声を失った少年【完結】   作:熊0803

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すみません、長くなったので千葉編最終話は次回に回します。
楽しんでいただければ幸いです。


38.声を無くした少年は、悪を演じる。

 

  雰囲気を出すためであろうか、スタート地点には篝火が焚かれている。生木に火が移ると、パチリと音を立てて火の粉が飛んだ。

 

  そんなスタート地点で、小町は小学生達のグループの指名をやっていた。小町が「次はこの班だーっ!」と元気よく叫ぶたびにきゃーっと盛り上がる小学生達。

 

  指名されたグループの小学生達がどよめきをあげながら立ち上がり、全員揃ってスタート地点に向かう。

 

  肝試しを開始してすでに30分ほどが経過していた。すでに7割近くのグループが肝試しのコースに入っている。

 

  今この場にはいない八幡の考案で指名制にする案はうまく機能し、今か今かと小学生達は自分達の番を待ち、若干の緊張が見える表情だ。

 

「スタートしたら森の奥にある祠からお札を取ってきてください」

 

  森の入り口で魔女っ子姿の戸塚が簡単なルール説明を行う。最初は慣れずに少しミスをしていたが、すでにこなれた様子で仕事をこなしていた。

 

  問題が起こらないよう平塚が監視する中、打ち合わせ通りに葉山達に指名役を交代した小町が肝試しの様子を観察しに木立に紛れつつ移動する。

 

  コースの最初に配置されていたのは由比ヶ浜だったが、小学生達が通りがかったところで木陰から飛び出してくるまでは良かったがいかんせん、その後がダメだった。

 

  「がおー、食べちゃうぞー!」などという小悪魔のコスプレをしたアホっぽい女子高生に今時の小学生が怖がるはずもなく、爆笑しながら逃げられる。

 

  がっくりと肩を落とす由比ヶ浜にさすがに小町は同情し、ポンポンとその肩を叩くと小学生を追いかける。

 

  木立の間を抜けてショートカットし、口々にしょぼいだの全然怖くないだのと言い交わしている小学生達を先回りした。そしてガサガサと音をたてる。

 

  一気に声のトーンを小さくして怖がり始める小学生達。正体不明の現象におびえる小学生達に満足したように小町は頷き、その場を離れてさらに進む。

 

  深い森は暗く、ただそれだけで恐ろしい。夏だというのに高原の夜は冷え込んでいた。しかし()()()()()()()()()()()、そんなものものともせず進む。

 

  頼りない月明かりと星影に照らされる道を道なりに折れると、小町の視界に白い影が映った。

 

  枝の間から差し込む月光が白磁色の肌を照らし、服風がその姿を儚げに揺らめかせる。小町は、声が出なかった。

 

  その人物が恐ろしいからではない。確かにある理由によりライバルとして見てはいるものの、そういうわけではないのだ。

 

  ただ、恐ろしいほどに冴え冴えとしたその美しさに魅入られた。禁忌とも呼べるその美は近づくことすら許されない気がする。

 

  それほどに、清けき月光と凛とした冷ややかな風を一身に浴び立つ雪ノ下雪乃は美しすぎた。この人に、義兄は……

 

  小町が少し悔しげな表情をしている間に、雪乃がふと振り返る。そして小町と目が合い、「ひゃっ!」少し可愛らしい悲鳴をあげた。

 

  恐る恐るといった様子で、雪乃は小町を見る。そしてホッとしたように胸を撫で下ろした。そこでようやく小町も我を取り戻し、近寄る。

 

「……お疲れ様です」

「え、ええ。そちらこそお疲れ様」

 

  小町が労うと思ってはいなかったのか、すこしぱちぱちと目を瞬かせてから雪乃はそう返した。

 

  小町とて、ある程度は弁えている。確かに雪乃はあることに関しては油断ならない相手ではあるが、それ以外の雪乃の優秀さや生真面目さは認めているといってもいい。

 

「もうどれくらい終わったのかしら?」

「すでに7割がたは終わってますよ。もうすぐ終わりです」

「……そう…ねえ小町さん」

「……なんですか?」

 

  珍しくいつもの少し険悪な感じではなく、普通に話しかけてきた雪乃に小町が顔を向ける。

 

  少し逡巡した後に、雪乃が口を開いたその瞬間ーー

 

 

 

 

 

 ーーオォオオオォォォオォォオオアアァアアァアアアアァアアアアアアァアアア!!!

