声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、二万以上ぶっ込んで師匠手に入れた作者です。バカですね、はい。
文化祭編第二弾、今回はゆきのんのターン。
楽しんでいただけると嬉しいです。


60.声を無くした少年は、フェスティばる。 2

 文化祭二日目、午前八時。

 

 本来ならばまだ家でパンと一緒にコーヒーを嗜んでいる時間、俺は学校にいた。

 

 理由は一つ。

 

 文化祭実行委員会主催の劇、その最終リハーサルである。

 

「あ、先輩もう少し腕上げてください」

『わかった』

 

 着付け係の女子に言われ、少し下がり気味だった両腕をもう一度あげなおした。

 

「ありがとうございます♪」

 

 顔が覚えるのがあまり得意でない俺でも覚えた、女子軍団の後輩Aは礼を言う。

 

 上機嫌そうに鼻歌を歌って、衣装の位置を調整する様子に、ふと顔を上げて他の人間を見た。

 

 早朝の体育館、少し肌寒いステージの上では多くの人間が動き回っており、それぞれの仕事をこなしている。

 

「よーしあと少しだー」

「ちょい待ち、指しびれてきたから一旦置かせてくれ」

「最後の一踏ん張り、行くぞー」

「ねえ俺の話聞いてる?」

 

 あるものは、二人掛かりで演劇用のセットを所定の位置まで運び。

 

「ここでスポットライトを、こう!」

「あー、いいね。じゃあその時はBGM控えめにする?」

「そっちの方がいいかもね。緊張感が増すし」

 

 あるものは、APのメンバーと劇中の演出のことについて、何やら白熱した様子で話し込み。

 

「ブーツとかきつくない?」

「平気平気、なんならジャンプでき痛ぁ!」

「あーもう、狭いのに暴れるから……」

「これ、どの段ボールに入ってるっけ?」

「えーっと、確か右から二つ目のだと思う」

 

 また、あるものは今俺がそうされているように、他のキャストの衣装や小道具の準備をしていた。

 

 共通しているのは、彼か彼女らの表情が皆一様に楽しそうなことだ。

 

 今時の高校生なんざ演劇に興味でもなけりゃやる気も出ないと思ってたが、妙に張り切っている。

 

 その根底にあるのは、文実の辛く苦しい業務を終えて、最後に思いっきり楽しんでやろうという思いだろうか。

 

 まあ、そういう気にさせるよう絶妙に皆が参加できる脚本になっているのも、彼らの活気を一助しているのだろう。

 

 ここにはいないが(いたらいたで雪ノ下と険悪になるから困る)、陽乃さんの才能には脱帽の一言である。

 

 なお、相模だがこの場にはいない。

 

 あいつはきっとギリギリまで来ないだろう。昨日のオープニングセレモニーでも恥をかいたしな。

 

 雪ノ下が陽乃さんにビンタかました印象が強すぎたのか、F組では一歩距離を置かれているものの、全体的にはそう目立たなかった。

 

 てっきりぼっち化してると思ったが、俺の思考を先読みしていろはが関係者の意識を少し改変したらしい。怖いよ。

 

「これでよし、と……はい、できました」

 

 そんなことを考えているうちに、どうやら着付けが終わったようだ。

 

「きつかったり、動きにくくかったりしないですか?」

 

 言われて、上半身を左右に回したり足を上げてみる。

 

 実のところ、衣装はこれが初合わせなのでちょっとワクワクしていたが、特に支障はなさそうだ。

 

 さすがは陽乃さんが発注した衣装なだけはあり、上質だ。とてもそこらの店の出来とは思えない。

 

 さてはあの人、衣装もセットも特注したな?

 

『問題ない』

「それなら良かったです。もし問題が起きたときは読んでください、すぐに直しに行きますので。必ずですよ?」

 

(合法的に比企谷先輩のたくましい腹筋に触れるから)

 

 ずずいっと近寄られ、謎の圧力をかけられる。なに、お高いからお前ごときが汚すなってことですか?

