声を失った少年【完結】   作:熊0803

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誠に申し訳ございません、定期テストで時間が取れず、書くことができませんでした。
これからまた更新をしますので、どうか楽しんでいただきたい所存です。



50.声を無くした少年は、少女の思いを受け止めて。

 花火が始まってから、1時間も経っただろうか。

 

 夜も更け、夜空に最後の黄金の幕が降りる。ラストを飾るゴールデンシャワーに、盛大な拍手が送られた。

 

「さて、花火大会も終わり」

 

 そう言うと、陽乃さんは立ち上がる。

 

 つられてそちらを見ると、彼女はまたうちわで口元を隠して見下ろしてきた。妙に様になっている。

 

 どうする?と問うその目は、俺たちもこのまま帰るのかと聞いているのだろう。由比ヶ浜と顔を見合わせる。

 

「あたしたちも帰ろっか」

『そうだな、早めに動いた方がいい』

 

 こういう祭りは終わった後に人混みに揉まれるまでがワンセットだ。流石にそれに混じるのは御免被りたい。

 

 見ながら食べていた焼きそばのプラスチックケースをビニール袋に押し込んで、二人揃って立ち上がる。

 

 なんとなく顔を見合わせて、三人同時に歩き始めた。向かう先は有料エリアの脇、駐車場の方面へ伸びる小道だ。

 

「花火、綺麗だったね〜」

「はい、去年もすごかったけど、今年もすごかったです!」

「あはは、由比ヶ浜ちゃんは感情がよく顔に出てるなぁ」

 

 女子らしい甲高い声と楽しげな声音でハンス由比ヶ浜と、それに落ち着いた口調で、かつ不快に感じない笑顔で答える陽乃さん。

 

 そんな二人のやりとりを見ていると、駐車場に出る。その瞬間、どこからもなくすーっとハイヤーが近づいてきた。

 

 陽乃さんがあらかじめ呼んでいたのか、はたまたあの人が大会終了から動き出すまで全てを予測していたのか。

 

 俺たちの歩く歩道に、そのハイヤーは横付けされる。陽乃さんが立ち止まった。

 

「よかったら送っていくけど?」

「あ、えっと……」

 

 宵闇の中にあってなお高級感のあるハイヤーに気圧されたか、判断をゆだねるように俺を見る由比ヶ浜。

 

 俺はそれに答える前に、じっとハイヤーをみつめた。見覚えのある、あの日この拳が殴り飛ばしたその車を。

 

 

 

「そんなに見つめないでも、完璧に修理したし、雪乃ちゃんは怪我もしてないよ」

 

 

 

 そんな俺の心情を読むように、陽乃さんはくすりと笑う。彼女の言葉、特に後半に内心ホッとした。

 

 だが、それだけでは終わらない。由比ヶ浜は沈黙し、俺の首輪は無反応。まあ、何も送っていないからな。

 

 押し黙った(俺は元から)俺たちに陽乃さんは困惑し、ハッとする。

 

「……もしかして、まだそこら辺の話済んでなかった?」

『ええ、まあ』

 

 雪ノ下とは、前にデー……ウォッホンお出かけしてたまたま会った時に、なんとなく意識の共有をした。

 

 だが、由比ヶ浜は思い返せば、義父さんの会社の職場見学以来あの事故についての話はしていなかった。

 

「あちゃー。お姉さん、またやっちゃったかー……」

 

 ばつが悪そうに眉根を寄せる陽乃さん。一方由比ヶ浜は沈み込んだ表情をしている。

 

「じゃあ、ゆきのんが……」

『由比ヶ浜』

 

 首輪で、由比ヶ浜の名前を呼ぶ。

 

 由比ヶ浜は緩慢な動きでこちらを振り返った。俺はすかさず首輪にメッセージを送る。

 

『あれはお前も、雪ノ下も悪くない。不幸が重なっただけだ』

「う、うん……」

 

 困惑しながら、それでも頷く由比ヶ浜。

 

 そう、それでいい。あの事故に関しての俺の認識は変わらない。結果、彼女や、雪ノ下と関係を変える気もないのだ。

 

