声を失った少年【完結】   作:熊0803

80 / 108
どうも、作者です。
モンハンXXに今更ハマり、この前他のハンターの方々に助力いただきようやくアトラル・カを討伐しました。さて、これから武器と装備強化だ。

今回はまたもオリジナル、そして……

 楽しんでいただけると嬉しいです。


72.少しずつ、物語は狂い出す。

「っ!」

「おや、目が覚めたかい?」

 

 起きてから最初に見えたのは、控えめに調整された電灯の光と白亜の天井。

 

 一瞬パニックになりかけ、しかし先ほど聞いた言葉でこれが現実だと知るとすぐに冷静になった。

 

 固定された視界の中で、周囲を見渡す。

 

 点滅する様々な機械、安全のため手首と足首に巻かれた拘束具、そして抑制装置に繋がれたチューブ。

 

 大丈夫、ここはあそこじゃない。

 

「また同じ夢を見ていたようだね。いやはや、人格の形成に深く関わった記憶の投影とは実に興味深い。ちょっと脳を見てもいいかい?」

 

 ジロ、と隣にいる人物に腐った目を向ける。

 

「うむ、その反応はダメか!全く残念だなぁ、実に残念だ!」

 

 逆に、なんでいけると思ったんだろうか。むしろこの人の脳をちょっと覗いてみたいわ。

 

 しかも冗談で言っているように見えて、この人に限っては毎回マジ発言だからタチ悪りぃ。

 

「ドクター、からかってないでちゃんと仕事してください」

 

 もっと言ってください池田さん。じゃないと、あの手この手で解剖しようとしてくるんで。

 

「おおっと、うるさい助手からお小言をもらってしまった。それでは職務を全うしよう」

 

 全く怖くなさそうな笑顔でおどけた〝ドクター〟は、くるりと踊るように俺から離れていった。

 

 ここまでワンセット、もはや毎回恒例になったやりとりだ。

 

 世紀末すぎてモヒカンも生えない。え、モヒカンってそこらへんに自生してるものだったっけ。

 

「よし、これで調整は完了だ。始めるよ〜」

 

 くだらないことを考えているうちに、どうやら準備が終わったらしい。

 

「いつも通り、力を抜いて楽にしていてね。すぐに終わるから」

 

 優しい声音の池田さんに、こくりと頷く。

 

「はいじゃあスタート」

 

 間髪入れずに、ドクターが軽い感じでエンターキーを押す音が聞こえた。

 

 途端に微睡むように繰り返し明滅していた機械が駆動音を奏で、目を覚ます。

 

 命令を受信した機械は、その機能を正常に発揮して自分の仕事をやり始めた。

 

「っ……」

 

 チューブを伝い、腕の装置に真新しい抑制剤が注入されていく。

 

 同じような体質のエージェントが使っている物の百倍は特濃の黄緑色の液体が、音を立てて抑制装置の中に流れ込んだ。

 

 コポリ、コポリ、という音はまるで、海の中をゆっくりと揺蕩っているような気分にさせる。

 

 やがて装置の裏面についた針まで到達し、そこから血管に勢いよく侵入する。

 

 そして俺の血液と混ざった途端、過剰な反応を示して全身を内側から刺されたような感覚を得た。

 

「もう60%は投与したけど、大丈夫?」

 

 もう一度、池田さんに頷く。

 

 それから尋常でない熱と痛みの暴流に、尖った指先を掌に食い込ませて歯を食いしばった。

 

「おおー、今日も粘るねえ。それでこそ私も実験……おっと間違えた、仕事のしがいがある!」

 

 あんたは黙っといてください、こちとら痛みを押さえつけるので精一杯なんですよ!

 

 ある種の暴力的な行為にさらされることしばらく、機械が甲高い音を立てて機能停止した。

 

 抑制剤の注入が終わり、脈打っていたチューブが力なく地面の上で萎びていく。

 

 それに伴い、俺の体にも変化が現れた。

 

 薬が馴染んだのか痛みが引いていき、尖った手足を含めて人間の体へと戻る……否、変わる。

 

 排熱するための煙が消える頃には、すっかりいつもの体だ。

 

「しゅーりょー。じゃあ外すから、助手クンよろしく」

「はいはい」

 

 相変わらず軽ーい感じのドクターに、池田さんが呆れたようにため息を吐く。

 

