声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。

今回はガハマさんの回。
 
楽しんでいただけると嬉しいです。


85.そうして少女は、世界の裏側を知る。

「う……ん」

 

 あれ、いつの間にか寝ちゃってた……。

 

「ふぁ……変な夢みたな……」

 

 突然変な人が教室に入ってきて、クラスメイトを殺す夢。

 

 その他にもいっぱい人が死んで、怪物を姫菜がやっつけて、少し前にできた友達に助けられたりもした。

 

 とにかくめちゃくちゃで、中二の仲のいい後輩の女の子がなんかすごいことをやってたような気もする。

 

 それで最後は、驚いた顔でヒッキーと姫菜が私を見て──

 

「……ここ、どこ?」

 

 目を開けると、そこはあたしの部屋じゃなかった。

 

 どこを見ても真っ白な、病室みたいなとこで、自分のものと思っていたベッドは少し固かった。

 

 服も制服じゃなくって、中学の時に予防注射をしに行った時に見た病服みたいなものを着てた。

 

「あれ……?」

 

 右手にブレスレットがついてた。なんか金属っぽくて、男の子が好きそうな感じのデザイン。

 

 買った覚えのないアクセサリーを見ていると、プシュって変な音がして思わず飛び上がった。

 

「あ、起きたんだ」

「姫菜……?」

 

 自動ドアみたいなものが開いてて、入ってきたのは学校の友達の姫菜だった。

 

 夢の中の黒いスーツじゃなくて普通の服を着た姫菜は、笑顔で近づいてくる。

 

「どう?気分が悪かったり、どこか痛むところはない?」

「う、うん」

「そ、良かった」

 

 あたしの前までやってきて、姫菜はこてんと首をかしげる。これは隣に座っていい?っていう合図だ。

 

 いまいちよくわからない状況だけど、とりあえず姫菜の顔を見てホッとしたのもあって頷く。

 

「ありがと。いやー、結構検査したから変なことになってなくてホッとしたよ」

「へ? 検査って?」

「まあ、色々ね。そう簡単に入れられないから」

 

 いろいろな検査?簡単に入れられない?一体、なんのことを言ってるんだろ?

 

 でも、あんま頭が良くないあたしでも姫菜がここがどこなのか知ってる、ってことくらいはわかった。

 

「ねえ姫菜、ここってどこなの?病院?」

「んー、外れ。知りたい?」

「まあ、そりゃあ知りたいよ」

「そっかー」

 

 んーと唸る姫菜。もしかして言いづらいところなのかな?

 

「まあどのみち話すことだし、パパッと本題に移ろっか」

「あ、うん」

 

 この悩むよりサクサク話を進める感じ、いつも通りの姫菜だ。

 

 チラチラと夢のこと思い出してたので、安心する。ただの夢のはずなのに、どうしてこんなに気になるんだろう。

 

 それからまた少しだけ考えた姫菜は、「よし」と言って早速説明をし始めた。

 

「んーとね、簡単に言うとここは政府の公共施設だよ」

「それって、国会議事堂みたいな?」

「そんな感じかな。でもあれと違って、国内でもトップシークレットの場所だけど」

「え?」

 

 そんな場所に今あたしいるの?なんで?

 

「本当は結衣も今ごろ、家のベッドの上で起きるはずだったんだけど……ちょっと事情があってね。連れてきたの」

「事情?」

「うん……ねえ結衣」

 

 そこで姫菜は、真剣な顔であたしを見てくる。

 

 勉強してる時か、男の子達を見て興奮する前よりも真面目なそれに、思わずごくっと唾を飲んだ。

 

「あなたには特別な才能がある……って言ったら、信じる?」

「へ?」

 

 特別な……才能?あたしに?

