さあ、本番だ。
楽しんでいただけると嬉しいです。
チャイムが終業を告げ、四限が終わる。
途端に張り詰めた空気は弛緩し、教材を片付けるのもそこそこに皆昼食の準備に移った。
あるものは購買に向かって教室をとびだし、あるものは机を寄せ合い、あるものは他の教室に向かう。
いつもと変わらない二年F組の光景。
かくいう俺も教材とノートを鞄にしまうと、ふと窓の外を見た。
『げ。雨降ってるじゃねえか』
授業に集中しているうちに、外はざあざあと大ぶりの雨粒が降り注いでいる。
朝から妙に天気が悪くて嫌な予感がするとは思ってたが、まさかこんな大雨になるとはな。
困った。これじゃあベストプレイスが使えない。
いやまあ、葉山との共同作戦の成果が出始めているのか、明らかにクラスメイトの関心は薄れている。
だから特別教室にいたくない理由はないが、どうすっかな。買った本は昨日で全部読みつくしちまったし……
『なんかいい場所はないものか……』
「ねえねえ、ヒッキー」
悩んでいると、声をかけられる。
顔を上げれば、そこにはニコニコと笑顔を浮かべる由比ヶ浜。しかし今日はどことなく三割り増しに明るく見える。
『なんかいいことでもあったのか?』
「へ? どうして?」
『……いや、なんでもない。で、何の用だ』
「あ、そうだった。たまにはあたしたちと一緒に食べない?ほら、ヒッキーいつもどっか行っちゃうしさ」
由比ヶ浜の申し出に、ふむと窓際に陣取っている葉山グループを見やる。
すると由比ヶ浜がいるせいか全員こっちを見ており、会話を聞いていたのだろう。手招きをしてくる。
「ヒキタニくーん!一緒に食うべ!」
相変わらず戸部うるせえな……寡黙な大岡と頷き童貞風見鶏の大和は同調して頷いてるし。
葉山も苦笑い気味になりつつも、空気を壊さないためなのか、来てもいいぞ?みたいな顔してる。
三浦はちょっときつい目線ながらも、どっちでも良さげだな。ここまで見れば、まあ行ってもいいかと思えるが……
「ハァハァ……はやはち……グフフ……」
……約一名ものすごく腐臭を放っているお方がいやがりますね、はい。
『あーいや、せっかく誘ってもらって悪いが一人で食うわ』
「そっか、残念。じゃあまた今度ね!」
『ああ、機会があったらな』
具体的には、あそこの腐海の住人がもう少し隠してくれたら行くのもやぶさかではない。
卒業までなさそうだなと思いつつ、由比ヶ浜を見送って再びどこで昼飯を食うか考える。
いっそ、奉仕部の部室に行ってみるか?
いやほら、最初は強制入部だったとはいえ俺も正式な部員なわけだし?別に使う権利はあると主張する。
……というのはまあ建前で、部室行ったら雪乃がいないかなとか思ってる自分がいる。俺も男だしな。
何気に付き合ってから恋人っぽいこと一回もしてないし、この機会にちょっとチャレンジしてみよう。
思い立ったが吉日……まあ外は雨だけど……、昼休みの時間も限られてるので、早速鞄を持って教室を出た。
昼休みの廊下は人通りが多く、購買部の争奪戦に向かうものや、すでに勝者となったものが窓際でパンを食ってだべってる。
陸上部もかくやなフォームで走る戦士たちにぶつからないようにしつつ、のらりくらりと部室に向かった。
特別棟に向かうにつれて人気は少なくなっていき、普通棟からの渡り廊下に差し掛かると無人となる。
10月の気温に加えて雨による肌寒さを感じながら、やっとこさ部室の前にたどり着いた。
ちょっとドキドキしつつ少し戸を引くと、目論見通り鍵はかかっておらず、中に人がいるのがわかる。
これ幸いと、そのまま最後まで扉を開け切った。
「……八幡くん?」
中で一人、いつもの定位置で本を読んでいた雪乃はキョトンとした顔で俺をみる。なにその顔可愛いな。
『うす』
「あ、ええ。こんにちは」
ちょっとテンパった様子で答える雪乃の様子を内心楽しんでいる、我ながら性格悪い俺ガイル。
状況に理解が追いついていない間に、俺も定位置に座って鞄から弁当箱を取り出す。
「……随分と珍しいわね? あなたがこんな時間にここへ来るなんて」
『まあ、この雨だしな。たまには気分転換もいいかと思っただけだ』
「そう。てっきり私に会いに来たと思っていたのだけれど」
ピタッと手が止まった。なにこの子、もしかしてエスパー能力に目覚めちゃったのん?