 しっかりと機械の停止を確認してから栓を閉め、チューブを抑制装置から外して展開部分を戻す。

 

 最後にようやく、手足の拘束が外れた。俺はゆっくりと起き上がる。

 

「はい、これで抑制剤の交換は終了。いつもの確認だけど、どこか痛みや違和感を感じるところはない?」

 

 言われて、自分の体を見下ろす。

 

 特に目立って気になるところはない。指先から足の先まで、どこからどう見ても人間だ……腐った目以外は。

 

 いつもながら素晴らしいものだ。これがなかったらまともに生活もできないのだから、頭が上がらん。

 

「感謝しているなら、この素ン晴らしき天才科学者の私に頭の一つでも下げてくれていいのだよ?」

 

 ……訂正、このウザいドヤ顔にだけは感謝はしない。

 

「む、なんだねその目は。これでも私は年上だよキミィ?敬意というものを払いたまえよ」

『あいにくと、俺の敬意はそれをする必要がある威厳のある相手くらいにしか払えないんで』

 

 池田さんが持ってきてくれた首輪をつけて、1時間ぶりに言葉を交わす。

 

 確かに年上に対しての態度じゃないが、この人に対してはこれでいいのだ。

 

「それではまるで私が、敬意を表するに値しない性根の腐った頭のおかしい年がら年中実験のことしか考えていないマッドサイエンティストのようではないか!」

『だからそう言ってんだよ、このポンコツドクター』

 

 一息で言えるくらい自覚してんならもう少しマシになれよこの女。無理か、無理だな。

 

 この人の頭脳に感謝したことはあれど、一度たりともその性格には感謝したことはない。

 

 その点、同じアラサーでも平塚先生は尊敬すべき人間だろう……結婚できない点は置いといて。

 

 ヘビースモーカーと重度のオタクなところを除けば優良物件なんだけどなぁ。あとすぐ拳が飛ぶところ。

 

「ふん、まあよろしい。君がどう思おうと、私の素ン晴らしい才能が曇ることはないのだからッ!」

 

 謎のポーズをとって悦に浸る様子は、ちょっと他人だったら全力で干渉をお断りするレベルである。

 

 

 

 

 

『これまで二年間ありがとうございます。ええ、あなたは私の素ン晴らしい才能を証明してくれた!』

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 頭の中に浮かんだものをかき消して、病服のような上着を羽織る。

 

「それではバイタルチェックと細かい検診をしようか。そうだ、その際に新しい装備の試運転を少々……」

「ドクター?」

「ちぇっ」

 

 唇を突き出して歩き出すドクターと池田さんについていき、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 雨が、街を包み込むように絶え間無く降っている。

 

「はぁ……」

 

 痛いほどに太く、叩きつけるような雫が天からこぼれ落ちる中に、私のため息は吸い込まれた。

 

 片手にはビールとつまみの入ったビニール袋、もう一方にはこの自然のシャワーを防ぐための傘。

 

 歩む足はいくらか遅く、それが私自身に疲れを感じていることを自覚させる。

 

 幸いなのは向かう先が自宅ではなく、近くの駐車場であることだろうか。

 

 車で通勤していると、自宅から職場である学校までのルートは自然と一番短いものが優先される。

 

 それは前日家まで持ち帰った仕事で削れた、貴重な睡眠時間を少しでも長く確保するための悪足掻きに他ならない。

 

 対する帰宅時も早くしたいからという理由もある訳だが、その道すがらにあるコンビニに寄るのが私の日課だ。

 

 だというのに、こんな大雨の日に限っていつものつまみもビールも売り切れていたのだ。

 

「まったく、ここまで買いに来ることになるとはな。実に私に優しくない」

 

 普段あまり使わないコンビニの駐車場は運悪く全て埋まっていたため、わざわざ別の所に止める羽目になった。

 

 その不満を誰にも聞かせることなく、小さな言葉で呟くのは果たして比企谷の癖がうつったか。

 

「……比企谷、か」

 

 ふと、あの優秀なのに斜め上の思考を持った教え子の顔を思い出す。

 

 

 

 陽乃とはまた違って厄介なあの生徒を知ったのは、二年に進級して担任になってからだ。

 

 

 

 最初は目をつけたのはやはりと言うべきか、スポーツ大会の噂や入学当初から維持している優秀な成績。

 

