声を失った少年【完結】   作:熊0803

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五話です。
サブタイトルを修正しました。


5.声を無くした少年は、初めての依頼を聞く。

「君はあれか、調理実習にトラウマでもあるのか」

  翌日の放課後、サボった調理実習の代わりに課せられた家庭科のレポートを提出したら、なぜか呼ばれた職員室。

  ものすごいデジャヴ。なぜあなたに説教をかまされてるんでしょうかね、平塚先生。

『先生って現国の教師だったんじゃ?』

「私は生活指導担当なんだよ。鶴見先生は私に丸投げしてきた」

  職員室の隅っこの方を眺めると、鶴見さんが観葉植物に水をやっていた。

  あなた、面倒ごとを他人に投げるの本当に得意ですね…。

  平塚先生はそれをチラッと見てから俺の方に向きなおる。

「まずは調理実習をサボった理由を聞こう。簡潔に答えろ」

『昔火で髪を焼いたことがあります』

 出てくる質問をあらかじめ予想し、さっと回答すると、俺と平塚先生の周りだけ空気が凍る。先生はそっと視線を下に落とした。

「…すまない、本当にトラウマがあるとは」

『お気になさらず』

  本当は焼いた、ではなく焼かれただが。

「君は、料理はできるのか?」

  平塚先生がかなり本気で心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

『一応一通りは』

 そう返すと意外そうな顔をして先生が訪ねてくる。

「ほう。トラウマがあるのにか」

『声が無い俺は、その他の分野で人より優れてなければいけないんですよ。その優れてなければいけないところに家事全般も入っていただけです』

 本当、マジで不便。行動で示せってよく言うけど、俺の場合行動でしか示せないから、手話とかジェスチャーとか会話の代わりになるようなものもめっちゃ覚えた。

「…一応、君の将来設計を聞いてもいいか?」

  それより自分の将来の心配をしたらどうですかなどと冗談を言える雰囲気ではなかったので、正直にアプリに自分の人生の一部を綴る。

『望めるなら一流の大学に行くつもりです』

 頷き、相槌を打つ平塚先生。頷き返すと文字を打つ。

「ふむ。その後、就職はどうするんだ?」

『そこはご心配なく。既に父親の会社に仮所属をしているので。それで貯金している一定額以外は孤児院とかに寄付をしてます。それがせめて世間に俺ができることですからね』

  本当ならこんな腐った社会に何もしたくはないが。それでも、少しでも昔の俺みたいなやつが少なくなればいい。

  真面目で誠実な俺の答えに、平塚先生は驚愕の表情を浮かべた。

「君はヒモになりたいとか言うと思ったがな」

 いやあんた俺をどんな目で見てんだ!

  あまりにも酷すぎる反応に視線で抗議する。

「普通高校生活を振り返るレポートであんなことを書く輩が真っ当な未来を望んでいると思わないだろう?それにしても身寄りのない子供達に支援とは…人は見かけによらないものだな!」

『それでも教師か!』

  自分の教え子を見限ってんじゃねえよ!

  しばらく睨み合っていたが、疲れたので目をそらす。先生も鼻を鳴らしてこちらを見るが、何か思いついたのかニヤリと笑って俺を回れ右させた。

「ほら、それならば高校生の今から人の役に立つということを覚えたほうがいいだろう。早く奉仕部に行きたまえ」

  あっ、この教師面倒くさくなったから体のいい厄介払いしやがったな!

  慌てて携帯をポケットにねじ込み、押されるままに職員室を出て行く。完全に出されたところで振り返ると、無情にもぴしゃりと扉が閉められた。

 …はあ。まあ、厄介払いされるのは初めてじゃ無いからいいか。さっさと奉仕部行こっと。

 

 ーーー

 

  いつものように部室では雪ノ下が本を読んでいた。

  軽く挨拶と会釈を交わすと、雪ノ下の近くにイスをずらして座る。不思議そうな顔をしているが、とりあえず無視してかばんを漁り始めた。ふっふっふ、今日は昨日の若干しんみりした空気を払拭するためにあるものを持ってきたのだ。

  そう思いながら自信満々に取り出したのは、直方体の紙の箱。漫画によくあるトゲトゲした吹き出しとともに書かれているものの名前は、ジェンガだった。

  そう、ジェンガ。基本的には二人以上でどちらが先に崩してしまうかを競うパズルのようなもの。ルールは木の棒を積み重ねて置き、そこから崩れないようにタワーの中から木の棒を引っこ抜いていくというものだ。

  机の上に置いた携帯で『昨日の空気の払拭』と伝えると納得したようで、雪ノ下は本を片付け始める。

 さて、今日はどちらが勝つかな?

