というわけで特別SS、毎度恒例です。その割にハロウィン要素少ないけど…
とにかく、楽しんでいただけると嬉しいです。
八幡 SIDE
それは、もうすぐ就業時間が終わろうかというときのことだった。
『ハロウィンパーティー?』
「そうさ。会社でやると言っていたが、聞いてなかったかい?」
また何を言いだしたかと思えば……
研究室内のカレンダーを見ると、確かに明日は十月三十一日。
俗に言うハロウィンである。
アホなガキどもが乱痴気騒ぎを起こし、渋谷の警察の方々が非常に忙しくなる日だ。
まあ確かに、学生時代は奉仕部+aでハロウィンパーティーなんかやったりもした。
雪乃の魔女のコスプレが非常に似合ってた。本人は雪女と迷っていたが、それだと肝試しになっちゃう。
え、材木座? 無駄にクオリティ高い落ち武者とか知らない。
しかし……ここ最近、やけにイベントの類を気にするようになったな。
面倒臭い上司に俺はどう対応すりゃいいのだろう。これ特別給与出たりしない? しないですかそうですか。
池田さんと仲がよろしいようで何よりって言えば良いのだろうか。
……確実に抑制剤に薬盛られるな。パワハラとか社畜辛い。
『で、参加するんですか?』
「助手がこのままだとキノコが生えると煩いのでね。家族で参加してはどうかな?」
『あー、まあ考えときます』
なんか上機嫌な上司を追い返して、パソコンに向き直る。
それからパパッと仕事を済ませ、いつも通りに6時半過ぎくらいに椅子を立つ。
白衣からスーツに着替え、津西さんと池田さんに挨拶をして鞄片手に研究室を出た。
「あ、比企谷先輩。お疲れ様です」
『うす』
エレベーターに乗ったところで、別の階に行くらしい後輩と鉢合わせした。
車の置いてある地下二階のボタンを押し、程なくしてすーっと音もなく鉄扉が閉まった。
「そういえば比企谷先輩、明日のパーティー行きます?」
『ん? ああ、家族と相談してみて、ってところだな』
……確か土曜日だったし、子供達は幼稚園は休みのはずだ。
雪乃もずっと家事を任せっぱなしで悪いから、たまには羽を伸ばしてもらいたくはある。
けどなあ。雪乃が会社に来ると男連中が色めき立つんだよなぁ。
会社の人間は大体「あっち」側の事情も知ってるのでナンパなんざしないが、それでも多少気分は悪い。
いい大人になった癖にガキみたい? ほっとけ。あいつが何歳になっても可愛いんだから仕方がない。
「結構料理も豪華なんですよね。俺、普段はコンビニ弁当ばっかなんで楽しみで……」
『お前も早くいい嫁さん見つけろ。コンビニの商品は侮れんが、それでも天と地の差だぞ』
ソースは俺。自分で作った弁当と嫁さんの作った弁当だと、味が比べ物にならない。
まあ、子供達に「ママのご飯の方が好き!」って言われた時はちょっとショックだったけどね。ほんとほんと、ちょっとだけ。
くっ、俺の長年磨いてきた主夫スキルが社畜生活で鈍ったというのか……!
「はは、先輩みたいないい出会いは早々ないっすよ」
『俺もそう思う』
今でもあの出会いは奇跡なんだと、心底思ったりする。
だってあんなに可愛くてなんでも出来て心の強い女の子が、こんなぼっちの嫁だぜ?
