お気に入りしてくれる皆様、ありがとうございます。
原作沿いにしようとしたらまたオリジナル路線に突っ切りまして。
ともあれ、今回は陽乃さん回です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
エンディングセレモニーは、つつがなく行われていたように思う。
あれだけ怯えていた相模も、俺に宣言した通りなけなしのプライドを奮い立たせて懸命に仕事をしたらしい。
途中でとちろうが、噛もうが、必死に己に課せられた仕事内容の全てを完遂していた……はずだ。
「頑張れー!」
「最高だったぞー!」
舞台下から、そんな声がぼんやりと聞こえてきた。
きっとその時、相模は涙でも流しながら喋っていたに違いない。必要なこととはいえ心が痛む。
ただ一つ、失敗なのは。
あれだけ発破をかけておいて、俺はそのほとんどを覚えていないということ。視覚にも、聴覚にも、その記録はない。
だが社畜根性だけは働いたのだろう、手の中にあったカメラだけには、ちゃんとエンディングセレモニーの写真が残っていた。
無意識に仕事するとか俺マジ働き者。いや嘘です、考え事してて代わりにオクタがやってくれただけです。
ともあれ、俺はどうにかあいつの力を借りて最後の仕事を終えられた。マジで感謝しかない。
──僕としては、あまり無茶はして欲しくないけどね。
善処する。
──それ、しないやつじゃないか
「おう、文実集まれやー」
やっとこさ現実に戻ったのは、全てのクラスが退場して後片付けをしていた時。
熱に浮かされたような気分のままに手に持っていた音響映像機材を一旦置いて、大声で召集をかけた厚木の元に集まる。
「まだ事後処理なんかはあるけど、まあまずはご苦労さん。俺が見てきた中でもかなりいい文化祭だったわ」
その意見には同意しよう。
厚木が総武に何年いるのかは知らないが、2回目の俺からしても今回の文化祭はなかなかのものだったように思う。
というか、そうじゃないと倒れてまで仕事した俺が困る。大概報われない人生も勘弁してほしいぜ。
「特に、最後に盛大に伝説を作ってくれた奴らもいたしな」
……何でそこでニヤって笑うんですかね。ていうかそれ言う必要あるか?
おい、お前ら一斉にこっち見んな。主にそこの女子軍団ニヤニヤするな。ステルスヒッキーが発動してないんですけど。
……いや、無意識に気配を消すのを忘れるほど、俺が動揺してんのか。
「まっ、とにかく楽しかったわい。この後打ち上げではしゃぎすぎて俺たちが呼び出される、なんてやめてくれよ?じゃあの」
威圧的な見た目とは裏腹に優しげな言葉でそう言う厚木に、文実メンバーは笑いながら頷いた。
厚木が離れていくと、途端に互いの苦労を、努力をたたえ合い、一つの嵐のようになって感動を促す。
「ほら、相模委員長」
「え、ちょ……」
その中心に、城廻先輩によって相模が引っ張り出されてきた。
後から見た写真に写った半ベソ顔も直り、やや困惑した様子で周囲を見る。
無理もないだろう。最初は仕切りが悪く、最後は一度逃げ出した。皆の前に出ることをためらうのも無理あるまい。
「あなたが委員長なのでしょう。それなら皆をねぎらう義務があるわ」
雪ノ下が、空気を切り裂くような冷めた声音で言う。
その顔には一切の朱はなく、全くもって平然としている。つい三十分前のことなど、まるでなかったように。
さっきから脳内でド派手な格好の材木座が灼熱地獄の中でカーニバルしてる俺とは正反対だ。なにそれカオスすぎんだろ。
ていうか真面目になんであんな平気な顔してんの。これが普段から衆目を集めているやつとの差だとでもいうのか。
「えっと、たくさん迷惑かけちゃってごめんなさい。文化祭の準備も、始まってからも、うちは調子に乗って何にも見えてませんでした」
そんなことを考えているうちに、相模は決心がついたのか皆に向けて語り出す。
てっきり軽い感じで終わると思ってた奴らは、真剣な顔の相模に表情が引き締まっていた。
「うちのせいで必要以上に頑張ってくれてた人や、そのせいで大変なことになってしまった人。本当に、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる相模。そこからは本気の公開と、謝罪の気持ちが伝わってきた。
例の一件以前から真面目に仕事をしていたメンバーは複雑そうな顔をし、反対に来ていなかった奴らはバツが悪そうにする。
やがて「そんなことないよ」「それ言ったら、俺も途中からあんまり参加してなかったし」などという言葉が投げかけられた。
それを言っているのは案の定、文実に来ていなかった奴らで。今更罪悪感がこみ上げてきたのだろう。
そこにはあの状況の主犯たる相模が謝っているのに、自分がそうしなければ悪者になってしまうという恐怖もあるに違いない。
要するにこれは、相模に同調している体の自分も反省してますよアピールなのだ。
そうして今のうちに予防線を張って、後から「でもお前あの時サボってたよな」と責められる確率を下げている。
人間とはそういうものだ。悪者になりたくない、より安全な方へ行きたいという心理が常に働いている。
相模もかわいそうに。あいつは本気で自分を振り返り、立ち上がったというのにこんなやつらに利用されるとは。
「みんな、ありがとう……でも、本気で怒ってくれた人や、背中を押してくれた人のおかげで、なんとかここまでこれました」
ちらっと一瞬こっちを見る相模。いや、押したっていうか蹴っ飛ばしたけどね。
「本当に、ありがとう。お疲れ様でした」
もう一度相模が頭を下げれば、一斉に「お疲れ様でした!」と綺麗に挨拶が返された。
女子は抱き合ったり、男子はハイタッチしたりと、再び互いに喜び合い、そして相模はぺこりと雪ノ下に頭を下げる。
「……フゥ」
これでようやくひと段落、か。
文実メンバーの輪から抜けて、後片付けに戻る。後ろからちらほらと語り合う声が聞こえてきた。
その中には、今夜の打ち上げの話をしている奴らもいた。あいにくと俺は呼ばれ…………そうだな。いじられ役として。
「あ……」
変にクラスメイトに絡まれる前に退散しようと思っていると、後ろから声がする。
振り返れば、そこにいるのは相模。いつもの取り巻き二人を連れた彼女は、俺が見るとぐっと手を胸元で握った。
なんか用か知らないが、このあと重要なことが待っているので適当に手を振っておつかれさんと伝える。
「っ!」
すると相模は驚いた顔をして、俯いてしまった。え、俺またなんかやった?