 

 ーーー

 

 十数分後。既に四回目の勝負。

  半分ほどが抜かれ、どこか一回でもミスれば一気に崩れるというギリギリの均衡を保っている状態だった。

  じっと雪ノ下と睨み合いながら、ゆっくりと棒を抜いていく。

 あと少し、あと少しで抜ける…

  だが、ゲームの勝敗はある一人の来訪者によって唐突に決まるのだった。

 コンコン

「し、失礼しまーす」

  からりと少しだけ開けられた戸からするりと滑り込ませるように入ってきた人物のせいでビクッとし、その拍子に指が震える。すると当然ーーー

 ガラガラガラッ。

「「(あっ)」」

  ジェンガは崩れ落ち、残ったのは小さなタワーだった大量の木の棒の山。

 しばらくそれを無言で眺めていたが、恨めしげな目で突然部屋に入ってきた人物を睨んだ。

  すると肩までの茶髪にウェーブを当てた少女は一度気まずげに視線をそらし、ばっと振り返ると俺の顔を見てひっと小さく悲鳴を上げた。

 …俺はクリーチャーか。

「な、なんかごめん…って、ヒ、ヒッキー!?なんでここにいんの!?」

  いや、俺ここの部員だから。ジェンガを片付けながら心の中でそう返す。

  っつーか、ヒッキーって俺のこと?その前に誰だこいつ?

 正直言ってまるで覚えが無い。

  というのも、彼女、まさに今時のジョシコウセイって感じでこの手の女子はよく見かけるのだ。つまり、青春を謳歌している派手めな女子。短めのスカートに、ボタンが三つほど開けられたブラウス、覗いた胸元に光るネックレス、ハートのチャーム、明るめに脱色された茶髪、そのどれもが校則を完全に無視した出で立ちだった。

 俺にその手の女子との交流はない。

  なんならほとんどの女子と交流がない。

  でも、向こうは俺のことを知っている風だし、「すいません、どちら様ですか?」とは聞けない雰囲気だった。

  と、そこで胸元のリボンの色が赤なのに気づく。この学校は三学年それぞれ割り当てられたリボンがあり、それで学年の区別がつく。赤は俺と同じく、二年生ということだ。

 ………別にリボンに真っ先に気づいたのは胸を見ていたわけじゃなくて、偶然目に入っただけだからな?ちなみにけっこうでかい。

  ちょいちょいと手招きをして、机の山から一つ椅子を下ろす。そしてそこに座るようにジェスチャーをした。

「ありがと……」

  彼女は戸惑った様子ながらも、勧められるままに椅子にちょこんと座る。正面に座っている雪ノ下が彼女と視線を合わせた。

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

「あ、あたしのこと知ってるんだ」

  彼女、由比ヶ浜結衣は名前を呼ばれてパッと表情を明るくする。

  雪ノ下に知られていることは彼女の中で一つのステイタスらしい。

  こいつよく知ってるなぁ。たしか小学校の時も学年全員の名前覚えてなかったっけ?

  『すごいな』と言うとそう?、と首をかしげる雪ノ下。くそ、可愛い。

「なんか……仲良いね」

  すると由比ヶ浜がなんかきらきらした目で俺と雪ノ下を見ていた。仲よさそうに見えるか?俺はともかく、雪ノ下の方は知り合って三日目という感覚だろう。

「こんな目の腐った男と仲がいいだなんて…いえ、少しは…」

 ?何ボソボソ言ってるんだ?

  悩みはじめた雪ノ下を見て由比ヶ浜はあわあわ慌てながら両手をぶんぶん振る。

「あ、いやなんていうかすごく自然だなって思っただけだからっ!ほら、その、ヒッキーもちょっと変だけどクラスで寝てるときと違ってちゃんと会話してるし」

  まあ事情を知らないやつから見たら携帯で人と話してたらそりゃ変に見られるよな。

 ふと今の自分たちの姿を想像してみる。

 方や本に目を落としながら話す少女。

 方や側から見たらずっと携帯をいじっているやつ。

 …うん、感じ悪いな。どうにかならんもんか。

「そういえばそうだったわ。由比ヶ浜さんもF組だったわね」

 あれ、そうだったっけ?