 ちなみにあの時のことだが、俺がハイヤーを殴り飛ばしたのは由比ヶ浜にもかろうじて見られていなかった。

 

 監視カメラの映像は漏れる前に回収されたし、外聞的には直接車体がぶつかったから腕が粉砕したことになってたりする。

 

「──」

「……!」

 

 さりげなく、陽乃さんにアイコンタクトを送る。

 

 賢い彼女はすぐに俺の意図を察して、普段なら滅多に聞いた事のない声音で俺の肩を叩いた。

 

「そうそう、あれは単なる事故。それでいいよね?」

『はい』

「よろしい。由比ヶ浜ちゃんは?」

「あ、えっと……はい」

 

 しばらく逡巡して、由比ヶ浜はもう一度頷いた。俯く彼女に見えないよう、俺と陽乃さんは笑みを交わす。

 

 その後、陽乃さんは「じゃあね」と俺たち二人に言うとハイヤーに乗り込んで、都築さんが運転席に戻ると発進した。

 

 音もなく去っていったハイヤーを見送り、俺たちは無言で歩き出す。間に流れる雰囲気は、気まずかった。

 

 駐車場の外側を迂回して駅に行くと、少し早めに出たとはいえ、同じ考えの奴が多かったのか混雑していた。

 

「「…………」」

 

 周りの人々が花火の感想や、早く家に帰りたいとぼやく中、俺たちは押し黙って電車を待つ。

 

 花火大会の影響か、電子掲示板に表示されているより五分ほど遅れて電車はやってきた。扉が開き、人がなだれ込む。

 

 座れないくらいの混み具合になった車内で、俺たちは扉のすぐそばに立った。どうせ俺は三駅、由比ヶ浜は一駅だ。

 

 たいした時間ではないと言う俺の予想に反する事なく、三分も揺られていれば次の駅に到着しそうなアナウンスが流れる。

 

「……あのさ」

 

 そんな時に、由比ヶ浜はぽつりと閉じていた口を開いた。

 

 なんだ?とそちらを振り向く。由比ヶ浜は少し間を置いてから答えた。

 

「ヒッキーはさ……ゆきのんとはもう話してた?」

『まあ、結構前に』

 

 別に隠すことでもないので、正直に答える。そっか、と呟く由比ヶ浜。

 

「ねえ、ヒッキー……」

『お降りの際は〜左側の扉からお願いいたします〜』

「あ……」

 

 最後まで言い終える前に、電車が止まった。扉が開き、むわっとした熱気が車内に入ってくる。

 

 由比ヶ浜は俺とドアの向こうを見比べ、下りるかどうか考える。が、そうしている間に発車のベルが鳴り出した。

 

 ……ここで切るのも気持ち悪い、か。

 

『降りるぞ』

「えっ、う、うん!」

 

 ふうと息を吐いて、俺は由比ヶ浜と一緒に下車した。カラン、と下駄がコンクリートのホームについた瞬間、扉が閉まる。

 

 電車が加速し、去っていったホームで由比ヶ浜を目線を合わせる。俺は首輪に短い言葉を話させた。

 

『近くまで送る』

「ん、ありがと」

 

 ぽしょりとしたお礼に頷いて、俺たちはまた歩き出した。

 

 由比ヶ浜の家は、駅からそんなに遠くないらしい。確か前に雑談で、小走りでも十分とかからないとか。

 

 それでも、話したいことがあるためか、履きなれない下駄のためか。自然と歩む足はゆっくりになっている。

 

 静かな街の夜道を、ゆったりと進んでいく。夜が深まるにつれ、頬を撫でる風は涼しさを増していく。

 

『お前は聞いてたのか?』

 

 先ほどの話の返答を返す。由比ヶ浜は力なく首を左右に振った。

 

「──でもね、言いにくいことってあると思うんだ。タイミング外すと、どうしてもさ」

 

 確かにそうだ。

 

 一年時は俺が必要以上の外の情報をシャットダウンしてたのもあるが、結局由比ヶ浜とは知り合いもしなかった。

 

 結局俺たちが知り合って、あの事故のことを知って、わだかまりを解いて友人になったのは、一年後の今だ。

 

「もっと覚悟してからにしよう、心の巡撫ができたらしよう……そう思うたびに、ズルズル先にいっちゃうんだ」

 