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

  森のどこからともなく、大きな咆哮が周囲一帯に響き渡った。思わずビクッとして顔を上げる二人。森の中で眠っていた鳥達が一斉に飛び立った。

 

  その光景に、スタート地点で子供達に指示を出していたボランティア組も、小学生も思わず唖然とした。とはいえ、いち早く立ち直った平塚がなんとか全員正気に戻したが。

 

  一方、小学生達を待ち構えていた二人は目を見開いていた。その咆哮の、それをあげた者の正体を、彼女達は知っていたからだ。

 

「そんな…まさか、八幡くん……」

「お、お義兄ちゃん、まさか作戦って……」

 

  二人は当時に同じ思考にたどり着き、ハッとしてお互いの顔を見合わせる。いつも剣呑な二人の雰囲気はなく、ただ同じ男の身を案じた。

 

  今すぐ止めに行こうか。そう思ったが、すぐ近くに先ほどよりもはるかに怖がっている小学生達が近づいていたのを下草が揺れる音で認識したのでそれはできなかった。

 

  チッと舌打ちし、小町は両目を閉じる。そして目に自分の中にある〝力〟を込めていった。

 

  やがて、お互いの体にひっつきあってキョロキョロと周囲を見渡す小学生達が現れた。道を曲がった途端、彼らの目に小町が映る。その瞬間、カッと小町は目を開いた。

 

  小町の目は、赤く染まっていた。白目の部分は地で濡れたように真っ赤になり、黒目の部分は小さくなっている。極限まで瞳孔が細くなっており、そのコスプレも相まって完全に化け猫であった。

 

「ヒッ!?」

「ほ、ほんもののお化けだ!」

「逃げろ!逃げろって!」

 

  小町の目論見通り、彼女を恐れた小学生達は足早にその場を去った。小町はそれを確認すると目を閉じる。次に開けた時、小町の目は元に戻っていた。

 

  それがわかると、今度こそ小町は義兄を探しに行こうとした。が、袖を引かれて立ち止まる。振り返れば、小町の服の袖を引いていたのは雪乃だった。

 

  怪訝そうな顔をする小町に、雪乃はやや落ち着き払った様子で話しかける。

 

「……行ってはダメよ」

「…でもお義兄ちゃんが」

「大丈夫。彼は……絶対に無茶はしないわ」

「…どうして、そう言い切れるんですか?」

 

  自分のように、ずっとそばにいた訳でもないのに。つい最近また現れただけなのに、それなのに、なぜお前がそう言える。

 

  そう声を荒げるのを抑えて問いかける小町に、雪乃は……ふっと柔らかく微笑んだ。思わず目を見開く小町。

 

  そんな小町に、雪乃は諭すように語りかけける。

 

「私だって、彼が無茶をするのは知っているわ。私も…その無茶に助けられたから」

「なら…」

「だからこそ。私は彼を信じる。彼なら大丈夫よ」

 

  そう言う雪乃の目には、確かな確信の光が思っていた。小町はそれが本物かどうか見極めるまでジッと睨み続ける。

 

  そのままお互いの目を見ること十数秒。根負けした小町はため息をつき、「……わかりましたよ」と言うと足を森の中から変更する。

 

  微笑む雪乃を置いて、小町は足早にゴール地点にある篝火を目指した。ほとんど道を無視して進んでいく。

 

  最後の祠では、海老名が青々とした枝を振るっていた。榊のつもりなのであろうか。ともかく、「たかまがはらにーかしこみーかしこみー」などと祝詞も上げて、ノリノリである。

 

  この様子だったら大丈夫だな、と判断して小町は全力で元来た道を引き返していくのだった。

 

 

 ーーー

 

 

