声を失った少年【完結】   作:熊0803

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自分の描いてる作品全てに共通することなのですが、折角書いて投稿しても感想がこないと残念に思います。
別に誰も楽しんでないんじゃないか、と不安でなりません。
またそれはともかく、久しぶりの更新です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


42.声を無くした少年は、ペットを預かる

  八月の半ば、夏休みも折り返しを過ぎた日のお昼前。

 

「……」

 

  俺は家でノートパソコンに向かい、キーボードを打っていた。リビングに指がキーボードを叩く音が響く。

 

  つっても、各科の課題は夏休み初日に全部片付けたし、〝組織〟への書類も現時点では全部終わってる。

 

  じゃあ何してるかって言うと、なんでか小町の自由研究のレポートをやってるわけである。

 

  まあ、そう難しいものじゃない。昔の俺の自由研究レポートをコピペして、小町っぽく編纂するだけでいい。

 

  ちなみに、当の本人は受験勉強の疲労を癒すべく、ソファで俺の横に寝転がって愛猫のカマクラの肉球をぷにってる。

 

  いいご身分だとは思うが、毎日勉強漬けなのだ。俺みたいに書類仕事に慣れてるわけじゃなけりゃ休息は必要である。

 

  こう言うのは自分でやらないと意味がない、とか言うが、自由研究のレポートなんざやっても使う機会なんかそうない。せいぜい企画書を作るとかそれくらい。

 

  そんなわけで、小町に人をうまく使ってやることやら助けてくれる人脈を培うことを学んでもらうためとか思いながら指を動かす。

 

 

 クルルルル……

 

 

  そんなことをしてると、トントンと誰かが俺の肩を叩いた。手を止めて振り返ると、黒い鉤爪が乗っている。

 

  後ろを見ると、そこには赤色の瞳を持つ、ヴェロキラプトルみたいな、小さな恐竜もどきがいた。前腕が長く、黒い体に黄色のラインが入っている。

 

『飯か?』

 

 グォッ!

 

  首輪に思考を送って声を出すと、人語を理解するそいつは口を開けて鳴く。やれやれと思いながら、俺は一旦パソコンを閉じた。

 

  立ち上がって伸びをすると、キッチンに向かう。忠犬のように後ろをついてくる恐竜もどき。

 

  キッチンに入ると冷凍庫を開けて、俺の頭よりでかい肉塊を取り出す。それを大きなフライパンを出して超強火で焼く。

 

  ジュウジュウと煙を立てる肉に故障を振ってると、ポタポタと肩に雫が落ちる感触を覚えた。

 

『…おい、よだれ垂らすな』

 

 クオ……

 

  首輪を使って注意すると、肩に乗ってる恐竜もどきは鳴いて俺の頬を舐めた。ざらざらとした舌が皮膚を撫でる。

 

  それに苦笑しながら、焼き終えた肉塊をさらに乗っけてリビングの方に持っていった。例のごとくついてくる恐竜もどき。

 

「あれ、インちゃんもう餌の時間だっけ?」

 

  すると、ぴょこんとソファから頭を見せて、小町が首をかしげる。俺は頷いて床に皿を置いた。

 

『待て』

 

 クルッ

 

  今にもかぶりつきそうな恐竜もどきに言うと、そいつはおとなしく腰を下ろした。太い尻尾がバシンバシン言ってるけど。

 

『良し』

 

 グルァ!

 

  良しを出した結果、すぐに恐竜もどきは肉塊にかぶりついた。ガツガツという音がリビングに響く。

 

  それを横目に、俺は再びソファに座って小町のレポートを進めた。あと少しで終わりだ。

 

  それから十分ほど手を動かし、そして最後に名前を比企谷小町に書き換えてタンッとエンターキーを押した。

 

『……よし、終わりだ』

「あ、お義兄ちゃん、できたの?」

 

  それまでひたすらゴロゴロしてた小町が勢いよく起き上がり、キラキラした目で見てきた。

 

  ほれ、とパソコンを渡すと、うんうんと満足そうに頷く。どうやらお気に召す出来だったようだ。

 

「さすがお義兄ちゃん、普段から書類書いてるだけあるね」

『たかが学校のレポートで大げさだろ』

 

  そういうと、ジトッとした目を向けられる。俺は別にMじゃないから妹からそんな目を向けられても、ご褒美でもなんでもない。

 

  とりあえず両手を上げて降参、というジェスチャーをすると、小町はクスリと笑ったあとパソコンをいじり始めた。

 

 グオ、グオ!

