声を失った少年【完結】   作:熊0803

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すみません、また更新が空きました。
その上ちゃんと描写しようとしたら、文字数が膨れ上がり……申し訳ありません。
今回は起承転結の承の部分かな?
楽しんでいただけると嬉しいです。


65.声を無くした少年に◯◯◯◯◯を 中編

 悪役には、ヒロインを悲しみから救うことはできない。

 

 それはあらゆる物語において確定された決定事項であり、また俺の演じる〝シン〟も抗うことはできない。

 

 ……そして、〝シン〟に救えないのであれば、もう一人。

 

 彼女を悲しみの淵から引き上げるヒーローが、他にいる必要がある。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 反対側の袖から、上品な服装のイケメンが出てきて〝ミカ〟の前に跪く。

 

 〝ミカ〟が顔を上げ、〝シン〟が振り返ると……そこには、いかにも貴公子という出で立ちのイケメンがいた。

 

 優しい微笑みで手を差し出す美青年に、〝ミカ〟は目を見開く。なぜなら、彼女は彼を知っていたから。

 

「〝クレール〟……」

「そんなところに膝をついていたら、汚れてしまうよ?」

 

 相手を安心させるような声音で言う男……〝クレール〟に、〝ミカ〟は恐る恐るその手を取る。

 

 〝ミカ〟に合わせるようにゆっくりと立ち上がった〝クレール〟は、割れ物に触るような手つきで涙を拭った。

 

「悲しいことがあったんだね。君は昔から優しいから、きっと辛かっただろう」

「〝クレール〟、私……」

 

 こらえきれないように、軽く〝クレール〟の胸に顔を押し当てる〝ミカ〟。

 

 〝クレール〟は一瞬驚いてように〝ミカ〟を見て、けれどすぐに微笑みを作ると優しく肩を撫でた。

 

 その光景に、練習で何度も見たというのにもやっとしたよくわからない感情が、胸の中に浮かんでくる。

 

 いや、別に今のところは雪ノ下と付き合ってるわけじゃないし、ただの演技だとわかってはいる。

 

 演じてる先輩は彼女持ちらしいし、心配することはない……のだが、どうにも慣れない。

 

《突如現れた青年クレール。その正体は、かつてミクによって彼女たちの輪に加わった、あの気弱で内気な少年でした。彼は、その物腰の柔らかさと気品ある立ち振る舞いから、町の娘たちを虜にする紳士へと見事に成長していたのです》

 

 先ほど俺と雪ノ下がそうされたように、〝クレール〟の胸の中で泣く〝ミカ〟の構図のまま説明が始まる。

 

 突然現れたもう一人の男、その役割は小悪党である〝シン〟とは正反対のヒロイックなものだ。

 

 おまけに町長の息子とかいうボンボン設定まであり、まさに主人公と言わんばかりのキャラクターだ。

 

 演じている役者も、葉山とはまた別ベクトルの整った顔立ちをしているので、客の反応も良い。

 

 何より、〝シン()〟と違って美少女の雪ノ下と一緒だと、非常に様になっていた。

 

《さて、そんなクレールには、実は思いを寄せる女性がいました。その相手とは……》

 

 一度ナレーションが途切れ、スポットライトが舞台の上に戻る。

 

 〝ミカ〟は〝クレール〟から離れて、わずかに目尻に残っていた涙を拭うと、いつものように笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、〝クレール〟」

「もう平気なのかい?」

 

 笑顔のまま、〝ミカ〟は頷く。彼女は心優しかったが、同時に辛いことを乗り越えられる強い少女でもあった。

 

 それはあたかも、溢れるほどの才能と努力で妨げるものすべてを真っ向から潰し、自分の道を貫き。

 

 そして、報われるものが報われなくてないけない世界を志す、雪ノ下雪乃のように。

 

「ええ。ごめんなさない、変なところ見せちゃって」

「いや、君が泣いているのならいつでも胸を貸すよ」

 

 爽やかな笑顔で〝クレール〟は歯の浮くようなセリフを言う。

 

 イケメンだけに使うことが許された特権である。俺が言ったら何こいつ?って顔されるに違いない。

 

「それにしても、どうしてこんなところにいるの?お父様のお仕事を手伝ってたんじゃ……」

「うん、そうなんだけどね……」

 

 そこで一旦言葉を切り、〝クレール〟は目を閉じてスゥと息を吸う。

 

 そして、目を開けると覚悟を決めた顔で〝ミカ〟を見た。あまりに真剣なその横顔に、女性客がハッと息を飲んだ。

 

「来月、僕は18になる。そしたらもう、大人の仲間入りだ」

「そうだね。ついこの間まで〝シン〟と三人で遊びまわってたのが懐かしいなぁ」

 

 しみじみとした顔で虚空を見つめる〝ミカ〟。その脳裏には、ありもしない虚構の思い出が流れているに違いない。

 

 〝クレール〟はより一層決意を固めた表情で、次のセリフを言い放った。

 