  小町が見回ってからスタート地点に戻ると、残っているのは後二、三グループという状態になっていた。

 

  葉山達が指名して、また新たなグループが出発する。それを確認すると小町は近づいて葉山から進行役を引き継いだ。

 

  役目を交代した葉山達は小町に「それじゃあ」と言うと自分たちの仮装を被り直して夜の森の中へと消えていった。

 

  それを見送った小町は指名をしながら、こっそりと留美の様子を伺う。小町も留美とは知り合いであるため、少し心配しているのだ。

 

  森の中から出発したグループの悲鳴とも歓声とも取れる声が上がる中、留美は昨日八幡に話しかけていた少女達と共にいた。とはいえ、仲よさげに話しているわけではない。

 

  距離感を測りかねている、と言うべきか。お互いがチラチラとお互いのことを見合い、気にしてはいるもののイマイチ踏み込みきれない。

 

  八幡は…自分の義兄は、〝あれ〟を使ってまで彼女達の仲を進展させようとしているのか。留美以外は見も知らないもののために。

 

  やはり止めたくなるが、しかし先ほど雪乃に言われたことを思い出してグッと堪える。少し癪だが、彼女の目には確かな信頼が見て取れた。

 

  それに彼女だって知っている。比企谷八幡が、そういう見も知らぬ人間のために自分の安全を捨てられる人間だということを。だから、信じるしかないのだろう。

 

  気を引き締め直してポケットの中の携帯電話で時間を確認すると、残された二グループのうち、留美達の方ではないグループが指名され出発する。

 

  戸塚に説明をされたグループ……最後から二番目のグループが出発した。それを見た小町はこっそりと戸塚に目配せをする。

 

  コクリと頷いて後は任せろと言わんばかりだ親指を立てた戸塚を見ると、小町はその場を離れた。目指すは山道の分岐点。カラーコーンで片方の道を塞いである場所である。

 

  先ほどと同じような要領で小学生達と鉢合わせしないように木立の間を抜けていく。由比ヶ浜のいる場所も雪乃のいる場所も通り抜け、そこにたどり着いた。

 

  手近な木の下闇に身を隠して先ほどの最後から二組目の集団が通り過ぎるのを待ち、カラーコーンを移動させゴールへ続いていない道を開け放った。

 

 

 ーーゾッ

 

 

「!?」

 

  その場を離れようとしていた小町は不意に、全身が総毛立つような戦慄を覚えた。思わず解放した道を振り返る。

 

  その先には少しひらけた場所があり、中心に気が立っているのだが……そこに、()()()()()()。極限まで息を殺し、気配を絶っているが、半分同族である小町にはわかった。

 

  ぎゅっと真一文字に唇を引き結び、小町は分岐まで戻り再び木陰に紛れた。そのまま待つこと数分。

 

  複数人の気配。少し枝の間から目を凝らせば、留美を含めたグループが歩いて来るところであった。時折少女達は留美に話しかけており、険悪な様子はない。小町は少しホッとする。

 

  すぐにグループの戦闘が分岐に差し掛かる。カラーコーンで防がれた道を興味深そうに一瞥し、道なりに進む。

 

  それを追いかけようとした小町の背中に声がかけられる。

 

「小町さん、状況は?」

 

  振り返れば、雪乃と由比ヶ浜、海老名、ヘルメットを脱いだ葉山、ゴ◯ラの着ぐるみのままの戸部、他に三浦など全員そろい踏みしていた。

 

  お化け役を終えた彼ら彼女らに小町は指で少女達の背中を指差す。

 

「小町は見に行きますけど……皆さんはどうします?」

「え、いくけど……どうして?」

 

  首を傾げて聞く由比ヶ浜に、小町はスッと表情を消して淡々と話す。

 

「……これから見るものは、多分すごい怖いです。でもどんなに怖くても、叫んだりしないでください。それができないなら、ここで待っててもらいます」

 

  首を傾げながらも、全員作戦の結果が気になるのだろう、真剣な顔の小町に頷く。小町も神妙に頷くと、ついてくるように促す。

 

