声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。
お気に入り2100件突破!いつもありがとうございます!
69話も多くの方に読んでいただいたようで、感謝の極みにございます。

えー、話は変わりますが実は13話について、とても良いアドバイスをいただきまして。
その結果、ノスフェラトゥの方針というか、体制を少し見直しました。
まず任務の対象となるのは人間の警察組織では対応できない、例えば人外などが絡んでいる案件。
次に警察だけでは対抗できない規模の組織への対応や、警察上層部とノスフェラトゥで協議した結果、更生の余地なしとして人権を考慮せず処分することが決定した重犯罪者などになります。
そして八幡、材木座、いろはの三人は特例で未成年でエージェントになっております。
つきましては13話の描写にも加筆を加えました。
まあ今後本編の中でも説明しますが、一応のお知らせでした。
さて、それはともかく新章です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


【第五章】〜狂う物語〜
71.声を無くした少年は、また夢を見る。


 ……こんばんは。いい夜ね。

 

 調子はどう?

 

 私? 私は今日も良い気分よ。

 

 それでは、今晩も始めましょう。でも気をつけて、ここからは少し激しいから。

 

 声を無くした少年の物語、その最後の章を聞かせてあげましょう。

 

 あなたが、心ゆくまで。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ほら、お前の部屋だぞ」

「最も、それも今日までの話だけどな」

 

 背中を突き飛ばされ、もはや馴染みの白い部屋に入れられる。

 

 前はそれだけで足の枷の鎖がからまって転けていたが、しっかりと足の裏で白色の床を踏みしめた。

 

「それじゃあ、今日のうちにお別れを済ませておけよ」

「じゃあな、この2年間役になってくれてありがとよ」

 

 ははは、と下衆な笑い声を残して、研究員たちは閉じるドアの向こうに消えていった。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、踏み出した足をあげてみる。

 

 すると、床は足の形に凹んでいた。パラパラと足裏から破片がこぼれ落ちるが、血は一滴も流れない。

 

「……はっ」

 

 嘲笑とともに確認を終えると、いつも通りベッドに向かった。

 

 この2年使い続けたベッドはもうボロボロで、俺が明日ここを出れば廃棄されるのだろう。

 

 純白のシーツとは裏腹に塗装の剥がれた手すりに指を滑らせ、少し物悲しくなりながら座り込む。

 

 ギシ、と軋んだ音を立てて白に尻を沈ませ、それからなんとなく部屋の中を見渡す。

 

「……この部屋とも、もうおさらばね」

 

 鳥籠の中から出られることにせいせいするような、それでいてどこか残念な気持ちになる。

 

 それはきっと、自分が生き残ってしまったことに対しての落胆なのだろう。

 

 

 

 結局、俺はウィルスに適応してしまった。

 

 

 

 2年間に渡る様々な人体実験による薬剤への免疫と無駄に強靭な精神が、俺を生かしたのだ。

 

 最初に投与されてから三ヶ月、その間にじっくりとウィルスは俺の体に馴染み、そして芯まで結びついた。

 

 いつしか地獄のような痛みは消え、代わりにろくな栄養も取ってないはずの体はどんどん強靭になっていき。

 

 そして今では……

 

「こんなおかしな見てくれ、モテないだろうなぁ」

 

 枕元に置かれた、小さな手鏡で自分の顔を見る。

 

 どこかのお節介女が置いていったそれには、鮮やかな紫に染みのように浮かんだ青い瞳が写っていた。

 

 長い髪の奥で光る目は、凡そ人間のものじゃない。もともと腐ってたのにもっと変になっちまったよ。

 

 嘲ける口には鋭い牙が覗き、おでこの左からはちょこんと控えめに小さなツノが飛び出している。

 

 指先も尖り、体のいたるところに黒い血管が浮き出て……はっきり言って、吐き気を催すほど気持ち悪かった。

 

「まぁ、どうせ誰も俺なんて見てなかったしいいか」

 

 手鏡を放って倒れこむ。

 

「……明日、ついに〝出荷〟か」

 

 兵器として完成した俺はこの研究所を晴れて卒業し、どこかの組織に買い取られるらしい。

 

 その後は、子供の俺でもどうなるか想像できる。

 

 きっと、罪もない人間を殺すのに使われるのだろう。俺の意思に関係なく、この手は血で染まるに違いない。

 

 その時最も不幸なことは何かと言えば、やっぱり俺という心が残ってしまったことだろうな。

 

 いっそのこと消えられればよかったのに、()()()()()()()()()なんて邪魔でしかない。

 

