声を失った少年【完結】   作:熊0803

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こんにちは、作者です。
アンケートの投票をしてくださり、ありがとうございました。60人以上もの方がしてくださって嬉しいです。
お気に入りといつも感想をくれる方も、毎回感謝の極みにございます。
アンケートの結果、二日おきの午後6時が良いようなのでそのペースで投稿してこうと思います。
それとすみません、3話構成なんて言いましたがそれじゃ全然終わりませんでした。

ということで、今回も楽しんでいただけると嬉しいです。


75.声を無くした少年は、天敵と手を組む。

 

「………………」

 

 ……奇妙なメールが由比ヶ浜の携帯に送られてきた翌日、俺は教室で考え込んでいた。

 

 あれはどうやら、捨てアドから無差別に学内の人間のアドレスに向けてばら撒かれたものらしい。

 

 由比ヶ浜に送られてきたのは、いつぞやのチェーンメールみたく回ってきたのものを三浦が転送したものだ。

 

 あの時はよく見てなかったが「こんなの流れてるけど、あの二人がそんなことしてるとか嘘っしょ?」と下に書いてあったらしい。

 

 無論その通りである。

 

 そんなものと付き合いはないし、人を脅したのもナンバーズの会合で諍いが起きた時しかない。

 

 雪乃にしたって、当然そのような覚えはなくあまりに名誉毀損が過ぎると呆れ返っていたほどである。

 

 というか、三浦がそんなことを言ったことにも案外驚いた。

 

 あいつ意外と俺たちのこと認めてたんだな。てっきり由比ヶ浜をフったことで敵視されてると思ったんだが。

 

 ……まあそれはどうでもいい。今考えるべき内容は、そのメールを拡散した犯人のことだ。

 

 メールはそのまま材木座に横流しして、アドレスの発信源を探させている。

 

 メールを見た材木座の反応は劇的だった。どこに隠れていようが、必ず見つけ出して叩き潰すとかなんとか。

 

 仮にも国家の治安維持に携わる者としてどうかと思ったが、俺もあいつに同じことがあれば似たする確信があるので何とも言えん。

 

 とりあえずやりすぎないように言いつつ、俺もこのように考察を進めている。

 

 一体どのような目的でなぜ俺たちを、などという初歩的なことはもう解決済みだ。明らかに文化祭の件が絡んでる。

 

 あれを見た何者かが俺たちのデマをでっち上げ、このチェーンメールを始めたのだろう。

 

 果たして犯人は、俺を嫌う連中かあるいは雪乃に嫉妬していた誰かなのか、はたまた雪乃を好きだったやつか。

 

 ちなみに俺を好きな誰か、という選択肢は最初からない。雪乃と由比ヶ浜以外に好かれていたはずもないしな。

 

 どれが当てはまるにせよ、狙いは俺たちの破局だろう。

 

 最初は立場を無くすためかとも考えたが、俺はともかく雪乃を知っているならそんなもの気にしないタチなのはわかる。

 

 俺にしても、雪乃の彼氏であること以上にこの学校という狭い社会でのステータスは無いに等しい。

 

 つまり俺から奪うものなどそれしかなく、対して雪乃は最初から立場を気にしてない上に多少このようなことがあっても揺らがない。

 

 ならば、当人同士の関係を崩壊させることを主目的として狙う方がよっぽど効果的だろう。

 

 で、ここで犯人像は二つに別れてくる。

 

 

 

 一つは、嫉妬や怒りに駆られて感情的に行った単なる小物。

 

 

 

 こういう輩ならば、ただ見つけ出して多少注意すれば、まあ悪い感情は募るだろうが大概はやめる。

 

 人間というのは、心に思っていることを行動に移すにもかなりの勇気と行動力を要する。

 

 例えばリア充爆発しろと思っていても道ゆくカップルに本当に爆弾を投げないように、実行することは非常に稀だ。

 

 それ故に、もし行動に起こした場合極力自分の正体がバレないようにし、露呈することを徹底的に避ける。

 

 だからこそ、見つかった時自分の悪行を白日の元に晒されることを恐れ、二度と同じ相手には手を出さない。

 

 

 

 そしてもう一つは、なにかしらの陰謀をもって俺たちを陥れようとしている頭の切れる人間。

 

 

 

 

 こちらは非常に厄介だ。前者よりもさらに知恵を働かせ、自分の正体を巧妙に隠すことができる。

 

 容易には自分にたどり着けないように切れる尻尾を用意し、それを追っている間に逃げ果せるのだ。

 