 

  また後ろから鳴き声で呼ばれる。振り返れば、牙から肉汁を垂らした恐竜もどき……インドミナスラプトルがいた。

 

  なんだ、と目線で問うと、カリカリと爪で皿を引っ掻く。

 

  そして何かを期待するように、目を爛々と光らせた。ヤマピカリャーみたい。

 

  ちなみに、ヤマピカリャーはここの言葉でイリオモテヤマネコのことである。ヤマしか原型がねえな。

 

『……はいはい、お代わりな』

 

  食いしん坊なペットに呆れながら、俺はもう一度肉を焼くべく立ち上がろうとした。

 

  すると、今度はニャーと言いながら太ももの上にのそのそとカマクラが乗っかる。そのまま眠りやがった。

 

  カマクラは、なぜか俺の膝の上がお気に入りらしい。それはインラス(恐竜もどきの名前)と小町も同様である。

 

『小町』

「ほいほい」

 

  首輪で名前を呼ぶと、小町はすぐに察して俺の上からカマクラをどけた。

 

  にゅるにゅると足掻くカマクラを小町に任せて、再びキッチンに足を運ぼうと……

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

  と、その時インターホンが鳴る。今は十一時、こんな中途半端な時間にどこのどいつだ?

 

  インターホンを聞いた瞬間、インラスはすぐさま俺の部屋(ねどこ)へと駆けていった。誰かが来た時の決まりだ。

 

  それを見送ると、再配達の密林、あるいは留美でも訪ねに来たかと玄関に向かう。おっと、寝癖つけたままだった。

 

  手ぐしで適当に髪を直しながら、玄関に向かう。靴箱の上に乗ってる器から印鑑を取って、扉を開けた。

 

「や、やっはろー」

 

 すると、そこにいたのは意外な人物だった。

 

  薄ピンクに染め上げたお団子髪、夏らしい肌が眩しい服に、両手にはキャリーバッグ。

 

『……由比ヶ浜?』

 

  そこにいたのは紛れもなく、俺の友人である由比ヶ浜結衣、その人であった。

 

  なんでこいつが家に。あのボランティア以降、二、三回一緒に遊びには行ったが、ここに来るのは初めてだ。

 

  ……いや、初めてではないな。俺が雪ノ下の乗ってたリムジン殴り飛ばした時に、一回菓子折り持って来たんだっけか。

 

  しばし、沈黙が流れる。当たり前だ、あいつだったらあっちから適当な話ししてくるが、由比ヶ浜はあんな気軽じゃない。

 

  ……三日前にいきなり来て勝手に漫画を借りてったあいつを思い出したら少しイラッときた。神様の言うとおり、最終巻まだ読んでなかったのに。

 

「えっと、この前の日曜日ぶり、かな?」

 

  しかしそこは空気読むことに関してはプロの由比ヶ浜。へにゃっと笑って話を振ってくれる。

 

  これ幸いと、俺は首輪のシステムを動かして声を出した。

 

『そうだな。んで、今日は何で家に?』

「えーっと、ちょっと頼み事っていうか」

 

  少し申し訳なさそうにいう由比ヶ浜。とりあえず、この炎天下の中突っ立てるのも辛いだろうから招き入れる。

 

  どこか緊張しながら由比ヶ浜は「お邪魔しまーす……」と、恐る恐る玄関に足を踏み入れる。

 

  まるでダンジョンに入ったように、由比ヶ浜はキョロキョロとする。木彫りの熊とかぺたぺた触ってた。

 

『そんな緊張しなくてもいいぞ。両親いねえから』

 

  今日も今日とて、どっちとも会社と〝組織〟に缶詰だ。犯罪率が高くなる夏季休暇の時期は、いつもそうである。

 

「えっ!?て、てことは、ヒッキーと私だ……」

『まあ、小町はいるけどな』

「あっ、そ、そうだよねっ!うん、そうだよね……」

 

  ……? なんだこいつ、いきなりしょんぼりして。何か悪いこと言ったか俺?

