声を失った少年【完結】   作:熊0803

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いつものごとく亀更新。
今回は甘さ成分ドカ盛りです。



36.声を無くした少年は、少女たちの意思を知る。

 

 

 

  夢を、見ていた。

 

 

 

  ゆっくりと俺を気遣うように体を揺する小さく柔らかい手。肌を通じて感じるほんのりとした寝起きの体温。少し困ったように俺の名前を呼ぶ甘やかな声。

 

  それはとても幸せな夢のように思えた。しかし、これが夢だと俺は確信している。

 

「八幡くん、朝だよ。起きないと……」

 

  何度もそう言ってはゆらゆらと俺の体を揺さぶっており、加えて聞き覚えのある呼び名が聞こえてくるので、ようやく俺のまぶたは空いてくる。

 

  朝の光が少し眩しい。

 

 その光の中でちょっと戸惑った笑みを浮かべているのは……小町でも、ましてや雪ノ下でもなく、戸塚だった。

 

「やっと起きた……おはよ、八幡くん」

 

  こちらを覗き込む戸塚に一つ頷き、体を起こす。

 

 窓から陽光が白く差し込み、外ではスズメやヒバリが囀っていた。

 

そして残っているのは俺の使っていた布団一つ。どうやら他の二人はもう外に出たらしい。

 

  もぞもぞとした動きで布団から這い出ると、掛け布団と敷布団を畳み始める。

 

 その傍ら、機械に声を送って他のやつは?と戸塚に問う。女子である戸塚が起こしに来るとは、何事だろう。

 

「葉山くんと戸部くんはもう起きだしてるよ。だから、その、一人だけ寝てるから起こしにきたんだよ……………雪ノ下さんとのじゃんけんにも勝てたし」

 

  じっと潤んだ目で上目遣い気味に言う戸塚。

 

 なんで雪ノ下とじゃんけん?と思いながら、もう俺には密かに心に決めた人がいると言うのに少しドキッとした。

 

 ……おそらく、もし今ここにいるのが戸塚ではなく雪ノ下だったらそれどころでは済まないだろう。

 

「八幡くん、夏休み不規則な生活してない?」

 

  心配そうに聞いてくる戸塚に肩をすくめて別にと答える。

 

 確かに、夜はあいつが体を使っているから不規則といえば不規則かもしれん。

 

 まあ、もう慣れたからそうでもないけど。俺の意識自体はちゃんと寝てるし。

 

「そっか…あっ、運動っていえば、今度一緒にテニスしようよ!」

『おう、その時は連絡くれ』

「うん!」

 

  戸塚とは以前連絡先を交換しておいたので、ここでしなくても大丈夫だ。

 

 元気よく答える戸塚を見てほっこりとしながら、布団を片付けて彼女を伴い朝食をとるためにバンガローの外に出る。

 

  バンガローから少し歩いてビジターハウスの食堂に行くと小学生たちの姿はすでになく、代わりにいたのはいつもの面々と平塚先生だけだった。

 

「おお比企谷、起きたのか。戸塚、ご苦労」

「あ、いえ、大丈夫です!」

 

  新聞を読んでいた平塚先生が目を上げて言う。

 

 なにやら満足そうな戸塚を横目に俺はひらひらと手を振って応え、あくびをしながら空いてる席に座る。

 

「ヒッキーおはよう!」

「お兄ちゃんおはよー」

『おはよう』

 

  明るい表情で挨拶してくる二人に機械で返しながら、ふと雪ノ下に目を向ける。

 

 すると雪ノ下は少しはにかみながら、こちらに小さく手を振ってきた。

 

「おはよう、比企谷くん」

『…おう、おはよう』

 

  昨晩のことを思い出し、先ほどの戸塚以上に胸を高鳴らせながらなんとか声を機械に送って数秒後に挨拶を返す。

 

 そんな俺に雪ノ下はくすりと微笑み、どこか優しげな目をしていた。余計に恥ずかしくなって思わず顔を伏せる。

 

「「むっ……」」

 