 ああ、それはわかる。特に話す内容が重ければ重いほど、それは言いづらくなっていく。

 

 隠して、隠して、そうやって目をそらしづづけるうちに申し訳なくなり、言う資格がないと錯覚し、伝えられずに終わってしまう。

 

 軽い隠し事でも罪悪感に苛まれるのに、どうしてあの様な大事を簡単に処理して、解決できるというのだろう。

 

「それに、ゆきのんの方からも簡単には言い出せなかったんじゃないかな。ほら、ゆきのんのお家すごいし」

『いわゆる外聞ってやつだな』

 

 本人の気持ち的にも、万が一外に漏れないためにも。雪ノ下の家庭は一般的じゃないのだから、なおさらだ。

 

『まあ、なんだ。俺は知らぬ存ぜぬでいいと思うけどな。少なくとも、雪ノ下がその気になるまでは』

 

 オープンにしていないこと、したくないこと。それは誰にでも、雪ノ下にだってあるんだ。

 

 それは触れて欲しくないもので、本人がいいと思うまでしまっていくもの。そして、他人がそれを知ることはできない。

 

 わかり合うことなど不可能だ。わかったふりをすることは大罪だ。それは時に相手を傷つけることしかしない。

 

『でも、分かち合うことはできるんじゃねえの。それまで、黙ってる方がいいと俺は思う』

 

 人間は分かり合えない。どこかのバカな神様が人を千差万別にしてしまったせいだ。

 

 だが、一つの共通項を持ち、同じ出来事を体験したもの同士なら、理解はできずとも対話はできる。

 

 その果てに支え合うのか、それとも戦い合うのか。どっちでもいいが、まあそれしかできないだろう。

 

「……何もしないで、知らないままで、いいのかな」

 

 由比ヶ浜は納得がいかない様子で、うつむき足元を見下ろした。

 

 そのまま歩みが止まってしまった由比ヶ浜に、俺も合わせて立ち止まる。

 

『知らないことは悪いことではない。知らなければいいこともあるからな』

 

 知ることは、また背負うことである。と言えば聞こえはいいが、要するに面倒ごとも背負うって話だ。

 

 人間誰しも、本当の気持ちのほとんどは隠している。そうすれば幸せだし、真実から目を背けていられる。

 

 騙し、欺き、傷つけるのも傷つけられるのも嫌がる。それが人間という生物だ。

 

「でもあたしはもっと知りたい、な……お互いもっと知って、もっと仲良くなって……それで、困ってるなら助けたい」

 

 数秒の沈黙。たったそれだけの時間で彼女は考えて、彼女なりの答えを出した。

 

 少し驚く俺を先導するように、彼女は歩き出す。出遅れた俺は一歩後をついていった。

 

「ねえ、ヒッキー」

『なんだ?』

「もし、ゆきのんが困ってたら、助けてあげてね」

 

 その言葉に、俺はあの時屋上で咲くような笑顔で別れを告げた、幼い雪ノ下を思い出した。

 

 強く、何より色濃く焼きついたその笑顔。何かをめちゃくちゃにして、ぶっ壊して、それでも手に入れたかったもの。

 

 走馬灯のように鮮烈に浮かび上がったそれに、何十秒も思考が止まる。言葉を出したのは、たっぷり一分後だった。

 

『いや、それはないだろ』

 

 でも、雪ノ下雪乃が助けを求めることはない。雪ノ下雪乃は強いから、彼女は助けを求めない。

 

 だからこそ、俺から踏み込まなくちゃいけない。強く、まっすぐで、けれど儚く、そして脆いその心に。

 

「それでもきっと、ヒッキーは助けるよ」

『そんなの、助けられるかわからんだろ』

 

 ああ、助けたいさ。彼女が困っているなら、俺の命をかけて、どんなことだろうとやってみせよう。

 

 でも……壊したくない。傷つけたくない。このかりそめの人の皮で隠された手で、握りつぶしたくはない。

 

 だから俺は、恐れるんだ。俺自身を。

 

「でも、あたしのことは助けてくれたじゃん」

 