「だから、結婚だってできるんだ」

「……え?」

 

 予想外の言葉に、〝ミカ〟が間抜けな声をあげて〝クレール〟を見やる。

 

 〝クレール〟はもう一度跪き、〝ミカ〟の白い手を取って言う。

 

「〝ミカ〟、僕と結婚してほしい。君を迎えに来たんだ」

 

 〝クレール〟のセリフは、まさに劇的と言ってよかった。客席のどこからか、キャーと小さな黄色い悲鳴が上がる。

 

 当然〝シン〟も突然のプロポーズの言葉に驚愕を顔に貼り付け、物陰から二人の様子を凝視した。

 

 〝ミカ〟の顔に浮かんだのは、まず驚愕。次に困惑した様なものになり、瞳を揺らして言葉の真意を探る。

 

「私と〝クレール〟が……結婚?」

「そうだ。僕は優しい君の笑顔を、ずっとそばで見ていたい。だから……」

「そ、そんな、無理だよ!」

 

 口説き文句を遮って、〝ミカ〟は〝クレール〟の手を振り払い、数歩後退する。

 

 拒絶された〝クレール〟は一瞬ショックを受けた顔をするも、すぐに元の微笑を浮かべると立ち上がる。

 

「僕のことは、嫌いかな?」

「そんなことないわ!でもいきなり結婚だなんて言われても、心の整理がつかなくて……」

「いきなり言ったのはごめんね。でももう、僕は自分の気持ちを抑えられない。君と一緒にいたいんだ」

「〝クレール〟……」

 

 歩み寄り、また〝ミカ〟の手を取る〝クレール〟。彼女の目に迷いが浮かび、それをただ見る〝シン〟。

 

 見つめ合う二人と、盗み見る一人。舞台の上に、長い長い沈黙が舞い降りる。

 

「……ごめんなさい。やっぱり、まだ心の準備もできてないし、答えられないわ」

 

 ややあって、〝ミカ〟は顔を伏せて答える。遠慮がちに引き抜かれた手に、〝クレール〟はため息を吐いた。

 

「そうか……残念だ」

「…………本当にごめんなさい」

「いいや……でも僕は諦めないよ。君がイエスと答えてくれるまで、何度でもこの思いを伝え続けることをここに誓おう」

 

 大胆な宣言をして、〝クレール〟は舞台の上から一度消えていった。

 

 後に残ったのは、〝クレール〟の去った方を見る〝ミカ〟と、それを複雑な表情で見る〝シン〟の二人。

 

《クレールが思いを寄せる女性は、ミカ。彼の熱烈なプロポーズに、ミカとシンはそれぞれ複雑な思いを胸に抱きます》

 

 たった一人舞台の上にいる〝ミカ〟に、〝シン〟は様々な感情が入り混じった目を向ける。

 

 幼馴染みの告白への驚愕と困惑、そしてそれに対する唯一の理解者である少女が、どう答えるのか……

 

 まるで玩具箱のように乱雑な内心を苦しげな表情にして、俺はその場から……正確には張りぼての裏側に姿を消した。

 

 三度目の暗転。そして舞台は起を終え、承に入っていく。

 

《それから度々、クレールはミカのもとを訪れる様になりました。彼女と言葉を交わし、時間を積み重ね、昔の様に親密になっていき、少しずつ距離を縮めていきます》

 

 同時に、最初に現れた時の宣言通りに〝クレール〟は会いに来るたびに粘り強く〝ミカ〟に思いを伝えた。

 

 俺なら絶対できない芸当だ。告白なんてあそこに行く前の小学生の頃しかしたことはないが、一回で心折れる。

 

 しかも次の日にはキモ谷とかあだ名つけられてるんだぜ。クラスメイト全員許さないリストに入れたよ。

 

 まあ、一回目でそんな目にあったから、以降は雪ノ下以外に惹かれることがなかったのは幸いか。

 

《やがて小鳥の悲しみも乗り越えて、ぎこちなかった笑顔も自然なものに戻っていくミカ。しかしその隣にいるのはクレールであり、それまで一緒にいたシンはすっかり物陰に落ち着いてしまいます》

 

 明転し、舞台の左側に楽しげに話す〝ミカ〟と〝クレール〟が現れる。

 

 それ右側の端、階段のセットの上で見ているのは〝シン〟。片膝を立て、頬杖をついて二人を見下ろしている。

 

《シンにとって、ミカの隣を奪われたことは正直者でない彼が本気で焦りを覚えるほどのことでした。彼が心やすらぐ場所は、ミカの隣以外になかったのですから当然です》

 

 つい最近まで自分の居場所だったところに、別の誰かが当然の様な顔をしてそこにいる。これほど不快なこともない。

 

 しかもそれが、昔ミカ以外に唯一と言っていいくらい仲良くしていた相手だというのだからさらに複雑だ。

 