  なぜか小町と由比ヶ浜がむすっとしているが、理由がわからないし多分知る必要もないのでスルーして机の上の盆を見る。どうやら小町が取ってきてくれていたらしい。

  盆の上に乗っているのは白米、味噌汁、焼き魚にサラダ、オムレツ、納豆、味の日、香の物、デザートにオレンジ。スタンダードなホテルの朝食といえば分かりやすいだろうか。

 

ともかく、それを手を合わせていただきますと言うと口に運び始める。

 

 が、すぐに白米が不足してしまった。納豆とオムレツ、焼き魚があると三杯ほど必要な計算になる。旅館だとここに生卵がつくからもう一杯分いるな。

 

 納豆のぶんで空になりそうな茶碗を見て次はなにを食べようかと考えていると、すっと小町が手を差し出す。

 

「お義兄ちゃん、お代わりは?」

『頼む』

「私がやるわ」

「あ、あたしがやってあげる!」

 

  ほい、と小町に茶碗を渡す。

 

 すると、なぜか雪ノ下と由比ヶ浜も同時に茶碗をつかんだ。三人はそのまま声があればヒッと言ってしまいそうな笑顔を見せ合いバチバチと火花を散らす。

 

……いや、なんでやねん。

 

「……ここは、じゃんけんで決めるとしましょうか」

「うん、いいよ。そんじゃ…」

「「「最初は……」」」

 

  ギチギチと鳴る茶碗をつかんでいない方の空いてる手を振りかぶり、三人はじゃんけんを始めてしまった。

 

 ……新聞越しに平塚先生から視線を感じる。いやいや、俺なにもやってないんですけど。

 

「「グー!」」

「パー」

「「あぁあぁあっ!?」」

 

  と、正当な勝負が始まるかと思ったら雪ノ下がなんとパーを出した。

 

 あっけなく引っかかって大声を出す小町と由比ヶ浜。なにやってんのお前ら。

 

「勝ちは勝ちよ、それに私は公平にとは言っていないわ。何か文句でも?」

「「うぅ…」」

 

  策略?を巡らし、珍しくズルした雪ノ下は少しドヤ顔で言い、二人の手が緩んだ茶碗を掻っ攫ってお櫃から米をつぐ。

 

「はい、比企谷くん」

『…お、おお』

 

  そして俺に綺麗な笑顔で差し出してきた。

 

 機械から間抜けな声をあげて思わず受け取ってしまい、とりあえずそのまま食べるのを再開した。

 

  それからしばらくして全員食べ始め、談笑をしながら手を進める。

 

 やがて食べ終えると、ずっとこちらをジト目で睨んでいた平塚先生が新聞紙を折り畳み始めた。

 

「さて、に ぎ や か な 朝食も終わったようだし、今日の予定について話しておこう」

 

  棘のある言い方で平塚先生がお茶を一口飲んでから続ける。

 

「小学生たちは一日中自由行動だそうだ。夜に肝試しとキャンプファイアーの予定だ。君たちにはその準備を任せたい」

「キャンプファイアー、ですか」

「あ、フォークダンスやるやつだ」

「おお!ベントラーベントラーとか踊るやつですね!」

 

  いや小町ちゃん、それ深夜の公園で地球外生命体と交信するやつだから。正確にはオクラホマミキサーな。最後の長音しか合ってない。

 

「それと、お化け役も君達だ。そっちの準備もよろしく頼む」

 

  脅かす役もやるのか。まあ、林間学校の定番だな。しかし、夜の森にずっといなきゃいけないのは脅かす側も怖いかもな。

 

  ………()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「といっても、仮装もあるしコースも決まっているので直前でいい。では準備の説明をするから行くか」

 

  平塚先生は立ち上がる。俺たちもそれに習って食器を片付け、後に続いた。

 

 ーーー

 

  食堂から出てしばらく移動し、途中葉山たちを回収してから大きな広場に出る。

 

 周囲を森に囲まれているグラウンド的なところだ。端には用具倉庫と思わしきものもある。

 

  男連中は平塚先生からレクチャーを受けて、キャンプファイアーの準備を始めた。戸部が薪を割ったり運んだりしてくるのを葉山が積み上げ、俺は一人で木材を井の字型に組み上げていく。

 

ちなみにさっき十本まとめて担いで来たら引かれた。解せぬ。

 