 

 あの人軽いノリで本当に請求するから、俺としても困る。払えないこともないけど、無駄な出費はしたくない。

 

『お、おう』

「それでは……よっしゃ言質取った

 

 なんか最後に呟いた気がしたが、聞いたら何か危ないものに触れそうだったのでやめとこう。

 

『しかし、俺が主役の一人ね……』

 

 体調が改善してから台本を読んだところ、なぜか俺が主役の一人になっていた。

 

 キャラの設定は捻くれ者の男。荒々しいやり方で物事を解決しては、人々に陰口を叩かれる嫌われ者だ。

 

 そして、そんな自分に唯一昔から変わらないでいてくれる幼なじみの女の子に惚れているが、素直になれない臆病者でもある。

 

 ……どっかで聞いたような人物像だ。絶対に狙って作ったに違いない。

 

『さて、ローブを……あれ?』

 

 振り返ってさっきまで座っていた椅子を見るが、そこに置いてあったローブがなくなっていた。

 

 おかしいな、確かにここに置いていたはずなんだが……俺の思い違いか?

 

 首を傾げていると、トントンと肩を叩かれる。

 

「?」

「問題、私は誰かしら」

 

 振り返った途端、視界が暗闇の中に閉ざされた。

 

 目元を柔らかく、きめ細やかな感触の何かが塞いでいる。それによって一時的に視覚を失った。

 

 先んじて聞こえた声は、とても馴染みのあるもの。具体的にいうと、昨日の放課後も聞いた。

 

 どうやら、下手人はよく知る人物のようだ。

 

『なにやってんだ、雪ノ下』

「ふふ、正解よ」

 

 目を塞いでいた(もの)が外されて、パッと視界が開ける。

 

 少し視線を下げると……そこにいたのは、こちらを見上げるフードを被った女の子。

 

 楽しげに光る青みがかった瞳は美しく、その優しく下がった目尻はまるで特別な親愛を表すようだ。

 

 今日も今日とて可憐な雪ノ下雪乃は、悪戯が成功したようにフードの下で笑っていた。

 

『それ、俺のだろ。なんで持ってるんだよ』

「ちょっとした劇の予行演習よ。演じる人物の特徴を真似てみたにすぎないわ」

 

 そういや、雪ノ下の演じるキャラはみんなに優しい、けれど身近な人間には少し悪戯っ子な女の子だったか。

 

 いかにもヒロインって感じの性格だ。まあ、実際にヒロインなんですけどね。

 

 ちなみに現実の女子は、大概はイケメンにだけかわいこぶる。たまに物好きがいるが。

 

「『ドッキリ成功! ふふっ、ちょっと抜けてるのは小さい頃からだね』……だったかしら」

 

 おまけに劇中のセリフまで持ってきた。ちょっと可愛いと思った俺ガイル。

 

『そうか。とりあえずそれ返せ』

「いいわ」

 

 そう言って頭を突き出してくる雪ノ下。えっどういうこと?

 

「貴方が取ってちょうだい?」

 

 ……俺に雪ノ下の体に触れと申すか。

 

 いや千葉村の時は深夜テンションで抱きしめたりしたけど、あれはノーカンだろう。

 

 ていうか今更ながら、あの時の俺なにやってんの?馬鹿なの、死ぬの?いや死にかけたけども。

 

「ほら、取ってみなさい」

 

 フードの端を摘んで、やれるものならやってみろと言わんばかりに見上げてくる雪ノ下。

 

 ……なんだか、小さい頃に俺の服を頭からかぶって返さなかった小町を思い出すな。

 

『あーはいはい、いいから返せって』

 

 ため息まじりに首輪で言い、俺は雪ノ下の頭をフードの上からポンポンと……

 

『あ』

 

 ……ポンポンと、撫でるように軽く叩いた。

 

 小町にしていたように、雪ノ下の頭を。大事なことなので二回言いました。

 

 ギギ、と油の切れた人形みたいな動きで見下ろすと、雪ノ下はぽかんとした顔をしている。

 

 その顔を見ると、自分のしたことが猛烈に恥ずかしくなってきた。

 

『ほ、ほら、早く脱げ』

「あ……」

 

 雪ノ下の方になるべく触らないよう、ローブを取る。

 

 すると、中に隠れていたツインテールにした艶やかな黒髪が、町娘風の衣装にはらりと落ちた。

 

