声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。

今回がこの5話に渡る襲撃編の終わり。

楽しんでいただけると嬉しいです。


84.ようやく、事態は収束を迎える。 後

 

 

 

 

 雨が降りしきる校庭には、大勢の人間がひしめき合っている。

 

 

 

 

 

 それは生徒、教師、用務員なども含めた生き残ったもの全てであり、その数は800人以上に達する。

 

 また、その数は全校生徒の約8割。残る180余名の人間は……言うまでもあるまい。

 

「おい、警察はまだなのかよ!」

「もう嫌っ、家に帰りたいよ!」

「ねえ、弟がいないの!一年なんだけど、どこにいるか知らない!?」

 

 多くの傘で作られた屋根の下で、生徒は皆が一様に不安と恐怖に怯えている。

 

 未だ成人にも満たない子供である彼ら彼女らにとって、これはあまりに異常な事態であった。

 

 誰もが一度はテロリストが学校を占拠することを妄想するが、しかし現実になってほしいなどとは思わない。

 

 であれば、想像の限界すら超えたこの状況はまさしく悪夢に他ならないだろう。

 

 また、生きているからといって無事ではなく、重軽傷を負ったものもちらほらといることが更に空気を悪化させる。

 

 生存者の中でどうにかまだ正常な教師たちが、そんな子供たちをまとめようとしているのが現状であった。

 

 

 

 その中において数人、そのどちらとも違う様子の者達がいた。

 

 

 

 集団とは少し離れた位置に集まった彼らは、いずれもより直接的にあの怪物と対面した者たち。

 

 すなわち八幡、雪乃、結衣、小町、八兎、海老名の六人と……

 

「お待たせしました」

「今戻ったぞ」

 

 校舎の裏口から、他のものたちに見つからないようにいろはと材木座が戻ってきた。

 

「二人とも、残存している人はいたかしら?」

 

 戻ってきた二人に早速、雪乃が問いかける。

 

 対する彼女たちの返答は、お世辞にも芳しいものとは到底言えるものではなく。

 

「いいえ、一人もいません。これで全部みたいです」

「無論、彼奴らも一匹残らずいなかった。あとは全て……」

「そう……」

 

 その報告に雪乃は眉根を寄せ、近くで聞いていた他の者たち……海老名、結衣、小町も表情を沈める。

 

 彼らとて、悲しくないわけではない。

 

 雪乃や、特に小町などは他生徒と関わりがないが、それでも人命が失われたことへの悲壮はあった。

 

 一方で広く人脈を持っていた結衣の反応は劇的で、スカートの裾を握りしめて何かを堪えている。

 

「結衣……?」

「こんなのひどいよ……あたしたち、何もしてないのに……」

「由比ヶ浜さん……」

「結衣さん……」

 

 海老名と雪乃が、やや躊躇いがちに肩に手を置く。

 

 小町が優しく手を握った瞬間、それまで自制していたものが決壊し結衣は嗚咽を漏らし始めた。

 

「…………」

「…………」

 

 対照的に、反応を示さない者もいた。

 

 いや、示せないと言った方が正しいだろう。それよりも衝撃的なものが今、目の前にいるのだから。

 

 八幡と八兎は、この校庭で互いを初めて見てからずっと、無言で見つめあっていた。

 

 一方は折れた右腕をギプス代わりのブレザーで吊るし、一方は血が大きく滲んだシャツを着る。

 

 似たもの同士の……ある意味同じ彼らは、ひたすらに何かを探り合っている。

 

 互いの心か、力か、はたまた正体か……その答えは見ているだけの雪乃たちには、分かるはずもないこと。

 

「あのー、そろそろいいですかね?」

『……ああ』

「……うん」

 

 しかし無音の探り合いは、いろはが話しかけたことで終わりを告げる。

 

 磁石のように吸い寄せられていた目線を切り、八幡は意識の半分で聞いていたいろはの言葉を思い出す。

 

『これ以上生存者がいないようなら、そろそろ〝アレ〟をやるべきだろ。あまり心傷が深くなりすぎると支障が出る』

「ですね……」

『使用許可はもう下りてるのか?』

「はい、生存者の探索をしながら申請取りました」

 