 怯える俺に、カランと下駄で小石を蹴っ飛ばした由比ヶ浜は夜空を見上げてそう言った。

 

『……言っただろ、あれは偶然、不幸な事故だ。だから、お前と知って助けたわけじゃない』

 

 あの時は運が良かった。

 

 由比ヶ浜も、雪ノ下も、ついでにサブレも、誰も傷つけることなく終わらせられた。腕は犠牲になったが。

 

 でも、それは単なるラッキーだ。本質的に壊すことしかできない俺に、助けることを期待されても困る。

 

『俺にそういうのを期待するな』

 

 だから、助けてほしい時だけは頼らないでくれ。きっと、俺はまた何かを壊してでしか守れないから。

 

 その俺の遠慮……いや、優しい彼女への恐怖を表すように、一定の距離を保ちながら歩き続ける。

 

 からころという音と、ざっと地面を擦る音が交差する。チグハグな不協和音を、なんとなく自分に重ねた。

 

「ううん」

 

 その距離が、急に縮まる。

 

 由比ヶ浜が突然立ち止まったのでつんのめり、なんとか停止すると、くるりとこちらに振り返る。

 

「事故がなくたって、ヒッキーはきっと助けてくれたよ。そんで、こうやって友達になって一緒に花火大会に行ったと思う」

 

 「ただ、はじまりかたが違うだけ」。優しく弧を描く由比ヶ浜の目には、そんな言葉がこもってる気がした。

 

『それは、ないだろ……そもそも助けようがない』

 

 つい数時間前に思ったことだ。本来的に、由比ヶ浜結衣と比企谷八幡は混じり合うことのない存在である。

 

 それはカーストだけじゃない。俺という人間(バケモノ)と、彼女という人間の間には、わからない赤い線が引かれている。

 

 それがなんの因果か同じ部活のメンバーになって、友達になって、一緒にいるだけ。これもまた、ラッキー。

 

 そもそも友達になったきっかけがあの事故なんだ、それがなければ……今も俺とこいつは、教室の互いの席くらい離れてる。

 

「ううん、そんなことない」

 

 だというのに、なおも由比ヶ浜は首を振る。潤んだ目の端に、街灯が反射して見えた。

 

「だってあの時、ヒッキー言ってたじゃん。事故がなくても一人だったって。関係ないって」

『そんなことも言ったな』

 

 それは本心だ。〝あの時〟以来俺の心には硬く分厚いバリケードが貼られてる。その中にいるのはごく少数だ。

 

「だったらさ……あたしもこんな性格だから、いつか悩んで奉仕部に連れてかれてた。で、ヒッキーに会うの」

「…………」

「そしたらヒッキーがまたあんな斜め下なやり方で解決して、助けてくれる。そんな風に始まるの」

 

 たらればの話なのに、ありもしない夢物語のはずなのに、それは妙に現実味を帯びていて、容易に否定できない。

 

 夢想する。もしあの事故がなくて、違った始めかたをしていたら。

 

 わざわざあんな回りくどい方法じゃなくても、由比ヶ浜と友達になれていたか。そして……もっと早く、雪ノ下と再会していたか。

 

「でも……きっとどんな始まりでも、もう遅いんだろうな」

『え?』

 

 そんな風に妄想していたから、由比ヶ浜のそのつぶやきは不意打ち以外のなにものでもなかった。

 

 いつしか見上げていた夜空から、正面に顔を戻せば、由比ヶ浜は、とても優しく微笑んでいた。

 

「それでも、あたしは諦めたくないんだ」

 

 その顔に、なぜか胸が詰まるような感じがした。何も言えなくなって、続ける彼女の言葉にただ耳を傾ける。

 

「ヒッキーと出会って、仲良くなって。きっとさ」

 

 ドクン、と音がした。

 

 それは俺か、あるいは彼女が息を飲む音。それか心臓の高鳴る音。

 

 一時の間、溜める言葉。

 

 由比ヶ浜の目から、目が離せない。

 

 

 

 

 

 

 

「それできっと──ヒッキーのこと、好きになるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 突然だった。本当に。

 

 人生で二度目の衝撃、二度目の告白。あの時よりずっと図体は大きくなったのに、この目は見開かれている。

 

「ん、電話だ……ママからだ」

 

 体が動かない。舌が喉に張り付いている。ろくに働かない頭は、馬鹿の一つ覚えのように聞いた言葉を反芻する。

 

 

 

 由比ヶ浜が、俺を、好き?

