声を失った少年【完結】   作:熊0803

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十七話です。一言、ドウシテコウナッタ…


17.声を無くした少年は、無双する。 下

  それから十数分、一方的な攻防が続いた。

  鋭いサーブをそれ以上の速度で打ち返し、たまにわざと力を緩めて取れるようにする。そして、油断したと見せかけてコートの端にボールをねじ込むという、誰がどう見てもいじめっ子予備軍なことを繰り返す。

  しかし、敵もさる者で、俺にかなわないとわかるとすぐさま戸塚に攻撃対象を切り替えた。

  俺が全部カバーしていたら練習にならないので、ぎりぎりセーフかな?くらいのもの以外は戸塚に返させる。

  しかし、先ほどまでの練習で消耗していた体を酷使して何とかやっていたが、やはり限界だったのか戸塚はすっ転んでしまった。

  足を押さえてうずくまる戸塚に肩を貸し、大丈夫かと目線で問う。

「ごめんね、比企谷くん。せっかく勝ってたのに、ぼくがミスしちゃったせいで点取られちゃった…」

  いや、お前はよく頑張ったよ。むしろ成長のためにとか言って見てるだけだった俺が悪い。

  励ますために背中を優しくさすると、戸塚をベンチに座らせた。

  なおも立ち上がろうとする戸塚の肩を押さえて休ませ、俺は一人でコートに戻る。

「ちょっと大丈夫〜?いくら何でも、一人じゃ無理なんじゃな〜い?」

  勝ち誇った顔でそう言う三浦に、今一度獰猛な笑みを浮かべると、静かにラケットを構えた。

  三浦はまたイラついたような顔をして、闘志を高めていく。

 

「この馬鹿騒ぎは何?」

 

  しかし、それは唐突に入り込んだ綺麗な声によって遮られた。

  モーゼのように割れた人垣の中から、超不機嫌そうな顔の雪ノ下が、体操服とスコート姿で現れる。片手には救急箱を持っていた。

  汗で張り付いて鬱陶しかったので前髪をかき上げながら、なんでそんな格好してんだ?と目線で問うと、なぜか少し顔を赤くしながら雪ノ下は答える。

「私にもよくわからないのだけど、由比ヶ浜さんがもしもの時のためにと無理やり着せたのよ」

  ひょこっと雪ノ下の背後から、制服姿の由比ヶ浜が顔を覗かせる。

「このままだとさいちゃんがバテちゃいそうだったから、代わりにゆきのんに出てもらおうかなーって」

  由比ヶ浜、グッジョブだ。

  心の中で由比ヶ浜に向かってぐっと親指を立てる。

「なぜ私が…」

「だって、こういうこと頼れるのゆきのんだけだし」

  由比ヶ浜の言葉に、雪ノ下がピクッと反応した。

「私、だけ?」

「え?うん。ゆきのんは頼れる大事な友達だよ?」

  恥ずかしげもなく、由比ヶ浜はさらっと答える。すげえなおい、俺ならたとえ文章でも、そんなことなかなか書けないぞ。

「そ、そう。なら、私がいつまでも文句を言ってるわけにもいかないわね」

  照れ隠しに顔を背けながら、雪ノ下はベンチに座っている戸塚の元へ向かう。

「傷の手当てくらいは自分でできるわよね?」

「え、あ、うん…」

  戸塚に救急箱を差し出し、雪ノ下はラケットを受け取るとコートに入ってくる。

  うむ、近くで見ても雪ノ下の体操服姿はマジで可愛い。由比ヶ浜、お前は良い仕事をしたぞ。

  と、そんなバカなことを考えていると、もじもじとしながら雪ノ下がこちらを見上げてくる。

「そ、その…どう、かしら?この格好…」

  な、なんでそんなこと聞くんだよ。いや、めっちゃ可愛いけどさ…何?やっぱり思い出してるの?だからこんなにいじらしいの?