  そんな俺たちとは反対に女子たちはといえば、そのキャンプファイアーを中心とした大きな縁に白線を引いていた。

 

それを横目にただひたすら薪を割り、積み、組み上げる。

 

  準備自体はたいした時間も関わらずに終わった。終わったのだが、しかし陽の照っている中での作業はわりとつらい。

 

 この体のせいで汗をかくことはないが、腰骨が痛かった。

 

「ご苦労だったな」

「平塚先生」

 

  ぽきぽきと音をならせながら上半身を伸ばしていると、後ろから作業の進捗を見に来たであろう平塚先生の声がした。

 

 それに葉山が答え、俺は無言で振り返り缶ジュースを受け取った。その際、少し驚いたような表情をする平塚先生。

 

『何か?』

「…あ、ああいや、全く汗をかいてないのでな。比企谷は暑さに強い体なんだな」

 

  まあ、あながち間違ってもいないので肩をすくめて答えておく。正確にはほとんどの外的要因に強くなっているのだが。

 

  そう考えていると平塚先生から夕方までの自由時間が与えられた。どうやら他の連中も作業が終わったようで、順次解散している様子。

 

  俺たちもちょうど終わったところなので、葉山はバンガローにもどり、俺はこういうこともあろうかと持って来ていた水着とタオルを持って森の方へ入っていった。

 

  途中大きな茂みの中で水着とパーカーに着替え、それから適当にぶらぶらと歩き回りながら森中を進む。

 

そうすると、お目当ての小川のせせらぎが近くから聞こえて来た。

 

  音のする方向を目指し、道なりに歩いていくとちょろいょろとした小さな流れに出くわした。浅く小さく、ちょっとした用水路くらいの大きさだ。

 

 おそらく支流なのだろう。つまりこれを逆に上に進めばもう少し大きな流れに出るはずだ。

 

  そう推測して歩いてくうちに、鬱蒼と茂っていた木々は徐々にまばらになり始める。それに伴い水音も大きくなり、すぐにひときわ開けた場所に出れた。河原だ。

 

  おお、結構いい感じの場所だな。二メートルほどの川幅だが、腿ぐらいまでしか深さのない穏やかな水流である。ぱちゃぱちゃ水を浴びるにはちょうど良さそうだ。

 

「つっめたーい!」

「気持ちいいですねー」

 

  キラキラと輝く水面を見つめながらしばらく河原を歩いていると、閑散な森にきゃぴきゃぴとしたはしゃぎ声が聞こえた。

 

  目線を上げると、由比ヶ浜と小町が川に入ってはしゃいでいる。遠目にも水着姿であることがわかった。

 

「…ん?あ、お義兄ちゃんだ!おーい、こっちこっち!」

 

  呼ばれたら無視するわけにもいかないので、息が切れない程度に駆け寄る。

 

 そして機械に声を送って何をしているのか聞こうとすると、突然小町がニヤリと笑った。

 

「わっせろーい!」

 

  小町がばっしゃーと水をかけてくる。

 

 ノリが悪いのもあれかと思ってわざと頭から水をかぶると、髪を伝ってぽたぽたと雫が落ちる…ちょっと冷たい。

 

  別に髪や下半身はいいが、パーカーは水を吸って重くなると面倒なのでチャックを下ろして脱ぐ。すると由比ヶ浜と小町が息を飲んだ。

 

  なぜ?と問われれば理由はすぐにわかる。

 

 一見細く見える俺の体が異常に鍛えられているからだろう。六つに割れた腹筋、たくましい胸筋と血管の浮き出た肩から指先にかけての両腕、大きな背筋。

 

  しかし、それよりも………左腕についている首輪に似たデザインの腕輪と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の方が気になるだろう。

 

 服を着てるとわからないだろうが、あの時……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  それらを見られたことに少し抵抗を感じながら、パーカーを絞って着直す。

 

「どう、涼しくなった?」

 

 すると、いち早く復活した小町がこちらにいつも通りの笑顔を向けて来た。

 

『まあな。で、遊んでるのか?』

「そうだよー。…あっ、平塚先生が川で遊べるっていったから新しい水着持って来たんだよ!どうどう?」

 

