ガハマさん誕生日ということで。
楽しんでいただけると嬉しいです。
『誕生日プレゼント?」
「うん。由比ヶ浜さんに贈るものを、ね」
対面に座した八兎が神妙な顔で頷く。
大学の講義が終わったタイミングで呼び出されたかと思えば、要件は結衣についてだった。
今日は6月12日、そして結衣の誕生日は6月18日。毎年あの事件で関わった連中で祝ってんだから嫌でも覚えてる。
もちろん、その中には八兎も毎回いた。なんなら爆弾投げつけるレベルでイチャついてるまである。
だからこそ、こうして改まって相談されたことが不思議でならない。
しかも行きつけのカフェで。二人きりで。なんで自分のクローンと優雅な午後を過ごさなきゃいかんのか。
『別に前と同じ感じでいいんじゃねえの。ほら、よく言うだろ。こういうのは無理に変化を求めるよりある程度のハードルを作っておいた方がいいって』
「それはそうなんだけど。今回は特別なんだよ」
『ほーん。それなら本人に直接聞くとかしろよ。多分あいつ、お前からのものなら喜んで受け取るぞ』
実際、去年の誕生日は八兎がプレゼントしたブレスレットに一番喜んでいた気さえする。
要するにプレゼントなんていうものは、受け取る側が渡す側に抱いた好感度によって決まるのだ。
相手に興味がなけりゃ最悪捨てられるし、そもそも受け取ってももらえない可能性だってある。
貰ったプレゼントを売る、なんて話があるが、それはどうでもいい相手からのものであるから感情的な価値が付加しないのだ。
むしろ利用していいもの、自分にとって利益のあることに使っていいものとして認識されるだろう。
逆説的に考えて、好意を抱いた相手からの贈り物ならば、たとえゲーセンのぬいぐるみだろうと大事にする。
ソースはうちの彼女。高校の時のデートもどきで取ったパンさんのぬいぐるみを枕元にまだ飾っている。
パンさん映画見る時にわざわざ持ってきて抱えるのやめてくれませんかね。可愛すぎて映画見れてないんですけど。
『ていうか、もう誕生日会の予定は取り付けてるだろ。俺たちも同じタイミングで渡すんだし、よっぽどおかしなもんじゃなけりゃよくね?』
「もちろん、そういうプレゼントは買ったよ。この前はブレスレットだから、腕時計にしたんだ」
照れ臭そうにはにかみ、どこか楽しそうに語る八兎。
聞いてもないのに言うあたり、八兎の気持ちが透けて見える。結衣も大概だったがこいつもわかりやすいな。
『時計ね……まあ大学生だし、お前も〝仕事〟してるのは結衣も知ってるからそんな変でもねえか』
「ああ、うん……頑張ったよ」
数十秒前の顔はどこへいったのか、げんなりとする八兎。相当ドクターの実験台にされているようだ。
そういやこの前の検査、やけに上機嫌だったな……俺ほど不死身じゃないからって研究科に回したのは早計だったか。
『で、それとは別にってことか。何お前、告るの?』
我ながら冗談半分に聞いてみる。
友達としての贈り物以外に渡すということは、そこには少なからず特別な意味が介在してくる。
ましてやこいつらは二年もラブコメしてるんだ。こういう相談も、実のところ初めてじゃない。
座る定位置も決まっちまったし、何なら店長に顔を覚えられた。店長のコーヒー以外は美味いんだよなここ。
「うん、実はそうなんだ」
「ブフッ!」
思いっきり吹いた。なんなら口の中で一回逆流してぶちまけた。
やっべえ、一瞬窒息した。びっくりしすぎて栗になったわね……とか言っちゃうレベルの不意打ちだった。
八兎と一緒にいる時用につけた眼鏡は水滴だらけ。辛うじて服にはかからなかったが、テーブルはびしょ濡れだ。
「お客様、大丈夫ですか?」
『あ、ありがとうございます』
近寄ってきたマスターからタオルを受け取り、テーブルを拭く。
それから自前のティッシュで口元と眼鏡についた水を拭き取り、かけ直してから気持ちを落ち着ける。
……よし落ち着いた。種族特性の精神沈静化レベルに落ち着いた。俺アンデッドになってるじゃん。
『……で、なんだっけ? 来週のプリキュアの話だっけ?』
「動揺しすぎだよ兄さん……あと、その歳でプリキュアはどうかと思う」
『バッカお前、プリキュアはめちゃくちゃ熱い作品だろうが』
なまじ自分が似たようなものを相手をしていることもあって、テレビの中の彼女たちにはぜひ奮闘してほしい。
いやまあ、俺のプリキュアへの愛はともかくとして………………
『マジかこいつ』
「声に出てるよ兄さん……本当だ。僕は由比ヶ浜さんの誕生日に、彼女に告白しようと思ってる」
八兎の目はマジだった。真剣と書いてマジと読むほど、その目からは本気度が伝わってきた。
『そうか……お前が告白か』
ここまで長かった。
思えば本格的にこいつらが互いを意識し始めたのは、高2の時の修学旅行の後くらいだったか。
結衣は俺に対してそうであったように、自覚した途端に積極的になるタイプだ。身近で見ていてもよくアプローチしてたと思う。
そっからクリスマスやら、年末年始やら、色んなとこでアドバイスしたもんだ。そういやバレンタインは普通にラブコメしてたな。
こいつらの両片思いを見飽きるくらいに見てきた今日この頃、ついに……ついにこの日がやってきたか。
『八兎、お父さんは嬉しいぞ』
「いや、ある意味合ってるけど違うよ兄さん。僕が聞きたいのは、雪ノ下さんと仲の良い兄さんなら、何かいいアイデアがあるんじゃないかってことなんだ」
『ああ、そういうことなら協力してやる。結衣には沢山借りがあるしな』
津西の野郎が学校にA.D.S.の軍団を送ってきた事件を皮切りに、結衣は散々俺たちの事情で迷惑をかけてきた。
あいつは異常なほどの精神力で、俺たちを受け入れ続けてくれた。それがどれほど頼もしかったことか。
だからというわけでもないが、この弟分のようなやつのためにも協力してやることにしよう。
「兄さんは雪ノ下さんの誕生日に、何を贈ったりしてるの?」
『今年はティーセットだな。結構高めのやつ』
俺も雪乃も紅茶が好き……というか、俺は雪乃が淹れた紅茶が好きなので陶器の方にも凝ってる。
それで戸棚を見たら、流石雪ノ下家次女というべきか結構な代物が揃ってたので、陽乃さんに頼んでかなり高価なのを選んだ。
誕生日に渡した時は、結構喜んでくれた。以降それがよくお茶の時間に使われている。
『つっても雪乃と結衣は結構タイプが違うからな、同じような系統でも意味がないだろう』
「やっぱり、身に付けられるようなものとかかな?」
『誕生日ってのは良くも悪くも印象に残りやすいからな、目に見えるものは良いかもしれん』
「じゃあ──」
それから俺たちは、時計の針が正午を二つほど過ぎるまで話し込んだ。
まずはここまで。