 その動きすら流麗で、彼女を形作る全てが美しいのだと、なんでもないことで実感する。

 

「…………」

『雪ノ下?』

 

 雪ノ下は、無言でゆっくりと手を自分の頭に持っていった。

 

 そして、先ほど俺が叩いたところを触り……

 

「……ふふ。これで一つ、劇の練習ができたわね」

 

 そう言って、また楽しそうに笑った。

 

「そろそろ練習始めまーす」

「あら、時間ね。それじゃあ比企谷くん、また後で」

 

 颯爽とスカートの裾を翻し、雪ノ下は離れていく。

 

 走り去る背中は、劇中に悪役(おれ)の下から去るヒロインによく似ていて。

 

「…………フゥ」

 

 しばらくその後ろ姿を見つめ、俺もやれやれとため息を吐いてローブを羽織る。

 

 

 

 

 

 フードの裾からは、良い匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭が始まれば、いよいよ本格始動だ。

 

 二日目は一般公開日なだけあって、ご近所やら在校生の他校の友人やら、はたまた受験希望者などが多くやってくる。

 

 どこか内輪ノリめいた1日目と違い、変ないちゃもんつける客がいたりしてトラブルも多くなるだろう。

 

 そのため、保健衛生の当番と厚木が長机を校門の前に設置し、そこで不審な人物が入ってこないか来客を記帳していた。

 

 まあ、テロでも起こそうというほどの極悪人が入ってくれば、校内にいるいろはがその感情をすぐに察知するだろう。

 

 そんな中で俺は、各クラスを回って写真撮影をしていた。

 

『……これでよし。ありがとう』

「いえいえ、こちらこそ〜」

 

 写真を確認して、後輩にお礼を言うと教室を後にする。

 

『これで10枚目、一年の展示は一通り回ったな』

 

 首にかけたカメラに収めた写真を確認し、誰に聞かせるでもなくそう言う。

 

 各クラスの出展風景や来客の様子、その年の文化祭の盛り上がり様を残すのが業務内容だが、なかなかこれが大変だ。

 

 写真を撮られるのを嫌がる生徒や客もいるので、いちいち自分の身分を説明して断りを入れなくてはいけない。

 

 しかし、その分いい写真が撮れている。素人目に見てもそう悪いものではあるまい。

 

 前に酔った会社の人にカメラの使い方を教え込まれたけど、役に立ったな。

 

『さて、次のとこ行くか』

 

 土曜日なので比較的休みの人も多く、校内は結構な賑わいを見せている。

 

「せーの……」

「どーん!」

 

 これは次の写真も良い出来になりそうだと一歩踏み出した瞬間、背後から飛びかかられる。

 

 悪意を感じない、かつ聞き覚えのある声だったのでおとなしく受け止めて、顔だけ振り返った。

 

「お義兄ちゃん!」

「比ー企谷♪」

『なんだ、お前らか』

 

 背中に抱きついているのは、小町と折本。二人ともにひひと似たような笑い方をする。

 

 とりあえず、行ったカメラを手放すと両肩に乗っけられた二人の手をまとめて掴む。

 

「「ほえ?」」

『そうら、仕返しだ』

「うわわっ!」

「きゃあっ!」

 

 そのまま二人一緒に背負うような形で持ち上げ、スカートがめくれない程度の速度でその場で回転してやる。

 

 四回くらいで飽きたので、ゆっくりと止まって手を離した。途端にふらふらと離れる二人。

 

「め、目が回ったー」

「比企谷、相変わらず力持ちだね〜……」

『くだらんことするからだ。で、遊びに来たのか?』

 

 回復してから問いかけると、同時に頷く小町と折本。仲良いですね君たち。

 

「うん、見学がてらね」

「私は普通に遊びに来た。ついでに比企谷がウケることしてるかなって」

『見ての通り、ウケない職務中だよ』

 

 ここが第一志望の小町はともかく、よく休日に制服着てきたなこいつ。

 

 海浜高校に通う折本の制服は濃紺色で、総武とはまた違った趣がある。小町はここらの中学共通のセーラー服だ。

 