 何よりこの類の人間の一番嫌なところは、無駄に弁が立つということである。

 

 もし正体が明らかになって問い詰められても言葉巧みに言い逃れし、下手をすればこちらが痛い目を見る。

 

 ……頭の痛いことに、おそらく今回のチェーンメールの犯人は後者だろう。

 

 というのも、今朝届いた材木座のメールによれば、あのメールはいくつかの携帯と捨てアドを経由してから送信されていた。

 

 その捨てアドも既に軒並み削除されており、追跡するのには少々時間を要するそうだ。

 

 メールの内容もわりと誰でも思いつきそうなもので、自分の正体を匂わせるような言葉を入れていない。

 

 このことから、相手は相当頭が切れると推測できる。

 

 居心地のいい場所を手に入れたと思った途端にそんな相手に絡まれるとか、理不尽じゃね?

 

 

 

 ……いや、今回は俺が人間の底無しの悪意を見誤ったことが原因か。

 

 

 

 実害がなかったからといって、こういう間接的な手段がないなどと、どこか無意識に決め付けていなかったか?

 

 いいや、そんなことはありえない。人間はやろうと思えば、どこまでも残酷になれる生き物なのだから。

 

 あの部屋にいたことでいつの間にか、俺は人間の本来の醜悪さを忘れていたらしい。

 

 そのせいで、雪乃にいらない迷惑をかけてしまった。人と関わるとはこういうことも引き起こすのだ。

 

 その観点から言えば最も責められるべきは俺だが、ともあれ犯人は見つけ出して必ず謝罪させる必要がある。

 

「…………」

 

 そう思ったからだろうか、無意識に教室の中にいるクラスメイトの様子を目で追い始めた。

 

 もしかしたらこの中に、あのメールを作った犯人がいるかもしれない。

 

 目まぐるしく視線を動かし、不審な動きをしてるやつがいないか探す。

 

 誰だ、犯人は。雪乃の平穏を脅かし、俺の居場所を侵そうとする奴は。

 

 観察しろ、考察しろ、予測しろ。その上で徹底的に探せ。

 

 

 

 

 

 一体誰が、雪乃を傷つけようとしている?

 

 

 

 

 

「やあ比企谷くん、何か悩み事かい?」

 

 頭上から、声が聞こえた。

 

 枕がわりにしていた腕から顔の下半分を出して見上げると……そこには鬱陶しいレベルのイケメンスマイルを浮かべた男がいた。

 

 葉山隼人。このクラス……否、この学校のトップカーストといって差し支えない、総武高きってのイケメン王子。

 

 まあ俺や雪乃からすれば、昔から薄い仮面を被った優柔不断な男だが……とにかく関わりたい相手ではない。

 

 それはあちらも同じはずだ。普段から接触を避けているのに、なぜわざわざ話しかけてきた?

 

『……何の用だ』

「いや、朝からすごい雰囲気だったからね。何事かと思って」

 

 葉山の言葉にクラスを見渡せば、確かにクラスメイトどもがこちらをチラチラと見ていた。

 

 それは昨日まで感じていた好奇の視線ではなく、半分は腫れ物を見るような目、もう半分は畏怖のこもった目。

 

 あのメールが流れているせいか朝から感じていたものではあるが、今は恐れの方が一層強くなっていた。

 

 どうやら知らないうちに、目に見えるほど不機嫌な態度を取っていたらしい。教室の空気に同化するぼっちにあるまじき失態である。

 

 自分の行動に呆れていると、葉山は少し距離を近づけて、俺にしか聞こえない小声で言った。

 

「……比企谷、あのメールのことで少し話がある」

 

 ……何?

 

 訝しんで葉山の顔を見直すと、奴は真剣な目でこちらを見下ろしていた。

 

『……わかった』

「よかった、じゃあ行こうか」

 

 にこやかに笑って出入り口に向かう葉山についていき、俺も立ち上がる。

 

「ついにはや×はちキター!」

「ちょ、海老名擬態しろし!」

「ひ、姫菜鼻血!」

 

 ……なにやら歓喜していた貴腐人がいたが、聞かなかったことにしよう。

 

 葉山の後を追って教室を出ると、奴はすぐそこで待っていた。

 

 互いに目線を交わし、どちらからともなく階段の方に向けて歩き出す。

 

 昼休みということもあって、廊下にはそれなりの数の生徒がおり、俺たちをジロジロと見てきた。

 

