとくも奴は俺の背中をガッと掴み、至近距離で血走った目で睨みつけてくる。

 

「貴様ッ、《No.88》ィイイイイイッ────────────!」

 

 ……違う。

 

 今の、俺の名前は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒギ…………ガャ…………ハヂ…………マン……ダ…………ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛る激情のままに、無理やり捻ったブレードを思い切り振り上げた。

 

 

 

 骨と、肉を断つ鈍い感触。

 

 

 

 共に感じるのは、限界を超えて酷使した腕の筋肉が断裂したことで生じる激痛。

 

 

 

 代わりに与えた致命的な一撃は、奴の心臓から左肩まで切り裂き。

 

 

 

 確実に、死ぬだけの傷を与えた。

 

 

 

「……く、ひひ。まさか、我が作品に、とどめを刺されようとは。これも、因果、でしょうか」

 

 奴は、よろよろと後ろに後退りながら、それでも笑う。

 

 ここまでしてまだ生きていたら、もう俺には倒せない。腕も壊れて肩からぶら下がっている。

 

「しかし、嬉しいです、ねぇ」

「………………」

「あなたが、生きる、限り、私の功績、は、残り、続ける」

 

 

 

 ……ああ、そうだな。

 

 

 

 だから、癪だけど生き抜いてやるよ。

 

 

 

 これまで俺が……俺たちが奪った、命の責任を背負って。

 

 

 

「ふ、はははは……どうです……()()()…………先に、才能、を、証明、して、やりましたよ」

 

 

 

 奴は、虚空へと手を伸ばして。

 

 

 

「私の、勝ち、で、す………………」

 

 

 

 そのまま、倒れて動かなくなった。

 

 

 

「………………ァ”」

 

 

 

 それを見届けた後に、俺もブレードを取り落として崩れ落ちる。

 

 

 

 薄れゆく意識の中、たった一言を頭に思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 ああ……やっと終わったのだ、と。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「──きろ!起きろ相棒!八幡!」

「……っ」

 

 ……どうやら気絶してたみたいだ。

 

 目を開けると、そこには馴染みの顔。何やら必死な顔で俺を揺すっている。

 

 まだブレードがぶっ刺さっているので、床の激震も相まってめちゃくちゃ痛い。

 

 なんとか動く右腕で材木座の手を押しのけた。すると材木座は喜色満面の笑顔を浮かべる。

 

「おお、八幡!良かった、魂が現世より退いたのかと勘違いしたぞ」

「…………」

 

 相変わらず厨二くさい言い回しに苦笑しつつ、手を貸してもらい立ち上がる。

 

 しかし自分一人で立つこともままならず、材木座に上腕から下の消えた肩を支えてもらった。

 

 目が覚めたら元通りになってる、なんて都合のいい展開を期待したが、ドクターの薬はそこまで万能じゃなかったらしい。

 

「……?」

「何、任務は達成したのかだと? ふっ、無論よ。バッチリとデータは回収してきてやったわ。プラントの破壊もな」

 

 仮面のない、無駄にイケメンな笑い方でサムズアップする材木座。

 

 見れば、材木座も自慢のトレンチコートは黒焦げ。スーツも俺と同じように半壊している。

 

 さすがというべきか。まあ、最初から心配してなかったけど。

 

 笑いながらその手に拳を軽くぶつけ、今にも崩落しそうな実験室から退避しながら目で質問した。

 

「っ……」

「狐姫殿たちも任務は完了した。我らと同じように下の脱出ポッドに向かっておる。どうやら我同様、転送装置の端末が壊れたようでな」

 

 ……そりゃまた、なんともご都合主義な展開だ。

 

 腰のホルダーをまさぐると、潰れた端末の感触が返ってくる。どうやら俺のも壊れちまっているらしい。

 

 材木座が来てくれなければ、あそこで寝こけたまま、もろとも木っ端微塵に吹っ飛んでいただろう。

 

「っ」

「案ずるな、津西影弘の死亡確認の報告は送っておいた。今は逃げることだけを考えろ、狐姫殿たちの設置した爆弾の起爆まであと15分だ」

「──」

「そういえばエイビットの姿がなかったが、どこへ行った?」

 

