前回のアンケート、ありがとうございました。思ったよりやってもいいと言う意見が多くて、結構感動してしまいました。
それを加味して今後の予定を見直した結果、どうやら文化祭開催までしか年内には終わらなさそうです。
そんなグダグタな調子ですが、どうかお付き合いただけると嬉しいです。
会議室の中がざわめく中、陽乃さんは楽しげに笑う。
その顔に俺と話すときの陰りのようなものはどこにもなく、まるで何かを振り切ったようだ。
……まあ、それはどうでもいい。とにかく今は、俯いた雪ノ下が復活するまで陽乃さんに対応しなくては。
『で、結局有志団体として参加しに来たってことでいいんですか?』
「うん、OGとかOBとか集めたら面白いかなーってさー」
『なんという思いつき感……』
この人、時にノリで大胆な行動を起こすことがある。そのくせ高確率で成功を収めるから始末に負えない。
ともあれ、雪ノ下陽乃という有志としても、実行委員長としても活躍した人物の影響力は凄まじい。
これで、有志団体の方はさらに活性化すると思うが……その分俺たちの仕事増えるのが目に見えて明らかだ。
気を引き締めて行かなくては。俺の全身全霊をもって、雪ノ下には負担をかけさせないようにしないと。
「まあまあ、これで今回の文化祭は盛り上がるよ!またはるさんの演奏が聞けるなんて、楽しみだなぁ」
なんとか空気を誤魔化そうという俺の意図を察したのか、城廻先輩が横からほんわかスマイルで言う。
「もー、そんなに持ち上げないでよ。あんなの遊びだし。今年はもう少しちゃんとやるつもりだよ。ちょくちょく学校で練習とかさせてもらおうかなって」
陽乃さんはその意図を勿論わかっており、やや明るげな声で謙遜をした。
それから、雪ノ下の方を振り向いてニコリと笑いかける。その笑顔はちょっと高圧的ですよ。
「ね? 雪乃ちゃん、いいでしょ?」
表面上は下手に頼んでいるっぽいが、その実却下という返答を許さない、凄みの効いた笑い方。
ようやく復活しかけていた雪ノ下は一瞬たじろぎ、少し苦々しげな顔をしてふいと床を見た。
「……勝手にすればいいでしょう。どのみち、私に決定権はないのだし」
「え?雪乃ちゃんが委員長やってるんじゃないの?周りに勧められなかった?」
「…………それは」
たしかに厚木や城廻先輩、口には出されなかったが委員会のメンバーのほぼ全員が勧めていた。
ただし、事前に厚木に釘を刺した俺と、自ら立候補して委員長になった相模を除いて、だが。
俯いたままに、ちらっと俺の方を見る雪ノ下。一瞬のその動作を陽乃さんが見逃すはずもなく、ニヤと笑った。
「へぇ、そういうことなんだ」
こっちを向いて、ポンと肩に手を置いてくる陽乃さん。そして耳元に顔を近づけてくる。
「ちゃんと雪乃ちゃんの番犬になってるんだ。お姉さん、俄然やる気になっちゃう」
「……?」
番犬と呼ばれたことよりも、〝やる気になる〟というその言葉に引っ掛かりを覚える。この人、いったい何を考えている?