「生まれて初めて、〝母さん〟を恨みそうだ」

「あら、生みの親に対してそれは如何なものかしら?」

 

 聞き覚えのある声……いや。

 

 ここでたった一人、ちゃんと覚えた声。

 

「ハロー、少年。お姉さんが来てあげたわよ」

 

 顔を上げると、あいつが入り口に立っている。

 

 いつもの挨拶にいつものスタイルを強調するような服と白衣、そしてウィンクしながら笑ういつもの登場。

 

 それがなんだがおかしくって、でもなぜか嬉しくて……あれ、おかしいな。父さん以外の人間は嫌いなのに。

 

「お別れでも言いに来たのか?」

「あら、今日は『なんだ、あんたかよ』って嫌な顔しないのね」

「変にいい気持ちなんでな」

 

 もう変わってしまったせいか、それとも気づいていないだけで壊れたのか。妙に心が軽かった。

 

 これからやってくる現実に対しての準備なのかもしれないが、どうでもいい。もう、何もかもが。

 

「……そう。それは良かったわね」

 

 体を起こして、右にずれる。

 

 あぐらをかいたタイミングで、あいつが隣に座った。この三ヶ月で何故かできてしまった定位置だ。

 

 それから少しの間、女は黙っていた。

 

 いつもはやかましいくらいに話しかけてくるくせに、じっと床を見つめるだけで何も言わない。

 

 もしかしてここから先の俺の身の上を嘆いて……なーんて、そんなことあるはずがないか。

 

「どうした、今日はやけに静かだな?」

「……私、ここを辞めるの」

 

 柄にもなくこっちから話しかけたら、帰ってきたのはそんな返答だった。

 

 しばらくあっけにとられて、1分くらいかけてようやく言葉の意味をちゃんと理解することができる。

 

 こいつは今、ここを辞めると言った。つまりこの研究所から抜けると、そういうことだろうか?

 

「……ふーん、そりゃまた変なふうにタイミングが同じだな」

「ええ、そうね。不思議よね。でもずっと考えていたことなのよ」

「なら、なんでさっさとやめなかったんだよ」

 

 たった三ヶ月の付き合いだが、こいつがサバサバした性格なのは人を理解したくない俺でもわかる。

 

 それこそあの野郎にだって、やめようと思ったらすぐにでも言いそうな性格をしているはずなのに。

 

 不思議に思っていると、女はこちらを向く。

 

「さあ……どうして、でしょうね」

「っ!」

 

 その、今にも壊れてしまいそうな笑顔に思わず息を飲んだ。

 

 泣きたいような、笑いたいような、それでいて怒りたいような、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざった顔。

 

 もう見飽きたはずなのに、心が締め付けられるように痛くなる。どうにかしたいと思っちまう。

 

 そんなことあるはずない、のに。

 

「あなたはどうしてだと思う?」

 

 どうして、こんな気持ちになるんだ?

 

「……しら、ねえよ。お前の、気持ち、なんて」

「そう……よね。あなたは私を知らない、だって何も教えてこなかったから」

 

 なんで今更そんなことを、という言葉が喉から口の中にせり出して、危うく外に出るところで吞み下す。

 

 だってそれを言ってしまったら、まるで俺がこいつのことを知りたかったように聞こえてしまうから。

 

「いつもくだらない話ばかりして、逃げてばかりで……もっと……もっとちゃんと、向き合ってれば良かった……」

 

 やめろ、そんな顔でそんなことを言うのは。

 

 知って欲しかったみたいに、言うんじゃねえよ。

 

「……たとえ今更知ったとしても、もう遅いだろ」

 

 俺は明日、いよいよ『○○』でも『No.88』ですらなくなって、ただの人殺しの道具になる。

 

 たとえ今からこいつの全部を知ったとしても、それでなんになる。

 

 もしも、もしも俺がこいつを知りたいと、心の底からそう願って、欲して手を伸ばしたとしても。

 

 もう何もかも、遅すぎる。

 

「……ええ、その通り。もう遅い。だからあなたに、一つだけ教えたい」

「……え?」

 

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、寂しそうに笑ってあいつは話し出す。

 

「ねえ、いつか家族がいるって話をしたのを覚えてる?」

「まあ、一応」

「私には兄がいてね、とっても大事な人だった。変な人だけど優しくて、優秀で、他人とは少しずれた視点から人をよく見ていて。時にはそれに嫉妬もしたけど、自慢の兄だった」

「その兄貴とやらが、お前の守りたい家族ってことか?」

 

 つい問いかけるも、左右にかぶりを振られる。

 

