今日は卒業式でして、クラスの集まりに参加して時間を取られました。
兎にも角にも、どうにか今日中にこぎつけました。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「…………」
葉山との協力関係の締結から一夜明け、俺はいつも通り教室で過ごしていた。
HRが始まる10分前。既にほとんどの生徒が教室におり、イヤホン越しに周囲の喧騒が聞こえる。
やかましいくらいの声で友達と話すもの、昨日のテレビの内容について語り合うもの、ゲームをして楽しむもの。
抑制剤が効いているとはいえ常人離れした我が耳は、正確にそれぞれの音を分別して聞き取る。
やがて、雑多に混ざり合った音たちに共通していることがあることを俺に伝えた。
すなわち、それら全てが円を描くように俺の周り……具体的には席一つ分ほど外側から聞こえてくるのだ、と。
それだけでなく肌が時折こちらに向けられる目線を感じ、同時に喧騒に混じるヒソヒソとした小声までも拾う。
……居心地わりー。
や、これまでの学校生活で居心地よかった時なんかなかったけども。なんなら中学とか折本のせいで酷かった。
なんなのあいつ、教室で話しかけくんなって言ってるのにグループごと突っ込んでくるとか特攻隊かよ。
その時の男たちからの嫉妬と憎悪の目線に似て非なる空気を、ぼっちフィールドで緩和する。
フィールドっていうか、イヤホンつけて机に突っ伏してるだけだけどね。これが案外強いのだ……折本以外には。
ATフィールド並の俺のぼっちフィールドを破るとか、もしや折本はロンギヌスの槍を持っていたのか……?
「ふう、ぎりぎりセーフってところかな?」
くだらんことを考えていると、ガラリと扉が開けられ誰かが教室に入ってくる。
やや息の乱れたその声は、教室にいればどうなるかわかっていながらも待ち続けていた人物のものであった。
やっと来たのかあの野郎、と内心悪態をつきつつ、腕に顔を埋めたままそいつが来るのを待つ。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「おっはよー隼人くん、朝練お疲れ!」
「おはよ、ありがとな」
クラスメイトたちと挨拶を交わしながら、そいつは少しずつこちらへやってきて……
「比企谷も、おはよう。いい朝だね」
頭上から、やや明るめの強調された挨拶をされる。
気怠げに顔をあげれば、そこにはにこやかに笑顔を浮かべる葉山隼人がいた。
ふっとクラス中の喧騒が止んで、俺たち二人にクラスメイトたちの視線が集まっていく。
どうやらクラス一の人気者が噂の男にまた接触したことが気になるようで、皆聞き耳を立てている。
……さあ、作戦開始だ。
『……おう』
「相変わらず眠そうだけど、寝不足なのかい?」
『こちとらサッカー部のエースのお前と違って文化部なんでな。朝ゆっくり寝る時間はいくらでもある』
「はは、それなら安心だね」
互いに自然な風を装いながら、アイコンタクトをして事前に決めたやり取りを交わしていく。
とりあえず出だしは順調、昨日相談した通りの流れだ。このままミスらないよう慎重に続けよう。
「そうだ、暇なら
『……またカラオケでオールとかは勘弁だぞ。
「いいじゃないか、一緒に有志団体の発表を盛り上げた仲だろ?」
ざわり、と教室の空気が揺れた。
途端に静まり返っていた教室が再び喧騒に包まれ、そこかしこで内緒話を隣の人間と交わしあう。
無理もなかろう、これまで名前すら知らなかったぼっち(美少女の彼女持ち)とイケイケリア充がつるんでいるというのだ。
しかもおかしいことに、
「そうだし、あーしらもう友達みたいなもんっしょ?」
「うんうんっ!」
「あの日は楽しかったべ!」
すかさず窓際にいた三浦と由比ヶ浜、ついでに戸部からの援護射撃。どうやら根回しはうまくいったようだな。
外野からのフォローにさらにクラスメイトたちの間でざわつきが強まったところで、次の段階に進む。
『まあ、こっちも部活があるからな。そのうちにしてくれ』
「わかった。それじゃあ、今後ともよろしくな」
人好きのする笑顔を浮かべ、葉山は三浦たちの方へ行った。
……これでとりあえず、第一段階は終了か。
また机に突っ伏そうとすると、由比ヶ浜と視線が合う。
すると、あいつはこちらにだけ見えるようにピースをしてきた。
ニヒルな笑みを返しつつ、俺は騒ぐクラスメートたちを内心笑いながら腕を枕に目を閉じる。
……今回のメールに対する対抗策として、俺と葉山は一つの計画を考案した。
名付けて『ありもしない事実をありもしない真実で塗りつぶしてしまおう作戦』だ。
作戦の概要はつい先ほど見せたようにクラス、いや学年一の影響力を持つ葉山を利用した集団心理の操作である。
そもそも、なぜ人はチェーンメールの根も葉もない内容を信じてしまうのか?