 その一切を無視して階段を上がり、示し合わせるでもなくある場所を目指す。

 

 

 

 やがてたどり着いたそこは、屋上だった。

 

 

 

 ここに来るのはいつぞやの相模を非難して強制的にやる気にさせた時以来だ。

 

「突然連れ出して悪かったな」

 

 後ろ手に錆び付いたドアを閉め、あいも変わらずイケメンスマイルを浮かべる葉山を見やる。

 

 〝葉山隼人〟に注目する人間全てのために用意しただろうその笑顔は、俺からすれば出来すぎた仮面でしかない。

 

『その気障ったらしい態度をやめろ。もう誰も見てねえぞ』

「……やっぱり、君には見抜かれているか」

 

 途端に苦笑いに変わる葉山。先ほどより素に近いが、友人でもない男のそんな面見ても全く嬉しくない。

 

『話ってなんだ。昼休みが終わるからなるべく簡潔に言え』

「そんなに邪険にしなくてもいいだろ。一応、幼馴染みだろ?」

『たったの一年だけどな』

 

 それに厳密に言えばこいつと馴染んだ覚えはかけらもないので、単なる昔同じ学校だったやつである。

 

 そんなくだらないことは忘却の彼方に置いておくとして……今は葉山の真意を見極めるべきだろう。

 

『……で、メールについて何か知ってんのか。もし情報があるなら全部教えろ』

「いや、特に犯人に繋がりそうなものはない。どうやら相手は相当なやり手のようだね」

 

 やれやれとかぶりを振る葉山。そんな動きさえ様になってるイケメンぶりがイラつく……じゃなくて。

 

 ちょっと待て、こいつ何も知らないって言ったか?じゃあここまで来たの完全に時間の無駄じゃん。

 

『そうか。じゃあな』

「ちょっ、待ってくれ!」

 

 踵を返して出ていこうとした瞬間、葉山から待ったがかかった。

 

 我ながら露骨に嫌な顔をして振り返ると、葉山は少し焦った様子で話し出す。

 

「俺が言いたいのは、この件の解決に俺も力を貸すってことだ」

『……はぁ?』

 

 こいつが、俺に協力?

 

 もしかして俺の耳はいつのまにか、とんでもない幻聴まで聞こえるような能力まで備わっていたのだろうか。

 

 そりゃ確かに、文化祭の時は昔のイザコザなど気にしてられない事態だったから一応協力しあったが。

 

 あれは特例中の特例みたいなもんで、たった一回で何かが変わったわけでもない。

 

 そもそもこいつは、そう言った人間関係に影響を与えるような行為をすることを極端に嫌うはずだ。

 

 チェーンメールの依頼がいい例である。それを自覚してるからこそ、こいつも俺たちを頼ってきたんだが。

 

『お前、消費期限が一週間前の牛乳でも飲んで脳細胞破壊されたの?』

「酷いな君は」

『酷いのは今のお前だ。あれだけみんなの葉山くんだったお前が俺に肩入れするとか、どういう心境の変化だ?』

 

 情け容赦ない俺の言葉に葉山は苦笑いを深め、少し言葉を選ぶように逡巡する。

 

「……小学校の時のこと、覚えてるか」

 

 少ししてから、葉山はやや硬い口調でそう話し始めた。

 

『……忘れるはずがねえだろ』

 

 あの時間があったからこそ家族以外の人間を信じ、何より雪乃と恋人になることができたのだから。

 

 だが、それはあくまで俺の側から見た記憶であり、こいつからすれば公衆の面前でボコボコにされた苦い思い出でしかない。

 

 俺の予測は当たっていたようで、葉山は苦々しい顔で頷いてから懐かしむように空を見上げる。

 

「俺はあの時、何もできなかった。薄々雪ノ下さんが虐められているのに気づきながら、助けられなかった」

『そうだな。お前はただ見ているだけだった』

 

 俺より長く雪乃を知り、雪乃を助けられる場所にいたのに、葉山隼人は雪乃一人より集団の調和を選んだ。

 

 そう考えた当時の俺は雪乃に新たな悪意が向かないように、何より俺自身の怒りでこいつを傷つけた。

 

「正直、病院送りにされた怒りより嫉妬の方が強かったよ。俺ができないことを、君はあっさりやってのけた」

『……まあ、方法は最悪だけどな』

「それは確かにな」

 

 意地悪く笑う葉山。こいつに肯定してもらいたいとは思わないが、なんか無性に腹が立つ。

 