  ぐいっと見せつけるようによくわからないポーズをとりながら感想を求めてくる小町。

 

 どうすればいいのか迷って由比ヶ浜を見れば、こちらも復活したはいいもののもじもじしながら黙ってしまった。ダメじゃん。

 

  はぁ、とため息をつきながら再度小町を見る。

 

 薄いイエローのビキニがフリルで彩られ、南国トロピカルな雰囲気を醸し出していた。小町が色々なポーズを取るたび結び紐が揺れる。

 

  ふむ、確かに義妹でなければ大絶賛していただろう。世界一可愛いとか言ってたかもしれない。だが……

 

『世界で2番目に可愛いぞー』

「む……一番じゃないんだ」

『まあな』

「……ねえヒッキー。それじゃあ一番は誰?」

 

  あらかさまにがっかりする小町に思わず苦笑をこぼしていると、後ろから由比ヶ浜が聞いてきた。振り返って彼女のことを見る。

 

  視界に飛び込んでくるのは鮮やかなブルー。恥ずかしげに腰をひねるとふわりとスカートがはためき、絹織物のようにきめ細やかな肌にビビッドな色合いのビキニはよく映える。

 

  加えて、先ほどの水遊びの名残なのか、水滴がはじかれるようにして艶やかな肌を滑っていく。

 

 優美な曲線を描く首筋を伝い、鎖骨のくぼみに一瞬留まるとふくよかな胸元へと至る。

 

  一瞬目線が釘付けになりそうになったが、なんとか強固な意志ではねのけた。意識して目線を由比ヶ浜の顔に固定し、機械に声を送る。

 

『さあ、どうだろうな。それより、似合ってるぞ』

「そ、そか……ありがと」

 

  由比ヶ浜ははにかむように笑う。

 

 が、綺麗なそれをなかなか直視できない。

 

 自分にはそれを見る資格がない気がして、誤魔化すように水際に膝をついて水を掬い顔を洗った。

 

 

「あら比企谷くん、あなたも水着なのね」

 

 

  ひんやりと冷たい清らかな水の心地よさを肌で感じていると、不意に聞きなれた声が聞こえた。

 

 思ったより柔らかなそれに反射的に顔を上げた途端ーー思考が停止した。なぜならば雪ノ下雪乃はその名のごとく、さながら雪の化身であるかのように見えたからだ。

 

 

 

  透き通るような白い素肌、形のいいふくらはぎから腰まで続く脚線美、驚くほど細くくびれた腰、控えめながらも一応主張している胸元。

 

 

 

  俺が呼吸するのも忘れ見入っていると、雪ノ下は恥ずかしくなったのかパレオで隠してしまった。ハッとして俺は我を取り戻す。

 

 あ、危ねえ、危うく窒息死するところだった。

 

  って、そんなことどうでもいいんだよ。

 

とにかく、何か言葉を発しなければ……

 

『雪ノ下、世界一綺麗だぞ』

「えっ?」

 

 あっ。

 

  機械から、本音が漏れた。

 

 そうだ、そうだった。この機械は意識して制御しなければ、思うことすべてを感知して吐き出してしまうのだ。

 

 義父さんに聞いた話によると試作品はもっとひどいらしいが、これもこれでかなりひどい。

 

「え、あ、や、あの、うぇ、あ……」

 

  サーっと青を通り越して真っ白になっていく俺とは真反対に、どんどん赤く染まってゆく雪ノ下の顔。

 

 そのうち、頭から湯気でも出るのではないかという表情でうずくまってしまった。

 

 あああぁ、やらかした!完っ全にやらかしたぁぁぁぁっ!

 

「は…ま…くんの馬鹿、エッチ、変態………」

 

  何事か雪ノ下が呟いていたが、自分のおかした失態のあまりの恥ずかしさと後ろから感じる二つの極寒の目線から現実逃避するために、俺の出せる全力で顔を殴る。

 

 が、別に痛くなくて全く意味がなかった。クソッタレが!