  首を傾げていると、雪ノ下と由比ヶ浜の両方からじとっとした目を向けられる。

「まさかとは思うけど、知らなかったの?」

 あ、まずい。

  クラスの人が自分がいたことさえ知らなかった時のショックは誰よりも俺が知っている。ここはフォローしなければ。

 そう思いぶんぶんと右腕を振った。

「……目逸らしてるし」

 うぐっ。

  もはやこれまでと素直に観念し、一度頭を下げる。そして携帯に謝罪の文を書いた。

『すまない、知らなかった』

「いや、別にもういいけど…」

 じゃあ俺が頭下げた意味無いじゃん。

  思わずちっと舌打ちをすると、由比ヶ浜が噛み付いてきた。

「あ、今舌打ちした!」

  こちらに身を乗り出し、いかにも怒ってますという顔をする。あの、馬鹿でかいメロンが揺れてるんで戻ってくれませんかね。

『はいはい、すみませんでしたー』

「文章が謝ってる感じじゃないし!」

『へいへい。心底反省してます。…なあもういいか?』

「なんでヒッキーが面倒くさそうな顔してんの!?」

  しつこく食ってかかる由比ヶ浜にはあとため息をつくと、由比ヶ浜は顔を真っ赤にする。

「こっの…っ!まじウザい!死ね!」

 

 …は?

 

  この言葉には普段温厚でおとなしい猫みたいな俺でも本気でブチ切れ、ダンッと強く机を叩いた。あまりの俺の剣幕に二人ともビクッとするが、こればかりは仕方が無い。世の中には言うべきで無い言葉が数多く存在する。特に人様の命に関わる言葉はとても重い。誰かの命を背負う覚悟が無いなら決して口にしてはいけない。

  それを伝えるためになるべく鋭利な言葉を打ち込む。ちょっと思ったんだが、俺は感情が高ぶると文字を打つのが早くなるらしい。

『いきなりすまない。だが死ぬとか殺すとか軽々しく言うな。世の中には何度も殺されかけた人間だっている』

「ーーあ…、ご、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃ…え?何度も殺されかけた人間って……」

 反省してくれたならそれでいい。

  セリフを中断しながら手をパタパタと振ってそれを伝えると、釈然としなさそうだったがはあと安心したように 雪ノ下と由比ヶ浜は息を吐いた。そんな怖かったか?

  由比ヶ浜は今のやり取りで落ち着いたのか、おもむろに口を開く。

「…あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

  少しためらった後、由比ヶ浜はそう切り出した。

「少し違うかしら。あくまでも奉仕部は手伝いをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第」

  その些細な違いがわからないのか、由比ヶ浜は頭にはてなマークを浮かべる。

「どう違うの?」

「飢えた人に魚を与えるか、魚の捕り方を教えるかの違いよ。ボランティアとは本来そうした方法論を与えるもので結果のみを与えるものではないわ。自立を促す、というのが一番近いのかしら」

 道徳の教科書に出てきそうだ。

  どこの学校でも挙げられているお題目、自立と協力を実践するための部活、という位置づけでだいたいの理解は合ってるはずだ。

「な、なんかすごいねっ!」

  由比ヶ浜はほえーっと目から鱗で納得しましたっ!って表情をしている。わかってないだろこいつ。なんか将来悪い宗教とかに引っかかりそう。もしかしてアホの子なのか?

「必ずしもあなたのお願いが叶うわけではないけれど、できる限りの手助けはするわ」

  その言葉で本題を思い出したのか、由比ヶ浜はあっと声を上げる。

「あの、あのね、クッキーを…」

 言いかけて俺の顔をちらっと見る。

 なんだ?俺の顔に何かついてるか?

「比企谷くん」

  雪ノ下がくいっと顎で廊下の方を指し示した。あ、はいはい出て行けってことですね。

  昔義父さんが仕事をする時もよくあったことだ。関係者同士や特有のもの同士でしか話せないことというのはよくある。

 キーワードは「ちょっと込み入った話をするから」とかだ。

 …あれ言われた方は気になるよなぁ。

『ちょっと飲み物買ってくる』

  二人にそう言うと、静かに教室を出て行った。

「できれば『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』もお願い」

 了解した、という意味で手を挙げる。

 

 