俺が何かを聞く前に、陽乃さんはパッと離れる。そうすると雪ノ下のほうへ体ごと向き直った。
「それで、結局誰が委員長なのかな?めぐり……は執行部だろうし、比企谷くん?」
まさか、と肩を竦める。俺は前に出る
じゃあ誰が、と陽乃さんがまた探そうとしたところで、ガラリとタイミングよく会議室の扉が開かれた。
「すみませーん、クラスの方にいて遅れちゃいましたー」
全く悪いと思ってなさそうな声で、相模がお出ましになった。
自然、全員の目がそちらに向けられる。突然注目を浴びた相模はたじろぎ、不安げに俺たちの顔を見た。
「え、なに?」
「相模さん、ちょっといいかな?」
いち早く対応したのは、やはりというべきか葉山。話しかけられた相模はポッと頬を赤く染め、頷く。
葉山は爽やかな笑顔でありがとうというと、相模をこちらまで連れてきた。言いたかないが、ナイスプレーだ。
「あ、隼人だ。いたんだ」
「まあね……で、この子が委員長だ」
「さ、相模南です」
突然美人の前に引き出されたためか、若干どもりながら挨拶をする相模。
「ふぅん……」
陽乃さんは、さも興味深いと言わんげな唸り声をこぼしながら相模を見た。実際はそんなに興味ないくせに。
「えっ、と。あの……」
「委員長が遅刻。それもクラスの方に顔を出していて……へぇ……」
ひどく冷たいその目は、まるで値踏みをするようなもの。先ほどまで天真爛漫に笑っていたのだから余計に怖い。
そこが雪ノ下陽乃の恐ろしいところである。従うものには太陽のような笑みで、まだそうでないものには極寒の目で。
二面性とも取れる極端な認識の取り方は、彼女が根っからの支配者気質であることを表している。
しかし、外側から見るともっと恐ろしいのはここからだ。
「うん、いいね!」
「……えっ?」
「やっぱり委員長はそのくらい、文化祭を最大限に楽しまなきゃねー。えーと何がみちゃんだっけ?まあなんでもいいけど」
「あ、ありがとうございます?」
数分前の笑顔に戻り、そんなことを言う陽乃さん。この時点で、俺はなんだか嫌な予感が胸の中をよぎった。
「でさ、委員長ちゃんにお願いなんだけど。私もさー。有志団体で出たくて。で、雪乃ちゃんに相談したんだけど、渋られちゃってね?」
お願いできないかな?と両手を合わせる陽乃さん。実にわざとらしいが、それは俺が本性を知っているからそう思うのだ。
「え……」
案の定、相模は「妹に邪険にされている明るいお姉さん」の外面にだまくらかされて雪ノ下を見る。
雪ノ下は、憮然とした表情でうつむいたままだ。陽乃さんと目を合わせたくないのだろう。
「……いいですよ。有志団体の枠が欲しいところだったし、OGの方が出たりすれば、地域との繋がり?みたいなのもアピールできるし」
そうしている間に、相模は答えてしまう。
こいつはこの大嵐のような人を受け入れることが、どういう意味かわかってない。また、自分が
「きゃー、ありがとー!」
またもわざとらしく、相模に抱きつく陽乃さん。無邪気な性格アピールもそこそこに、すぐに離れると次の手を打つ。
「やっぱり、卒業しても帰れる母校って素敵だな。友達にお教えてあげようかなぁ……
みんな羨ましがるよ!」
「そういうものですか……?」
「そうだよ。委員長ちゃんも卒業したらわかるけど、時々無性に戻ってきたくなるんだよね」
どこか遠い目をして言う陽乃さんに、相模はなにやら考え始める。俺の中の嫌な予感が一気に増した。
だから、相模が答えるまでの数秒の間に思考をフル回転させる。相模の回答、予想しない回答だった場合、両方の対応策を。
俺の考えがまとまったのと、相模が思考を終了して陽乃さんに話しかけるのはほぼ同時だった。
「……それなら、そのお友達の方とかも出たらいいんじゃないですか?」
相模の回答は想定通り。あとは、タイミング見計らって突っ込んでやればいい。
「お、グッドアイディーア!早速電話していいかな?」
陽乃さんが許可を求めながらも、すでに携帯を取り出す。ここだ、ここに差し込む。
「どうぞどう──」
『呼ぶのは最大5団体までにしてください。それ以上は無理です』
委員長様無責任な表現で答えきる前に、俺は首輪の音量を少し上げて、大きな音で陽乃さんにそう言った。
相模と葉山が驚愕の表情で振り返る。野次馬の視線が集まる。悪いな、こっちも言いなりになってばっかじゃないんだ。
雪ノ下が少し顔を上げるのが視界の端に映った。しかし俺は、楽しげに笑う陽乃さんから目を逸らさない。
「えー、どうして?」
『単純な話ですよ。それ以上申し込まれると、こっちの総予算の都合や担当部署の事務処理が開催までに間に合わなくなるので』
これは、その場しのぎの方便ではない。
これまで観察してきた彼らの能力から計算した、冷静な数字の問題だ。それ以上増えると、進行に無理が出る。
今の委員会は、俺が作ったスケジュールでこの日にここまで、と明確にノルマが決まっているから順調に進んでいるのだ。
そこにいきなり大量の有志をぶち込まれて急激に仕事が増えると、面倒になってメンバーのやる気が削がれる。
「ちょっと、別にいいじゃん。来てくれるなら来るだけ受け入れれば、もっと盛り上がるし……」