諸々の事情を差し引いても、なんともラブコメじみた話だ。普通なら絶対誰も信じない。
同僚にはからかわれ、入社したばかりの後輩どもには羨ましがられる始末。
悪い気はしないんだが、時々とてつもなく恥ずかしくなる。いやあいつじゃなくて俺自身が。
『つーかお前、彼女いなかった?』
「この前フラれました。流石に蜘蛛人間はちょっと……って」
『ああ……相手が人間だったか』
「便利なんですけどねぇ」
俺が高校生の時の事件以来、人外の存在も社会に浸透してはいるが、まだまだ改善の余地があるな。
「とにかく、心の傷を治してまた頑張るっす。目指せ先輩みたいな暖かい家庭!」
『おう、頑張れ』
こういう時、自分が変わったと感じる。
後輩にアドバイスなど、昔の俺からしたら到底考えられないことだった。
ほら、雪乃と付き合ってると何かと嫉妬がね……まともに相手してくれたの大志くらいだった。
そういやもうすぐ小町と結婚するんだっけ? 予定日いつだったか確認しとかないとな。
「あ、この階っす。じゃあ先輩、もし明日のパーティー来るなら、またそこで」
『おお。また今度飲みにでも行くか』
「いいっすね!」
じゃ! と片手を上げて降りていった後輩を見送り、一人エレベーターでじっと運ばれる。
優秀なエレベーターは十数秒で目的の階に到着し、出てすぐのところに停めた車を開錠。
そのまま乗り込んで助手席に鞄を放ったところで、ブルブルと懐で携帯が震えた。
『メール?』
このタイミングで誰かと開いて見れば……なんと雪ノ下の方のお義母様からだった。
メッサーのやり取りが簡単にできる某アプリには、中々の長文が羅列されている。
その内容を要約すれば、明日のパーティーが楽しみですね、私も参加しますというところ。
……このメールの意味は理解できる。要するに久しぶりに暇が取れたから、孫達を連れて来いって話だ。
なんならないはずの行間まで読み込んじゃうのが俺である。上司の命令の裏を読むのなんか楽勝だ。
……社畜辛い。
『帰ったら雪乃達に聞かないとな……』
苦笑いしながら、車のキーを回してエンジンをかけた。
────
『たでーまー』
玄関で靴を脱ぎながら、気の抜けた声を発声器から出す。
すると扉の開く音がして、けたたましい足音が二つ近づいてきた。
来たな、と思いながら素早く腰を落とし、上下に備えて両腕を広げる。
次の瞬間、ドシーン! と真正面から二つの影が突っ込んできた。おっふ、相変わらずパワフル。
「パパおけーりー!」
「おけーりー!」
なにそれ俺の真似? 可愛すぎて悶え死にそう。
『二人とも、もう飯食ったか?』
「んーん、まだ」
「パパが帰ってくるまで待ってた。一緒に食べたいから」
……ヤバい、もう語彙呂が死ぬレベルでヤバい。
俺の顔、今絶対キモいわ。
雪乃は目の濁りが薄れて学生時代より更に格好良いっていうけど、多分凶悪犯みたいになってる。
『んじゃ、みんなで食べるか。俺もハラペコだ』
「きゃー♪」
「わっ!」
鞄を脇に挟んで、二人まとめて抱え上げる。
社畜になったとはいえ、まだまだ現役のエージェントだ。子供二人くらい軽い軽い。
スリッパを履いてリビングに行くと、ちょうど雪乃が配膳をしているところだった。
「あ、おかえりなさい。ごめんなさい、少し手が離せなくて……」
『気にすんな。あ、シチューか』
手元を見ると、ミトンをつけて鍋を持っている。
「ええ。寒くなってきたから」
『確かに、最近夜になると結構肌寒いな……とりあえず、手洗ってくる』
「わかったわ」
子供達を下ろして台所に行く。
手を洗って食卓に戻ると、もう俺以外の全員が食べる準備を終えていた。
「パパ、早く早く!」
「僕たちもお腹すいたよ!」
『はいはい、ちょっと待ってな』
せめてネクタイくらい取らせて。なんかこれ着けてると社畜モードが解除されないから。
急かす子供達にさっさと座り、雪乃が「それでは手を合わせて」と音頭をとる。
「いただきます」
『「「いただきます」」』
さて、早速愛妻料理を食べようじゃないか。
『ほれ二人とも、皿渡せ。いいって言うまで注ぐからな』
「わかった!」
「はい!」
先に子供達のぶんを注いでやり、それから自分の分を取る。
もちろんの事、栄養バランスにおいても完璧を重視する我が妻はサラダも十分に皿に盛り付ける。
『あの雪乃さん、俺のだけトマトが多い気がするんですが』
「いつまで経ってもこれだけは直らないわね。子供達に格好がつかないわよ?」
「いいもん、僕もトマト嫌いだし」
「ねー」
『おお、さすがは我が子供達』