 対する他の先生方の〝不気味〟という評価に、同じ大人としていかがなものかと思ったものだが。

 

 ……なるほど、実際にちゃんと見ると確かに変なやつだった。

 

 とは言うよりも、得体の知れない何かを持っている、と言うべきか。

 

 割り切った思考とその癖捻れた持論、達観した態度に落ち着いた雰囲気。これが17の少年かと疑ったものだ。

 

 だが何よりも気にかかったのは、やはりその他者を必要としない完結した世界観だろう。

 

 その年齢特有の見栄によるものではなく、あいつは心の底から他の誰かを必要以上に求めなかった。

 

 聞けばそれを補うだけの努力をしており、実際に奉仕部の活動を観察していると徹底的に個人の能力に特化している。

 

 いつか聞いてみたことがある、なぜ君は他者を必要としないのかと。

 

 すると、あいつはこう答えた。

 

 

 

 

 

『誰かに近づいたら、必要以上に期待し、信頼し、過信する。その結果裏切られることもあるなら、リスクでしかないでしょう? だったら俺は、どうしてもそうしなければならない時でもなければ他人に頼りもしないし、そもそも近づきません。そんなことに労力を使うくらいなら、自分磨きでもしてできることを増やした方がマシです』

 

 

 

 

 

 それを語った時の比企谷の表情は、人間のどん底を見たような、悪意を知り尽くした人間の目であり。

 

 他人との協調性を教えることも教師の役目であると思っていた私は、初めてどうして良いか分からなくなった。

 

 では信じるものはないのか、と聞いてみると今度はこう答えた。

 

『……まあ、俺の信じたいものはもう一つに決まってますから』

 

 他人は信じないが、少なくともあるにはあるらしい。俄然私は比企谷に興味が湧いてきた。

 

 だからこそ、同じようなタイプの人間と混ぜてみれば何か変わるかと奉仕部に入れたのだが……

 

「まさか、ああいう結果になるとはな」

 

 よもや雪ノ下と恋仲にまで発展するとは、私にも予想できなかった。

 

 確かに、特定の人物と長くいると特別な感情を抱くのが人間の特性である。

 

 しかし、あの雪ノ下ととは思わなかった。

 

 雪ノ下は雪ノ下で、また問題を抱えた生徒だ。比企谷とはまた違う意味の、他人を寄せ付けない種類の人間。

 

 それは陽乃にも垣間見た、隔絶した才能に大きく由来する。

 

 だがあくまでそれは二番目の理由で、やはりその信念に共感できるものが少ないのが一番の理由だろう。

 

 雪ノ下が目指すのは、報われるに値するものが正当に報われる世界。

 

 はっきり言って不可能だ。それを目指すには今の世界は、あまりに理不尽と不条理に満ちている。

 

 私は少し先の人生の先輩として、それを知ってしまっている。

 

 だが、雪ノ下は強い。あの貫き通すような意志は、並大抵のことでは折れることがないだろう。

 

 

 

 ──私自身が、誰よりそうしてあげたいと思った誰かがいたのです。

 

 

 

 探りを入れたときに見た瞳に込められた類稀な気高さに、どこまでやれるのか楽しみになった。

 

 そして奉仕部を与えたが、最初は何も変わらなかった。依然として雪ノ下は孤高であり、その城を与えたに過ぎない。

 

 しかし、そこに比企谷を加えた途端にだ。

 

 雪ノ下の世界は氷解し、比企谷もまた既に確立した世界を広げるに至り、最後には互いに寄り添う形になった。

 

 由比ヶ浜という不確定要素がいたこともあるだろうが、結果的には両者とも良い方向に向いたと信じている。

 

「もっとも、あんなことをした皺寄せがこちらに来るのは少々納得がいかんがな」

 

 公衆の面前でキスなどしてくれたおかげで、見物客へのちょっとした対応に追われるはめになろうとは。

 

 まあいい。それも奉仕部に入れた責任として、せいぜい私も苦労してやることにしよう。

 

「とりあえず、今日は帰って一杯……ん?」

 

 駐車場に着いたところで、違和感を感じた。

 

 雨に混じって、嫌な匂いが鼻をつく。普段ならよほど縁のないそれは……

 

「……これは血の匂い、か?」

 