いや、別に陽乃さんはそういう力を持ってなかったし。ていうか力の大部分は長女に遺伝するんだっけ?
などと関係ないことを考えていると、図星だと悟ったのか、意地悪い笑みを浮かべていた雪乃が狼狽え始める。
「ま、まさか本当に会いに来たのかしら。全く困った男ね。いくら恋人だからといって、そんな大胆なことを……」
『一旦落ち着け。恥ずかしくなるとまくしたてる癖、昔から直ってねえのな』
意地悪モード(自称)にちょっと戻り、ニヤニヤと笑いながら首輪を使う。
すると、雪乃は赤い顔をふいっと恥ずかしそうに横へ向けた。そういう反応にいちいち心踊る俺は多分下衆だ。
「……きゅ、急に会いに来るからよ。今までそんなことしなかったくせに」
『いや、それに関してはすまん。気恥ずかしかったっつーか、どうしたらいいのかわからなかったっつーか』
今日はたまたま実行に移したものの、前々からそうしたいとは思いながらも動かなかった自分が情けない。
「……それだったら、卒業まで昼食はこの部屋でとりなさい。これは部長命令よ」
『まさかの部長命令かよ……』
「では……か、彼女命令よ」
……どうしよう、しおらしい恋人が可愛すぎてやばい。
リア充の皆さん、今まで爆発しろとか思ってごめんな。確かにこうしたくもなるわ。
『……へいへい。それなら仕方ねえな』
「それでいいのよ。あなたは私のものなのだから」
『そういうことは普通に言えるのな』
「だ、黙りなさい」
赤面する雪乃に笑い、何か言おうとしたその時だった。
雪乃の後ろの窓の外に、この部屋めがけて飛び込もうとする黒い影がいた。
『雪乃ッ!!』
「え?」
咄嗟に机上にあった雪乃の手を取り、机の縁を蹴っ飛ばして障害物をなくすと体ごと抱き寄せる。
そのままズレた机をもう一度蹴って退避した次の瞬間、けたたましい音を立てて窓ガラスが割れ、何者かが侵入した。
「きゃっ!?」
『くっ!』
椅子ごと倒れこんだのもつかの間、床の上で転がって右足を使い膝立ちの体制をとる。
なんとかバランスを取り戻してから、腕の中を見た。
『雪乃、平気か!?』
「え、ええ。それより、この行動はどういうことかしら?」
不思議そうに見上げてくる雪乃に、俺は侵入者を見やる。
俺の視線に気がついたように、うずくまっていたそいつはゆっくりと立ち上がった。
起き上がるにつれ、二メートル近い巨躯を持ち、SFチックなスーツを身につけていることがわかる。
「ハァアアァァァ……」
『こいつは……!?』
その顔には……鬼の顔を模したバイザーが取り付けられていた。
────
時間は少し、遡る。
「あはは、断られちゃった」
「結衣、ふられっちゃたねー」
「平気? あいつなんか変なこととか言わなかった?」
戻ってきたあたしに、姫菜と優美子がそういった。
笑ってる姫菜はともかく、優美子はぶっきらぼうな言い方だけど、あたしのことを心配してくれてるのがわかる。
「うん、大丈夫だよ。また機会があったらだって」
「そ。ならいいんじゃない」
「優美子は心配性だな」
「べ、別に私は……」
笑いかける隼人くんに、優美子はぽしょぽしょと口ごもる。相変わらず隼人くんの時だけ乙女だなあ。
「隼人くんのいう通りだべ?つーかヒキタニくん、雪ノ下さんのとこ行ったんじゃね?」
「戸部、デリカシーなさすぎだし。ちょっと黙れ」
「優美子さんマジキツいっしょ!?」
「いや、別にそんな気にしてないから本当に平気だよ?」
「そう?まあ結衣がいいならいいんだけどさ……」
「うん、心配してくれてありがと」
優美子はふん、と鼻を鳴らしてジュースをすする。相変わらず隼人くんの時以外だと素直じゃない。
それにしても、ゆきのんか。
戸部っちのいうことは、多分当たってる。ヒッキーはきっと奉仕部の部活に行ったんだろう。
だっていつもポーカーフェイスなヒッキーが、教室を出るときはとても楽しそうな目をしてたから。
それにちょっとだけ胸がチクってするけど、多分それはただの、あたしのまだ消え切らない未練。
でも、後悔しないと決めた。ずっとヒッキーの友達であり続けようと、そう自分で選んだんだ。
きっと、それがあたしにとっても、あの時苦しみながら答えてくれたヒッキーにも、一番いいことだから。
それを教えてくれたのは……
「……やとっち、今頃どうしてるかなぁ」
「え、誰それ?」
「お、なになに?もしかして新しい好きな人できた系!?」
「へえ、本当かい?」
「マジで?結衣、それうちの学校のやつ?」