『確かにそれはいいかもしれないが、その分申請や機材の処理をする必要があるぞ』
暗に、お前の仕事も増えるぞと相模に言ってやる。
相模は、自分に責任が必要以上に重くのしかかるのを嫌うタイプだ。でなければサポートをして欲しいなんて依頼してこない。
だから、その性格を利用させてもらう。
「それは、まあそうだけど……」
俺の目論見通り、相模はぐっと苦々しげな顔をする。そうだ、面倒臭がれ。それが俺の武器になる。
「うんうん、そうだよね。私の時もちょっと多くて大変だし」
そこに、それまで黙っていた城廻先輩からの援護射撃が入った。生徒会長の言葉に、相模の目が揺れる。
そもそも、俺が作った資料に依存しているこいつは俺の意見を無下にできないはずだ。なんせ、使える駒を失うかもしれないのだから。
それは向こうもわかっているのだろう、口出しされたことへの苛立ちを滲ませつつも、目寄っていた。
「えー、そういう大変なことも文化祭の醍醐味だと思うけどなー」
チッ、やっぱり簡単には引かないか。
「ああ、確かに大変だけど楽しかったっていうきもちはあったなー」
城廻先輩、あんたはどっちの味方なんですか。
ま、まあ天然の先輩に期待しても仕方ない。陽乃さんが感情で操ろうというのなら、こっちは理詰めで対抗するまでだ。
『そうだとしても、5団体までです。文化祭を無事に開催させたいなら、それが上限ですよ』
文化祭そのものを人質にとれば、うわぁという顔をする城廻先輩と、ついでに葉山。こっちも必死なんだよ。
自然と、全員の目が相模に向かう。さあ、俺の現実的な意見と陽乃さんの誘導、どっちに乗っかる?
「え、ええっと……」
相模の目線は、俺と陽乃さんの間を年度も右往左往して……
「……じゃあ、8団体で。それでお願いします」
結局、相模が出したのは折衷案だった。
8団体、か……それならその数から増えても減っても、雪ノ下と俺がそっちの処理に回ればカバーできるだろう。
陽乃さんを見る。すると、あちらも俺を見ていて、互いに同じことを考えているのがわかった。
今回は〝引き分け〟だ、と。
「うん、オッケーオッケー。それを目安に声をかけてみるよ」
『お願いします。相模、話がまとまったらこっちにも回してくれ。スケジュールを見直す』
「う、うん、わかった」
『じゃあ、資料の確認しとくから。おい、雪ノ下』
首輪で言いながら、雪ノ下の肩を軽く小突いて促す。
「……え、ええ」
途中から俺と陽乃さんのやり取りを見ていた雪ノ下は、かろうじて頷いた。これ幸いとさっさか退散する。
「……比企谷。やっぱり君はすごいよ」
後ろから葉山がなんか呟いてるのが聞こえた気がするが、俺は陽乃さんの前から逃げることに専念した。
いつもの席……つっても補佐になってからのだけど、定位置に座るとカバンを置き、背もたれに思いっきり体を預ける。
あー疲れた、あの人マジ手強いわ。これで俺がただの記録雑務要員だったら、メタメタに惨敗してたことだろう。
「比企谷くん」
名前を呼ばれて、横を見る。
副委員長の立て札がつけられた席に座る雪ノ下は、俺のことをなんともいえない目で見ていた。
「その……ありがとう」
『なんでお前が礼を言うんだ?』
「……私と姉さんが、あれ以上拗らせないようにした。それは私の勘違いかしら」
「…………」
首輪からは、何も音声が出なかった。何も送っていないのだから、喋るはずがない。
雪ノ下の言葉は、ある意味図星だった。相模に言ったことは全て事実だが、しかし俺の真意全てではない。
あれ以上雪ノ下と陽乃さんを絡ませれば、変なことになるのは目に見えていた。だからできるだけ早めに切り上げた。
相模が調子づいて雪ノ下にマウントを取る、なんて訳のわからない展開もあり得たかもしれない。
「沈黙は肯定と取るわよ……改めて言わせてもらうけれど」
真剣な顔で言う雪ノ下に、俺も一応逸らしていた目を合わせる。
「ありがとう、比企谷くん」
『……たいそうなことはしてないけどな』
「そうね、確かに小さな気遣いかもしれない……でも」
雪ノ下は、ふわりと笑って。
「私はあと何度、あなたに助けられるのかしらね
『……さあな。俺にはそのつもりがなくても、お前がそう感じただけってこともあるだろ』
「ふふ、確かに」
そう、俺には雪ノ下を助けたつもりなんてない。というよりも、助けられたかどうかわからない。
感謝も感激も感動も、当人にしか分からないのだから。それなら、人を助けられたなんて思うのは酷い傲慢だ。
だとしても……いや、だからこそ、本人にとって迷惑と思われるまでは、俺は勝手に口を出すだろう。
「それにしても、あの姉さんと互角に渡り合うなんて。比企谷くんは相変わらず口が達者ね」
『次はどうなるか分からないけどな』
さっきは俺の方に理論があったから、実質俺の勝ちみたいな感じだったけど、あの人のことだから次は通用しないだろう。
ふと陽乃さんを見ると、携帯片手に相模や城廻先輩とワイワイ話し合っている。ニッコリとしたいい笑顔だ。
ちなみに葉山は書類を手に入れたのか、いつの間にか消えていた。あいつさっきなんか言ってなかった?
