お気に入りの数もさらに増え、やる気マシマシで投稿していこうと思います。
さて、今回は前回の続きから。
楽しんでいただけると嬉しいです。
あ、投稿時間と期間についてアンケートを始めました。投票してくださると嬉しいです。
文化祭が終わると、秋も尚更深まりを見せ始める。
少しずつ日は短くなり、頬を撫でる風も涼しいものになってきた。
特別棟の廊下もそれは例外ではなく、いっそ肌寒いほどの冷気に今朝引っ張り出したばかりのブレザーを羽織り直す。
『……疲れた』
部室へ向かう道すがら、無意識にそんな言葉が首輪からこぼれ落ちる。
いやほんと、マジで疲れた。なんであんなジロジロ見られなきゃいけないわけ?
案の定というべきか、演劇の一件で俺の平穏なぼっち生活は儚くも崩れ去ってしまった。
教室にいても、廊下を歩いてても、果てはトイレにいるときも誰かがこっちを見ているのだ。
普段空気みたいな存在なだけあって、人の視線に慣れていない俺には一日中注目されているのは苦行でしかない。
侮蔑や嘲りの視線ならばまだしも、そこかしこから飛んでくる好奇の目線。リア充はよくこれを毎日耐えてるもんだ。
お前ら暇なの?俺のことなんか観察してる暇あったら勉強しろよ。もしくは葉山に群がっとけよ。
覚悟はしていたが、めっちゃきつい。戸塚とかがいつも通り接してくれたのが唯一の幸いだ。
元から癒しだった戸塚がさらなる癒しになった瞬間である。もしや本当に大天使トツカエルなのでは?
『はぁ……まあ、そのうち収まんだろ』
人の噂も七十五日って言うし。え、あと二ヶ月半もこのまま?ドクターに胃薬頼んどこうかな。
……やめとこ。それに乗じて変なものまで試されそうだし。あの女、悪い人じゃないけど絶対良い人でもない。
いずれにせよ、そう長くは続かないだろう。この学校では秋は慌ただしく過ぎていくのだ。
文化祭の次は体育祭、そして修学旅行。
この三大イベントが揃っているためか、クラスの様子も浮き足立っている。
そのうち、俺と雪乃のこともそれに埋もれるだろう……埋もれてくれないとマジであのマッドサイエンティストに頼ることになる。
『マジで最終手段だな……』
苦い顔をしているうちに部室の前にたどり着き、扉に手をかける。
ここにくるのは三日ぶり、だというのに妙に緊張しながらからりと戸を引いた。
「あら、八幡くん。こんにちは」
すでにそこにいた彼女は、入ってきた俺に気づいて顔を上げる。
微笑んだ拍子に、濡羽のような黒髪が凪いだ。たったそれだけのことに目を奪われてしまう。
雪ノ下雪乃。奉仕部部長であり、かつて一年だけ幼馴染で……そして今は、俺の彼女である。
傾きかけた夕日の光を受けてほんのりと赤く染まる白磁の肌と浮世離れした美貌に、それが現実なのか今更怪しくなってきた。
『……うす』
それ故か、せっかく昔のように名前を呼ばれたというのに簡素な返事しかできなかった。
雪乃は気にした様子もなく、クスリと笑って立ち上がる。
鞄を置いて定位置に座ると、湯気の立つ紙コップ……ではなく、パンさん印のカップが眼前に置かれた。
少し目を見張って顔を上げると、雪乃がしてやったりという顔で笑んでいる。
「どうぞ」
『……おう、サンキュ』
とりあえず、冷えた体を温めるために一口啜る。
途端に口の中に仄かな甘味と心地よい香りが広がり、いつもながら一級品の腕前に感心するが……
このカップはもしや、ケトルのように持ってきたのだろうか。あるいは新たに買ってきたのか?
ちらりと対面に座った雪乃に目をやり、全く同じカップで飲んでいるのを見てちょっと咽せた。
『お前……』
「あら、どうしたの八幡くん。もしかして熱すぎたかしら」
楽しそうな声音ですね雪乃さん……こいつ絶対俺が動揺するのを狙ってたろ。
まさか、こいつがペアルックなんていかにも女子高生っぽいことをしてくるとは。いや嬉しいけどね?
