その子は猛禽類のような鋭い目をしていて、まるで肉食動物が獲物の隙を狙っているかのような光を宿していた。
もちろん本人にはそんなつもりはなかったのでしょう。それでも私は、その目に強い恐怖を抱いた。まるでこちらの内側全てを見透かしているように感じたのだ。
ある日、私は校舎裏に呼び出された。そこで私は、いつも私を虐めるグループに石を投げつけられていた。避けることもできたが、あえてそれはしなかった。明確な傷を作らせる。そうすれば、彼女らを脅す材料になると思ったから。
ついに頭から血を流して倒れる私を見てまずいと思ったのか、予定通りいじめっ子たちは一目散に逃げていった。
予想を上回った痛みにしばらく仰向けになっていると、不意に足音が聞こえた。もしや、いじめっ子たちが戻ってきたのか。教師が飛んできたのか。どちらにせよ厄介であることに変わりはない。
しかし、それは私が予想し得るどの人物でもなかった。
肩を揺さぶられて、ゆっくりと起き上がる。するとそこには、私がかつて恐れを抱いた目を持つ男の子が地面に膝をつけて、こちらを覗き込んでいた。
その目にはいつもの鋭い光はなく、ただただ心配という感情がこもっていた。こんな目もできるのね、と私は感じる。
「あなたは確か…」
「…っ、…っ」
「え?ちょ、ちょっと。どこに連れて行くのよ」
戸惑う私にお構いなく、その男の子は保健室に私を放り込んだ。傷口を抑えた私に慌てた様子の保健医が包帯を巻いてくれ、止血される。
お礼を言って外に出ると、保健室の前のソファには先ほどの男の子が座っていた。
私に気がつくと、とんとんと自分の頭を叩く。どうやら怪我が大丈夫か聞きたいらしい。なぜ話さないのかしら?
ふと私は疑問に思った。どうして見も知らぬ私を助けたのか。この男の子も、私に近づくために助けたのか。
「別に助けれくれなんて、一言も頼んでないのだけれど」
少し探りを入れるために、あえて挑発をする。するとひくっと男の子の口角が引き攣り、凄まじい眼で睨んできた。
思わず悲鳴を上げそうになるのを堪えながら、しばらく睨み合う。が、私が限界になり目をそらした。
ふんっと勝ち誇ったような顔をする男の子。
…少しイラっときたわね。けれど、我慢よ。
…せっかくだし、名前を聞きましょうか。
「…あなた、名前は?」
『■■■ ■■』
「そう…私は雪ノ下雪乃。今日のことは、一応感謝してあげるわ。光栄に思いなさい」
彼がポケットから取り出したメモ帳に書かれた名前を見て、私も名乗る。
それからしばらく、彼との奇妙な関係が続いた。彼は私を守ろうしているのか、常に私のそばにいた。一緒に食事を取り、男女合同の体育になれば率先して私を手招きする。
彼は、常に私の隣にいた。
そこに下心はなくて。何があろうと守る。ただそれだけのために、まるで機械のように隣にいる。よく相談に乗ってくれたり、気遣いはしてくれたけど、自分自身の話はほとんどしない。
いつかの下心のない人間など存在しないという理論が崩れ去った。
ふと私は感じた、彼は私と同類だと。いえ、もっとひどくて、おぞましいものだと思った。ずっと一人ぼっちで、誰にも理解されなくて、いつしか心を無くした理性の怪物。
私を守るのも、自分の同類がいるのが許せないから。
利己的といえばそれでおしまいだけれど、彼が時折見せる、鋭い目の中に潜む悲しそうな、それでいて優しげな光を見ると、心がざわついた。
彼との不思議な関係が始まってからしばらくたったある日、こんな質問をした。
「あなたはなぜ私に付き纏うの?」
自分でしておいて、とても馬鹿なことをしたと感じたわ。どうして一緒にいてくれるのか、知りたかっただけなのに。いつも通りきつい言葉を投げつけてしまう。
けれど、何の気まぐれか、彼は答えてくれた。
『よく言えば、お前が苦しそうだったから。だから助けたかった』
「!?」
驚愕した。てっきり『ご想像にお任せする』とでも言い終わると思っていたから。
私は一つ勘違いをしていたようだ。
彼が守ってくれるのは、同族に対する憐憫からの行動だと思っていた。でもそんなことはなくて。
無表情なのは感情の伝え方を知らないから。
いつもはぐらかすのは、ただの照れ隠し。
自分のことを話さないのは、おそらくひどく辛い過去をもっているから、私を気負わせないように。
どこまでも不器用で、けれど優しいのが彼という存在。
『悪く言えば、俺の自己満足。俺が人を助けたという達成感が欲しかった』
「…そう」
彼は気づいていない。誤魔化そうとしているが、『守りたい』という明言されなかった言葉は確かに私の中に染み込んでいた。
彼の認識を少し改めてから私は素直になり、彼に心を開いてもらうまで長い時間を要したが、話さない事情を聞きだした。他人を信用せず、目が鋭くなった訳も。
彼自身はもう過去のことにしたようだけれど、私には到底許せる類のものではない酷い話だった。
私は憤り、今までずっと頑張ってきた彼に言った。
「守られている立場で言えることではないのはわかっているわ。あなたが、こう言う言葉を一番卑怯だと思うのも。それでも、言わせて。…今まで、お疲れ様。これからは、私がそばにいるわ。ずっとずっと、あなたを孤独にしない。二度と誰にもあなたを、化け物なんて呼ばせないから」
「………ッ!!!」
そう言うと彼は、泣いた。
声が出せないはずなのに、私は確かに幼い男の子の慟哭を聞いた。
いつの間にか、彼を知りたいと言う気持ちはそばにいたい、永遠に一緒にいたいと言う思いに変わっていた。
風景が切り替わる。
ーーー
自分の気持ちを自覚してから数ヶ月が経った。
その頃になると周りの目線が生暖かいものに変わっており、最近感情を多少表に出すようになった彼は、面倒そうにしながらもまんざらでもなさそうだった。
ずっとこんな幸せな日常が過ぎれば良いと思っていた。
だが、幸せな時間に永遠なんてものは存在しない。
彼女らは、また私に接触を図ってきた。
しかも、今の私には最悪の弱点を突いてくる方法で。
彼女らは自分たちがすることを言いふらせば、今度は彼をターゲットにすると言い出したのだ。小学生なのになぜこんな無駄な知恵が回ったのかしら。
他のことは何があってもいい。それでも、彼との繋がりが消えるのだけは耐えられなかった。お前のせいで、とようやく信用してくれた彼に憎悪の視線を向けられることなんて、私には到底太刀打ちできなかった。
だから私は、彼女らに従った。今度は、私が彼を守る、と。
結果的に言えば、それは全て台無しになった。
矛盾点や要望があればお願いします。