それは明快単純、
真実が不確定だからこそ、メールを見た人間の憶測や妄想でいくらでも真偽を決めつけられるのだ。
ならば、当事者の方でアリバイを作ってしまえばいい。だが知名度がイマイチな俺だけでは成功する確率は低い。
そこでみんなの人気者の葉山くんの出番だ。文武両道かつ誠実で通っているあいつの言葉は信頼度が高い。
あのよく知らない男は嘘を言っているかもしれない、でもあの葉山くんが言うのなら……そういう思考を利用するのだ。
この作戦を思いついたきっかけは三浦が送ったメールにはなかった、大本に添付されていた写真。
由比ヶ浜を傷つけまいと配慮され外されたそれは、雪ノ下らしき女生徒が男とホテルに入っていくもの。
そして、最初にメールが流れ始めたのは三日前の夕方の頃。
人間は目に見える情報を関連付けようとする癖がある。故にあの写真を撮ってすぐにメールを拡散したと思っているだろう。
その憶測を領し、同じ時間に信頼度の高い情報筋からのアリバイを作ることでメールの内容を否定する。
根本的な解決にはならないものの、これで噂の沈静化程度はできるだろう。
あとはうやむやになっている間に、こっちで犯人を見つけ出す……必ずな。
「何を騒いどる。ほら、さっさとHR始めるぞー」
考え込んでいる間に、平塚先生がいない間の代わりの厚木がやってきた。
パンパンと手を叩く厚木に、騒いでいたクラスメイトどもは各々席に戻るのだった。
────
昨日とはまた一風変わった注目の中で一日を耐え抜き、やっとこさ放課後になる。
足取りも若干軽く部室につき、中に入ると女子二人がパソコンとにらめっこしてた。
『うす』
「あ、ヒッキーやっはろー」
「こんにちは八幡くん」
こちらを向いた二人によっと手をあげて、指定席に腰を下ろす。
机の上を確認すれば、マグカップが二つとお茶請けに千葉の名産お土産、濡れ煎餅。
濡れ煎餅を一枚取りつつ、ああだこうだとメールについて議論する二人を眺める。
『なんかメール来てんのか?』
「うん、これなんだけどね」
俺に見えるよう一をずらされたパソコンを覗き込み、メールを読んだ。
【PN:めぐ☆めぐさんからの相談】
体育祭を盛り上げるためのアイデアを募集しています。それと、今年で最後なので絶対勝ちたいです!
煎餅をかじりながら、初めてのまともなメールの内容に感心する。
『そういえばもう体育祭か』
「だねー……あのメールのことで忘れかけてたよ」
「はた迷惑な話ね」
全くもってその通りだ。元の平穏な学校生活はどこにいったんだろうか。
それはともかく、体育祭か。
リア充どもにとっては青春を謳歌する機会、特に体育会系の奴らは女子へのアピールチャンスになるとかなんとか。
他所の学校では春や夏にやるところも多いそうだが、うちでは秋から冬への移り変わりの節目のような役割がある。
さらに俺たち二年生は冬になるとすぐ修学旅行があるので、休む間も無くイベントが目白押しだ。
「それにしても驚いたわ」
「うんうん、そうだよね」
『ん? 何がだ』
雪ノ下と由比ヶ浜はなんとも予想外という顔をしている。
「まさか、あなたが葉山くんと協力するなんて。そのうち恐ろしい事件でも起こるのではないかしら」
「ヒッキーと隼人くん、仲悪そうだったから隼人くんから話聞いた時は本当にびっくりしたよ〜」
『あー……今回に限っては、あいつの協力は強力な手札になったからな』
問題解決のために効率的な手段を取っただけで、別にあいつと仲良くなったわけではないのだが。
むしろそんな日が来るというのなら、俺はいよいよ自分のたるみ具合にため息をつくに違いない。
『ま、あれだ。なるべく早く問題を終息させるためのやむを得ない判断だ。それ以外の意味はない』
「そうね。何はともあれ、頼りにしているわよ八幡くん」
『……おう』
ややタイムラグがあったのちに返答を返す。素直に頼られると、それはそれでなんか照れるもんだな。
「むー。二人とも仲良いし」
『お前にも感謝してるぞ。サンキューな』