あとパンさんってチョイスがギャップがあって可愛い……ってそうじゃねえ。
『これ、買ったのか?』
「ええ、ちゃんと由比ヶ浜さんの分もあるわ」
ほっそりとした指がさす電気ケトルの隣には、確かにもう一つ逆さまにカップが置かれていた。
ディスティニーのショップで三つのカップを楽しそうに選ぶ、雪乃の姿を思い浮かべる……うん、いいな。
だからそうじゃないっつーの。
『まあ、いつまでも紙コップ使ってても資源の無駄だしな』
「そうね、資源が無駄になるものね」
くそ、その分かってるような微笑みが腹立つ。それすら可愛いと思っている俺の脳は多分おかしいだろう。
あーくそ。告白からこっち、ずっとやり込められてる気がする。名前だって心の中でしか呼べてねえし。
俺も恋……そういう関係になったからにはと気合い入れてたんだが、これじゃいつもと何も変わらんな。
まあ、いいか。悪い気がするわけでもねえし。べ、別にヘタレだから逃げるわけじゃないんだからねっ!
『あー、そういや』
「何かしら?」
『今日、何か変わったことはあったか?』
「変わったこと、というと?」
聞き方が曖昧だったか。
『なんつーか、視線を感じたとか』
「それならば、ある程度いつも感じているけれど」
『だろうな。お前可愛いし』
単なるモブAの俺と違い、雪乃は元から容姿端麗で人の目を引く存在だ。なんなら世界一可愛いまである。
確かに陽乃さんや結衣も綺麗だけど、あれはジャンルが違うというか、なんなら陽乃さんは別種族というか……
「っ……」
あれ、なんか雪乃が俯いてるんだが。心なしか、さっきよりも頬に赤みが差しているような気がする。
『どうした?』
「……そ、そういうことを突然言うのは反則だと思うのだけれど」
『え、何が』
俺なんかおかしなこと言ったか?
会話を思い返してみるが、変なことを口走った覚えはない。なお会話しなさすぎて自覚してない可能性はある。
「……か、可愛い、と言ったように聞こえたわ」
『いや、お前ならそれくらい言われ慣れてるだろ』
日常的に感謝されているとその喜びが薄れていくように、繰り返し言われる言葉にはいずれ何も感じなくなるのだ。
ちなみに俺が言われ慣れてるのは不気味とか根暗とかキモいとかである。後半悪口じゃねえか。
「興味のない有象無象に言われるのと、好意を持った相手に言われるのとでは違うものよ」
『有象無象って……けど、そういうもんか』
「ええ、だから……」
ちら、とこちらを一瞬見て、すぐに本に目線を戻すとか細い声で呟く。
「……あまり言われると、恥ずかしいわ」
『お、おう……』
……やっぱりこいつ可愛すぎない?
とはいえ、そう言われると同じことをするわけにもいかず、甘い雰囲気を誤魔化すようにカップの中身を啜る。
「やっはろー」
軽く雑談をして過ごすこと二十分くらいした頃、由比ヶ浜が部室にやってきた。
笑いながら奇妙な挨拶をして入ってきたのを見て、雪乃と顔を見合わせホッとしてしまう。
「二人とも見つめあってどうしたの?」
「いえ、なんでもないのよ由比ヶ浜さん」
『ああ、気にするな』
「?」
首をかしげる由比ヶ浜。あまりにいつも通りの様子に少しおかしくて笑ってしまった。
どうやら由比ヶ浜が奉仕部に来なくなる、という心配は杞憂に終わったようだ。
三人いる部活動のうちの二人がくっつけば、残った一人は居た堪れなくなり辞めてしまうのが普通だ。
気の利きすぎる由比ヶ浜もそうならないかと思っていたが、違ったらしい。
「それよりも、紅茶はいるかしら」
「うん、いるいるー」
嬉々として隣に座る由比ヶ浜に微笑み、雪乃は立ち上がって紅茶を入れる。
「どうぞ」
「ありがとゆきのん」
マグカップを両手で受け取り、紅茶を飲む由比ヶ浜。
ほう、と吐息を漏らして頬を緩ませるあたり、やはりこいつも寒かったらしい。スカートって超スースーしそう。
などと思っていると、チラチラと由比ヶ浜がこちらを見た。え、もしかして考えてること読まれた?
