今回はヒッキー側。
楽しんでいただけると嬉しいです。
アベンジャーズ一作目のフューリー長官のシーンを思い出しながらだとイメージしやすいと思います。
『──では、会議を始めましょう』
黒い狐の面を被った着物姿の女性の一言で、会議という名の経過報告が開始された。
彼女が映り込むものを含め、俺の前に縦長の画面が四つ。そのいずれにも奇怪な仮面を被った人物がいる。
烏、翁、鬼、そして八の字を象った意匠がある白面の俺。
この場に集まった五人全て、エージェントの中でも選り優りの力を持つ〝ナンバーズ〟である。
『オクタ、現状の報告を』
狐面と並び、中央の右の画面に座する鬼面の男がそう告げる。
俺はタブレットを取り出して、未だ治らない右手でなんとか支えながら説明を開始した。
『まず被害にあった総武高校の生存者ですが、オンリーの記憶操作の後遺症は見られません。監視課の報告でも特に異常はなく、情報漏洩はないと思われます』
一名を除き、あの場で生き残った八百十二名全員の記憶をいろはが奪い、別のものに書き換えた。
その結果、この事件の目撃者は全て本来の記憶を無くし、代わりに違和感のない記憶が埋め込まれている。
『オンリーは?』
『現在この支部で療養中です。記憶操作を行った人数に比例して本人の負担が大きく、数日は絶対安静にするとのことです』
タブレットを操作し、オンリーの健康状態の資料と医療課の報告書を表示する。
『ふむ、まあこれだけの規模だ。彼女にはしばらく休んでもらおう』
人事課のトップでもある烏面の言葉に、内心ほっとする。これで働けとか言われたらブラックもいいとこだ。
まあ、そうなった場合は隊長権限で強制休職させるが。こちとら無駄に高い地位についてねえんだよ。
『次に例外者の処置についてですが、現在本人の知己であるエージェントがメンタルケアを行っています』
タブレットを叩き、資料画面を閉じるとあらかじめ繋いでおいた医療室の監視カメラへと回線を繋げる。
映り込んだのは、海老名さんと会話をする……由比ヶ浜。
丁度事件の話でもしているのだろうか、暗く沈んだその表情に胸が締め付けられた。
『……診断の結果、彼女はカテゴリー5と認定。既にご家族との機密保持の契約は結ばれています』
『そうか、ご苦労』
……俺が関わった人間は、大概ろくな目に合わない。それは〝あの人〟が、そして今回のことが証明している。
なぜ、由比ヶ浜なんだ。なんでよりによって優しいあいつが、こんなことを覚えていなければならないんだ。
『被害状況と対応の話はこれで終わったな。今回の事件の首謀者は?』
『はい。まずはこれを見ていただきたい』
切り替えた画面に映し出された音声ファイルを再生しようとして、一瞬躊躇する。
……今は会議中だ。私情は封じ込めろ。
ファイルをタップし、その中に記録されたものを開示した。
『ンご機嫌様、ノスフェラトゥの皆さん!私の名は
ややハイテンションに始まった演説に、俺は仮面の下で顔をしかめる。
『今回の私の実験は楽しんでいただけましたか?いいや、楽しんでいないはずがないッ!あれほど素ン晴らしい実験結果を見れたことが幸運でないはずがないッ!』
……何が実験結果だ。お前がやったのは単なる虐殺だろうが。
『ええ、わかっていますとも。あなた方は私を止めようとするでしょう。だがっ、そうはいかない!私の実験はまだまだ続く!この千葉でねぇ!』
その声を聴けば聴くほど、声を倒して奴の顔を思い出し、心の奥に隠した憎しみが溢れ返りそうだ。
だがここでタブレットを叩き壊そうが、奴を殺せるわけではない。落ち着けよ、比企谷八幡。
『ンでは次の実験で!シーユーアゲインッ!』
『……これでファイルは終わりです』
ようやく終わった二分半のファイルを画面の上から消すと、ナンバーズたちを仰ぎ見る。
皆一様に、画面越しに不機嫌であるのがわかった。俺の倍以上長く組織にいる彼らはこういった輩に対して嫌悪感が強い。
『音声解析の結果、この男が本物の津西影弘であると判断しました』
次に表示されたのは、過去の奴に関する資料。
生物研究コンクールジュニア杯入賞、中学時代二つの論文を発表、博士号取得、生物学の権威……
忌々しい奴の顔写真と共に輝かしい経歴が並ぶ中、最後の一文に目を止めて俺は奥歯を噛み締めた。
〝非正規的な研究所の活動による、膨大な数の違法の人体実験と薬物実験〟。
それを見た瞬間、他のナンバーズも殺気立つのを感じた。
この事件は、〝組織〟の中でもトップクラスに地雷とされるものだ……もちろん、俺にとっても。
『現在行方を調査中ですが、全く進展はなく。そもそも何故生きていたのかも不明です』
それまで黙っていた、諜報課のトップたる翁面の女性が初めて口を開く。
『まあ、この世界じゃ死んだはずの奴が生きてたなんてのはよくある話だ』
『それより大事なのは、どこから情報が漏れたかということじゃあないか?』
鬼面の一言に、全員の間に緊張が走った。