「はい、ちょっといいですか〜」
頭の中で追加の有志団体分の事務処理を予定に組み込んでいると、いつの間にか相模が委員長席にいた。
ざわついていた会議室が、ピタリと静かになる。音のなくなった会議室を見渡し、相模は話を始めた。
「少し、考えたんですけど……」
ああ、陽乃さん達との話し合いでなんか決まったのか。
できれば全体で言う前に、こっちに言って欲しかっ……
「文実は、ちゃんと文化祭を楽しんでこそかな、って。自分たちも楽しまないと、やっぱ人を楽しませるのも無理っていうか」
……おや?雲行きが怪しくなってきたぞ?
「だから、文化祭を最大限楽しむためにはクラスの方も大事だと思います。予定も順調にクリアしてるし、少し仕事のペースを落とす、っていうのはどうですか?」
そして、相模はなんかバカなことを言い始めた。
え、いやいや、え? は? あいつ何言ってんの?
さっき予定がカツカツになるから、有志団体の制限数設けるって話したばっかだよな?
それが何、仕事のペース落とすって、ちょっと何言ってんのかわからん。
「比企谷くん、顔が間抜けなことになっているわよ」
雪ノ下から小声でそう言われるが、俺としてはそれどころじゃない。
いったい何があった、俺が関与してないこの十数分の間に何が起きた?
「いやー、いいこと言うねー!私の時も、クラスの方もみんな一生懸命やってたなぁ」
その明るげな声に、俺はグルンと即座に声の主を見た。ヒッとか近くの席から聞こえたが気にしない。
すると、やはりそこで笑っていたのは雪ノ下陽乃。彼女は俺を見て、ウィンクしながら口パクする。
『お・か・え・し♪』
「……ッ!」
あんっの人、やりやがった!
さっき俺が文化祭開催という大義名分を行使した様に、今度はクラス展示という大義名分を振りかざしてきたのだ。
まずい、これは非常にまずい。
さっきは陽乃さんが感情や根性で理論を立てたから反撃できた。だが、今度はあっちに正論がある。
俺に、感情をもって反論をすることはできない。どこまでも理詰めをした理屈こそが、唯一にして最強の武器なのだから。
陽乃さんは、それをわかった上で仕返しをしてきたのだ。
本当に何がしたいんだ、あの人は……?
「ふふ……」
怪しく笑う陽乃さん。
その時、鞄からわずかな振動を感じた。こんな時になんだと、中から振動の発生源を取り出す。
それは組織から支給された仕事用のスマホだった。画面に浮かんだ、メッセージ受信の通知をタッチする。
そして、そのメールを見て目を真開いた。
『この前の夏祭りで、君の覚悟はわかったよ。
お姉さん、認めてあげる。
でもね……雪乃ちゃんが欲しいなら、それ相応の実力もないとね♪
未来のお義姉ちゃんより』
……は、はは。
俺は、携帯を持った手を足の上に落とした。
声があれば、乾いた笑いをこぼしていたことだろう。それくらいにアホらしいことに気付いてしまったのだ。
要するに、あそこで笑ってる悪魔の様なお人は。
俺の邪魔をするためにここまで乗り込んできたのだ。雪ノ下にふさわしいかとか、そんなことを確かめるために。
もう、何かを言う気にもなれない。隣で雪ノ下と相模が言い争っているが、俺はそれどころじゃなかった。
どうやら俺は、強制的に魔王の試練を受けてしまったようだ。
はるのんの無茶振りを受けてしまった八幡の明日はどっちだ。
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