 

「いやいや、ないし!あたしとか空気読むのが取り柄みたいな?ほら、頭もあんま良くないしさ」

「ううん、結衣にはすごい力があるよ。まあ、何かに使えるってわけじゃないんだけどね」

「……冗談、だよね?」

 

 夢の中で見た姫菜の不思議な力や、八兎くんと小町ちゃんの姿を思い出してみる。

 

 まさか、あんな力があたしにあるわけがない。そもそもあれは夢で、現実にあんなのはありえない。

 

 全部あたしの妄想、ただの夢の中のもの……そう、どこか強く思いこうもうとする自分がいた。

 

「本当だよ?だってそれがあるから結衣はここにいるんだし……」

 

 そこで姫菜は、ベッドの横にあった小さい机に乗っていたコップを取る。

 

 そして次の瞬間……コップがみるみるうちに黒くなって、腐った木の幹みたいに崩れてしまった。

 

「私にも、あるしさ?」

「……嘘」

 

 嘘だ、そんなのあるはずがない。

 

 でも、今目の前で姫菜はコップを壊しちゃった。まるであの夢の中で……怪物を、腐らせて倒したみたいに。

 

 いいや違う、もうわかってる。

 

 夢だなんて言うのは、あたしのそうだったらいいのになっていうただの思いこみ……叶わないお願い。

 

 本当はあれは、夢なんかじゃなくて……

 

「み、みんな……みんな、死んで……!」

「落ち着いて。息を深く吸って?」

「……すぅー」

「はい、それじゃあ吐いて」

「はぁー……」

「ちょっと気分が楽になった?」

「……うん、ちょびっとだけ」

 

 でもそのかわりに、あれが夢なんかじゃないってことが嫌でもわかってしまう。

 

「……殺されたんだね。みんな」

 

 友達も、先生も、知らない人も……みんな、あの日に……

 

「……うん。沢山の人が死んだ。私一人じゃどうしようもないくらい、あの怪物達は殺していった」

 

 沈んだ顔で、姫菜は言う。

 

 それは一人であの怪物を倒した時とは全然違って……なんだか、遠くに行っていた姫菜が戻ってきた気がした。

 

 だからあたしは、意を決してこう聞いた。

 

「ねえ……姫菜は、何者なの?」

「……私は彼らを狩る側の人間。悪戯に世界の規律を乱し、人間やそれ以外の者達に仇なす存在を掃除する殺し屋」

 

 殺し屋……映画の中でしか聞いたことのないような職業を、友達から聞くとは思わなかった。

 

 でも、あの怪物や姫菜の力を思い出して、それがあたしをからかっているわけじゃないと思い直す。

 

「そして私たちが属するのが、そういった能力を持つ者たちを守り、世界の秩序を保つ組織。江戸時代以来続く、人妖共存のため世界の裏で暗躍する集団……〝ノスフェラトゥ〟っていうんだ」

「のす、ノスフェ……」

「あはは、別に覚えなくていいよ。みんな面倒臭くて〝組織〟って呼んでるし」

 

 そう言われて思わずほっとする。現役じぇーけー?のあたしだけど、横文字を覚えるのはあんまり得意じゃない。

 

「でも、本当にそんなものが現実にあるんだ……」

「まあ、信じられないよねー。私も最初に聞いた時は何それ?ってなったもん」

「あ、やっぱり?」

 

 うん、と頷いて姫菜は天井を見上げる。

 

「組織の始まりは、ずっと昔。今から何百年も前、人と人外……妖怪とか、UMAとか、あるいは単純にモンスターって呼ばれるそれ以外の者たちの間で、ある条約が結ばれた」

 

 姫菜曰く、ずっと昔……人間が知恵をつけた頃から、人と化け物の間では争いが続いていた。

 

 

 

 

 

 人が偉くなるために化け物を殺せば、化け物がその復讐で人を殺す。

 

 

 

 

 

 化け物が楽しむために人間を殺せば、その復讐で人が化け物を殺す。

 

 

 

 

 

 そう言ったことが何百年、何千年と続いて、一番それが酷かった戦国時代が終わった頃、あることが起きた。

 

「当時の日本に、外からあるものがやってきた。それは化け物を売り物にし、あるいは食べ物にして、しかも人を殺して楽しむ酷い集団」

「ええっ、そんな人たちが!?」

「うん。あまりに大きなその組織に、人と人外はやっと争うのをやめて、互いのトップの下で一つになった。それが当時将軍様に仕えており、唯一ある化け物と親交を持っていた雪ノ下家と……人外達の長だった鬼の一族」

「ゆきのんの、お家……」

 

 お金持ちだっていうのは知ってたけど……まさかそんな凄いものだったなんて知らなかった。

 