「そ、そう? えへへ」
……相変わらずちょろいな。
(相変わらずちょろいわね)
由比ヶ浜のふにゃりとした笑顔を雪乃と見て和んでいると、トントンとリズミカルに扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
雪乃が声をかけると、ほんわかとした雰囲気を身にまとい一人の女子生徒が入室してきた。
キョロキョロと室内を見渡すたびに揺れる三つ編みおさげとヘアピンで止められた前髪、見覚えのある天然そうな佇まい。
城廻めぐり、三年生で我が総武高校の生徒会長様である。俺と雪乃は文実で一応面識があるな。
ひとしきり物珍しそうに部室の中を見渡してから、城廻先輩は俺たちの方を見てニコッと笑う。
「奉仕部ってここでいいのかな。体育祭のことで相談を送ったんだけど、直接話したほうがいいかなって思ってきたの」
体育祭、最後の……ああなるほど、確かに城廻先輩ならその内容にぴったり当てはまる。
「ええ、ここが奉仕部であっています。ようこそ、城廻先輩」
言いながらちらっとアイコンタクトする雪乃の意図を察し、立ち上がって椅子を一つ山から持ってくる。
『どうぞ』
「おっ、ありがとー比企谷くん」
先輩が椅子に腰を下ろし、雪乃が紙コップに紅茶を注いで差し出したところで話を聞く体制に入る。
「それで城廻先輩。以来の詳細をお聞かせ願えますか」
「うん。みんなに相談したいのはね、体育祭の男子と女子の目玉競技のアイデア出しなんだよ」
ピシッと指を立てていう城廻先輩。また漠然とした内容の以来だな……
例えば概要は決まってて詳細を詰める、とかなら具体性があるが、丸投げされるとこっちも困る。
「目玉競技って、例えばどんなものですか?」
「そういえば、去年はなんだったかしら……」
由比ヶ浜の質問にふむと顎に指を当てて考える雪乃。それに倣って俺も記憶を掘り返してみる。
確か去年は……あれだ、なんかダンボールとかで作った仮装した奴らが競争みたいなのしてたっけ。
「なんちゃらレースじゃなかった?」
「そうそう、正確にはコスプレースね。コスプレしてレースするっていうやつだったんだけど」
『ああ、そうでしたっけ』
「……あまり記憶に残ってないわね」
だろうな。あれやってる本人たちはともかく、側から見ると地味だったもん。
同じことを思っていたのか、「毎年地味なんだよねー」と足をプラプラさせながらぼやく城廻先輩。
「でも、だからこそ今年は派手なのをやりたくてさ。なんといっても、私たち三年生はラストだから」
ふんすと両手を握り、ほんわかとした空気はそのままにやる気をみなぎらせる城廻先輩。
この人としては、最後の体育祭を良い思い出として高校生活というアルバムの一ページに刻みたいのだろう。
……来年、か。俺たちはその頃何をしているのか、などと思い更けるのは気が早すぎるだろうか。
今の所考えられるのはこの居心地のいい場所がそのままあればいいな、くらいか。
「それで、アイデアはいつ頃までに出せば良いのでしょうか」
「それなんだけど、体育祭運営委員の会議が明日あるからそこで考えるんじゃダメかな?」
「はぁ、それは構いませんが……」
またこちらを一瞬見る雪乃。なんとなく言わんとしていることを察して、俺も出るという意を込めて頷く。
俺たちのやりとりでわかったのか、由比ヶ浜もブンブン大げさに頷いた。懐いた相手にひっついてく犬みたいだ。
『そういえば、委員長は決まってるんですか?結構大事なことだと思うんですけど』
文化祭はトップがいい加減だったせいで割りを食ったからな。校内だけのイベントとはいえ、そこが心配だ。
すると、城廻先輩は笑っているような、はたまた心配するような、なんとも微妙な顔で視線を彷徨わせた。
「どうかしましたか先輩。何か問題でも?」
「もしかして、まだ決まってないとか……」
「いやー、決まってはいるんだけどねー」
俺たちは顔を見合わせ、首をかしげる。ならどうしてそんなリアクションをしてるんだろうか?