「まったく……」
呆れる雪乃は、しかし決してトマトを減らしてはくれないのだった。
そんなこんなで楽しく夕食を囲んでいると、ああ社畜やっててよかったなと思う。
世には帰ってきたらカップ麺一つ置かれているだけ、なんて家庭もあるらしいからな。
そんな事になった日には心が粉砕して、義輝と戸塚あたり呼んでカラオケオールしちゃう。
まあ、今の所そんな兆候は見られない。
最近は子供達も大きくなって少し起きている時間が長くなっており、こうして家族全員で食事を取れる。
歳をとって、この二人が成長してもこのままでいたいもんだ。変わらないことは悪ではない。
……というか不仲になろうものなら、義理の姉と母に殺される。比喩じゃなくてマジで。
兎にも角にも、円満な関係の構築は大切なわけで。
『そうだ。雪乃、明日空いてるか?』
「? ええ、土曜日だから家にいるけれど」
早速シチューに夢中な子供達を見つつ、妻に提案してみる。
「どこかに出かけるの?」
『ああ。ほら、去年から会社でハロウィンパーティーやり始めたろ。前回は断ったけど、今回は行ってみないか?』
「それは構わないけれど……」
ちらり、と子供達を見る雪乃。
当然ながら彼女の、というより俺達二人の最大の仕事は、子供達を無事に育てること。
まだまだ子どもな二人を置いて、自分だけ遊びになどいけないのだろう。
『当たり前だがこいつらも一緒だ。ほら、お義母さんがな……』
「ああ、そういうこと……」
その一言で察してくれるあたり、こいつの理解力と鋭さも全然衰えてない。
少し黙考した雪乃は、互いにシチューを食べさせあってる二人に問いかけた。
「ねえ二人とも、明日はなんの日かわかるかしら」
「「ハロウィンっ!」」
く、食い気味だな。めっちゃ目キラキラしてるじゃん。
「そう、正解よ。それでね、明日パパの会社でハロウィンのパーティーをするのよ。どう、行ってみたくない?」
「パパの?」
「会社?」
こちらを揃って振り向く二人に、俺は優しさを心がけて笑いながら発声器を働かせた。
『お菓子も美味しいご飯もいっぱいあるぞ』
「会社主催のものだから、きっと結衣さんや材木座くんたちも来るでしょうね」
「結衣さんが来るの!?」
「義輝おじさんが!?」
目の輝きが増した。もうヤマピカリャー! って感じだ。
こいつら、最近あの二人に妙に懐いてるから、ああ言えば興味を引くのがわかってたな。
感情に素直な子供二人をさらりと思考誘導した雪乃は、「どうする?」ともう一度聞く。
「いく!」
「僕も!」
二人は、それは良い返事をした。
「ねえねえ、なんの仮装する!?」
「うーん、僕は……」
「というわけよ」
『とりあえず、あいつらに連絡取っておくか。それとパーティーの詳しい情報も聞かないと』
「頼りにしているわ」
今からはしゃいでいる優真と真理を前に、俺たちは微笑む。
とりあえず、飯が終わったらあいつらに電話をかけないと。
────
そして翌日、午後5時。
同僚に諸々聞いて、パーティー開始の三十分前に俺達は会社に到着した。
『ついたぞー』
「ほら二人とも、起きなさい」
「んぅ……」
「ふぁーい……」
寝ていた二人を起こし、車のエンジンを落とす。
おねむな二人の手を引いてエレベーターに乗り、上方の階のボタンを押した。
『こんな上に行くのも久しぶりだな』
「普段の職場は地面の下だものね。働き谷くん?」
『働きアリみたいに言うのやめてね』
ふふっと笑う雪乃は、いつになくテンションが高いように感じられる。
あろうことか、子供同伴の場合は親も仮装しなければいけないということで、黒い猫耳と尻尾付きだ。
優真は狼男……狼少年? で、真理は魔女っ子。おジャ魔女ド◯ミ的な。
そんでもって俺は、この若干まだ濁ってる目を活かしてゾンビである……くすん。
自分のモンスター性の高さに内心涙している内に、高性能エレベーターは目的に着いた。
会場は、会社の中でも特に大きな会議室。
学生時代は義父さんがわざわざ俺の誕生会に使ってた場所だ。今でも若干恥ずかしい。
「あ、比企谷さん。一応社員証見せてもらえます?」
『おう、ほれ』
規模が規模であるためか、変な輩が入り込まないよう配置された門番にカードを見せる。
「確認しました。いやぁ、去年はいなかったので、ご家族も一緒に参加していただけて嬉しいです」
『いや、俺がいなくても盛り上がるだろ』
「社長とか、残念そうにしてましたよ?」
ああ、義父さんか。
相変わらず優しい義父に納得しながら、中に入る。
すると、まだ開始時間ではないというのに結構な人数が集まっていた。