「えっと、あのさ」
控えめな声での切り出しに、俺と雪乃の視線が向く。
マグカップを机に置いた由比ヶ浜は、机の下で手を重ねると遠慮がちな姿勢で俺たちを見返した。
「あたし、さ……ここにいても」
「由比ヶ浜さん」
最後まで言い切る前に、雪乃が遮る。
その先は言われずとも、彼女が何を問おうとしたのかは俺にもわかった。やはり気にしていたのだ。
しかし、すでに俺たちの中でその解は出ているものであり、今更議論の余地はない。
「あなたは当たり前のことを今更聞くほど、記憶力が乏しかったかしら」
「え?」
「あなたがここにいるのはなんら不思議なことではない、と言ったのよ。私や八幡くんに気兼ねすることなく……というのは、無理でしょうけど」
だろうな。俺だったらあまりにいたたまれなくなって二度と部活に行かず、そのまま自然退部を狙う。
しかし、彼女は来た。ならば諸々のリスクを覚悟した上で、再びここにいることを選んだということだ。
だったら、誰よりも俺たちがその選択に感謝し、賞賛し、肯定してやるべきだろう。
「それでも、ここにあなたの居場所がないということはありえないわ」
「っ! ゆきのーん!」
がばっと抱きつく由比ヶ浜。腰の付け根のあたりにブンブンと揺れる尻尾が見える。
「ちょ、ちょっと、暑苦しいわ由比ヶ浜さん」
「えへへ、ごめんね。でも、本当に嬉しくて……」
「もう……」
おーい、君たち俺がいること忘れてませんかー。目の前で女友達と彼女がイチャついてるとかそれどんな百合の園?
こほん、と声にならない咳払いをして二人の関心を促し、俺も由比ヶ浜に向けて答えを言う。
『あー、なんだ。お前はこの奉仕部にとって、その、必要っていうか、いないと困るっつーか……まあそういうことだ』
あーくそ、まとまらん。本当は他にも色々言いたいつもりだったが、こういう時コミュ障は辛い。
「……ぷっ、訳わかんないよヒッキー」
「ふふ、そうね。会話の内容として成立してないわ」
『うっせ、こういうの言い慣れてないんだよ』
ほんと、ラノベの主人公たちはなんでスルスルと歯の浮くようなセリフが出るのだろうか。練習でもしてんの?
「でも、そっか……あたし、ここにいてもいいんだ」
俺がそっぽ向いてるうちに雪乃から離れた由比ヶ浜は、自分の席に座って噛み締めるように言う。
「ええ。だって、私たち三人で奉仕部だもの」
『お前が嫌じゃないなら、これまで通りここにいろよ。その方が騒がしくて退屈しないし』
「えへへ、ありがと二人とも」
はにかむように笑う由比ヶ浜に、自然とこちらの顔も笑む。
余計な蟠りを生むことは避けられたか。いつの間にか大切になったこの場所を守れて、また安堵する。
「そういえば……」
そこでふと、雪乃が思い出したように鞄から何かを取り出す。
それはノートパソコンだった。文実の時に使っていた私物ではなく、確か職員室で使われてるタイプだ。
俺と由比ヶ浜が首をかしげると、雪乃はノートパソコンを机に置いて説明する。
「平塚先生から今朝預かったの。その後すぐに、珍しく慌てた様子で帰ってしまったのだけど……」
「あー、そういえばHRにもいなかったね」
『確か、緊急の用事で有給取るとか言ってたな』
なんで突然、と思ったもののあの人のプライベートにまで興味がないのですっかり忘れてた。
さては男にこっぴどくふられて、傷心旅行にでも行っ……なんか悪寒がしたから考えるのをやめよう。
「なんでも新しい奉仕部の活動、ということだけれど……」
「へえ、なにそれ。面白そう」
『面白いかどうかはともかく、パソコン使うくらいだから電子系の活動だろ』
電源を入れ、古い型なので立ち上がるまで少々待つ。
数分して開かれたパソコンを雪乃が俺たちにも見えるように向きを調整すると、デフォルトの画面が見える。
そこにはぽつんと、『Read me !』と書かれた一つだけテキストファイルがあった。
他に仕事に関係しそうなファイルは見つからなかったので、雪乃がつっと指を滑らせてファイルをクリックした。
『奉仕部各位
新たな奉仕活動内容として、メールでの悩み事相談を開始します。
題して、『千葉県横断お悩み相談メール』
各自奮励し、悩み事解決に努めるようお願いします。
奉仕部顧問 平塚静
p.s 一週間ほどで復帰しますのでご心配なく』
簡素なテキストを読んで、俺たちはふむと考える。
「要するに、送られてきたメールに対して適切なアドバイスをすればいいのね。でも、そうそう送られてくるのかしら」
『まあ、平塚先生のことだし生徒に悩み事があったらこのアドレスに、みたいな知らせはやってるんじゃねえの』
「あー、面倒見いいもんね先生」
面倒見が良すぎて、むしろ自分を面倒見てくれそうな相手が見つからないまである。早く誰かもらってあげてください。
「早速来たわね」
「あ、マジでくるんだ。どんな感じ〜?」
ぎゅっと雪乃に身を寄せて画面を覗き込む由比ヶ浜。
「……………………」
雪乃さん、目、目!今にも由比ヶ浜のアレをもぎ取りそうな顔になってるよ!