「いーっ!」
焦ったのもつかの間、顔を上げた相模はあっかんべーとすると足早に去った。慌てて追いかける友人たち。
『……なんだそりゃ』
首輪から、言葉がこぼれ落ちる。あっかんべーって子供かよ。
「やっほー、お疲れ様」
『城廻先輩』
今度は先輩がやってきた。今日はいつになく人に絡まれる日だな。
『先輩もお疲れ様です』
「ううん、それに見合う思いはさせてもらったよ。いいものも見れたしね♪」
むふふーと口元を手で隠し、野次馬根性丸出しの顔でこっちを見る城廻先輩。
少しだけ治っていた熱さが再燃し、頭の中で材木座がサンバを踊り始めた。それをなんとか蹴り飛ばし、返答を返す。
『まあ、楽しんでもらえたのなら何よりです』
「うんうん、最後にいい文化祭ができてよかった。ありがとね」
それじゃあ雪ノ下さんと仲良くね、と言って城廻先輩は手を振ると去っていく。余計なお世話ですよ。
ともあれ、これ以上誰かが来るということはなさそうだ。平塚先生は劇が終わってすぐ絡まれたし。
俺に「どうしたらそんな青春ができるんだ……?」とか聞かれても知らねえよ。こっちだって現在進行形で脳内カオスだわ。
俺の祈りが天に届いたのか、滞りなく片付けを済ませ、ホームルームに向かうために体育館を出る。
ちなみに、いつの間にか雪ノ下はいなくなっていた。流石に今は話せる気がしないので助かった。
「これで終わり、なーんて思ってる?」
しかし、そう現実は甘くはなかった。
出口をくぐった瞬間、横から投げかけられる声。それは今話したくない人ナンバー2、ともすれば一番会いたくない人の声で。
恐る恐る横を向くと……そこにはバッグを片手に私服姿の美しい女性が、壁に背を預けこちらを見ていた。
「や、未来の弟君♪」
『……陽乃さん』
手を挙げて快活に笑い、そこに立つのは陽乃さん。今回の黒幕ともいうべき人。
「劇、すごかったよ? みんな最後は比企谷君に見入っちゃってさ、まるで舞台の上に一つの世界ができて、その虜にされていたみたい」
『はぁ、どうも』
にこやかに笑うその顔はいかにも何かを企んでいそうで、実際に俺を避けるこの人がわざわざ来るときはそういう理由に他ならない。
『あれは一体、どういうことですか』
「え〜?あれってなんのことか心当たりが多すぎてわからないなぁ。もっとちゃんと、具体的に言ってくれないと」
ぐっ、またこの人はそういうことを……
『……だから、あれです。最後の雪ノ下とのあれは、あなたが仕組んだことですか?』
「んー、あれって?」
『いや、だから……』
この人、意地でも俺に言わせる気か。
雪ノ下とキ……したことをわざわざ言えと?無理に決まってんだろ。もう一回入院する方がマシだわ。
言いあぐねている俺をじっと見つめて、しばらくしてケラケラと陽乃さんは笑い出した。
「ごめんごめん、意地悪しすぎたね。比企谷くん、いじると面白いからさぁ」
『勘弁してくださいよ……』
深くため息をつく。ただださえキャパオーバーしてんのに、この人を相手するのはいちいち疲れるんだよ。
ひとしきり笑った陽乃さんは、一度息を吐くとスッと表情を消す。あまりに急激な変化に喉が詰まった。
「確かに、あれは私がしたこと。今回は特に色々と迷惑をかけたからね、お姉さんからのお詫びだと思ってほしいな」
『……それにしちゃ、随分と過激なお詫びっすね』
いやほんと、心臓にザキ打ち込まれたかと思った。それ即死してんじゃん。
「あはは、そうだね。ちょっと比企谷君には刺激が強すぎたかもしれないけど……でも、それくらいじゃないとあなた達は前に進みそうにないから。雪乃ちゃんも比企谷くんも奥手だしね?」
「…………」
「けどまあ、あなた達の為……と言えば聞こえはいいけど、これはあくまで私の為にしたことよ。恨んでくれても構わないわ」
陽乃さんの目は、強かった。
あの日と同じ、こちらの意思を図ろうとするような色。あくまでも俺や雪ノ下の前に立ちふさがろうという覚悟。
俺と似ている……いいや、己の怪物性に頼っている俺などよりもずっと強い、似て非なる本物の強さ。
それは同時に、俺を嘲っているようで。まるで、「これでようやく動けるでしょう?」と、そう見下すように。