会議室は無数のカボチャやら飾りやらでデコレーションされ、いかにもハロウィンという感じになっている。
奥には職人にでも依頼したのか、全て菓子でできたタワーがある。凄まじいカロリーがありそうだな。
「わっ、すごーい!」
「真理、見てまわろ?」
「うん!」
『あ、おい二人とも』
止める間も無く、瞬く間に目を覚ました二人は会場内の探索に向かってしまった。
まあ、何にでも興味津々なあの年頃なら仕方がないか。こういう時に変な騒ぎ方をする子達でもないし。
「およ? なんだか普段見かけない顔がありますね」
『ああ、いろはか』
「はい、いろはです♪」
語尾に音符が飛んでそうな、年甲斐もない仕草が相変わらずやけに似合う。
サキュバスの血か、俺と一つしか違わないのに非常に若々しい。つーか角カチューシャ付けてるし。
「いや努力の賜物です。体質に頼ってばかりだと、先輩も太りますよ?」
『おいやめろ、最近こいつの料理が美味すぎてマジで心配になってきたんだよ』
三十を超えたら気を付けろ、なんてもはや格言じみた言葉があるほどだ。
幸いウィルスの副作用で肉体は全盛を保てているが、俺も既に油断ならない歳になっている。
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。心配しなくてもしっかり管理しているわ」
「あー、雪乃先輩そこらへん厳しそうですもんね。お夜食とかあるんですか?」
『ない。前にこっそり真優とカップ麺食ってたらドヤされた』
あの時の雪乃はマジで怖かった。なんなら吹雪が室内なのに吹き荒れてたまである。
「ああ、前にゆーちゃんの方からも聞きました。ダメですよ先輩、あんな可愛い子に悪事を教えたら。そういうのは義輝さんだけで十分です」
ああ、そういや最近やけにプラモにハマってるな。あいつの影響か。
ふと室内を駆け回っている二人を探すと、丁度同僚にトリックオアトリートしてるところだった。
『俺はむしろ、真理あたりにお前が変なこと仕込んでないか心配なんだが』
「嫌だなぁ先輩、そんなことしてないです〜」
『信用できねえ……』
まあ、時々我が家に襲来するあの厄介な間接的妹(?)よりかはマシか。
『つか、義輝は?』
「あっちで男連中で話してます。先輩も行ってきたらどうです?」
『つってもな……』
「いいわよ。子供達は私が見ておくから」
『助かる』
というわけで許しが出たので、一時雪乃と別れて義輝を探しに行く。
幸いというべきか、やかましい声ですぐにわかった。
『義輝』
「ん? おお、我が魂の友ではないか!」
ワイングラス片手に振り返った義輝は……なんか、頭にネジが刺さってた。
『修理してもらいに行ってこい』
「失敬な、故障ではないわ。これはフランケンシュタインである」
『なにを狙ってるんだお前は』
文字通り半分人造の機械だろお前。
「そういうお主はゾンビであるな。なんだ、自虐か?」
『違うわ。一番楽だったんだよ、ペイントとボロいスーツ着るだけでいいし』
「なるほどな。あの二人や雪乃嬢は可愛らしいのに、同じだけホラーだな」
『ハロウィンだからな』
いつからかお菓子をもらえる日になってるが、元は仮装で幽霊を遠ざけるためとかそんな理由だったはずだ。
使い所のない豆知識を思い出していると、視界の端に覚えのある人が近づいてくるのが見えた。
「八幡さん、お久しぶりです。仕事は順調なようですね」
『はい、おかげさまで』
「ふふ、お似合いですよ」
『はは……』
相変わらずこっちも全く衰えない顔を扇子で隠し、笑う雪ノ下母。
義父さん然りこの人然り、ほんと老けない人ばっかで自分だけ歳とってる錯覚がするぞ。
『子供達にはもう会いましたか?』
「ええ、先ほど。相変わらず元気そうで何よりでした。雪乃もしっかり家庭を築き、子供達を正しく成長させているようで何よりです」
『ほんと頭が上がりませんよ』
「その分、しっかり働いて娘達をよろしく頼みます。ではこれで」
『あ、はい』
緩やかな足取りで去っていった義母の言葉を脳裏で反芻する。
雪乃が家庭を作ってくれる分、俺も頑張る……か。
まあ、それが当然だよな。勿論俺自身も積極的に温かい家庭を守らなくちゃだが。
「相変わらず、あの方は気迫があるな」
『背景に溶け込みやがって』
「はは、すまぬ。まあ今日は宴だ、楽しもうではないか」
『……ま、子供達を見守りながらな』
それから俺は、家族や仲間達とハロウィンパーティーを楽しんだ。
読んでいただき、ありがとうございます。