 

「…何をやっているんだ?」

 

  そんなある意味くだらなすぎるやり取りをしていると、平塚先生がいつの間にやら河原にきていた。後ろには三浦や海老名さんも引き連れている。

 

  平塚先生は白のビキニを艶やかにまとい、長い足と豊かな胸を惜しげも無く披露していた。引き締まった手足、形のいい臍、健康的というか野生的な魅力を感じる。

 

……これでなぜ男がいないのか本当に謎だ。

 

  不思議に思っている俺の横を、三浦と海老名さんが通り過ぎる。

 

 三浦は蛍光色っぽい紫にラメ入りのビキニ、海老名さんはまさかの競泳水着。

 

 二人とも容姿が整っているので似合っている、という短い感想が浮かんだ。

 

「ふっ、勝った……」

 

  そして三浦は立ち上がっていた雪ノ下とすれ違いざま、ちらりと彼女の胸元に視線をやり満面の笑み浮かべてそう言った。

 

 その声には感動にも似た響きが込められていて、雪ノ下は怪訝そうな表情をした。

 

「…?何かしら」

 

  どうやら三浦の笑顔の意味がわかっていないようで、雪ノ下は首をかしげる。が、外側のこちらはすぐに察することができた。こういうとき肩の一つでも叩いて励ましてやるべきなんだろうが、俺は男だし今の雪ノ下に触ったら多分鼻血が出る。

 

「だ、大丈夫だよゆきのん!ゆきのんはすごい綺麗だし、気にしなくて平気だよ!」

「雪ノ下、まだ諦めるような時間じゃないぞ」

「そうですよー、女の子の価値はそこで決まるわけじゃないんですから!……まあ、小町はまだ成長期だけどっ」

「は、はぁ……どうもありがとう?」

 

  口々に励ましの言葉を投げかけられ、雪ノ下はもっと首をかしげる。

 

 が、小言で言われたことを繰り返し、やがて気がついたのかまた一瞬で顔を真っ赤にした。そしてキッと俺を睨む。

 

え、何!?まさかさっきのことを怒って……!?

 

「………そ、その…」

「…?」

 

  しかし雪ノ下は罵倒してくるわけでもなく、ちらりと由比ヶ浜や平塚先生の胸部を見た後さっきの由比ヶ浜みたいにもじもじとしながらこちらを見る。

 

「……………比企谷くんは、大きいのと、小さいの、どっちが好き、なのかしら?」

「!?」

 

  なんで雪ノ下が、胸の大きさを気にしながら俺にそんな質問をしてくるか。

 

 それが一般的な認識や好みを聞いているわけでも、何気なく聞いたわけでもないことがわからないほど俺は捻くれてはいない。

 

  その質問が、俺個人の好みを聞いているということを、俺はわかっていた。

 

 ただ、踏み込むのが怖くてみっともなく認めたくないだけなのだ。我ながらヘタレである。

 

  しかし聞かれた以上答えないわけにはいかないので、先ほどのようなことにならないよう慎重に機械に意思を伝え声を出してもらう。

 

『…俺は』

「ひ、比企谷くんは……?」

『…………………………どっちかというと、小さくてもいい、と思う』

 

  ……いいや、違う。本当の答えはそれじゃない。

 

 俺は、雪ノ下だったら胸が大きくても小さくてもどうだっていいのだ。ただ彼女がそうなら、俺の好みがそうなるというだけで。

 

  しかし当然、それをここで言うわけはない。

 

「ーーっ!! そ、そう!………よかった」

 

  ほっ、と小さくしか起伏のない胸をなでおろす雪ノ下。

 

 それに由比ヶ浜が悪鬼のようなオーラを纏っていたり小町が般若のような顔をしていたり平塚先生がリア充撲滅とか呟いてシャドウをしていたりしたが、とにかく究極の質問は終わった。

 

  そこからは葉山や戸塚、戸部やらも河原に来て、全員で川に入って遊び始めていた。

 

 水を掛け合ったりイルカ型の浮き輪につかまってキャイキャイ騒いでいたりと楽しそうな様子だ。

 

  一方、俺は雪ノ下の質問で精神的に疲れてしまったので、降り注ぐ木漏れ日の気持ちいい木陰に腰掛けながらバードウォッチングしたり、小石でおはじきしたり蟻の巣を眺めたりして時間を潰すのだった。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

  しばらくすると飽きたので、川の方に目線を戻す。

 