 用心をしつつ、水のカーテンで目の前さえ不明瞭な中を、ゆっくりと自分の車に近づいていく。

 

「はぁ………………はぁ………………」

 

 キーが反応する距離まで来たところで、車体の向こう側から荒い息遣いが聞こえてきた。

 

 雨で濡れた窓から覗けば、誰かがそこに立って肩を上下させている。

 

 極力音を立てないよう、そっとロックを解除。

 

 そして助手席から護衛用の警棒を取り出すと、向こう側にいる何者かに気付かれないよう移動した。

 

「おい、そこで何をしている?」

 

 警棒を構え、車の影から出て声をかけた。

 

 果たしてそこにいたのは……

 

「比企谷……!?」

 

 雨の中で傘もささずにぽつりと佇んでいたのは……比企谷だった。

 

 赤黒い染みがねっとりと付着した服からは、赤い水滴が滴り落ちている。

 

 服自体が白い……まるでフィクションの中の実験体にされた人間が着るようなもので、より赤色が鮮明だ。

 

 怪我をしているようには見えない。どちらかといえば、まるで返り血を浴びたような……

 

「お前、こんなところでどうした!何があった!?」

 

 傘を投げ捨てて近づき、勢いよく肩を掴む。

 

 比企谷はなされるがままに私の方を見て……

 

「……あな……たは…………?」

「っ!」

 

 喋った、だと!?

 

 いや、よく見てみると目に比企谷特有の濁りがなく、()()()には怯えだけが浮かんでいる。

 

 こいつは、比企谷じゃない?

 

「う……」

「お、おい!?」

 

 急に気を失い、その場で倒れ込む比企谷と瓜二つの男。

 

 思わず受け止めると、耳元で呻くような寝息が聞こえてきた。

 

「どうすればいいんだ、これは……」

 

 何をしたらいいのかわからず、私は苦悶に歪んだ比企谷と同じ顔を見た。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「さて、今回の検診の結果だが」

 

 持っていた紙を机に置き、ドクターはこちらを見る。

 

 病院の診察室のようなここは、この『研究開発部門:千葉支部』にいくつかある部屋の一つだ。

 

 置いてある物の細かい位置まで仔細に覚えるほどに通い慣れたそこは、ドクターによって少々魔改造されている。

 

 机に置かれた謎のマスコット群、散らばった研究資料と思しきものに、壁に飾られた開発品の数々。

 

 俺の主夫根性が、ここに来るたびに片付けをしたくなる。くっ、俺の右手が疼く!

 

「定期的に私も掃除してるんですけど、いかんせんこの人の汚すスピードの方が早くてねぇ」

『ナチュラルに心読まんでください』

 

 この人普通の職員だったよね?

 

「数値はいたって正常、抑制剤もうまく効いている。特に問題はなさそうだよ」

『なら良かったです』

 

 もう耳にタコができるほど同じ言葉を効いているものの、何度目でも安心する。

 

 当たり前だ、この人の判断に俺が人間として日常生活を送れるかどうかがかかっているのだから。

 

「それにしても、八月は驚いたよ。よもや君自身が抑制剤沈静化の許諾申請をするとはね」

『まあ、あれは止むに止まれぬ事情があったというか、手っ取り早かったというか』

 

 いやほんと、正体不明の恐怖の対象が必要だったとはいえ、千葉村では無茶をした。

 

 一度きりだと義父さんは言ったが、俺も二度と自分であの姿には戻りたくない。

 

 あの姿でいると、嫌でも自分の()を思い出す。決して許されてはならない、自分の後悔を。

 

 無論、そこから目を背けるつもりもないし、それがあったからこそ俺は特例でエージェントになっている。

 

 罪過が命綱になるなど、全く皮肉な話だ。

 

「ま、あれのおかげで血中のウィルスが抑制剤に抗体を作らなかったから、次の月は抑制剤を微調整する必要がなくて楽だったけどね」

「空いた時間で新しい兵器を作るのはどうかと思いますけど」

「仕事はしてるからいいじゃないのさ。というか君も案外ノリノリで」

「こほん」

 

 咳払いをする池田さん。どうやら聞いちゃまずい事だったらしい。

 

「おや、どうしたのかね助手クン。何かいけないことでも……」

「ドクター、私ちょっと研究費が多いと思うんですよ」

「さて検診結果を比企谷君にも渡しておこう!」

 