 

  ともかく、リビングに招き入れる。そのままソファに座らせると、タイミングよく小町が氷入りの麦茶を持ってきた。

 

「どうぞ結衣さん」

「あ、ありがとう小町ちゃん」

 

  差し出された麦茶をチビチビと飲む由比ヶ浜。額から首筋に汗が流れ、外の暑さが伺える。

 

  由比ヶ浜がリラックスしてきたところで、首輪に名前を送って要件を聞くことにした。

 

『んで、頼み事って?』

「あ、えっと……」

 

  由比ヶ浜は膝の上に置いたキャリーバッグを開ける。すると中から毛むくじゃらの何かが出てくる。

 

  つぶらな黒い瞳、垂れ下がった耳、長い鼻。長い胴体に短い四本の足……まあ要するに、犬だった。

 

  名をサブレというそいつは、俺を見つけるなり、一直線に突進してくる。胸に飛び込んできたので受け止めた。

 

  サブレはペロペロと俺の頬を舐めてくる。今日はよく顔を舐められる日だな。こっちの方が可愛らしいけど。

 

『で、こいつを預かれって?』

 

  しばし好きにさせた後、膝の上に乗せると頭を撫でながら問う。カマクラともインラスとも違うな。

 

「うん、家族旅行に行くから」

『……なるほどな』

 

  夏休みに家族と旅行。一部の思春期真っ盛りのやつは嫌がりそうなもんだけど、実に親孝行してるな。

 

  …うちは表の職業も〝組織〟の仕事も、どちらとも私事で休めるようなものでない。その分犯罪が増えるからな。

 

  だから、毎年春休みに合わせて一度だけ必ず、家族全員で行くことになってる。去年も楽しかった。

 

『ペットホテルとかは?』

「あはは、それがうちと同じ感じで預けてく人が多いみたいで、どこも予約待ちでさ……」

『女の友達に頼めばいいじゃねえか。言っとくがウチはオススメしないぞ』

 

  理由は主に数十種類の生き物の遺伝子を持つ獰猛なハイブリッド生物がいるから。

 

  あいつ、俺や小町など家族の命令は聞くが、それ以外だとてんでダメだ。本能の赴くままに殺すわ食うわ。

 

  最初に家に来た頃は、庭に無造作に転がっている食いかけのネズミの処理は俺の担当だった。この上なく気持ち悪かった。

 

「いやーそれがさ、優美子も姫菜もペット飼ったことないらしくて、無理っぽくて……」

『で、家に来たと』

 

  そういうこと!と指を立てて笑う由比ヶ浜。その仕草に苦笑しながら、俺は頬杖をついて少し考える。

 

『……雪ノ下は?』

 

  そして一瞬ためらったあと、首輪に意思を送ってそう問いかけた。

 

「それが、実家にいて大変だからって断られちゃって。それどころか普通に連絡しても返ってくるのかなり遅くてさ……」

『……そうか』

 

  おそらく、連絡があまり取れないのだろう。事実、俺も前にアドレスを交換してからちょくちょくメールしてるが、最近は来ない。

 

  地味に楽しみだったのを残念に思いながらも、仕方がないことだと思っている。なにせあれだけの家だからな。

 

  言うまでもないが、雪ノ下の家は千葉の中でも比肩するもののないほど大きな家。つまりそれに比例して、犯罪に巻き込まれる確率も高い。

 

  そんな中、一人離れて暮らしている雪ノ下を野放しにはしておけない。それに、これは〝組織〟の方針でもある。

 

  雪ノ下家のような権力者は、大体〝組織〟に繋がってる。出資者だったり、〝組織〟の人間そのものだったりな。雪ノ下家は両方だ。

 

  〝組織〟を敵視するものは多い。いつ〝組織〟との繋がりが露呈して、関係者が命を狙われるか分かったものではないのだ。

 

  なので、〝組織〟はこういう時期には親類をひとところに集め、厳重に警戒するように通達している。

 

  その中でも雪ノ下家は〝組織〟のトップツーの片方だ。ほかのところより一層警戒は厳しい。

 

  それに、接し方はあれだが雪ノ下の母親や陽乃さんは雪ノ下のことを溺愛してる。

 

  前にオクタに聞いたら、俺じゃなかったら、近くに男がいるだけで暗殺するとか言ってるらしい。怖えよ。

 

  だから、きっとガッチガチに警備を固めてるだろう。雪ノ下はさぞや窮屈な思いをしてると思う。

 

  それだけでなく、普通に〝雪ノ下家の人間〟としてもいろいろ忙しい。連絡を取るのも難しいはずだ。

 

  ……そのはずなのだが、オクタが言うには結構元気にやってたそうだ。

 

 

 

 ーーあまり待たせないでね。じゃないと、私からいくわ……

 

 

 

  ふと、あの日の雪ノ下の言葉が頭をよぎる。なぜだろう、冷や汗が背中に流れていった。

 

『ま、まああいつ犬苦手だったし、そうじゃなくても断りそうだけどな』

「あーうん、そうだったっけ」

 