 要領を得ない会話に、しかし何か重要だと悟った雪乃は結衣を二人に任せて近づく。

 

「二人とも、何の話をしているのかしら」

「この状況への対応策ですよ。まあ、疲れるんであまりやりたくないんですけど……」

 

 そう言いつつも、既に覚悟を決めたいろはは混乱の渦にある生徒たちを見渡し、決然とした顔で歩き出す。

 

 それを見送る八幡と材木座は互いの顔を見て、無言で頷き合うと材木座がいろはに付き従った。

 

「生徒諸君、一旦落ち着いて!警察には連絡しました!もう少しで救助が来るから、無断で行動しないように!」

 

 朝礼台の上では、一人の男が必死に生徒たちに呼びかけている真っ最中である。

 

 この総武高校の学校長たる彼は、長い教員生活の中で一度も経験したことのない事態の中で必死に自分にできることをしていた。

 

 もっとも、彼の尽力は〝組織〟によってしばし()()()()()()()以上は、その半分が意味のないものであるのだが。

 

「失礼しますね」

「校長、失礼仕る」

「む? 君たちは何だね?」

 

 その台の上に、いろはと材木座が昇った。

 

 マイクを通して校長の疑問の言葉はその場の全員にも行き渡り、未だに恐慌状態にある者以外はそちらを見る。

 

 注目が集まっていく中、コンタクトを取ったいろはは……もう一度、校長の目を見て言った。

 

 

 

 

 

「〝いいから、どいてください〟」

 

 

 

 

 

 ピンク色に染まった金眼が、強く輝きを増す。

 

「…………………………うむ、わかった」

 

 夢に囚われたかのように、校長はぼんやりとした顔で朝礼台を降りる。

 

 突然現れた女生徒の言うことに従った校長に、誰もが首を傾げた。特に教師陣はすぐに動き出す。

 

「おい君、今すぐそこを下りなさ……」

「〝静かにしてください〟」

「…………ああ、わかった」

 

 言葉の途中で、平塚は虚ろな表情になり大人しく引き下がる。

 

 同じくいろはの目を見たほかの教師たちも一様に同じ状態となり、幽鬼のように棒立ちになった。

 

 無事に〝掌握〟できたことを確認したいろはは、今度はざわつく生徒たちの方を振り向く。

 

 

 

「〝私の言葉を聞きなさい〟」

 

 

 

 たった、その一言。

 

 それだけで雑音の嵐だった校庭は、波が引いたように静まり返った。

 

 誰もが教師陣や校長と同じように、夢の中で浮かされているような表情で、いろはを熱の籠もった目で見つめる。

 

 唯一その範囲内にある雪乃は、突然の様子の変化を訝しげに見た。

 

「これは……どういうこと?一色さんは一体何をしたの?」

『アレがあいつの能力だ』

 

 横を振り向いた雪乃は、真剣な表情でいろはを見る八幡の横顔を見る。

 

「能力?」

『悟りって知ってるか?』

「ええ。確か日本の妖怪で、心に思ったことを全て言い当て、人の思考力を奪う妖怪だったかしら」

『さすがはユキペディアさんだ。あいつは父親が悟り妖怪で、伝承どおり心を読むことができる。やろうと思えば深層心理までな』

「そう、そんな超常的な力が……」

 

 常人が聞けば精神科を勧めるような言葉も、雪乃は平然とした態度で受け止めた。

 

 あるいは一年前の彼女ならば疑ったかもしれないが、既に雪乃はこの世界の裏側にあるものを知っている。

 

 自分の恋人や、そこにいる大切な友人の友が常軌を逸した存在であることを。

 

『そしてあいつの母親は……サキュバスだ。それも最強クラスのな』

「サキュバス……人間を誑かし、その精気を吸う悪魔ね」

『その通り。心を読み、心を惑わす力を持ったあいつは……人間の心を、好きなように操れる』

 

 悟り妖怪と隠魔の力を併せ持ついろはの力は、今まさに行使されようとしていた。

 

「〝私に心を委ねなさい〟」

 

 甘い、まるで麻薬の如き囁きに、男も女も関係なくその心を隠すことなく曝け出してしまう。

 

 途端に、その全てがいろはの目に写り込んだ。それまでひた隠しにされた何百人もの心が一斉に押し寄せてくる。

 