 セーラー服って、地域によって発注してるとことが同じだから見分けにくいよな。校章をしてると一発でわかるけど。

 

「え、奉仕部って写真撮影もしてんの?」

『んなことするか、実行委員だ実行委員』

 

 腕章を見せると、ほへーと興味深そうにジロジロ見る折本。

 

「へー、意外」

「お義兄ちゃん、頑張ってたんですよー」

 

 小町の声に普段から聞いてないとわからない程度の棘があるのは、俺が倒れたからだろう。

 

 いやほんと、マジで倒れた日の翌朝は怖かった。仕事押し付けたやつ全員、社会的に抹殺しに行くとか言うんだもん。

 

 なんとか両親がなだめてくれたが、その義父さんたちですら割と怖い顔だったのでなんとも言えない。

 

『まあ、適当に楽しんでいけ。小町は自分が行こうとしてる高校のことをちょっとは知るといい』

「はーい、お義兄ちゃんも仕事頑張ってねー」

「それじゃ小町ちゃん、行こっか」

「いざ、クラス展示へレッツゴー!」

 

 ハイテンションな様子で肩を並べ、階段を登って上の会へと消えていく二人。

 

 その後ろ姿を見送って、前に視線を戻すと……目と鼻の先に見覚えのある顔がどアップで写り込んだ。

 

 驚いて仰け反ると、そいつはプッと吹き出して笑い出す。

 

「あはは、いい反応ですね先輩」

『……驚かすなよいろは』

「うむ、ついでに我もおるぞ」

 

 ひょっこりといろはの後ろから材木座が飛び出してくる。

 

 また珍しい組み合わせだな。材木座が手に色々持ってるけど、荷物持ちでもさせてんのか?

 

「ああ、これは景品が出る系の展示でとりまして。簡単でしたよ、相手の人の考えてることが手によるようにわかったので」

 

 お前の場合マジだけどな。ていうか、さっき悲壮な顔した同級生がいたと思ったらお前の仕業か。

 

 いろはが文化祭を満喫していることはわかった。問題は後ろで執事みたいになってる材木座である。

 

「ややっ、その目はなぜ小間使いのようなことをやってるのかと問うておるな?」

 

 まだ口に出してないのに、勝手に話し出そうとする材木座。まあ、そっちのほうが手っ取り早くていい。

 

「ふっふっふ、これには深淵の闇よりなお暗く、深いわけが……」

「あ、クラス展示に参加できなくて何もしないで突っ立ってたので連れ回してます」

「ちょ、一色嬢いきなりネタバラシする?せめてもったいぶらせてくれない?」

「私、コンパクトに物事を伝えるのが好きなので♪」

 

 ガックリとうなだれる材木座。いろはがクスクスと楽しそうに笑った。

 

 こいつらのコントを見るのが見慣れたのは、もう一年くらい前か。出会った時からは考えられんな。

 

 ……昔、()()()()()()()()()()()()と心底思う。おかげで、大切な友人ができたのだから。

 

「しかし、良い盛況ぶりであるな。これは我も少しは手伝った甲斐があるというものよ」

 

 しばらくして立ち直った材木座は、腕組みをして感慨深げに頷く。

 

 こいつは俺が眠っている間、雪ノ下によって強制的に再配分された仕事をやってくれていたのだ。

 

 俺の家で爆睡していたのはそういうわけである。

 

『その節は本当に助かった、ありがとな』

「なに、友が困っているとなれば見返りを求めず手を差し伸べるのが道理。我とお主は一蓮托生の友柄だ、そのくらい礼を言われるまでもあるまいて」

『お前はいちいち表現が大袈裟なんだよ』

 

 首輪からは悪態をつくが、俺の口元は笑っている。それは材木座も同じだ。

 

 この男は普段はウザいくらい自己アピールするのに、いざというときはナチュラルに行動もイケメンになる。

 

 それは知り合った当初から変わらない、俺が材木座義輝という人物の最も信頼する部分、類稀な誠実さだ。

 

 本当に、俺は友達に恵まれている。数は片手で数えられるくらいだけどな。

 

「ちょっとー、私も家事とかしたんですけどー」

『わかってるって』

 