 そっか、だからゆきのんは後輩の子がみんなに何かやってても、ヒッキー達と一緒で驚いてなかったんだ。

 

「一騎当千の力を持つ人外たちと多くの数がいる人間たちは、何年もかかってその敵を倒した。それがきっかけになって、彼らは人と人外が入り乱れ、荒れたこの世界を平和にしようと組織を立ち上げたの」

「それが、のす、のす……」

「ノスフェラトゥ、ね」

「そう、それ!」

 

 うー、覚えにくい。

 

「それから時間をかけて組織は大きくなり、今や世界中に広がった。そして色々な訳ありの人や人外を保護し、また大きな罪を重ねすぎたものを粛清する。これが組織の全容」

「ほへー……」

 

 何を聞いても映画みたいな話だなぁ……

 

「ん? あれ?」

「うん?どうしたの結衣?」

「姫菜、さっき鬼の一族って言ったよね?」

 

 確か、あの時助けに来た小町ちゃんには角があって、まるで鬼みたいな……

 

「……もしかしてその鬼の一族って、比企谷って名字?」

「え、そうだけど……ああそっか、ヒキタニくんの妹ちゃんか。そう、最初の組織を倒した後もトップにいた鬼の一族は人と交わり、比企谷という姓を受けて人間社会の中で暮らすようになったらしいよ」

「そうなんだ……」

 

 ヒッキーが時々すんごい力持ちだったりしたのって、鬼だったからなんだ。

 

 でもそっかぁ、そんな昔からゆきのんのお家とヒッキーのお家って知り合いだったんだ。

 

 

 

 

 

 それって凄い運命的だ……最初からあたしが入り込む余地なんて、これっぽっちもないくらいに。

 

 

 

 

 

「それでまあ、組織の運営方針上公にはできないから、あらゆる国で秘匿されてるんだ」

 

 確かに、フィクションの中にしかいないと思ってたはずのものが現実にあったらあたしも混乱する。

 

「もしも一般人の目に晒された時の対処の一環として、記憶操作の能力を持った人による隠蔽もあるんだけど……」

 

 姫菜はまた真剣な顔で、私をまっすぐに見て。

 

「どうやら結衣には、そういった能力に対する耐性があるみたい」

「へ?」

 

 あ、そうだった。そういえばこれ、あたしに何か力があるって話だった。

 

「組織が保護する対象には、全部で5種類あるの。それぞれの分野に分けてカテゴライズされてる」

 

 右手の指を立てて、姫菜は説明してくれる。なんだかやけに説明上手だなー。

 

「一つ目は、先天的特異生命体……要するに元から人間じゃない人。二つ目は後天的特異生命体……何かがあって人外になった人」

「そんなことってあるの?」

「あるよ。呪いだったり、事故だったり……そう言った外的要因で人の枠を外れたもの。ちなみにヒキタニくんはこれね」

「あ、そうなんだ」

「で、三つ目は異能力保持者。私はこれなんだけど、いわゆるミュータントって呼ばれる人のこと」

「えっと、ハ◯クみたいな?」

 

 一番最初に浮かんだのはそれだった。前にヒッキーがゲーム機で格ゲーやってたから思い出したのかな?

 

「まあ、その認識でいいか。四つ目が地球外生命体……宇宙人だね」

「宇宙人までいるんだ……」

「そうだよー?全世界の人口の四割は人外だもの」

「そんなに!?」

 

 つまり半分くらいが人じゃないってことになるから……もしかして、学校にもまだいるのかな?

 

 いたとしたら、会ってみたいような、みたくないような……あの怪物みたいなのはぜーったい嫌だけど。

 

「で、最後の五つ目。これは前の四つと比べて力がなくて、でも一番数が少ない貴重なカテゴリー」

「もしかして、それが……」

「そう、結衣のカテゴライズされるカテゴリー5。なんの特徴も能力もないけど、異能力に対する耐性がある人」

 

 あの時のことを思い出す。

 

 後輩の子がみんなに何かをする中で、あたしだけはなんともなくてヒッキーたちが驚いていた。

 

 それがあたしの力なら……確かに凄い、のかもしれない。

 

「結衣は精神系の能力が通じないみたいだね。あんまり確認されてないからレアだよー?」

「そ、そうなんだ……」

 