 すると、そこでは平塚先生と海老名さんが大波や水鉄砲で攻撃をしたり、水をかけられた雪ノ下が由比ヶ浜と小町に反撃したり、見ないうちに一堂会してのウォーターバトルが繰り広げられていた。

 

 そして、それを微笑ましげに濁った目で見守る俺。どう見ても不審者ですありがとうございます。

 

 

 ザッ

 

 

  不意に、近くから地面の小石を踏みしめる音がした。

 

「?」

 

 そちらを向けば、なんと留美を話しかけずらそうな目で見ていた少女三人ほどがこちらを見ていた。

 

  おそらく、俺に何か用があるのだろうと悟り、手招きして呼び寄せる。

 

 少女たちは恐る恐るといった様子で近づいて来て、何度か口を開いては閉じると言う動作を繰り返していたが意を決したように声を発した。

 

「あ、あの!」

「………」

「えっと、留美ちゃんと一緒にいた人、ですよね……?」

 

  こくりと頷いて肯定すれば、最初に話した少女はほっとした様子で話を続ける。

 

「その、私たち留美ちゃんと仲良くなりたくて……留美ちゃんと親しげだったから、手を貸してもらいたくて……」

『…それはなぜ?』

 

  口を開くことなく声を出す俺に一瞬困惑するものの、それより相談の方が大事なのか堰を切ったような様子でどんどん言葉を吐き出す少女たち。

 

「私、前に留美ちゃんに勉強助けてもらったことがあって…それでその時留美ちゃんかっこいいなって思って…」

「わ、わたしは探し物一緒にやってくれた!」

「私は道具を貸してもらって…」

「だからその、今回の林間学校で仲良くなってお礼を言いたいっていうか…」

「みんな怖い怖いいうけど、留美ちゃんは全然そんなことなくて、だから話しかけたいんですけど…でもどうしたらいいのかわからないんです」

 

 ………ああ、やっぱり。留美は、俺とは違う。全く違うじゃないか。

 

  もじもじと恥ずかしげにいう彼女らを見て、思わず俺は息を呑んだ。

 

  彼女は、決して孤独なんかじゃない。

 

 こうやって誰かに優しくできて、感謝されて、たとえ知らなくても、気づいていなくても可能性を持っている。それはとても大切なもので、昔雪ノ下以外に何もなかった俺は大違いだ。

 

  確かに、理由は小学生であるがゆえに単純だ。それでも三人からは本気が伝わって来て。

 

  だからこそ俺は、孤独でないということがどれだけ救いになるのか知っている俺は鶴見留美のために手助けをしたいと、そう思った。

 

『…いいだろう』

「! ほ、ほんとですか!?」

『ああ。けどその代わり、聞いておく。そのために少し怖い思いをすることになってもいいか?』

「「「っ……は、はい!」」」

 

  強い。彼女らを見て思った。

 

 きっとこの少女たちならば余程のことがなければ留美を裏切ったりはしないという確信が持てた。

 

 だから俺は話しながら頭の中で構築した作戦を一部は隠しながら彼女らに伝え、そして留美をその場を離れ少女たちを伴い探しにいった。

 

「ふふ……」

 

  留美は案外すぐに見つかった。

 

 俺たちが遊んでいた河原とは別の河原にて一人で岩に腰掛け、小さく鼻歌を歌いながらまた資料集に目を落としていたのだ。

 

その姿は、端から見れば寂しいものにしか見えない。

 

『よう』

「…あっ、八幡」

 

  少女たちに岩陰に隠れるようにいい、機械に意思を伝えて数秒かけて声をかければ、ぱっと顔を上げて留美は笑顔になった。

 

 隣いいか?とジェスチャーすれば、すすっと横にずれる。俺は岩に座った。

 

「……あの綺麗な人と一緒にいなくていいの?」

 

もしかして雪ノ下のことだろうか。えっ、小学生にさえ見抜かれてんの?

