声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。
今回は今度こそ、多分三部構成の話。

楽しんでいただけると嬉しいです。


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↑前の章のイラストです


80.そして、惨劇の幕は開く。 序

 千葉郊外、そこに幾つか残存する廃ビル。

 

 

 

 かつて現代建築だったものの一つを、不法に占拠しているものたちがいた。

 

 戦闘用の装備と統一された銃を携えたその集団は、等間隔にビルの周囲を取り囲み警戒にあたっている。

 

 厳重な警備で守られたそのビルの中では、とある取引が行われていた。

 

「こんばんは。良い夜ですね」

「……遅いぞ。この俺を待たせやがって」

 

 瓦礫やテーブル、椅子などが転がる一階広間に二人の護衛を伴い、白衣姿の男がやってくる。

 

 苛立たしげに返すのは、首から下を全て覆う黒い服……《ノスフェラトゥ》製の特殊スーツのフードを取り払う男。

 

 露わになった顔には上半分を隠す仮面をもってなおわかるほどの怒りと、そして焦りを滲んでいた。

 

「で、ブツは用意してあるんだろうな?」

「まあ、落ち着いて。まずは取引と参りましょう。あなたこそ、しっかりと要求したものはあるのでしょうね?」

 

 ふん、と鼻を鳴らしたノスフェラトゥ隊員は、左手に携えたアタッシュケースを男に突き出した。

 

「この中に組織の情報をコピーしたチップが入ってる。俺の権限じゃこの千葉が限界だったが、文句を言うなよ」

「もちろんですとも。おい、あれを」

 

 護衛の一人が前に歩み出て、同じような形状をしたアタッシュケースを二つ差し出した。

 

 隊員は待っていましたと言わんばかりにケースを奪い去り、自分のを白衣の男へと投げ渡した。

 

「おっと。くく、取引成立ですね。これで《博士》もお喜びになるでしょう」

「だろうよ。俺も儲けさせてもらった」

 

 ケースの中に入っているであろう大金を思い浮かべ、露出した口に醜悪な笑みを浮かべる隊員。

 

 この男、実力はそれなりにあるものの性格に難があり、同じ隊員を極度に見下す傾向があった。

 

 他の隊員から苦情の届け出を度々受けていたため、上層部は男を実働部隊から記録整理課へと左遷。

 

 不当な評価を受けていると思い違いをした男は、この見るからに怪しい輩との取引に乗ったのである。

 

「さて、これで用は済みました。私はお暇させていただきましょう」

「ああ。俺も〝奴ら〟に見つかる前にずらかるとするか」

「〝奴ら〟?」

 

 隊員の発言に男が眉を潜めた、その瞬間だった。

 

「アルファ隊、応答せよ。繰り返す、応答せよ」

 

 護衛の片方が耳につけた無線に手を当て、少し焦った様子で繰り返し返答を要求する。

 

「おい、一体どうした?」

「いえ、それが突然悲鳴のようなものが聞こえたと思ったら、連絡が……」

「何?」

 

 訝しむ白衣の男。その会話を聞いて、ノスフェラトゥ隊員は最悪の事態が起こったことを悟った。

 

 それを証明するように、外の警備の残り半分を統括している方の護衛も声を荒げて無線に話しかけていた。

 

「ベータ隊、何が起きている!?今すぐ報告しろ!」

『わ、わかりません!突然何かが光ったと思ったら、隊員の首がーーかぺっ?』

 

 突然言葉が途切れ、あちらの無線機が硬い何かに当たって砕ける音がした。

 

『な、なんだ!?どこから攻撃してる!?』

『ひっ、来るな、来るなぁああああああああああっ!!!』

「くそっ!」

 

 部下の悲鳴、轟く銃声、そして断末魔。ブツリと切れた無線を苛立たしげに外す。

 

 それはアルファ隊を率いていた方の護衛も同じであり、四人全員が何者かの襲撃を受けていることを理解した。

 

「ここにいてください、私が偵察してきます」

「頼みましたよ」

 

 護衛らはアイコンタクトを交わし、片方が足早に広場を出ていく。

 

 残った護衛は白衣の男と、何故か縮こまって動かなくなったノスフェラトゥ隊員の防衛に回った。

 