 なんだろ、ちょっとワクワクしたけど姫菜の言った通りあんまり使い道はない気がする。

 

 こう、瞬間移動!みたいな感じだったら朝とか遅刻しないのになぁ。

 

「ということで、結衣がここにいる理由はその力を持っているから。保護対象には組織のことを説明する義務があるから、こうして私が来たの」

「……うん、わかった。説明してくれてありがとね、姫菜」

「いえいえ〜。ご清聴ありがとうございました」

 

 パン、と手を叩いて笑う姫菜に、あたしもつい教室で話す時みたいに吹き出す。

 

 そんなあたしを見た姫菜は、ふっとまた暗い顔をした。

 

「……ねえ結衣。この話を聞いて、貴女はどう思った?」

「どう、って?」

 

 鸚鵡返しに聞き返すと、姫菜は初めてためらうような顔をした。

 

 それでも真剣な目で、あたしに聞いてくる。

 

「あの怪物と同じ私たちが、怖い?それとも憎い?あるいは……殺したい?」

「……………………それは」

「正直に答えてね……あれだけ凄惨なものを見た貴女には、その権利があるから」

 

 ……怖くないっていうと、嘘になるのかな。

 

 だってあの時、あまりにも恐ろしかった。簡単に人を殺したことが、人が死んでしまったことが。

 

 仲が良かった人も、みんな死んじゃって……そんなことをしたあの怪物は、怖いし憎い、のかもしれない。

 

 

 

 だけど、あの怪物とヒッキーや姫菜は、本当に同じなのかな?

 

 

 

 あたしに泣きながらごめんって、そう言いながら大事にしてくれた彼が、怪物?

 

 それに今、自分からそう聞いて……なのに泣きそうな目をしている姫菜は、あたしを殺すの?

 

「……ううん。あたしは、姫菜たちのこと嫌いじゃないよ」

 

 そんなはず、ない。

 

「本当に……?」

「確かに怖いけど、でも姫菜はあたし達のこと助けてくれたじゃん。それってすごいことだなって思う。ううん、思いたい」

 

 姫菜の手を取って、ちゃんと自分の思いを込めて言う。

 

 いつかのように誰かに同調するんじゃない、あたし自身の気持ちを、姫菜にぶつける。

 

「だからね、姫菜。助けてくれてありがと!」

「結衣……」

 

 びっくりした顔をした姫菜は、がくっといきなり首を落とした。

 

「ひ、姫菜!?大丈夫!?」

「……私は結衣に、世界の裏側を知って欲しくなかった。だって、優しすぎるから」

「……姫菜」

「結衣はいっつもみんなに優しくして、楽しくなるように笑ってて……本性を隠すために笑うしかない私とは大違い。そんな貴女が、私は羨ましい」

 

 姫菜、そんなふうに思ってたんだ……なんだか嬉しいな。

 

「だから本当の私が知られた時、貴女に嫌われるんじゃないか、って……!」

 

 ついに姫菜は、泣き出してしまった。

 

 涙がベットに落ちて染みを作る。それを見て私は、そっと姫菜のことを抱きしめた。

 

「あっ……」

「……大丈夫。絶対嫌いになったりなんかしないよ」

「ゆ、い……」

「信じてよ。あたし達……友達じゃん」

「っ…………!」

 

 ついに姫菜は、あたしの肩に顔を埋めて本当に泣き出してしまった。

 

 初めてだった、姫菜が泣くのを見るのは。いつも飄々としてて、時々突然興奮する姫菜ばかり見てた。

 

 でも本当は、その裏には怯えがあった。あんなにすごい力を持っていても、それでも姫菜も悩んでた。

 

「……そっか。悩みながら、それでも生きていくってこういうことなんだね」

「結衣、結衣ぃ……!」

 

 新しい友達に教えてもらったことの意味をようやく知りながら、あたしは姫菜の頭をそっと撫でた。

 

 

 

 

 

 いつか、ヒッキーや小町ちゃん達と……それにやとっちとも話したいな。




読んでいただき、ありがとうございます。

海老名さんによる説明会でした。まあだいたいこんな感じと思っていただければ。
どう組織の説明をするかと考えた結果、こういう形になりました。

コメントなどをいただけると嬉しいです。

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