しばらく言い淀んだのち、城廻先輩はふうと諦めたようにため息を吐くと俺たちに向き直った。
「実はね──」
────
ひんやりと肌寒い廊下を、一人ゆっくりと歩いていく。
紅茶を作るのに使う水がなくなったので、雪乃に購買で買ってくるように頼まれた。
この学校の購買は運動部の奴らのために、最終下校時刻まではパートのおばちゃんが在中している。
学校の近くにコンビニがない以上、俺としては校内から出るのも面倒くさかったので助かった。
……運動部、か。
『まさか、相模が委員長に立候補するとはな……』
今回の体育祭実行委員会の委員長、それに相模南が立候補したらしい。
いや、正確にはいつの間にか城廻先輩の作った募集のところに相模が推薦されていた、といったほうが正しい。
なんでも校内掲示、HPへの記載、プリント配布、教師からの通知、先輩のブログ……などなど多岐にわたってお知らせしていたらしい。
そのうちの一つに相模の名前が応募されていたらしく、本人に確認してもそんなことをした覚えはなし。
先輩も迷ってしばらく様子見していたそうだが、他の立候補が出ないのでそのまま決定してしまったとか。
最初は訳が分からず泣きべそかいてた相模も最終的にやけになって了承してしまった……というのが現状だ。
……応募したのに相模が嘘をついている可能性は、おそらく低いだろう。
確かに相模は文化祭で自分の無責任さに気づき、反省して少しは成長できたのかもしれない。
しかし、だからといってこんな短期間で過去に犯した過ちに再チャレンジしようと思うほど強くはない。
人間はそう簡単に本質を変えることはできない。もしそんな簡単にできたら、今頃、世界中聖人ばかりだ。
『あいつも災難だな……』
一体誰の嫌がらせか知らんが、ちょっとマシな人間になった途端にこれとは。
自分の今の状況と重ね合わせ、なぜか作為的なものを感じるのは俺も人間らしい習性がついているのか。
それは置いとくとして……城廻先輩は依頼の他にも、俺たちが無理をしない範囲で相模のサポートしてほしいと頼んできた。
相談の末、俺たちはその依頼を受けることにした。ちなみに今回もしっかりとあいつらの監視付きらしい。
……まあ今回は規模が小さいし、前回の失敗からコツは掴めたから平気だろう。
などと考えているうちに購買に着いたので、二リットルの天然水を二本ほど買う。
ずっしりと重いビニール袋を引っさげて来た道を引き返すと、ふとあることを思い出す。
『……そういや、教室に本忘れてきた』
部室で続きを読もうと思って、うっかり机に置いてきちまった。
幸い部活終了まではまだ時間があるし、帰り道にとってから部室に戻るか。
ラインで少し帰るのが遅くなる旨を雪乃に伝え、返事が返ってきたところで角を曲がる。
「きゃっ」
「っ」
そこで誰かにぶつかった。
強靭な体幹で微動だにしなかった俺に対して、あちらは甲高い声をあげて転んでしまう。
『すまん、よそ見してた。平気か?』
首輪の音声を優しめに、空いている方の手を差し出す。
「いえ、こちらこそ注意するべきでした。すみません」
俺の手をとって、その女生徒は立った。
立ち上がった女生徒は、三浦ほどでないにしろ派手目な金髪をサイドテールにまとめ、ギャルっぽい出で立ちをしていた。
リボンの色からして一年だろうか。小綺麗な顔にナチュラルメイク、大きめのピンク色のカーディガンに短いスカート。
葉山グループの面々を見てわかる通り、進学校にしてはうちは見た目に関する校則がかなり緩い。
そのため、こういった格好も珍しくはないが……なぜだろう。
こいつを見ていると、寒気がする。
「それでは……」
俺の謎の感覚などつゆ知らず、後輩らしき女生徒は早足に隣を駆け抜けていった。
「私のプレゼントは楽しんでくれてますか?」
「っ!?」
俺の出せる最速で振り返った時、すでにそこに女生徒はいなかった。
まるで最初から存在しなかったかのように、夕日に照らされオレンジ色に染まった廊下には影一つ無い。
『……なんだったんだ?』
幻でも見たのだろうか。いや、この体位限ってそんなことはあり得まい。
プレゼント……意味がわからん。あの女生徒とは全く、事故のことを知る前の由比ヶ浜レベルに面識がない。
体育祭とメールの件で割と疲れた頭は理解不能な面倒ごとと切り捨てて、教室へと足を進める。
手際よく本を回収して、俺は謎の女のことを頭の隅に追いやり部室に戻るのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
こういった形での葉山との協力になりました。
体育祭編とオリジナルを並行して進めていきます。
そして、謎の女の正体はいかに?
感想をお待ちしております。