「ち、違う違う!ただの友達!ちょっと相談乗ってもらったの!」
慌てて否定するけど、ニヤニヤした顔でわかってるよって言われる。うぅ、これ絶対勘違いされてる。
何日か前に出会った、不思議なあの男の子。
ヒッキーと瓜二つの顔してて、でも目は全然腐ってなかったからびっくりした。あっ、あと綺麗な青色だった。
ちょっと危ない人達に絡まれてたところを助けてくれて、同い年っぽいのにすごく落ち着いてて。
ヒッキーじゃないのに、ヒッキーと話してるみたいだった。
そういえば名字が平塚って言ってたけど、平塚先生と何か関係があるのかな?親戚だったり?
どこの学校に通ってるんだろう?それとも実はもう大学生とかで、一人暮らしとかしてるのかな?
……あれ、気がついたらやとっちのこと考えだしてる?
確かに助けてもらったけど、そんなすぐに次の恋に行けるほど、あたしは器用じゃなかったはずだ。
「んー……」
「結衣がまた百面相してる……」
「なのにちゃんとご飯は食べてるんだからすごいよねぇ」
まあ、あんまり考えても仕方がないよね。次に会えるのがいつかもわからないし……
「ん? なんだか廊下の方が騒がしいな」
「ほんとだね。なんかあったのかな?」
教室の向こうから、ザワザワした空気が伝わってくる。
さっきまでは昼休みなこともあって、いろんな声が聞こえてたんだけど……それとは何か違った。
「なになに、事件?」
「何か壊れたのかな?」
クラスメイトのみんなも、不思議そうに教室の外を見ている。
そんな中、少しずつ廊下の方から聞こえる騒ぎは近づいてきて、やがて聞こえてきたのは……
「……悲鳴?」
あたしか、姫菜か、優美子か、それとも他の誰かだったのか。
誰かがそう呟いた瞬間、大きな音を立てて教室のドアが開いた。
「………………」
入ってきたのは、ドアの上すれすれの大きな体の人。SF映画の中の人みたいな格好をして、鬼の仮面をつけてた。
「ひっ」
でも、誰かが小さく声をあげたのは、その人が変な格好をしてるからじゃ、ない。
全身に、べっとりと赤い何かがついていたから。その赤い何かがなんなのかが、わかってしまったから。
だって、その人の片手には……隣のクラスの子
見覚えのあるその顔に、あたしも、隼人くんたちも……ううん、ここにいるみんな息を飲む。
「あ、あの……映画の撮影、とかです……よね……?」
みんながその人を見て顔を青ざめさせる中、近くにいた男の子がそう話しかけた。
それは多分、そうあってほしいっていう思いから来たものなんだって、こんなときなのに想像しちゃう。
「…………」
その人は、ゆっくりと男の子を見て。
プチュッ。
「え」
また、誰かが声を漏らした。
男の子の頭が、なくなった。
頭があった場所には鬼のお面の人の手があって、壁に何かねっとりとしたものが飛び散っている。
そして震えてた男の子の体が、べちゃっと音を立てて地面に転がった、その瞬間。
「い、いやぁぁぁぁぁぁああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ──────ッッ!!!!!???」
誰かが、金切り声をあげた。
それにつられるようにみんなが驚いて、悲鳴をあげてその人から遠ざかってく。
みんながこっちにくるなか、窓際にいたあたしたちもガラスに背中を貼り付けるようにして身を引く。
「キ、キキキ」
その声を聞いて、ピタリと動きを止めた。
時間がすごくゆっくりになったみたいに、みんなが振り返る。
「クキ、クキキキ、クキキキキキキキキキキキキ」
その人は、笑っていた。
男の子の頭だったものを握った手を開いては閉じて、それを見てとても楽しそうに笑い声をあげる。
しばらくしてから床にうつ伏せになった体を見て、それから私たちの方を、ゆっくりと振り返る。
その瞬間わかってしまった。
次は、あたしたちの番だって。
────
「ふふん♪」
雨の中を鼻歌交じりに歩く。
今日はちゃんと卵を買うことができた。しかも運よく一人3パックまで半額だったのだ。
卵料理は奥深く、作るのが楽しい。静さんの好みもちょっとわかってきたので、ますます張り切れる。
「それにしても、すごい雨だな……」
まるであの日のようだ。静さんと出会った、僕が八兎になれた日。
雨を好まない人間は多いようだけど、僕は好きだ。まあ鼻は効かなくなるから、その点は少し困るけど……
「およ?お義兄ちゃん?」
「ん?」
前から声をかけられた。今お兄ちゃんって言われた?