 ならいいですけどー、とか言ってわざとらしくぶーたれるいろは。

 

 そんな顔をしているのは、いつのまにか材木座と話していて蚊帳の外に置いたせいか、それとも材木座を取られたからか……なんてな。

 

「それじゃあ先輩、ガンバです!」

「うむ!せいぜい働くが良い!」

『お前らも、楽しめよ』

 

 まだ他の場所を回るという二人と別れ、俺は本来の職務に戻る。

 

 

 

 

 さて、カメラマンしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく校内を歩き回り、写真の枚数もそこそこになってきた。

 

「ふむ……」

 

 ん、向こうにいるのは雪ノ下か。

 

 人波の中でもすぐに見つけられた彼女は、一つ一つ教室を、確かめるようにじっくりと眺めている。

 

 あちらも腕章をしていることから、実行員として見回りをしているのだろう。心なしか、遠目でも少し楽しげだ。

 

 いくつか先の教室を見ていた彼女は、展示を見終えたのか次の教室へと視線を移す。

 

 その途中で、たまたま目があった。

 

 彼女は驚いたのか目を見開き、しかしすぐに目元を柔らかくするとこちらに近づいてくる。

 

「こんにちは。あなたも仕事中のようね」

『ああ、この通りな』

 

 カメラのフォルダを開いて、今日の日付の写真を映し出す。

 

 カメラごと差し出そうとするも、それはいつの間にか隣にいた雪ノ下によって未遂に終わった。

 

「どんな出来かしら」

 

 ぴったりと寄り添い、カメラの画面を覗き込んでくる雪ノ下。

 

 天然なのか狙ってるのか、どちらにせよ服越しにしなやかな細腕の感触が伝わってきてやばい。

 

 それに、清涼感のあるいい匂いもする。要約すると健全な男子高校生には美味し間違えた危ない状況です。

 

「へえ。綺麗に撮れているわね」

 

 俺が一人でドキがムネムネしている間に、雪ノ下は一通り見終わったのか離れていく。

 

 ふう、びっくりしたぜ。危うく自分の触覚を感じる神経を引っこ抜くところだった。

 

「ちゃんと職務を果たしているようで安心よ」

『流石に適当にはな。そっちは見回りか?』

「ええ。その、クラスの方にはちょっと……」

 

 少し嫌そうな顔で言う雪ノ下。そういえばJ組はファッションショーとかだったな。

 

 国語教養科であるJ組は9割が女子のクラスであり、集客がしたいならその高水準な見た目を使うのが手っ取り早い。

 

 であれば、校内一の美少女である雪ノ下が駆り出されるのは必然だ。俺はおしゃれしている雪ノ下見たいけどな。

 

『やりたくないなら、別にやらなくてもいいだろ。文実の仕事もあるし』

「正論ね」

 

 そこで雪ノ下は、ふと何かを考えた。どうかしたのだろうか。

 

「……どうせなら、一緒に見回りをするのはどうかしら」

『はい?』

「別に、特にデメリットもないでしょう?あなたも写真撮影に各クラスに行くのだし」

 

 ……それって文化祭デートとかになるのだろうか。

 

 って違う、そうじゃない。いや確かに一緒に回れたらそれはハッピーっていうか最高っていうかこの世の春っていうか。

 

「それとも……私とは、嫌かしら」

「……!」

 

 どこか不安げに、いつも堂々としている雪ノ下らしくもない態度で問いかけてくる。

 

 きっと彼女も、相応の勇気を持って言ってきたのだろう。そして往々にして、男とは女の子のこういう所作に弱い。

 

『じゃあ、そうするか』

 

 答えると、雪ノ下は一瞬パッと顔を輝かせ、そっぽを向いてこほんと咳払いをするとすまし顔に戻った。器用だな。

 

 そういうわけで、突然の雪ノ下と行動することになった。先ほど以上にドキドキしながら仕事をする。

 

 ここを撮った方がいいという雪ノ下のアドバイスを受けつつ、いくつかのクラスの様子を写真に収めていく。

 

「比企谷くん」

 

 三年生の展示スペースである三階にやってきて、どこから入ろうかと迷っていると雪ノ下に肩を叩かれた。

 