「……どうやらこれのようね」
己にほとんどないそれへの憎悪を治めた雪乃がキーを操作し、メールボックスを開く。
真っ白なそれの中には、確かに一通だけメールが受信されていた。ほんとに来るもんなんだな。
「ペンネームは……いろいろさとりん?」
ガタッと思い切り音を立て、椅子の上で座ったまま飛び上がった。
「ど、どうしたのヒッキー?」
「八幡くん、大丈夫?」
『……平気だ』
いや、別にあいつと決まった訳じゃない。ただ特徴が似てるというだけで確定するのはあまりに早計だ。
きっとこのメールの主はさとりといろはすが好きなだけの誰かさんだろう。ペットボトル片手に妖怪探ししてるに違いない。
「えーと、なになに……」
俺が頭の中でこねくり回しているうちに、由比ヶ浜がメールの内容を読み上げてしまう。
【
この前の文化祭で、いつもお世話になってる先輩に彼女ができました。
尊敬する先輩に綺麗な彼女さんができたことが喜ばしく、嬉しい限りです。
実は私にもちょっと狙ってる人がいるのですが、男心を掴むにはどうすればいいのか知りたいです♪
……オーケー、こいつが間違いなくいろはなのはわかった。
「やー、あはは……」
由比ヶ浜が俺と雪乃の顔を交互に見て、なんとも言えない笑いをこぼす。
明らかにその先輩と状況被ってますもんね。なんなら当人だし。
照れ隠しにガシガシと後頭部をかき、雪乃は赤い顔を文庫本に落としている。本が逆さまになってますよ。
「えーと、これどうする?」
『や、どうするって言われてもな……テキトーに答えても地獄、真剣に答えても地獄だろ』
「……そもそも、読んでしまった時点で生き地獄ね」
羞恥という意味では言い得て妙である。ていうかこれ、いたずらメールの類に入らない?
それ以前に、あいつに気になる男なんているのか?
さとりの力を乱用しすぎて
むしろベリーイージーな気がするんだが。なんならチームの中で
『まあ、多分冷やかしだからそれっぽいこと書いて返信しとくわ』
「うん、わかった」
パソコンを引き寄せ、たったかキーボードを叩いて書き始める。
【奉仕部からの回答】
あなたがその相手と進展したいならば、自分の魅力を全力でアピールしてはいかがでしょうか。
どうやら先 輩 に 対 す る 敬 意 が 非 常 に お あ り のようなので、その謙虚さを忘れずにいたらいいと思います。
以上、『千葉県横断お悩み相談メール』からの回答でした。
やや強めにエンターキーを押して送信する。ふぅ、不必要にメンタルを削られた。
「はい、お代わり」
『サンキュ』
由比ヶ浜に手渡されたカップを受け取り、淹れ直された紅茶で精神的疲労を回復する。
「でも、これでどんな感じかは大体わかったね」
「ええ、これからも相談が来たら私たちで相談して返信する、という体制で問題なさそうね」
『あんま変なのが来ても困るけどな』
なんならさっきのいろいろさとりんさんは二度と送らないように言っておこう。あいつのちょっかいも大概だ。
とりあえず新たな仕事の達成に充足感を覚えていると、誰かの着メロが流れた。
互いに顔を見合わせ、音の発信源に目を向けると由比ヶ浜のブレザーのポケットからだ。
「あ、あたしのか」
携帯を取り出し、ぽちぽちと操作する由比ヶ浜。三浦たちからのメールでも来たんんだろうか。
「…………なに……これ……………」
しかし、どうやらそんな生温いものではなかったようで。
みるみるうちに蒼白になってゆく由比ヶ浜の表情に、何事かとカップから意識を移した。
顔を上げると文庫本から目を外していた雪乃と目が合い、どちらも怪訝な顔をしているのを確認してから由比ヶ浜を見る。
「由比ヶ浜さん、どうしたの?」
『なにかあったのか?』
「こ、これ……」
震える手で、由比ヶ浜は俺たちにメール画面を開いた携帯を見せてくる。
雪乃が体を傾け、俺が身を乗りだして中を覗くと、そこには──
『比企谷八幡は反社会勢力と付き合いがあり、裏で人を脅している。
雪ノ下雪乃は援行をしている』
そんな、世にもおぞましい嘘が書き連ねてあった。
平和は長く続かない。
読んでいただき、ありがとうございます。
さて、この後オリジナルの悪キャラが出てきます。まあぶっちゃければこの章全てオリジナルになってしまうのですが。
原作の時系列もなんとか守りつつ頑張ります。
感想をお待ちしています。