傘を少し持ち上げると、相手が見えるようになる。あちらも顔が見えるくらいに傘をあげていた。
小柄な女の子だった。昨日出会った由比ヶ浜さんと違って、可愛らしい感じだ。
中学生、っていうのかな。それくらいの歳で、また違ったセイフクだ……確か、セーラーフクかな?
片手にビニール袋を持っているのを見て、そういえばコンビニが近くにあったな、なんて思い出す。
「こんなとこでどしたの?珍しくお弁当忘れちゃった?ってそれは小町だった〜!」
「……あの、人違いじゃありませんか?」
もう少し傘をあげてちゃんと顔を見せると、笑っていたその子は目を見開く。
「目が腐ってない……ということはお義兄ちゃんじゃない…………でもそれにしては似すぎなような……?」
「えっと……」
「あっ、すみません!ちょっと義兄と似ていたもので!」
「ああ、そうでしたか」
そういえば、由比ヶ浜さんからもヒッキーさん?に似てるって言われたな。
もしかして僕の顔って、よくある顔なんだろうか?
静さんと由比ヶ浜さん以外の人間の顔は、あんまり区別がつかないからよくわからない。
「失礼しました。それでは……」
「はい」
互いに頭を下げて、お互いが来た方へと歩き出す。
「ん?」
そして隣を通り過ぎる時、ふとその子の〝匂い〟が気になった。
雨で気がつかなかったけど、その子からは僕とよく似た匂いがしたのだ。
「……って、何やってるんだ僕は」
立ち止まってその小さな背中を見つめ、これじゃあ中学生を盗み見する変質者だとハッとする。
そうして前を向こうとした時──先ほどとは比べ物にならないほどの強い《同族》の〝匂い〟を嗅ぎ取った。
「っ!!」
ばっと見上げると、雨と一緒に黒いスーツを着た《同族》が落ちてくるところだった。
その意識の先は──さっきの女の子!
「危ない!」
「え?」
ビキッ!!
折りたたんだ傘を力を込めて《同族》に投げうち、女の子の方へ駆け出す。
その子が振り返る前に、同じように力んだ両足でジャンプして押し倒した。
「きゃっ、ちょっと何するんですか!?警察呼びますよ!?」
「僕の後ろに隠れて!」
何やら叫んでいる女の子を背にかばい、地響きを立てて着地した《同族》を睨み据える。
「ハァァァアア……!」
握った傘を捻り潰し、道路の方へ投げ捨てた《同族》は濃い殺意のこもった赤い目で僕を捉えた。
心を落ち着かせ、《同族》の全身をくまなく見渡し情報を集める。
ウィルス活性化スーツに遠隔操作用のヘルメット、認識機能拡大と映像記録機能搭載のバイザー……
「試作品……いや、完成品か!?」
まさか、こんなに早く完成するなんて……!
「何あれ、コスプレ……?」
「君、今すぐ逃げろ。あれは人間が敵う相手じゃない」
「え、いや、あなたは……?」
「……僕は《同族》として、あれを殺さなくちゃ」
たとえ試作品で、遠く及ばない性能だとしても……!