「あのクラス、申請書類とやっていることが違うわ」

 

 言われた三年B組を見てみると、教室は洞窟っぽい装飾が施され、某映画みたいな文字で『トロッコロッコ』と看板に書かれている。

 

『あそこは確か、トロッコに乗って洞窟のジオラマを見せる展示だったか』

「ええ。なのに……」

 

 耳をすませると、中からはキャーキャーという悲鳴とガタガタという激しい音が聞こえてくる。

 

 とても、ゆっくりとジオラマ鑑賞をするのがコンセプトとは思えない。むしろ絶叫マシンの反応だ。

 

『明らかに中は別物だな、あれ』

「昨日二年E組のジェットコースターが盛況だったからかしら」

 

 なるほど、流行りをいち早く取り込んだか。そういや昨日隣のクラスにすんごい行列できてたな。

 

 見回り中の雪ノ下としては見逃せないので、中に入って代表者を呼び出す。

 

「すみません、代表者の方はいらっしゃいますか。申請された内容と違うようですが」

 

 雪ノ下がそう言った途端、三年B組のメンバーはにわかに騒がしくなる。

 

「やっば!」

「こんな早くバレるなんて!」

「い、いいから引き込んじゃえ!勢いでごまかしちゃおう!」

 

 ものすごく不穏なことを言った女子の先輩方は、なんと俺と雪ノ下の両手を掴むと中に引きずり込んだ。

 

「ちょ、ちょっと!」

「っ!」

 

 抵抗する間も無く拉致られた教室内は、外と同じように装飾がされていた。

 

 LED製の鉱石やクリスタル、発泡スチロールの岩石に白い糸で吊られたコウモリ。ほお、なかなかの出来だ。

 

 ゆっくり感心している暇もなく、台車を改造したトロッコの中にグイグイ押し込まれ、あまつさえドンと背中を押される。

 

 そのせいでバランスを崩し、雪ノ下に衝突しまいと奥側の淵を掴むことになって……

 

「ひ、比企谷くん……」

「!?」

 

 雪ノ下に覆いかぶさるような形になってしまった。

 

 見上げる顔は紅潮し、小さな口は揺れる瞳とともにアワアワとする。薄暗い中でもはっきりと、その顔が見えた。

 

「え──。本日はトロッコロッコにご乗車していただき、ありがとうございます。それでは地下世界をご堪能ください」

 

 雪ノ下に見とれているうちに、アナウンスとともにガタイのいい男四人種によってトロッコは動き出す。

 

 机と長机、木板にトタン、そして鉄板で作られたコースの上をガタガタ言いながら進んでいく。

 

 おまけにアップダウンが設けられており、膝立ちのような不安定な体勢で乱高下することになった。

 

「〜〜!」

「……っ、……っ!」

 

 その度に雪ノ下との顔の距離が3cmから8cmの間くらいを行き来して、心臓が胸をこじ開けて飛び出しそうだ。

 

「到着〜。またのご利用をお待ちしています」

 

 結局無理に動くこともできず、ゴールまで俺たちはその体勢のままでいた。

 

 トロッコが止まり、押していた男衆が手を離す。それでもまだ、俺たちは至近距離で見つめ合っている。

 

「いかがでしたか〜、地底の旅は。またよろしくね」

 

 放心状態の俺たちに、どこかに隠れていたクラス代表らしき人が陽気に言った。

 

 それでようやく再起動して、電光石火の速さで俺たちはトロッコから降りるとそれぞれ片腕ずつ代表者の腕をとった。

 

「え、なに?なんなの?」

 

 そのままずるずると教室の外まで引きずっていき、廊下に出るとパッと手を離す。

 

 そうするとバランスを崩すクラス代表の肩をがっしりと掴む。

 

「あ、あの、やっぱり怒ってる……?」

 

 冷や汗を流す先輩に、俺たちはこう言った。

 

 

 

 

 

『「追加の申請書類とアトラクションの説明の徹底。以上」』

 

 

 

 

 

 その時の俺たちの顔は、真っ赤だっただろう。




読んでいただき、ありがとうございます。
察しのいい人は、この描写でどんな曲を題材にしたかわかるかな?
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