 

 

 

 好きってなんだ。心が惹かれること。気に入ること。また、その様。つまり相手を特別と認識すること。

 

「はい、もしもし……うん、もう家の近くだから。ううん、迎えに来なくていよ。すぐに帰るから」

 

 ああ、そうか。そういうことか。由比ヶ浜は俺のことを友人として好きということか。全くびっくりしたぜ。

 

 そう考えて、なんとか自分の通常の五倍くらいのスピードで早鐘を打つ心臓を鎮める。よし、少し落ち着いたぞ。

 

『なあ、由比ヶ浜』

「あ、ヒッキー。あたしん家もうすぐそこだから、ここまででいいよ」

『え、あ、そうか』

 

 正直助かった。このままじゃ何時ぞやの千葉村で雪ノ下の水着姿を見たときのように変なことを言っちまいそうだ。

 

『それじゃあ、家まで気をつけろよ。俺はもうここで──』

「だから、最後に」

 

 動揺し、困惑し、混乱していた俺は、すっとこちらに一歩踏み出して、顔を近づけてきた由比ヶ浜を止められなかった。

 

 鼻先が触れるくらいの距離に、由比ヶ浜の顔が迫る。いやおうなしに、鼻孔を甘い香りが突き抜けた。

 

 うっすらと目を閉じた由比ヶ浜は、一瞬何顔を逡巡して。最後は、俺の頬に柔らかい何かを押し付けた。

 

「ん……」

 

 ちゅ、と耳元にリップ音が響く。

 

 先ほどの倍は瞠目して固まった俺は、由比ヶ浜が離れて、元の位置に戻って、自分の唇に触れるまで動けなかった。

 

「あ、あはは、しちゃった、なー」

『お、おおおおおおおま、何を』

 

 俺の動揺をそっくりそのままトレースしてくれやがった首輪は、バグったみたいに「お」を繰り返し放つ。

 

 ガタガタと小刻みに震える視界の中で、ほんのりと頬を桜色に染めた由比ヶ浜はたはは、といつもみたいに笑った。

 

「いやー。ヒッキーだからまた変な方に考えそうだから。だから、しちゃった」

『しちゃったって、お前な!花も恥じらう乙女がこんなやつに……!』

「あたしがしたくてしたんだから、ヒッキーに文句言われる筋合いないし」

 

 うぐっ、そう言われると何も言い返せない。俺に彼女の行動を管理する権利などないのだから。

 

 いつもなら屁理屈の一つでも考えつきそうな頭は、完全にショートしてた。由比ヶ浜はクスッと笑う。

 

「ヒッキー、超動揺してるし」

『当たり前だろ……』

「でも、嬉しいな。そんだけ意識してくれてるんだ」

 

 そりゃ、由比ヶ浜みたいな美少女にあんなことされたら誰だってそうなるわ!まして俺は基本ぼっちだ。

 

 何を言っていいのかわからず、あたふたと不審者みたいな動きを披露していると……ふと微笑みに影が差した。

 

「でも、多分もう一番大事なとこは……取られてるんだよね」

『由比ヶ浜、お前何わけのわからんことを』

「んーん、なんでもない!」

 

 最後まで言葉を出し切る前に、由比ヶ浜はくるりと踵を返す。

 

「文化祭。それまでに、答えを聞かせて」

『由比ヶ浜、お前……』

「それじゃ、バイバイヒッキー。おやすみなさい」

 

 俺に何も言わせずに、彼女は小走りで走り去っていった。これじゃあまるで言い逃げだ。

 

 伸ばした手は虚空を掴み、空中で止まる。

 

 俺はそれを自分の頭に置いて。

 

『くそ、どうすりゃいいんだよ……』

 

 ぐしゃりと、このなんともいえない漠然とした気持ちを噛み締めた。




今後のストーリーのためのとは言え、この変化はかなり大きすぎる……
次回から文化祭編、そこがクライマックス!
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