 

『……まあ、な。それより少し話があるんだがいいか?』

「うん」

 

  ぱたりと資料集を閉じてこちらの話を聞く体制に入る留美。

 

 俺は真剣な顔をして目を合わせ、携帯のアプリと首輪を併用して話し始めた。

 

『突っ込んだ事を聞くが…今、楽しいか?素直に答えてくれ』

「っ……あんまり」

 

目を伏せる留美。そこには現状への寂寥感が見て取れた。

 

『なら変えたいとは思わないか?』

 

  俺の問いに留美は一瞬目を見開くも、しかしすぐに諦めたような感情を宿した目で首を横に振る。

 

「無理だよ……だってみんな、わたしを怖いっていうもん」

『つまり、まだ繋がりを求めてはいるんだな?』

「……それは」

『俺は別にきゃっきゃっしろって言ってるわけじゃない。それを言ったら俺なんて普段ほとんど黙ってるしな。むしろ一生黙ってるまである』

「……ぷっ」

 

  俺のふざけた言葉に留美は笑う。いい調子だと、さらに画面上で指を滑らせた。

 

『ただ、人の繋がりを持っておけ』

「…八幡とか、お父さんやお母さんがいる」

『全部相談できるか?例えば恋愛や、体の変調のことも?』

「……」

『できないだろ?…そういうとき、誰かとの繋がりがあればなんとかなることもあるかもしれない。まあ、確約はできないけどな』

 

  ……口ではこう言ったものの、俺はなんとなかった方だ。

 

 なにせ、俺は本当の親のーー〝母さん〟の繋がりのおかげで義父さんたちに出会えて、今こうして人として生きていられる。

 

それがなかったら俺はきっと、()()()()()()()()()()()()()()()

 

  だからこそ。人であるまま、怪物にならないまま生きていきたいのならば、人との繋がりは必須なのだ。

 

今それを諦めたら、俺とは違ってただの人間である留美には死しかなくなってしまう。

 

『よく覚えとけ。人は人であるうちは一人では生きていけない。誰か隣にいれば悩んでいるときは少なからず心配してくれるしな』

「……やっぱり無理だよ。そうしたくても、みんな怖がるに決まってる」

『本当にそうか?』

 

 ならあの少女たちはなんだ?留美の何気ない行動で歩み寄ろうとしている彼女たちは?

 

 本当に誰も彼もに心の底から恐れられているのならば、あのような人間は現れない。

 

 

  嫌われるのは、恐れられるのは、怖がられるのは、嫌悪されるのは、倦厭されるのは、忌み嫌われるのは、憎まれるのは全部、俺の専売特許だ。

 

それを、留美が持つことはない。

 

『ならあれはなんだ?』

「え?」

 

 俺の指差す先には、話がどう進んでいるのか気になって仕方がないのか岩陰からひょこっと顔を出す少女たちがいた。

 

「ーー!?」

 

  目を見開いて、ありえないという表情をする留美。

 

『アドバイスはした。後はお前次第だ、好きにやれ』

 

  そんな彼女を見ながら俺は立ち上がり、離れ始めた。

 

 真面目な話をするのはあまり得意ではない。これ以上は無理。マジで限界。いいお兄ちゃんぶるのはここまで。

 

「待って!」

 

  しかし呼び止められ、振り返る。

 

 そうすれば何かを期待するような、先ほどとは正反対な顔をした留美が何かを問いかけようとしているところだった。

 

「八幡は…八幡は、隣に誰かがいてよかったって思うことあった?その人に相談して救われたことは?」

『…あるさ。だからこそ、俺にできたんならお前にできないはずがない』

 

  そうだ。一度目は義父さんたちに。文字通り〝人〟生をもらえた。

 

  二度目は雪ノ下に。人の形をしているだけの怪物を、孤独から掬い上げてくれた。

 

  だから、俺とは違い最初から良い選択肢のある留美がダメなはずがないのだ。

 

 故に俺はこれ以上何も言わずに、ただ留美にはひらひらと手を振って少女たちには肩を叩いて立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  Q.選ばなくてはいけないというのは強者の考えであり、弱者の自分には目の前の最良で唯一の選択肢しかありません。どうしますか?

 A.それを無理矢理にでも掴み取って先に進む。

 




最後の理論がおかしいかもしれません。
以前から何回か言われていたのでセリフを分けました。どうでしょうか?
感想をいただけると嬉しいです。

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