 捻くれてて自分を出さない(シン)のキャラクター性にも難はあるが、しかし気にくわないことには違いない。

 

 ならばどうするか。人間の当然の性として、邪魔だと思うものは排除することが選択される。

 

「それでは、また今度」

「うん、またね」

 

 話を終え、〝ミカ〟が一旦役目を終えて舞台の袖へ消えていく。

 

 〝クレール〟がこちらに踵を返して歩いてきたところに、少し高いセットの上から飛び降りて目の前に着地した。

 

『おい、〝クレール〟』

 

 いきなり登場した(シン)に〝クレール〟は驚き、しかしすぐに王子の微笑みをたたえて話し出す。

 

「やあ、〝シン〟。久しぶりだね、元気にしていたかい?」

『まあな。お前こそ、随分と楽しそうだな』

「見ていたんだね」

 

 照れ臭そうに、しかし幸せに浸っている様な曖昧な笑顔で首の後ろをさする〝クレール〟。

 

 いかにも今人生最高の瞬間ですみたいな顔に、俺は元は自分がいた場所だろうと内心憤った(演技力の高さに内心舌を巻いた)

 

『お前に言いたいことがある。お前は──』

「奇遇だね、僕も君に言いたかったことがあるんだ」

『……なに?』

 

 被せる様にして言う〝クレール〟に眉をひそめ、言いかけていた言葉を止める。

 

「君にはずっと、お礼を言いたかったんだ」

『お礼だと?』

「ああ……子供の頃、僕は引っ込み思案で、何をするにも怯えていた。そんな自分が嫌で、でもどうやったら変われるのかもわからなかったんだ」

 

 目の前で繰り広げられる独白に、俺は渋い顔をしたまま顎をクイッとして続きを促す。

 

「そんな時、彼女が僕を物陰から引っ張り出してくれて……そのことがとても嬉しかったんだ」

 

 一言一言を噛みしめるような様は、本当に大切な記憶なんだろうと、一目見ただけでわかる。

 

『そりゃ良かったな。それで、その話と俺に礼を言うことに何の関係がある?』

「あるさ。暗闇から一歩踏み出すことを迷っていた僕を見つけてくれたのは彼女で……そして、人に優しくすることを、君から教わった」

『…………なんだと?』

 

 (シン)クレール(こいつ)に、人に優しくすることを教えた……だって?

 

『そんなことをした覚えはないけどな』

「確かに、言葉は乱暴だし、やり方も荒っぽいけどね」

 

 ほっとけ。こちとら人にいちいち優しーく接するほど楽な、お前のような人生じゃなかったんだよ。

 

 だからこそ、お前が妬ましい。俺にとって一番大事で、たった1つだけ失いたくないものを取っていくお前が。

 

「でも、君はいつも誰かのために動けた。たとえ誰に感謝されなくても、悪態をつきながら誰より先に味方になった。それがすごくかっこよくて、僕はずっと憧れてたんだ」

 

 しかし、そんな仄暗い(シン)の思考は、〝クレール〟の言葉によって打ち砕かれた。

 

 憧れていた……何でも持ってて、何も持ってない(シン)とは正反対のこいつが、俺に憧れていただって?

 

「今の僕があるのは、半分は君のおかげなんだ。だから、ありがとうって子供の頃からずっと言いたかった」

『な……お、俺は……』

 

 (シン)はただ、目の前で誰も味方してくれずに独りで戦っているのを見るのが嫌なだけだった。

 

 だって、まるで自分を見ているようだったから。いつも味方してくれた母さんがいなくなって、一人ぼっちになった俺みたいに。

 

 それと……誰かを助ければ、ミカはそばにいてくれる。そういう打算の気持ちもあったのかもしれない。

 

 故にこれは善業でも善意でもなく、ただの自己満足に他ならない。全く利己的な、独善的な行いだ。

 

 それをこいつは、優しさだと信じたのか?

 

「君から教わった優しさと、彼女がくれた勇気が僕を強くしてくれた。今度は僕が恩返しをしたい。だから彼女を幸せにしてあげたいんだ」

『…………そういうことか』

 

 つまりこいつは、ある意味俺と同じ……いや。むしろその逆、正反対だ。

 

 自分にとってかけがえのないものをくれたあいつのことを好きになり、そのために努力して……そして思いを伝えた。

 

 どうすればいいのかわからなくて、自分の本心を暗い影の中に押し込めてきた俺とは大違いだな。

 

「願わくば、君には僕の恋を応援してほしい」

 

 俯く(シン)の肩に、〝クレール〟は手を置いた。

 

「だって、僕にとって君は……」

 

 その先のセリフを、(シン)は知っている。俺が何より軽々しく使うことを嫌悪する、その言葉を。

 

「尊敬する人であり、親友なのだから」

「……!」

「それでは、また会おう」

 

 クレールが、舞台の上を去っていく。

 

 その場に立ち尽くして、(シン)は何も言えなくなったのだった──。




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