『我々は、決して存在を知られてはならない。しかし、ナンバーズの上位五名しか知らないはずの陽炎の存在まで知れている。これは一体、どういうことだ?』
『それに関して、見てみたいものがありまして』
ほう、と興味がこちらに向けられ、俺は奴の資料からあるものを選んで表示させた。
『これは津西影弘が過去に書いた、吸血鬼の吸血行為に関する論文です』
『ふむ……それで、どうしてこれを?』
『この論文によれば、奴は吸血鬼が眷属を作り、操れるのは体内にある一種の遺伝子のようなものを寄生させていると推察している。後の研究でそれは本当だと証明がされました』
『つまり……彼と同じ遺伝子を持つものがスパイであると?』
『その可能性はあります。なので、ドクター津西には監視をつけました』
組織の中に情報源がいるとすれば、あの人が一番高い。なんらかの方法で操られてる可能性がある。
困ったねえ、とか本人は言ってたがあれ絶対困ってない。なんなら人目なんか気にしないぞあの人。
『まっ、不審な動きがないか見張るしかないな』
『その通り。続けて調査を行います』
『よろしく頼みますわ。それで、研究課からの報告は?』
奴の資料を仕舞い、映し出すのは処理課と研究課からの報告書。
そこにはあの日いくつか回収した、化け物の解剖と解析の結果が詳しく載っていた。
『研究員たちの見解によると、あれはウィルスによる肉体強化が施された人造生物でした。スーツはウィルスを活性化させる物質を投与するためのもので、頭部に装着していたものは遠隔からの無線操作と戦闘データの収集目的の様です』
『戦闘したエージェントからの報告書には、鬼種に匹敵する能力とあるな』
『はい。しかし、生命活動が停止した時点でウィルスも死滅。使い捨ての兵士というところでしょう』
永遠に殺戮を続けるために作られた俺とは全く反対のコンセプト。質より量をとった結果ってとこか。
『生きているサンプルの方は?』
『現在、尋問による情報収集の最中です』
小町と共に駆けつけ、由比ヶ浜を助けたあの男。
恐らくは奴らと同じ……俺と同じウィルスから作られた、クローン兵士の試作品。
唯一自我を持ち、平塚八兎と名乗ったあいつからは様々な情報を得ている。本人も奴とは確執があるのだろう。
そうあるのも当たり前……俺のクローンである以上は、奴に思うところがあるのは必然なのかと思っちまう。
『サンプルの保護者を名乗り出た一般人は監視下においてあるな』
『はい』
……まさか、平塚先生があいつを保護したとは思わなかった。
俺を奉仕部へ導いてくれた人が俺のクローンを助けるとは、奇妙な偶然もあったものだ。
『いずれにせよ、今回はおそらく実戦による性能実験だろう。今回は総武高校だけだったが、次はもっと多く出てくるぞ』
『では私は、その兆候がないか調べましょう』
『わしも、他の支部からの一時的な異動を検討しておこうかね』
『こちらの支部では引き続き、回収したサンプルの解析を続けます』
『よろしくお願いします。基本的には、各課からの報告をもとに千葉支部が対応する方針でよろしいですね?』
狐面の言葉に、全員が頷く。ツートップの一人であるこの人に逆らえるエージェントは誰もいるまい。
『各方面の調査をお願いします……それでは、会議はこれで終わりですね』
『うむ、健闘を祈る』
『同じく』
そう言って、烏面と翁面が通信を切った。
壁と同じ黒に染まった画面のおかげで、なんだか部屋が狭くなった様な気がする。
また、両端がいなくなったせいで残った二人がより強調されていた。
『しっかしまあ、災難だなぁ』
『あら、そのだらけた姿勢はどうしたものかしら』
『いいだろ、身内しかいないんだから』
楽な姿勢で椅子に座った鬼面……義父さんはひらひらと手を振り、黒い狐面……雪ノ下母がため息を吐く。
思わず苦笑いがこぼれる。こういったフランクなところがあるから、義父さんは俺でも付き合いやすい。
『でも、災難という点には同意するわ。やっと娘に彼氏ができたというのに、早速これですもの』
『そうだなぁ、うちも義理の息子がようやっとまともな恋愛の真っ最中だってのに……やってくれるよ、あの男』
……二人から見下ろされる。仮面のせいで表情は見えないが、絶対ニヤニヤしてるのがわかるぞ。
『そういや腕はどうだ?』
『まあ、前みたいに複雑骨折でもないんで。あと二日あれば治ります』
俺の再生力はウィルス由来のものである。そのため、抑制剤で非活性化させている間はその能力が落ちる。
とはいえ弱くなっているわけではなく、今回のようにポッキリと綺麗に折れた場合はくっつけときゃ数日で治る程度には強い。
『そう……ああそうだ、なんなら雪乃さんに介護してもらってはいかがかしら?』
『は?いやそんな迷惑かけられな……』
『おお、いいなそれ。なんなら風呂の世話も頼んだらどうだ?一人じゃやりにくいだろ?』
『できるわけあるか!あんたらそれでも親だよな!?』
思わず敬語が抜けてしまう。むしろ親なら積極的に止めるもんじゃないのかよ、これ?