  特別棟の三階から一階までは往復で10分かからないくらいだ。ゆっくりだらだら歩いていれば、彼女たちの話も終わるだろう。

  どんな人間であれ、これが初めての依頼人。つまり、俺と雪ノ下の勝負とやらの始まりだ。どちらかといえば俺は補佐的な役割をしたいのだが。楽だし。

  購買の前に設置されている怪しげな自販機には、正体不明の紙パック型のジュースが多数ある。それらは飲んでみなければまずいのかさえもわからない。

  ウォンウォンと空中要塞みたいな唸りを上げる自販機に百円玉を投入する。とりあえずマッカン、野菜生活と選んでから、さらにもう一枚百円玉を投入した。

  せっかく来た依頼人に飲み物の一つもないというのはいささか悲しい。由比ヶ浜のぶんのカフェオレも買ってやることにした。

  しめて三百円。これで俺の現在の所持金のおよそ半分がなくなった。俺金持ってなさすぎじゃね。

  三階に戻りこんこんとノックをして、部室の扉を開ける。そのまま机に向かって一直線に進んでいき、野菜生活とカフェオレを雪ノ下と由比ヶ浜の前に置くと、自分の椅子に座ってプシュとマッカンを開け喉に流し込んだ。うむ、やっぱりこの甘さはたまらないな。

「………はい」

  由比ヶ浜がそう言って、ポシェットみたいな小銭入れから百円玉を取り出した。

  俺は別にいいとふるふる手を振ると、思いの外おとなしく引き下がった。さっきのこと気にしてるんだろうか。

 雪ノ下は…まあ別にいいや。

「…ありがとう」

  金の代わりに雪ノ下からは感謝の言葉が返ってきた。ぽつりと表現のつくような小さな声だったが、聞こえたから問題ない。

  由比ヶ浜もあわててお礼を言ってきた。お礼言われたのいつぶりだっけ。

『話は終わったのか?』

「ええ。スムーズに話が進んだわ」

 そりゃそうか。一々文字打つの待ってもらってたら、いつまでたっても話が進まない。出てってよかった。

『そりゃよかった。で、何すんの?』

「家庭科室に行くわ。比企谷くんも一緒にね」

 家庭科室?何故に?

  けど、あれだよね。家庭科室って言ったら好きな人たちでグループを作って調理実習とかいう拷問をするアイアンメイデンもかくやという教室だよな。ガスコンロとか包丁もあるし怖いなぁ。

  でも俺が料理するとみんな離れていくんだよね。何でだろ?時間短縮のために空中で野菜解体してるだけなのに。

  何するんだ?という目をすると、由比ヶ浜が口を開く。

「クッキー……。クッキー焼くの」

 ふーん、クッキーか。

「由比ヶ浜さんは手作りクッキーを食べて欲しい人がいるのだそうよ。でも、自信がないから手伝ってほしい、というのが彼女のお願いよ」

  雪ノ下が細かい解説もしてくれた。気が利くな。

『彼氏かなんか?』

  そう言うと、由比ヶ浜はぼんと頭から煙を吐き出してあわあわしはじめた。本当に頭から湯気出すやつ初めて見た。

「ちちちちちがうし!そんなんじゃないし!」

  まあ相手がどうだろうと俺には関係ない。

  肩をすくめて、お好きにどうぞと由比ヶ浜にジェスチャーをする。

「ヒッキー何その俺には関係ないしみたいな反応」

『関係ないってのもあるが、純粋にあんまり興味がない』

「もっとひどいよ!」

  俺の答えがお気に召さなかったようで、バンッと机を叩いて由比ヶ浜が憤慨する。

「ヒッキーマジありえない!あー腹たってきた。私、やればできる子なんだからねっ!」

『それは自分で言うことじゃない。母親とかが潤んだ目でこっちを見ながらいうことだ。「八幡がいるときはもうキッチンに近づきません…」って感じで』

「それ怯えて涙目になってるだけじゃん!」

「一体何をしたのよ…」

  揃いも揃って失礼な。9品くらいの料理を全部並行して作ってただけだ。

  とりあえず料理はそれなりの腕があると自負しているので、手伝いでも味見でもどんとこいや。

 立ち上がって部屋を出る準備をする。

  すると雪ノ下が何か思い出したように俺を見た。

「あなたは味見役に回ってくれるかしら」

  今回は味見役なようだ。毒見役にならなきゃいいがな。

 




この作品の八幡くんは若干常識が抜けてます。
矛盾点や要望があればお願いします。

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