  その予感をかき消すように首輪を使えば、由比ヶ浜はうんうんと頷く。どうやら気づかれなかったようだ。

 

『とりあえず、わかった。旅行の間は預かっといてやる』

「うん、ありがとヒッキー!」

 

  それじゃはいこれ、とキャリーバッグを渡してくる由比ヶ浜。

 

  中を覗き込むと、ブラシやらドッグフードやら、世話に必要な用具一式が入っていた。ちなみにドッグフードはサイエンスである。

 

  あるものを全部確認して、こくりと由比ヶ浜に頷く。すると彼女も満足そうに頷いた。

 

「それじゃあ、そろそろ行くね」

『玄関まで送ってく』

 

  少し驚いたような顔をする由比ヶ浜。なんだよ、俺だって友達を見送るくらいはするぞ。

 

「……ふふ、ありがとヒッキー」

 

  またお礼を言った由比ヶ浜は、ピンクの花柄のポーチバッグを持つと立ち上がった。サブレを小町の膝の上のカマクラの上に乗せ、俺も立つ。

 

  そのまま玄関口に向かい、由比ヶ浜がヒールを履くのをぼーっと見つめる。すると何故か「……ヒッキーのえっち」と睨まれた。解せぬ。

 

「ヒッキー脚見てたでしょ」

『……別に』

 

  いやうん、ほんと見てない。あー白いなーとか華奢だなーでもいい匂いしそうだなーとか全然思ってない。

 

「……もう、別にヒッキーならいいけどさ」

 

 ? なんか言ったかこいつ?

 

  なにやらブツブツと呟いた由比ヶ浜は一転して笑顔を浮かべて、それじゃあとドアのレバーに手を置く。

 

「……あ、そういえば」

 

  が、開ける前にふと思い出したように肩を震わせて、こちらを振り向いた。

 

「ねえヒッキー、あのさ……」

『どうした、忘れ物でもしたか?それともトイレ?』

「違うしっ!ヒッキーデリカシーなさすぎ!」

『冗談だ。で、なんだ?』

 

  もう一度聞くと、由比ヶ浜は口を開くが、そこで思いとどまったのか迷ったような顔をする。

 

  しばらく口元をもにゅもにゅさせている由比ヶ浜が喋り出すのを待つ。こう言う時は辛抱が大事なのである。

 

  やがて、なにやら覚悟を決めたような顔で由比ヶ浜が俺を見て、今度こそ声を出した。

 

「あ、あの、花火大会の日って、予定あるかなっ?」

「………」

 

  ……そういや、そんなのあったな。確かその日は〝組織〟の仕事はなかったはずだが。

 

  察するに、それに一緒に行かないかとかそういうのか?いや、期待はするな比企谷八幡。そんなのに誘うのは好きな相手だけだ。

 

  仮にそうだとしたら、当日いきなり家に来て、強引に引っ張ってったあいつとはえらく違った誘い方である。せっかくこ◯すばの新刊読んでたのに。

 

  ちなみに、あいつは今年は友達たちと行くらしい。よってその日に俺の予定はない。

 

『……別にねえけど』

「あ、あの、それじゃあさ。一緒に、その……」

『ま、いいんじゃねえの。友達だし』

「と、友達……むぅ。まあいいや。それじゃあ空けといてね!」

 

  少しむくれたような顔をした後、由比ヶ浜は手を振りながら扉を開け、外へと消えていった。

 

  扉が完全にしまったところで、またなと手を振る。我ながら遅すぎるだろ。

 

  まあいいや、とリビングに戻ると、サブレが飛びついて来た。終盤の方のメ◯スも目を剥くスピードだ。

 

  すかさずキャッチすると、何かに怯えるように唸り声をあげていた。どうしたこいつ?

 

  俺の胸に爪を突き立てながら唸るサブレの後ろを見ると、インラスがソファの背もたれに乗っかってた。

 

『……おい、おどかしたろ』

 

 

 ク、クォ……ピープュルー

 

 

  下手な口笛を吹くインラス。ため息をつきながら、サブレの頭を撫でる。

 

 

 ーーあーあ、やっちゃったね。

 

 

  ……起きてたのかよ、オクタ。てかやっちゃったって、どういう意味だ。

 

 

 ーー別に?ただ当日、面倒なことにならなければいいね……ふふっ。

 

 

  謎めいたことを言うオクタに首を傾げながら、俺はしっかりと世話をしようとサブレの頭をわしわしと撫でた。

 




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