 

 

「ぎゃぁああああああああああ!?」

 

 

 

「いやだ、死にたくない死にたくない死にたくないィィイイイイ!?」

 

 

 

「なんなんだよ、なんなんだよぉおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

 

 

 その後も絶え間なく銃撃と断末魔の叫びが外から響いていたが、やがて少しずつ、一つ一つと止んでいった。

 

 護衛が出て行って、五分ほどした頃だろうか。完全に周囲が沈黙に包まれ、全滅したことがわかった。

 

「くそ、なんだってんだ。うちの《研究所》でも最高の精鋭部隊だぞ!?そもそもどうやってここが……!」

「……ふむ」

 

 焦る護衛の口走った言葉に、やや冷静な白衣の男はノスフェラトゥ隊員を見た。

 

「く、来る……奴らが来る……!」

「失礼、質問をよろしいですか?」

「ひっ!?」

 

 大仰に体を震わせ、過敏に反応するノスフェラトゥ隊員。

 

 先ほどまでの尊大な態度は何処へやら、振り返った顔にはじっとりと大量の冷や汗が浮かび、口は恐怖に引きつっている。

 

 あまりに過剰な怯え振りに、男は隊員がこの事態の原因を知っていることを確信した。

 

「今貴方は、来ると言いましたね?何が我々を襲っているのかをご存じで?」

「あ、ああ……!」

「では、それについての情報は?」

 

 それ聞かれた途端、ピタリと隊員の体の震えが止まった。

 

 次の瞬間にはタガが外れたように笑い出し、恐怖を少しでも抑え込むように金入りのケースを握りしめる。

 

「ひ、ひひひひひ。情報などあるものか」

「何故?何が来るのか知っているのでは?」

「ああそうさ、知っている……だが俺が知っているのは、奴らが裏切り者を許さないということだけだ!」

 

 ……そう、彼は知っている。

 

 人と人ならざるものが入り混じり、混沌の中生きるこの世界の秩序を保つため、外道を粛清する殺し屋たち。

 

 そして内部より組織の存在に害を及ぼす者が現れたとき、その首を刈りに来る《死神》が動き出すことを。

 

「チッ、使えない」

「お、おい待て、どこに行くつもりだ!?」

「逃げるんですよ。貴方もそうしてはいかがですか?それでも最恐の暗殺組織のエージェ」

 

 

 

シュパ……

 

 

 

 最後まで男が言い切ることはできなかった。

 

 立ち上がりかけていた体から、迷惑そうな表情のまま頭がずれて落ちる。

 

 それはノスフェラトゥ隊員の前まで転がっていき、動かす筋力を失った眼球と舌がだらんと力なくこぼれ落ちた。

 

「ひいっ!?」

 

 悲鳴を上げて後ずさる隊員。しかし後ろには柱があり、すぐに背中をぶつけることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かーごーめー……かーごーめー…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこからか、声が聞こえた。

 

 血の底から滲み出すような、耳朶を震わせる悍しいその歌声にノスフェラトゥ隊員は広間の中を見渡した。

 

 だが、そこには不気味な暗がりと、いつの間にか白衣の男同様、首のなくなった護衛の死体が転がっているのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………かーごのなーかーの………とーりーはー………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、誰だ!出てこいよぉ!」

 

 恐れを色濃く含んだ声音で叫ぶ男を嘲笑うように、おどろおどろしい声は歌い続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…いーつー…………いーつー……でーやーるー…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、助けてくれぇ……俺はただ、扱いに不満があっただけなんだぁ……!」

 

 極限の恐怖に、ついには言い訳を始める隊員。

 

 その言葉に応えたか、重々しい音を立てて何かが窓から隊員の近くへと投げ込まれた。

 

 もしや生き残った仲間が、と一縷の希望を持った隊員が見たものはーー目を見開いて絶命した、人間の生首。

 

「っ!!?」

 

 予想外の贈り物に、ひゅっと声にならない声を喉奥に飲む。

 

 よほどその反応が面白かったのか、立て続けに二つ、さらに反対の窓から三つ首が投げ入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よーあーけーのー………ばーんーにー…………つーるとかーめが……すーべった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それだけでは終わらない。

 

 歌が歌われるたび、また一つ、また一つと隊員を取り囲むようにして首が投げられ、円陣を作っていく。

 

「やめてくれぇ……! 反省するから、心を入れ替えるからぁ!」

 

 みっともなく泣き叫ぶ男。そこには既に自分の力に傲り、他者を見下し続けた人間の面影はない。

 

 だがもう遅い。

 

 それが囲いだと、自分の処刑台だと気がついたときには既に……首には鎌がかけられているのだから。

 

 

 

 

ピッ!