  留美達のグループは正規の道ではない道を、周囲に広がる暗闇に少し怯えながらも進む。こんな夜だというのに、空にはなぜか大量のカラスが飛び恐怖を煽るように鳴いていた。

 

  やがて、〝そこ〟に行き着く。そしてまず、少女達は首を傾げた。なぜなら少し広くなっている場所の中央の木に、何かがたくさんぶら下がっていたからだ。

 

  そしてそれの正体を知るために手に持つライトを向けて……後悔し、恐怖して地面にへたり込んだ。木から垂れ下がっていたものは、血まみれの()()()()()()()()()()()

 

「な、なにあれ……」

「き、気持ち悪い……」

「ここ、本当にゴールなの?」

「……………」

 

  小学生達がそれぞれの反応を示す中、ボランティア組もまた驚愕に目を見開いていた。あんなもの、下見に来たときはなかった。

 

  それに加えて、ぶら下がっている皮は目を凝らすと全て顔が違っていた。その全てが本物にしか見えないのもまた、その場にいる全員の恐怖を煽る。

 

  小学生達が震えていると、ふと木の根元に何かが転がっていることに気がついた。こんな場所に普通のものがあるなどとは、流石に小学生とはいえ考えられない。

 

  それでも怖いもの見たさか、近づいて見た。結果は……四人のうち、二人が腰を抜かしてしまった。

 

  そこに転がっていたのはーー人間の生首だったのだから。

 

「ヒィッ!?」

「イヤァアアア!」

「もうやだ!帰ろうよ!」

「……みんな、落ち着いて」

 

  口々に騒ぐ三人に、やや落ち着いた様子の留美がそう言った。自分を振り返って見る三人を留美はなだめようとーー

 

 

 

 ーーハァ………

 

 

 

  どこからか、息遣いが全員の耳に木霊した。ピタリ、と体の動きを止める。すると次の瞬間、ドンッ!!!という音ともに四人の背後に何かが落ちてきた。

 

  ガタガタと体を震わせながら振り返れば……そこには鬼がいた。比喩ではない。本物の、鬼がいた。

 

  地面まで垂れる長い黒髪、赤い肌、額の右側から生えたねじれた角、右半分だけ耳まで裂けた口元。その中には牙が並んで血で濡れており、金色の瞳は極限まで瞳孔が細められている。

 

  そして……顔の左側は、八幡の顔をしていた。目を見開く一同。

 

  とても作り物とは思えないプレッシャーが、鬼からは発せられていた。小町が警告した意味がよくわかる。

 

  あれは、ダメだ。人間が耐えられるようなものじゃない。既に由比ヶ浜や戸塚は地面に尻餅をついていた。

 

  どこからともなく降り立ってきた鬼は少女達を睥睨しながら、その恐怖を嘲笑うように目を細め、至近距離で先ほどの森一帯に響き渡ったあの咆哮を上げた。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!」

「い、ぁ……」

 

  ついに、全員が地に膝をついた。それは留美も例外ではない。普段大人びているとはいえ、まだ彼女とて小学生。こんなバケモノの前に立って冷静でいられるはずがない。

 

  咆哮を終えた鬼はニタァと笑い、()()()()()()()()()()()()()から声を発した。

 

『ーー腹ガ。腹ガ減っタ』

 

「は、はら……?」

『一人のコれ。そウすレバ残りハ見逃シてヤル』

 

  そう言った鬼は、絶望に染まった表情の四人を順々に見渡す。そして……ふと留美を見た瞬間、嗤った。その瞬間留美は悟る、自分が選ばれたのだと。

 

  その留美の直感を証明するように、鬼は降りてきてからずっと地面についていた手の片方をあげ、爪と指が同化したものを彼女へ向けた。

 

『…オ前、うマそうダナ。残レ』

「っ! だ、ダメだよ留美ちゃん!」

 

  留美が狙われているとわかった途端、それまで恐怖に打ち震えていた少女の一人が声を張り上げた。驚いてその子を振り返る留美。

 

  グッと奥歯を噛み締めて涙をこらえながらも、少女は留美と同時にこちらに振り向いた鬼を睨んだ。

 