「兄は死んだわ、愛するもののために。最後まで掴み所のない人で、その手すら掴めなかった……」

「……そうか」

 

 ふと、朧げな幼い頃の記憶の中にいる父さんを思い出す。

 

 父さんも変な人で、ものすごく思ってることがわかりにくい母さんと、不思議と仲が良かった。

 

 今よりもっと幼い俺にはよくわからない話ばかりしてて、でもあの暖かい手で頭を撫でられるのは好きだった。

 

 でも俺と母さんを狙った人間どもがやってきて、俺たち二人を逃がすために命を落とした。そう聞いている。

 

「じゃあ何か、その兄貴が命をかけて守った愛するものが?」

「そう、私の家族。たった一人だけ私に残された、大事な大事な宝物。たとえ何をかけても守りたい兄さんの置き土産……私の、甥っ子」

 

 慈しむように、心の底から思いを吐き出すようにこれまでで一番優しい顔を、そいつはする。

 

 それだけのことで、生まれてこのかた受けてきたあらん限りの悪意の他に、人間に何かあるんじゃないかと期待が生まれる。

 

 いいや、そんなはずはない。所詮人間など悪意と欲望にまみれた、おぞましい生き物だ。

 

「で、そいつのためにここを辞めるってことか。いい話じゃねえの、感動的だな」

「でもそれも大変そうでね。はーぁ、全く嫌になっちゃうわ」

 

 なんだこいつ、いきなりいつも通りに戻って。

 

 ていうか足パタパタするのやめてくれませんかね、ベッド軋んでるから。下手したら足が折れ……

 

「失礼なこと考えてるのは、この頭かな〜?」

「痛い痛い痛い!」

 

 いきなりヘッドロックはねえだろ!前から似たような技かけされるたびに思ってたけど、こいつなんか強い!

 

 ギブギブと腕を叩くと、ようやく自由になれる。ったく、相変わらず女のパワーじゃねえなこれ。

 

 俺を締めて少しは気分が上がったのか、女の表情はちょっとだけいつも通りのように見える。

 

「……あー、その」

「ん? 何かしら?」

 

 小首をかしげる動きをちょっと可愛いと思いつつ、そっぽを向きながら言う。

 

「もしもこのクソッタレな場所をやめられて、その家族と一緒に暮らせるようになったらさ」

「そうなったら?」

「忘れろよ」

「……………………え?」

 

 間抜けな声が聞こえた。ちょっとバカにしたくなりつつ、顔の向きはそのままに言いたいことを言う。

 

 顔を見られないのは、実は寂しく思っているから……なんて感情は、ただの勘違いだと蓋をして。

 

「ここも、俺のこととかも全部忘れて、普通の人生を生きればいいんじゃねえの」

 

 少なくとも、俺だったらそうする。もっとももう人間ですらないから、それは不可能だろうが。

 

 ……でも、こいつは違う。俺とも、他の研究員達とも。

 

 俺を番号で呼ばなかったし、実験と称して髪を燃やすことも、〝食用実験体〟の肉を生で食わせることもしなかった。

 

 人間なんてどいつもこいつもクソッタレだけど、こいつは少しだけマシだなって、そう思った。

 

 だから、もしここを離れるというのなら幸せになってほしい、だなんて。

 

 そんなことを考えてしまう。

 

「……………………」

 

 でも、答えは返ってこなかった。

 

「おい、せめてシカトはやめ──」

 

 振り向いたことを、すぐに後悔した。

 

「ぁ……」

「お前……」

 

 泣いて、いた。

 

 大きく見開かれた瞳から、頬を一筋の涙が伝う。それは白い頬の上で宝石のように光って目が釘付けになる。

 

 これまで時々苦しそうな顔や、辛そうな時はあったけど、一度も俺の前で泣いたことはなかった。

 

 なのに、どうして。

 

「……ごめんなさい」

 

 ぼうっと間抜け面をしている間に、そっと目を伏せた女は立ち上がって離れていく。

 

「あなたの言う通り、そうできたらいいのにね」

 

 立ち去る前に、まるで呟くようにそう言って。

 

「それじゃあ、さようなら◯◯。せめて今日はゆっくりと眠ってね」

 

 その真っ直ぐな後ろ姿が、開いた扉の向こうに遠のいていく。

 

 俺は、その背中を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで、名前知ってるんだよ。言ったことないのに」

 

 ずっと、消えてしまうその時まで見ていることしかできなかった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
女の外見はメイコさんをイメージしていただけると。
感想をいただけると嬉しいです。

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