 

 

 

 

「くぴっ?」

後ろの正面、だあれ?

 

 最後の一節とともに、暗闇から這い寄るように光が煌めいた。

 

 一拍遅れて、男の首に斜めに赤い線が走る。そして()()()()()()()()()()()地に落ちた。

 

 地響きを立てる柱に首を失った体が押しつぶされ、それとは裏腹に軽い音を立てて首は吹き飛ばされる。

 

 ゴロゴロと転がっていくそれを、物陰から現れたヒールが受け止めた。

 

「その仮面に隠したものが信念ではなく欲望へ変わった時点で、貴方は死刑台送り決定よ」

 

 

 

 その時、雲が流れ、ビルの広間に一筋の月光が差し込んだ。

 

 

 

 照らし出されたのは、隊員だった肉塊とよく似た黒いスーツを纏う狐面の女。

 

 

 

 彫刻の如き完璧な肉体の上を走る鮮やかな紫色の光線は、魅惑的な曲線の上に一輪の大きな紫陽花を描く。

 

 

 

「まったく、貴方のようなクズが同僚だったと思うと吐き気がするわ」

 

 呆れたようにノイズの混じる声で嗤う彼女は、しなやかな足で呆けた顔の生首を足蹴にした。

 

 転がるその行先には興味がないようで、踵を返して白衣の男の握っているアタッシュケースを取り上げる。

 

「そもそも、貴方程度の木端エージェントが持つ権限で重要な情報が閲覧できるわけないでしょうに」

 

 アタッシュケースを開けて中から取り出したチップを、あっさりと握り潰す。

 

 隊員が金の代わりに盗めたと思っていたものは、こういった裏切り者のために何百と用意されたダミーの一つだった。

 

「まっ、そのおかげで私はお給料がもらえるんだし。そこだけは貴方に感謝するわ」

 

 欠片のついた手を払い、無感情に肉塊に向かって最後の言葉を送る女。

 

 それから腰につけた小さな円盤を取り外し、真ん中のスイッチを押して肉塊に向けて放り投げる。

 

 音を立てて瓦礫の間に挟まった円盤は、数秒の点滅の後に業火で肉塊もろともその場を燃え上がらせる。

 

 あらゆる環境に適応した特殊スーツさえ容易く溶かすその炎は、あっという間に肉塊を骨の髄まで炭に変えたのだった。

 

「おお、さすがは《Dr.津西》の新発明♪ お姉さん楽できて嬉しいな」

 

 彼女の仕事はここまでだ。ビルの周囲に転がっている死体は処理班が片付けてくれるだろう。

 

 そうして女がその場を後にしようとした時……転がっている男の白衣のポケットから着信音が鳴り響く。

 

 普段なら無視するところではあるが、最近あることで機嫌の良い彼女は立ち止まって死体を見下ろす。

 

「……まあ、サービス残業と思っておこうかな」

 

 

 シュッ!

 

 

 目にも止まらぬ速さで足が振り抜かれ、ポケットの部分のみが切り裂かれて携帯が出てくる。

 

 地面の上でなおも震える携帯を破壊するために手に取った彼女は、そこで動きを止めた。

 

「……《津西博士》?」

 

 スマートフォンの画面に表示されたその名前は、彼女にとってあまりに特別だった。

 

 一瞬のうちに、脳裏をあの日の記憶が駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 至る所に血の海が広がった廊下。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点滅する電球の下で、怒りとも悲しみとも取れる唸り声を上げる小さな怪物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫び、襲いくる怪物に、次々と屠られていく隊員たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして半狂乱に陥った自分は、咄嗟に飛びかかってきた小鬼の()()()()()ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 そこまで思い出してかぶりを振り、彼女は頭の中のイメージを打ち消す。