  思わず目を背け、ぽりぽりと頭をかく。そんな俺の反応を見て何か察したのか、雪ノ下は顔を綻ばせた。

「ちょっと?何イチャイチャしてるわけ?」

「「むー…」」

  突然、三浦がイラついた声を上げる。はっとして周りを見渡すと、嫉妬の目を向ける男子、さっき以上のきらっきらした目で俺たちを見る例の集団、不満そうな顔の由比ヶ浜と戸塚が見えた。

  慌てて頭を振り、ラケットを構える。いかんいかん、今はそんな場合じゃねえ。

  と、正面を見たときに、偶然にも葉山の顔が見えてしまった。その顔は最初の青白い顔は何処へやら、雪ノ下を見て目に火を灯している。

 ………ほう。

  額に青筋を立てながら、自分でも気持ち悪いくらいにっこりと笑った。今まで3割に抑えてやっていたが、もう本当に手加減はしない。俺が体を使っている状態で出せる4割という限界を以って、ぼこぼこに叩きのめしてやろう。

「雪ノ下さんだっけ?知らないと思うけど、あーしテニス超得意だから」

  が、そんな俺の様子には気がつかず、挑発をしながら三浦がサーブを繰り出す。

  打球は雪ノ下の左側に高速で突き刺さる。右利きの雪ノ下にとってリーチの外、左ライン際ぎりぎりにサーブが突っ込んできた。

「……ふっ」

  いつの間にかラケットを構えていた雪ノ下も小さく気合いのこもった静かな声を上げ、たっと左足を踏み込む。それを軸にしてくるりと、まるでワルツでも踊るかのようにして回転した。右手のラケットがバックハンドで打球を過たず捕捉する。

 居合抜きのような打球が一閃。

  足元で弾けるようにして跳ねた打球に三浦が小さく悲鳴をあげた。目の覚めるような超高速のリターンエース。

  流石だな、昔3日でコーチより上手くなっていただけはある。

「……よしっ」

(八幡くんが見ているなら、これくらいは当然よね♪)

  近くにいる俺にしか聞こえないような小さい声で、何でか上機嫌な雪ノ下がそうこぼす。可愛い。てかさっきから心の中で雪ノ下に可愛いしか言ってねえ。

  俺がそんなバカなことを考えている間に雪ノ下は一瞬で顔を戻し、三浦に冷たい視線を向けた。

「あら、この程度なのかしら?」

「っ……」

  一歩後ずさり、怯えと敵意が入り混じった目で雪ノ下を見た。口元が小さく歪み、呪詛を撒き散らしている。あの女王然とした三浦にこんな表情をさせるとは、さすが雪ノ下。

  それからまた、一方的な攻撃が始まった。

  防御すら攻撃になり、打たれたサーブは確実に相手のコートに沈め、戻って来る球は問答無用で押し返す。もちろん俺も無慈悲なストロークで散々ラケットを弾いてやった。

 雪ノ下の美技に観客は酔いしれる。

「フハハハハハ!良い、良いぞ!さすがは我が友だ!」

  いつの間にか戻ってきていた材木座が高らかにそう叫ぶ。集中している中でそれはうざったらしいことこの上ないが、まあ、悪くはない。

  葉山を応援していたものたちも、だんだんと雪ノ下に傾いていく。というか、男子のほとんどは雪ノ下に熱視線を送っていた。

  既に圧倒的だった点数差が、さらに開いてゆく。

  コートの中で縦横無尽に舞う雪ノ下の姿はどこか妖精じみていた。彼女の踊るような足捌きはこの舞台の最高の演目になる。ちなみに俺も見惚れていたのは内緒だ。

  観客の期待に応えるようにして、再び雪ノ下にサーブが回ってきた。

  きゅっとボールを握り締めてから、高々と空へと投げる。青空の中に吸い込まれるようにしてボールはコートの中央めがけて飛んでいった。雪ノ下のいる位置からは明らかに遠い。