  それを嘲笑うように鬼は今度は指をその少女へ向ける。しかしそれでも、少女は鬼を睨んだ。留美を選ばせはしないと、精一杯の勇気を込めて。

 

  その少女を皮切りに、残りの二人も立ち上がって留美をかばうよに鬼の前に出た。これに、それまで同じようにガタガタと震えていたボランティア組が驚きに目を見開く。

 

  てっきり孤立して誰も味方がいないと思っていたのに、しかし少女達は留美を守ろうとしているのだ。

 

  そして肝試しが始まる前の最後の会議の時に八幡の言っていた希望というは、このことを言っていたのかと悟る。

 

  こちらを睨む少女達に、それまで嘲笑っていた鬼は途端に白けたように笑みを消し、足に力を込めて跳躍する。ひとっ飛びで三人の後ろに着地し、留美の背後に降り立った。

 

『つまラん。そろソろ腹モ限界だ、オ前を喰ウ』

 

  驚いて振り返る留美達にそういうと、鬼は留美へと手を伸ばす。思わず由比ヶ浜が木陰から飛び出そうとするが、しかし小町が手で制した。

 

  ゆっくりと鬼の手が迫る。自分の首へと向かうその手を、しかし何か決意を固めた表情の留美はなされるがままになった。

 

  そのまま鬼の手は留美の首を掴み、細い首に鋭い五本の鉤爪が絡まった。少女達が留美の名前を叫んだ。それを嘲笑する鬼。

 

  だが…すぐに鬼は嘲笑を消して留美を見た。キッと留美は鬼を睨み返すが…しかしすぐに驚愕する。なぜなら、鬼は自分に真剣な光の宿った目を向けていたからだ。

 

  鬼はそのまま口を開き、留美にだけ見えるようにパクパクと動かす。

 

  『か め ら』。留美には、鬼がそう言っているように思えた。ハッとして、ずっと首にかけていたカメラを見下ろす。

 

  少しの思考ののち、留美は心の中で鬼に……否、()()に礼を言い、顔を上げると鬼に向かってカメラを構えた。

 

 そして……

 

「……ねえ、鬼さん。写真はお好き?」

 

 カッ!!!

 

  そういうと同時に、留美は手に持ったカメラのボタンを何度も押した。途端に強烈な閃光があたりを包む。シャッシャッと連続で機械音が鳴るたび、闇夜に光の奔流が溢れ出した。

 

  デジカメだ。留美は鬼の意図を察して、デジカメのフラッシュを使って鬼の視界を潰そうとしたのだ。

 

 

『ガァアアアァアアアァアアァアアッ!?』

 

 

 そして、その目論見は成功する。

 

  至近距離で光を目に浴びた鬼は絶叫し、留美の首にかけていた手を離して自分の両目を覆った。そして長い髪を振り乱して暴れ出す。

 

  それを見ながら解放された留美はバッと振り返り、呆然としていた三人に「今のうちに早く!」と叫んだ。ハッとして我を取り戻す三人。

 

  混乱する三人の手を引き、少しの時間も惜しいと言わんばかりに留美は鬼の横をすり抜けて元来た道を走って引き返した。

 

  やがて視界が回復したように頭を振った鬼は不機嫌そうに咆哮し、現れた時と同じようにその場で飛び上がったかと思うとどこかへと消えて行ったのだった。

 

  後に残されたのは、人の皮が垂れ下がった木と、地面に転がった生首と、小町達ボランティア組だけ。

 

「……みなさん、帰りましょう」

「で、でも、さっきの……」

「そうだし…さっきのアレ、ヒキオの顔してなかった?」

「……小町さん、説明して。あれは、何?」

 

  口々にそう言ってくるメンバーを小町は表情の抜けている顔で見渡し、どこか空虚な目で見据える。

 

「いいです。大丈夫ですから。とりあえず、戻ればわかります」

 

  やがて、視線を外した小町はそれだけ言うと元来た道を引き返していく。

 

  そんな彼女に、雪乃達は困惑しながらもついていくしかないのだったーー

 

 

 

 




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