「なるべく遠くに逃げるんだ、いいね!」
「あ、ちょっと!」
全身に力を込めて、《同族》めがけて走り出す。
体内のウィルスは僕の意思に従い活性化し、黒い血管が浮かぶのみならず肌が赤く染まっていった。
それを見て《同族》も僕のことを敵と認識したのだろう、唸り声をあげて全力で疾走を開始した。
「グルァァ!!」
「ふんっ!!!」
繰り出した拳が衝突し、激しい衝撃波が生まれる。
それはほんの一瞬雨を吹き飛ばし、近くにあった標識を根元からへし折った。
「はあぁぁ────っ!」
「アアァァァ!!!」
一回でどうにかなるはずもなく、地面にめり込んだ足を踏み出して攻撃を開始した。
互いの急所めがけて、殺す気で打ち出した攻撃はことごとくどちらかの攻撃を邪魔して届かない。
しかも悔しいことに、あちらはほんの少し余裕があるようだった。こっちは限りなく本気を出してるのに……!
「くっ!?」
「ガァァ!!!」
時間が経つごとに攻撃は苛烈さを増し、やがて捌ききれなくなって防戦一方に追い込まれていく。
「こ、のっ!」
「ギッ!?」
だが、やられっぱなしではない。拳を引き戻す隙を狙って手首を狙い、貫手の形にした右手を振るった。
限界に近い速度で振るったでは凶器となり、スーツごと《同族》の手首から先を刈り取る。
「ガァアアアァアッ!?」
「よし、これでッ!?」
しかし、そこで致命的なミスを犯してしまう。足が先の一撃で生まれた穴にはまったのだ。
「しまっ──」
「ゴルァッ!!」
「ぐぶっ……!?」
容赦無く打ち込まれた膝蹴りに、内臓がはじける感覚を覚える。
燃えるような痛みを感じたのもつかの間、僕は思いっきり吹っ飛んで壁に激突し、惨めに地に転がった。
「ごぽっ……まさか、これほどの性能差が……」
パワー、スピード、知覚能力、判断速度、反射神経……そのすべてが
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
声が聞こえる。走り寄ってきたその人は、僕の体を激しく揺さぶった。
血で汚れた瞼を開くと、さっきの女の子が心配そうに覗き込んでいた。
「早く、逃げて……じゃないと、げふっ……殺される……」
「それはあなたも同じじゃないですか!早く起きて!一緒に逃げましょう!?」
「僕は……いいから……君だけでも、早く……!」
くそ、修復が遅い。これでは再生しきる前にミンチにされてしまう。
せめて、この子だけでも逃さなくてはいけない。そう思って、元に戻った手で女の子の手を押した。
「クキ、クキキキキキキキキ!!!」
《同族》の楽しそうに笑う声が聞こえる。まずい、仕掛けてくるつもりだ!
「早く……!」
「……ああもう!お義兄ちゃんと同じで頑固だなぁ!」
ようやくその子は立ち上がった。よかった、これで僕が死ぬだけですむ。
そう思ったのに、なぜかその子は僕をかばうように眼の前に立ちはだかった。
「何を、して……!」
「小町、あんまりこれ好きじゃないのに……!」
「シ、ネェエエエエエエエエエエエエ!!」
女の子めがけ、爪を伸ばして襲いくる《同族》。まずい、このままじゃ……!
「死ぬのは……お前だっ!!」
「ケピッ?」
でも、僕の思った通りにはならなかった。
女の子が腕を振り抜いたと思ったら、《同族》の上半身がバラバラに弾け飛んだのだ。
あまり再生力は高くないのか、下半身だけになった《同族》は倒れて動かなくなってしまう。
唖然として女の子を見上げ、その振り上げられた手を見て目を見開いた。
「君は……僕と同じ……」
「あーもう、制服ダメになっちゃった。気に入ってたのに」
嫌そうに大きく、鋭くなった
振り返った顔の額には、美しい一本の黒い角が生えていて。
それを見た時、確信した。この子が僕と同じ……いや、紛れもない
「で、あなたは誰です?《同族》って言ってたけど、さっきの変なのの仲間ですか?」
腰に手を当てた女の子は、地べたを這いずる僕にそう問いかけた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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惨劇を始めよう。