……いやあれだ、義母さんに前に聞いた話だとこの人たち学生時代からこういうノリだったんだ。
雪ノ下父を含め四人で仲が良かったらしいが、よくこの二人の無駄に頭の回る悪戯に頭を悩まされたらしい。
そのときの義母さんの表情から、当時の苦労が窺える。
『……ていうか、雪乃はどうしてるんですか?精神的に問題がないか診断するって言ってましたけど』
『あら、もう名前で呼んでるのね。うふふ、若いっていいわ』
……やべえ、墓穴掘った。
『いつ家に挨拶に来てくれるのかしら。オクタ君ではなく、貴方としっかりと話してみたいわ』
『なんだ、ご挨拶か?なんなら全員揃う予定をつけるが』
『いや、あの、マジでそれはまだ勘弁してください……』
ついこの間魔王に許してもらったばかりだというのに、もはや化生の域にあるこの人と対面するとか無理。
『雪乃さんは問題ないわ。今は他の被害者たちと同じように自宅待機を命じています』
『そうですか』
ナンバーズの家族だ、監視課の護衛もついてるだろう。
……そういや陽乃さんはどうしてるんだろうか。最初に奴と接触して、それ以降独自に追ってるって聞いたけど。
定期的に支部に寄っているとは聞いているし、多分平気か。なにせあの人は俺を殺せるほど強いのだから。
『……奴がこの千葉を実験場に選んだのは、多分俺がいるからです』
おもむろに話し始めると、二人ともすぐに真剣な雰囲気に戻る。切り替えの早さは流石トップか。
『奴は自分の研究結果に異常なほど執着を見せる。そして俺は、奴に言わせれば最高傑作の一つだ』
あの時。
俺が逃げ出し、〝あの人〟を失って……そして、
奴は俺を最高傑作だと、自分が作ってきたどんな薬や生物兵器よりも優れた物だと声高に言った。
新しい兵器が完成した今、その俺を実験の相手に使わないはずがない。
『そして奴は、いずれ自分自身が俺の前に現れるでしょう。その時は必ず……』
ああ、今度こそ絶対に……
『殺します。二度と生き残らないように』
『……そうか』
『……頼みましたよ』
そして今度こそ、この復讐心に終わりを打とう。もう持ち続けているのが疲れるほどに燃え続けた、心残りを。
……決して捨てないと思っていたものがこうもなるとは、やはりあのぬるま湯のように暖かい場所のおかげか。
『まあ、こっちもできる限りのバックアップはする。大船に乗ったつもりでいろ』
『よろしくお願いします』
義父さんも通信を切り、最後に残った雪ノ下母を見る。
『では私も、そろそろ仕事に戻りましょう』
『わかりました。俺も……』
『ああ、そうだ』
ん?まだ何かあるのだろうか。
『ナンバーズ2、オクタ。ノスフェラトゥの長として、貴方に任務を下します』
その名前まで使うとは、どのような任務だろうか。
陽乃さんの手伝いをしろとか言われたら厄介だな……まあ上司には逆らえないんで拒否権はないけどね。
『貴方には──』
『…………………………………………は?』
そうして告げられた任務に、その時俺は生まれてから一番間抜けな顔をした。
読んでいただき、ありがとうございます。
さてさて、どうなる八幡の生活。
コメントをいただけると嬉しいです。