 ミスか、と観客が思ったときだ。

 雪ノ下は飛んでいた。

  右足を前へと踏み出し、左足を送り、最後に両足を揃えて踏み切る、スタッカートでもつけたように軽やかな歩調だ。

  華麗に宙を舞う。その姿は悠然と空を駆ける隼のようで、見る者の心を振るわせずにはいられない。ただ美しく、そして速い。それを瞳に焼き付けようと誰もが瞬きを忘れた。

  ターン、とひときわ高い音がしたのち、てんてんとボールが転がる。俺もギャラリーも、そして、葉山と三浦も、誰一人として動くことができなかった。

「……ジャ、ジャンピングサーブ」

  戸塚が呆けた声を上げる。雪ノ下の凄まじい絶技に俺も感嘆の息を漏らした。

  が、あることに気がつきすぐに顔をしかめる。これ、今ので雪ノ下の体力が切れたな。

  雪ノ下はなんでもできるが故に、何かに固執してやる、継続してやるということが苦手だった。だから、致命的に体力だけは少ない。昼の練習も見てるだけだったしな。

  息切れを起こしている雪ノ下に肩を貸してコートの端まで連れて行き、戸塚の隣に座らせた。そして、トンと軽く肩を叩く。

  よく頑張った、あとは任しとけ。そう言外に伝え、体を反転させてコートに戻ろうとした。

 ギュッ

  しかし、服の端を掴まれる感覚で、俺は立ち止まった。

  振り返れば、真剣な顔をした雪ノ下がこちらを見ている。そして一言、

「…頑張って」

「…!」

  全く、相変わらず俺のやる気を引き出すのがうまい。そう言われたら、最後にカッコつけたくなるじゃねえか。

「…?」

  ちらりと戸塚を見てから、優しく雪ノ下の指を外して戻る。

  材木座と目が合う、分かってるよ、思いっきりやってこい、だろ?

  由比ヶ浜と目が合う、そんな大声張り上げて応援されたら、恥ずかしいじゃねえか。

  最後に、あのあざとい仕事仲間と目が合う、おい、何カメラ構えてやがる。

 

 さて、最後に怪物の本領、発揮しますか。

 

 ーーー

 

  不自然なまでの静けさの中、トントンとボールを地面に打ち付ける音だけが聞こえる。

  その独特の緊張感の中で、俺は静かに自分という存在の奥底に意識を向けた。

  おい、起きてんだろうが。ちょっとだけ力を貸せ、十秒だけでいいから。

 ーーはいはい、分かったよ。あとで筋肉痛になっても知らないからね?

  上等だ、そんなもん屁でもない。

 ビギッ

  全員が、その音を聞いた。

  近くで見ないとわからないが、俺の両腕は少しだけ膨らんでいた。同時に、いくつか神経が浮き出ている。

  少しだけ充血した目を、怯えて震えている葉山と、もうかわいそうなくらい涙目になっている三浦に向ける。

 ヒュウ…

  風が鳴る音を合図に、一気に膂力を解放する。ボールは2メートル以上高く飛び、観客は思わず手で目を覆った。

 トッ

  微かに靴裏とコートが擦れる音を残して、俺は1メートル弱も飛び上がった。

  タイミングよく落ちてきたボールの位置、ラケットの角度、力の緩急を極限まで調整しーーー打つ!

 ドガァッ!!!

  激しい音を立てて、目で追えないほどのサーブがバウンドした。

  それは勢いをなくすことなく、むしろ一度地面に当たった瞬間回転を速くして一直線に突き進む。まるで弾丸のように。

  俺が地面に降り立つのと、再びフェンスの金網にボールがめり込むのは同時だった。

  静寂が、その場を支配する。だがしかし、次の瞬間にはーーー

『ウォオオオォオォオオオオォオオ!!?』

『キャアァァァァァァァアァアアァア!』

  耳をつんざくような歓声を上げるギャラリー。葉山のファンも、あの謎集団も関係なく、すべての人間が等しく叫び声を上げる。

  俺はくるりと振り返り、呆然としている雪ノ下たちに向かってぐっと親指を立てた。

「!」

  すると、何故か顔を真っ赤にした由比ヶ浜と戸塚がピースを、材木座はサムズアップを、雪ノ下は最初からわかっていたと言わんばかりに鷹揚に頷く。

  それを最後に、疲労で俺は倒れた。

「ヒッキー!?」

「「比企谷くん!」」

「八幡!」

  雪ノ下たちが倒れ伏した俺の周りに集まってくる。やべ、ちょっと頑張りすぎたわ……

 

  けどま、あれだ。たまには青春するのも、いいもん、だな…

 

  微睡みに落ちながら、俺はそんな事を考えるのだった。

 

 

 ーー

 

 

 

 ちなみに、その日の夜。

 

「もー、何したか知らないけど、筋肉痛になるまで身体使うとかお義兄ちゃんバカなの?」

 あだ、あだだだ!ちょ、もうちょい優しくしてくれ!

 

 小町に呆れの混じった目で見られながら、俺はキッツイマッサージを受けることになりました、まる。




あれ、おかしいな。八幡が人間じゃない上に主人公やってる気が…ま、気のせいですよね(目逸らし)。
矛盾点や要望があればお願いします。

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