 さしものこの人も、金を縦に取られるということを聞かざるを得ないのか。

 

 金は天下の回りものというが、やはりそれをどうにかする力を持つものが強いのだ。この世は無情である。

 

 押し付けられるように渡された結果のコピーを鞄にしまっていると、ふとドクターは真剣な顔になる。

 

「先ほどああは言ったが、あまりイレギュラーことはしないでくれ。君の血液は非常に危険なことは重々承知していると思うが、一応改めて言っておく」

 

 神妙な顔で頷く。

 

 俺の血液はこの体を人外に変えたウィルスそのものだ。細胞レベルで結びついたそれは人間にとって猛毒に他ならない。

 

 抑制剤で沈静化されていない状態で直接体内に取り込めば、致死率は98%。あまりにも危険すぎる。

 

 あの時河原で吐いた血も、後ほど山ごと封鎖して処理されたという。

 

 川には混入していなかったのは唯一の幸いか。駆けつけてくれた雪乃には感謝しないとな。

 

「まったく、()()()ながら厄介なものを開発してくれたよ。奴は昔から倫理観が欠如していたが、これはやはり最高にとびきりだ」

 

 ぼやく言葉に、俺もまたこの人との摩訶不思議な奇縁を振り返って苦笑いしたくなる。

 

 俺から人生を奪ったあいつの姉が俺に人生をもう一度与えるなんて、本当にどこまでも皮肉な現実である。

 

「だからもしも恋人とそういうことをするときも、私に言いたまえよ。特別に調合した薬を渡すから安心して励んでくれたまえ」

 

 ん?

 

 え、なんでこの人俺に恋人ができたこと知ってんの?まだ付き合い始めて二日しか経ってないよ?

 

 一瞬カマかけかと思った。

 

 だが、このニヤニヤとした顔は明らかに事情を知ってからかう時の態度だ。

 

「すごいじゃないか、雪ノ下の娘とは。いやはや、君の過去については全て知っているがようやく長年の思いが成就したようだねぇ」

『……あの、それ誰に聞いたんすか』

「ん? 一色嬢だが」

 

 あんの小悪魔さとりが!

 

 さてはあの時、どっかで見てやがったな。雪乃に告白することだけ考えてて気付かなかった。

 

 池田さんを見ると、ニコリと笑って「良かったですね」なんて言う。この人も事情は把握済みかよ……

 

『……まあ、その時は頼みます』

 

 せっかく結ばれたのに、そんなことで雪乃の命を奪いたくはない。

 

 この人に任せるのは癪だが、それ以上に頼りになる研究者が他にいないのも事実だ。

 

「うむ、任せてくれたまえ。私も興味があるからね、君の遺伝子が受け継がれた時にどう変異するのか」

「ドクター?」

「おっと、下世話だったか」

 

 楽しそうに笑ったドクターはパソコンに移っていたデータを閉じ始めた。

 

 どうやら、今日の診察はここまでのようだ。俺も鞄を持って立ち、お礼を言ってから踵を返す。

 

「それにしても、実におかしなこともあるものだねぇ。君も災難だよ」

「ちょっと、ドクター」

「?」

 

 なんのことだ?

 

 振り返ってみると、ドクターは俺が不思議そうにしているのを見ておやと首をかしげる。

 

「もしかして聞いていないのかい?」

『何をですか?』

「何って、そんなの決まっているじゃないか」

 

 背もたれに体を預けたドクターは、さもなんでもないことのように。

 

「先日の米国での地下鉄虐殺事件は知っているね?」

『はい』

 

 被害対象になった電車に乗車していた客全員と、停車した駅にいた全員が丸も無残な姿で発見されたのだ。

 

 あまりに被害が大きかったため、米国支部から箝口令が敷かれた上で調査されたらしいが……犯人はまだ見つかっていないという。

 

 だが、それと一体なんの関係が……

 

 

 

 

 

「その容疑者が()()()()()()()()()()……君を怪物に作り変えた男かもしれないことさ」

 

 

 

 

 

 ………………何だと?

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。
ドクターはいろはの会のメンバーです(笑)
そしていろはたちが言わなかったことをあっさり言っちゃいました。
平塚の前に現れた少年、その正体は?(多分バレンタイン回見た人ならわかると思いまが……)
感想をお持ちしています。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。