……まあ、そうだろうな。
彼女の、雪ノ下陽乃の中で比企谷八幡は、あの日からずっと変わらない。
嘆き、怒り、狂い、殺し、殺され……他の誰かに与えられなくては、生きる理由さえも見つけられない哀れな
実際、その通りだ。俺はこれまで、義父さんやいろは、由比ヶ浜……色々な人に理由をもらい生きてきた。
今回の文化祭も、きっと雪ノ下と由比ヶ浜がああしていってくれなければ、また無茶をしたに違いない。
だから、陽乃さんはたかをくくっている。どうせ俺には何もできないと決めつけている。
『──見くびらないでください』
──俺を、なめるな。
『俺はあなたを恨みもしないし、きっかけを与えてもらうつもりもありません』
「……へぇ」
目を細める陽乃さん。
品定めするような視線に少し気圧されそうになりながら、それでも俺は首輪を使って喋り続ける。
『俺は自分の意思であいつとの約束を果たします。それを、たとえあなたにだろうと口出しはさせない』
確かに、俺は与えられなくては人の世界で生きていけない半端な存在だ。
それは今更覆しようがなく、また否定する気もない事実である。
だが、この想いだけは誰に与えられたものでもなく、俺自身が手に入れたものであると断言できる。
故に譲れないし、誤魔化せない。他の何を合理的な思考に当てはめれても、こればかりはどうしようと溢れ出す。
「……随分と言うようになったじゃない。じゃあ聞くけど、私が認めないといったらどうするの?」
『関係ない。その時はたとえあなたをねじ伏せてでも、あいつのところに行くだけです』
「もしも雪乃ちゃんがあなたを拒絶したら?」
『その時は俺の解が間違っていただけです。何度でも問い直しますよ』
「それが今の君ならできるとでも?」
『問題の定義がそもそも違いますね』
できるできないではなく、するのだ。普段押してダメなら諦める分、本気で欲しがったなら諦めが悪い。
その覚悟を腐った目に込め、真正面から陽乃さんの目を見返す。これまでずっとどちらかが避けていたものを、はっきりと。
俺が雪ノ下へ答えを出せるかどうかの最大の関門は、この人だ。俺を殺し、人に戻すきっかけをくれたこの人以外にありえない。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
見つめ合い、競い合い、せめぎ合い、ぶつかり合い、押し付け合い、ただただ視線の応酬が続く。
果たして数十秒か、それとも数十分か。いくらでもいい、この人に勝てるのならば、どれだけでもやってやる。
「っ……」
やがて、瞳が揺れて。
「そう。あなたはもう、おとなしく首輪に繋がれただけの怪物ではないのね」
陽乃さんは、深く息を吐き出してそういった。
…………………………勝、った?
その事実を受け止めるまで、しばらくの時間を要した。すると陽乃さんは呆れたように笑い、俺の肩をバシバシ叩く。
「何呆けてるのよ。私の負けよ負け。全くもー、比企谷君ったら頑固なんだから」
『は、はぁ』
俺があの陽乃さんに勝ったということがいまいち信じられず、間抜けな返事をしてしまう。
そんな俺にクスリと笑った陽乃さんは、くるりと踵を返すと玄関に繋がる廊下の方へと歩いていく。
声をかけようとした所で、タイミングを見計らったように立ち止まった彼女は、顔だけ振り返る。
「いいわ、認めてあげる。あなたのいう自分の意思で、雪乃ちゃんを手に入れてみなさい」
『……はい』
「よろしい。あーあ、最後までこんな役回りなんて、お姉さん悲しいなー」
全然そんなことを思ってなさそうな口調で、陽乃さんは廊下の向こうへと消えていった。
その綺麗な後ろ姿が消えるまで見送って、手元の時計を見るとホームルームまであと五分だった。
『やべ、平塚先生のラストブリット食らうはめになる』
何のせいでとは言わないが担任の怒り顔を思い浮かべ、俺は教室に小走りで向かった。
魔王の許しと、約束の時が迫るのを感じながら。
読んでくださり、ありがとうございます。
はい、陽乃さんからお許しが出ました。次は雪ノ下母への謁見だ(まだ先です)
次回はついにゆきのん……と言いたいところですが、その前にもう一つの約束への答えを。
感想どしどしお待ちしてます。