 

 現実に意識を引き戻した彼女は、一瞬のうちにいくつもの思考を展開し電話を受けるかどうか検討する。

 

 やがて、まだ震えているスマートフォンの着信ボタンを押して耳に当てがった。

 

「……もしもし」

『ンはじめまして〝ノスフェラトゥ〟のお嬢さん!実に見事な手際でした!さすがは組織の腐敗を断つ《 陽炎(カゲロウ) 》の頭目ですねぇ!』

 

 帰ってきたのは、ハイテンションな男の声だった。

 

 神経を逆撫でするようなその声に仮面の下で顔をしかめながらも、彼女は冷徹に問いかける。

 

「こんばんは、最悪の生物学者さん。それとも津西博士と呼んだほうがいいかしら?」

『おやおやぁ?どうやら私の名も随分と売れてきたようだ。かの()()()()()()()()に知っていただけているとは恐悦至極!』

 

 男の言葉に、彼女は……否、()()()()()は悟られぬよう息を飲む。

 

(この男、私のことを知っている? いいえ、それ以前に《 陽炎(カゲロウ) 》は組織の創立以来数百年に渡り、その存在を秘匿されてきた。なのにどうして……)

 

 内部ですら、構成員から技能に渡るまでありとあらゆる情報を秘匿され、徹底的に隠された素性を初めて見破られた。

 

 そのことに動揺を隠せないながらも、なんとか陽乃は男との対話を続行する。

 

『ああそうそう、()()()()()()()?』

「そんなことを聞いてどうするの?」

『いえいえ、その様子ですと生きているようで。さすがの私も肉親は心配でねえ』

「そう……で、どうやって私のことを見ていたの?姿は完全に消していたはずだけど?」

『ンンン、私の素ン晴らしい力を自慢したいところではありますが、種を明かしてしまうにはまだ早すぎる。またの機会にいたしましょう』

「そう、答える気は無いのね……それで?私がここにいることを知っているということは、こうなることも予期していたわね?最初から私と話すのが目的?」

『エクセレントッ!実に頭の回転が速い!』

 

 またも叫ぶ男。耳障りな高音程に陽乃は口元を引きつらせつつ、無言を貫いた。

 

『ええ、実は本日はお知らせに参りまして』

「お知らせ?」

『ええ、これから私は千葉でとても素ン晴らしい実験をする!その舞台の役者である貴女には是非ともお伝えしたかったのです!』

「……いったい何をする気?」

『いずれ分かりますよ。ではまた会いましょう!今度はちゃんと生身でねぇ!』

 

 その言葉を最後に、通話は切られた。

 

 

 陽乃はゆっくりと腕を下ろし……バギッ!と激しい音を立ててスマートフォンを勢いよく握りつぶす。

 

「上等よ。何をする気か知らないけど、受けて立とうじゃない」

 

 陽乃は連絡用の端末を取り出すと、会話の内容を子細に記録してノスフェラトゥの本部へと送信する。

 

 それを終えた後に……やや躊躇いがちに、端末を操作して《 陽炎(カゲロウ) 》の連絡先のリストを開いた。

 

「本人の希望もあるし、本当はそっとしておきたいけど……ごめんね、私一人じゃ手が足りなそうだから」

 

 そのうちの一つに、警戒及び出動命令のメールを送信する。

 

 どうやらまだ起きていたようで、すぐに返信は返ってきた。

 

 端末を腰のポーチにしまい、陽乃はふと窓の外にある月を見る。

 

「あの男が動き出したということは、比企谷くんも必ず巻き込まれるはず……いいえ、むしろ主役と言っていい」

 

 陽乃の言葉は限りなく正解であった。

 

 なぜなら彼女よりもずっと直接的に、八幡はあの男と因縁深いのだから。

 

「お姉さんも頑張るから、ちゃんと雪乃ちゃんを守るんだぞ。未来の義弟くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰に聞かせるでもない呟きを残し、陽乃は暗闇の中へと消えていった。




読んでいただき、ありがとうございます。
不気味な感じの表現ってなかなか難しいなぁ。

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