「同時に、悔しかったよ。雪乃ちゃんを助けられなかったことが」

『……仕方ないだろ。お前にはお前の守るべきもんがあったんだから』

 

 こいつにとって誰かに肩入れをすることは、それだけで周囲の環境を変えてしまう要因に充分なり得た。

 

 それを子供ながらに分かっていたからこそ、葉山はみんなの葉山隼人であり続けているのだ……今もずっとな。

 

 

 

 正直に言おう。実のところ、俺はそこまで葉山のことを嫌っちゃいない。

 

 

 

 そりゃ確かに雪乃の件は怒り狂ったし、その薄っぺらい仮面に関しては人間らしくて反吐が出るほど嫌いだ。

 

 だがしかし、こいつ自身にもそうするしかないだけの理由があるのだと、多少賢くなった今なら理解できる。

 

 いわゆる優れたものの義務っていうやつだ。優秀なものは、それだけで周囲の期待に応えなくてはいけない。

 

 例えば雪乃が、陽乃さんの妹だからと過度なプレッシャーをかけられ、一人孤独に苦しんでいたように。

 

 葉山の場合、それがみんなが憧れる王子様でいることだった。

 

 そこには俺の知り得ない苦悩や努力があったことだろう。俺にその努力を非難する理由はない。

 

 ただ、俺とは相容れない生き方なだけ。だから関わりたくないという、それだけの話だ。

 

 そう思いながら葉山を見ると、パチクリと目を瞬かせている。

 

「……驚いたな。君からそんな言葉を言ってもらえるとは」

『事実だろ。実際すげえよ、あんなリア充の巣窟の中心で何年も耐えるとか。俺は絶対無理だし』

 

 なんなら一日だけでも無理だった。人から注目浴びるのってすげえ疲れんだよ。

 

「はは、あの雪乃ちゃんの彼氏になったんだからそれくらい当然だね」

『……ま、せいぜい頑張るさ』

 

 互いに軽く冗談を交わしたところで、脱線した話を戻す。

 

『で、そんなお前が俺に協力する気になった理由はなんだ』

「……昔、俺は何もしなかった。あの時から俺は変わっていない」

『そりゃ重々承知の上だ。千葉村の時とかマジで呆れたからな』

「はは、手厳しいな」

 

 苦笑いしたのちに表情を引き締め、葉山は真っ直ぐにこちらを見る。

 

「でも、だからこそできることもあると思うんだ。個人的に何もできない代わりに、俺にも武器がある」

 

 葉山の武器、と言えば最初に思い当たるのは一つしかない。

 

『……つまりなんだ、お前の立場を有効活用させてくれるってことか』

「そういうことになるね」

 

 それは、確かに助かるかもしれない。

 

 雪乃とのことで一時的に注目を浴びている俺と違い、こいつには長い時間をかけて培った地位と影響力がある。

 

 それは今回のような不特定多数の人間を対象とした行為を相手する際には何よりも役立つことだろう。

 

 だが……

 

『まだ解せないな。お前の一番大事なそれを使ってまで、どうして俺に力を貸してくれる?』

「嫌な目にあっている女の子を守るのは、男として当然だろ?」

 

 ハッ、こういう時の言動までイケメンかよ。根本的に俺とは色々と違いすぎてある意味尊敬するわ。

 

「というのは冗談にしても、まあ昔の名誉挽回ってところだよ。もう傍観者でいるのは嫌だからね……それに、君に見せつけてやりたいんだ」

『俺に? 一体なにを見せるんだよ』

 

 聞き返すと、葉山は爽やかに笑い。

 

「俺も、いつまでも無力じゃないってことをさ」

 

 ……ケッ。どこまでも格好良い王子様だこと。

 

 とはいえ、ここまで話をした限りではこいつの言葉の裏に嘘や陰謀の類を感じない。

 

 雪乃を狙っているというわけでもなさそうだ。前々から感じていたが、葉山のあいつに対する感情はもっと複雑なものだ。

 

 

 

 ……意地を張るのもここらが潮時、か。

 

 

 

 出入り口の取手を手離し、一歩一歩葉山に近づいていく。

 

 やがて手の届く距離まで来ると、ぶっきらぼうに右手を出した。

 

『……今回だけだ』

「ああ、よろしく比企谷」

 

 いつも通りの爽やかな笑顔で、葉山は俺の差し出した手を握り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺は、かつての天敵だった男と手を組んだ。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
次回で終わる予定です。

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