「っ…………!」

 

 あまりの情報量の多さに、さしものいろはも過度な負担がかかりその場で膝をついた。

 

「……一色嬢」

「平気、です……!」

 

 鼻血が流れるのも構わず、いろはは見たものの中からある一部……今日の記憶を選別した。

 

「〝私に、あなたたちの精を捧げなさい〟」

 

 大きく腕を広げ、自らの元へそれを招き寄せる。

 

 完全に心を陥落させている人間達は、例外なく了承し……その口から白い光が飛び出した。

 

 糸屑が寄り集まったようなそれが、いろはの手の中へと収束していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──へー、すごい。人の記憶を奪えるんだぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を見るものがいた。

 

 勢いを強める雨の中、屋上でファンシーな柄の傘を差したその少女は、手すりにもたれて校庭を見下ろす。

 

「精気を吸い取るってことは、命を吸うこと。記憶をその一部と認識してるんだぁ。あはは、すごぉい♪」

 

 楽しそうに、珍しいものを見た子供のようにころころと笑う。

 

「ギ、ァァァ……!」

「……うるさいなぁ。こっちは見物中なのにさぁ」

 

 表情を鬱陶しそうなものへと変えて、少女は後ろを振り返る。

 

 それなりの広さを誇る屋上は、至る所の石畳が砕け、陥没し、あるいは一つ下の階まで貫通していた。

 

 無残という他にないそこに、八幡や生徒たちに襲い掛かった怪物が生きたまま転がっていた。

 

 それも、四肢をもがれた状態で。芋虫のように這いずり、少女に憎悪の目を向けて叫び続けている。

 

「あーあ、ホンット気持ち悪い。こんなのが私たちの完成形なんて。出来損ないも出来損ない、劣化コピーもいいとこじゃん?」

 

 少し前の様子は何処へやら、心底からの侮蔑と嘲笑をその瞳に宿し、少女は怪物に近づく。

 

「ゴ、ロズゥ…………!」

「喋るなよ、キモいから」

 

 ガッ、と怪物の頭を踏む。

 

「キモい、キモい、キモい。キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい」

「ギッ、ガッ、ギィィィアアァ……!」

 

 何度も何度も、革靴の底で怪物の頭を踏みつける少女。

 

 何の躊躇もなく、まるで羽虫を踏み潰すが如き行為は、端的にそれへの彼女の嫌悪感を表していた。

 

 バイザーが砕け、メットが粉々になり……その中にあった、()()()()()()()()()が見えたところでようやく止まる。

 

「危ない危ない、生きたまま持って帰ってくるようにってご主人様に言われてたんだったぁ。虫以下の価値しかなくても、殺しちゃダメだよね♪」

 

 最後に思い切り顎を蹴り上げて、怪物を気絶させると少女は踵を返す。

 

 元いた場所まで戻り、最初にそうしていたように手すりに手をかけて校庭を見下ろした。

 

 すると、ちょうど全ての記憶を()()()いろはが倒れ、材木座に抱き留められる所であった。

 

「へぇ、容量もすごぉい。あの子は面白いからキープ♪」

 

 皿の上に乗った料理を見る時に似た表情で、材木座に背負われるいろはを見下ろす少女。

 

 その顔のまま、八幡の方へと視線を移して……そこであることに気づき、また眉根を寄せる。

 

「……ふぅん。あの人間、()()()()んだぁ」

 

 その視線の先には──驚いた表情で振り返る八幡たちに見られ、慌てふためく結衣がいる。

 

「何かしらの能力か、それとも単なる耐性か……まぁいっか。〝計画〟が始まれば死ぬでしょ」

 

 しかしどうやら一瞬で興味をなくしたようで、八幡へと視線を戻す。

 

「ふふ。まだまだこれからですよぉ」

 

 楽しそうに、本当に楽しみだといった顔で囁きかける。

 

 それは恍惚のようであり、まさに彼女にとっては愉悦であり、享楽であり、最大の甘露に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

「全力で楽しみましょうね──兄さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉の意味を知るものは、まだ誰もいなかった。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。
ここまでが序章。これからもっと大きくなっていきます。

コメントをいただけると嬉しいです。

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