 材木座からの質問返しに、脳裏に寒気を感じる笑顔を浮かべたあの女の顔を思い出す。

 

 それから床を指差すと、それだけで材木座は察して頷いた。なんだかんだこいつとは言葉がなくても通じ合う。

 

「ぬう、貴様太ったか!?重いぞ!」

 

 馬鹿野郎、もう体力がないだけだ。

 

 材木座に引きずられるように、警報の鳴り響く研究フロアの廊下を駆け抜ける。

 

 命令者の津西が死んだせいか、A.D.S.どもは不自然な体勢で彫像のように廊下に突っ立っていた。

 

 A.D.S.の間をくぐり抜け、エレベーターにたどりつくが、いくらスイッチを押しても一向にやってこない。

 

「ぬかった、ここの電力は落ちていたか!?」

 

 叫ぶ材木座に、霞んだ目で何かないかと辺りを見渡す。

 

 すぐそばに非常階段のマークがついた扉を見つけたので、そちらを指差した。

 

「でかした相棒!さあ、逃げるぞ!」

 

 またしても引っ張られるように移動し、材木座が扉を蹴破って階段を降りた。

 

 平面を移動するよりも、段差のある場所を降りていくほうがよっぽど億劫だ。

 

 それなのに見捨てないで引っ張ってくれる材木座に感謝していると、後ろですさまじい爆発音が鳴り響く。

 

 二人同士に振り返れば、ついさっきくぐった入り口から炎と煙が吹き出していた。

 

「……間一髪であったな」

「…………っ」

「ああ、急ごう」

 

 苦労して何百段もある階段を降りきり、材木座と体を押し付けるようにして出口の扉を開ける。

 

 その拍子に、バランスを崩して倒れかけるが……虚空へ伸ばした右腕を、誰かに取られた。

 

「まったく、そんな体たらくじゃ雪乃ちゃんは任せられないぞ。義弟くん?」

 

 顔を上げ、悪戯げに笑う陽乃さんの顔を見て思わず安堵の笑みがこぼれる。

 

 それから陽乃さんにも体を支えられ、二人掛かりで脱出ポッドの保管場所まで連れて行かれた。

 

「あ、来た!リーダー、急いでください!」

「すぐ行くわ!……こんまで重傷を負うなんて、雪乃ちゃんに言ったら大激怒だね?」

 

 そりゃ同感だ。帰ったらまず説教とか、もう完全に尻に敷かれてる気しかしない。

 

 けどまあ……怒ってくれる人がいる場所へ帰れるという事実をこそ幸福だと認識するべきだろう。

 

 ようやく見つけた、俺の本物。

 

 あるはずがないと諦めていた、もしあったとしても手が届かないと思っていた〝酸っぱい葡萄〟。

 

 そこへ、帰れるんだ。

 

「早く!あと五分で爆発します!」

 

 一人用の長細いポッドが立ち並ぶ前で、海老名さんが俺たちに向かって叫ぶ。

 

「はいはい、急かさないで……よし、全員いるわね」

 

 俺と、俺を支えている材木座と陽乃さん。目の前で初めて見る鬼気迫った表情をしている海老名さん。

 

 そして、いくつか並んだ脱出ポッドの一つに入って唸っている八兎。あの女、ちゃんと届けてくれたのか。

 

「じゃあ、これにて任務完了。脱落者はなし。ウッドくん、ポッドのハッキングは完了してるのね?」

「こういう状況に備えるのがプロであります」

「よし!みんな、帰還するわよ」

「はい!」

「応っ!」

「──」

 

 返事をして、各自ポッドに乗り込んでいく。

 

 最初に陽乃さんが乗り込み、次に海老名さんがその隣のポッドに搭乗。

 

 どうやらポッドは中々の高性能のようで、乗り込んですぐに後ろの壁が下へスライドして発射された。

 

 そして、俺から離れた材木座がポッドに潜り込ん

 

 

 

 

 ドッガァァァアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 その時、近くにあった扉が壁ごと爆発して床に叩きつけられた。

 

「ぐっ!?」

「っ!」

 

 苦悶の吐息を漏らし、口の中に溜まった苦いものを吐き出す。

 

 それから全身に力を込めて立ち上がると……二つ残っていたポッドのうち、炎上している片方のポッドを見て絶句した、

 

「そんな、これでは……!」

「っ……!」

 

 どうする。あのポッドはどう見ても二人が入れるようなスペースはない。

 

 ああまったく、こんな展開までラノベで見飽きたテンプレのようだ。どっちか片方しか生きて帰れないなんて。

 

 ……あるいは、これが俺への罰か。

 

 はっ、この世界はいつだって頑張った人間にだけは理不尽だ。

 

 周りを見ても、これ以上の予備があるとは思えない。

 

 材木座のガントレットのタイマーを見ても、タイムリミットまであと3分もないだろう。

 

 

 

 

 

『約束よ』

 

 

 

 

 

 ……すまん、雪乃。

 

「ッ!」

「は、八幡!?一体何をするのだ!?」

 

 残る力を振り絞り、体を無理やり動かして材木座の襟首を掴む。

 

 ギャアギャアと喚き立てる材木座の言葉を無視して、片腕のないアンバランスな体を一念発起して立ち上がらせた。

 

 そして──無事な方のポッドの中に、材木座のことを打ち込む。グエッとカエルが潰れるような声を上げる材木座。

 

 搭乗者を確認したポッドは、電子音を立てて蓋を閉めた。材木座が目を剥き、蓋のガラスに詰め寄る。

 

『八幡!お前何を!』

 

 喚く材木座に、俺は尻餅をついてニヒルな笑みを浮かべる。

 

 単純な計算だよ、材木座。

 

 五つの箱と、箱にぴったりの物体があります。

 

 その中から一つの箱を取り除いた場合、五つある物体のうちどの四つを選べばいいでしょう?

 

 ……答えは、より状態の良いもの、だ。

 

『八幡!ふざけるな!またお前に助けられるなんて、そんなことは我のプライドが許さん!』

 

 んなもん知るか。

 

 論理的に考えて、より回収されるまで生き残る確率の高い方を選ぶのは当たり前なんだよ。

 

 それに、俺は死ねないしな。せいぜい回収されるまで、宇宙遊泳を楽しませてもらうよ。

 

『我は……俺はっ、まだお前に何も返せてないのに!』

 

 泣くなよ材木座、暑苦しい。野郎の泣き顔なんて見たくねえって言っただろうが。

 

『必ずだ!必ずお前を迎えに来る!だから、たとえ魂の一欠片になろうとも生き続けろ!』

 

 最後までみっともない泣き顔を晒した材木座を乗せ、ポッドは爆炎の咲き誇る保管庫から旅立った。

 

 それを見届けら後ろで、大きな爆音が断続的に響き始めた。

 

 俺は膝に手を乗せ、妙に晴れやかな気分で目を瞑る。

 

「…………フッ」

 

 

 

 さっき材木座のタイマーを見てからの経過時間を考えるに……あと三十秒ってところか。

 

 

 

 なあ、材木座。

 

 

 

 お前は、もう十分返してくれたよ。

 

 

 

 お前は俺の友達になってくれた。

 

 

 

 三年前、雪乃以外の人間を見限っていた俺にいろはと一緒にしつこく付き纏ってくれた。

 

 

 

 あん時は面倒くさいと思っていたが……今となっては、お前らの執念はありがたかったよ。

 

 

 

 だって、後ろから迫ってくる炎の熱よりも。

 

 

 

 ……お前らの勢いに負けた時に浮かべた笑顔の方が、ずっと脳裏に焼きついてるんだから。

 

 

 

 いつか、平塚先生に出された課題で書いた。青春とは嘘であり、悪であると。

 

 

 

 しかし、中々どうして俺の青春ラブコメは、欺瞞でも逃避でもなく、納得のいくものだったといえよう。

 

 

 

 お前や、いろはや、小町や、折本や、結衣や……雪乃が笑う世界という、リターンがあるだけで。

 

 

 

 俺は、この命をリスクとして賭けられる。

 

 

 

 だから、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして──さようならだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


【挿絵表示】


ようやく長い戦いに終わりを告げた八幡。

次回、最終回。

コメントをいただけると嬉しいです。

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