声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。

さて、去年の末に一年ぶりに再会したこの作品もようやく最後の章と相成りました。

ここまで長く自分の厨二と下手な恋愛模様に付き合っていただき、ありがとうございます。

最後まで、どうぞお楽しみいただけると嬉しいです。


【第六章】〜最後の決戦〜
91.声を無くした少年は、作戦を聞く。


 こんばんは。今宵も良い月ね。

 

 この美しい光、本当の私も暴かれてしまいそう……

 

 さて、それではいよいよこの時がやってきたわ。

 

 名残惜しいけど、でも嬉しくもある。

 

 どうか、あなた達がこの物語を最後まで楽しめるよう。私も尽力するわ。

 

 準備はいい? では、語りましょう。

 

 

 彼の、私の生み出した唯一の者の物語の、終章を。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 あのような事件があっても、学校行事は普通にある。

 

 

 

 そのため、俺たちが体育祭運営委員会の一員となって仕事をするのもまた必然だった。

 

 だというのに、会議が終わって解散になった途端に支部への呼び出しがかかる。

 

 正直面倒くさいし、昨日の悪夢もあって疲れていたのだが……今日ばかりは行かない訳にはいかない。

 

『エージェントオクタ、ただいま到着しました』

 

 自動扉が開いて、中に入る。

 

 四方を武装したエージェントが囲んだその部屋は、中央に近未来的なデザインの丸い机がある。

 

 その席にはすでに、俺以外の出席者が全員で揃っていた。まあ三人しかいないけど。

 

「やあ、やっと来たね。待ちくたびれたよ」

「やっほー義弟(おとうと)くん」

『ドクター、陽乃さん。それに池田さんも』

「こんにちは比企谷くん」

 

 いつも通り、緊張感のない様子で笑うドクターとこちらに手を振る陽乃さん。

 

 フランクなそっちとは裏腹に丁寧に挨拶してくれた池田さんに軽くお辞儀をしつつ、席につく。

 

『元気そうですね』

「ああ、おかげさまでね。むしろ以前よりも好調だよ、何せ堂々と使っていいじっけんた……こほん、優秀なガードマンたちがいるからねえ」

 

 ……本気で元気そうだな。つーか相変わらず実験第一かこのマッドサイエンティスト。

 

 陽乃さんも……まあ、見たところ少し疲れてはいるようだが、概ね平気そうだ。

 

「あら、お姉さんも心配してくれるの?未来の弟くんが優しくて嬉しいよ♪」

 

 一瞬見ただけなのに、こちらにウィンクしてくる陽乃さんに苦笑しつつ単刀直入に切り出す。

 

『それで、見つかったって本当ですか……奴のアジトが』

 

 そう。メールで報告が届き、雪乃に断ってまでやって来た理由はそれだ。

 

 八兎からの情報提供と陽乃さんの長い時間に及ぶ調査……そしてある物の結果ようやく目星がついたという。

 

 さすがは長年組織に身を置いているというべきか、すぐに神妙な顔になったドクターたちは頷く。

 

「ああ、これを見てくれたまえ」

 

 机の中央に設置された球体から、この前の俺が使ったようにホログラムが表示された。

 

 暗くなった部屋の中で浮き上がったのは、どこかの孤島の立体映像。

 

『これは?』

「太平洋にある無人島よ。彼はそこに研究所を建設し、その上にダミーの山を被せることで隠していた」

『なるほど……』

 

 八兎が提供した情報にも、地下でたまたま出航しようとしていた潜水艇の荷物に紛れて逃げたと言っていた。

 

 そこから千葉に行き着いて、本島の拠点から差し向けられた刺客に追われていた中で平塚先生と接触した。

 

「私もこの島までは発見できていたんだけど、問題はその先よ」

『というと?』

 

 陽乃さんの言葉に応えるように、ホログラムの画像が切り替わる。

 

 すると、研究所を隠していた山がごっそりと丸ごと削れた。

 

 おまけに隣には抉れた森林の写真が付いている。おそらく、この状態の島の衛星写真だろうが……

 

『これは……』

「情報提供があってすぐ一番近い支部から制圧隊が派遣されたけど、言ってみればこの有様。丸ごとどこかへ消えていたわ」

「我が愚弟どころか、研究所の外装の一枚もなかったよ。全く判断の早いことだ」

 

 ……なるほど、そりゃないものは見つけようがない。

 

 しかし、だとしても不思議だ。

 

 陽炎のメンバーはその役割を全うする為に、各課の専門家たちに匹敵するスキルを多数所持している。

 

 中でも陽乃さんはどれも部隊長級の腕で、特に情報収集に関してはその式神部隊が上級幹部の間で有名だ。

 

 あの雪ノ下母ですら式神の操作には自分より陽乃さんが勝るといえば、その凄さはよくわかるだろう。

 

 そんなこの人が見つけられないとしたら、それこそ地球外にでも……

 

『……ちょっと待ってください、陽乃さん』

「んー? 何かな義弟くん」

『消えた研究所は、一体どこへ?まさか宇宙へ旅立ったなんて言いませんよね』

 

 そう聞いた途端、俺以外の3人が全員なんともいえないような曖昧な笑い方をした。

 

 この反応は知っている。どうやら俺の予想は、これまでもこれからも悪いものばかり的中するようだ。

 

「その一歩手前よ。ドクター?」

「はいはい、今出すよー。てことで助手クン」

「もうやってますよ。っと、出ました」

 

 島が消え、代わりに出現したのは地球のホログラム。

 

 青く発光する地球モデルの周りを、一つの赤い点がゆっくりと動いていた。

 

『もしかして、これが?』

「ご明察。なんと我が愚弟は、研究所をそのまま宇宙へと飛ばしたのさ」

 

 赤い点が拡大され、円盤のような形をしたベタな宇宙船のような3Dモデルに口元を引き攣らせる。

 

「そりゃあ私の探索も逃れるわよねー。だって私の神通力は地球の中でしか使えないもの」

「まったくだ。今は地球の周りを飛び回っているのを〝百目〟が観測しているよ」

 

 〝百目〟。

 

 それはノスフェラトゥが所有する人工衛星であり、主に人外や重犯罪者の監視などを主要目的として運用されている。

 

 全部で3台あり、地球の軌道上で互いにリンクして地球上全てを監視しているのだが……今はこちらに1台回しているらしい。

 

 その説明を最後に、ホログラムは一度終了して部屋の明るさが戻った。

 

「さて、ご感想は?」

『……なんつーか、空いた口が塞がらないっていうのが一番正しいんでしょうね』

 

 驚いたとかそういうレベルじゃない。

 

 確かに地球外(そこ)なら見つからないだろうが、何をどうしたらそこに行こうという発想になるのか。

 

 ……いや、奴のことだ。〝あの時〟のことから絶対に居場所を突き止められない場所を探し、結果的にこうなったのだろう。

 

 俺たちも倫理観が外れている自覚はあるが、相変わらず思考がありえない方向にぶっ飛んでやがる。

 

「はっはっはっ、同意見さ。流石にそこは盲点だったよ」

『それなのによく見つけられましたね。どこから情報を?』

「おや、忘れたのかい?君たちが持ってきてくれたアレだよ、アレ」

「……ああ、あのUSBね」

 

 納得がいった様子の陽乃さんに、俺もああそうかと思い出す。

 

 いつの間にか俺のポケットに入っていたUSBと、そして陽乃さんが調査中に謎の人物から渡されたUSB。

 

 どちらも解析に回してもらっていたのだが、どうやらそれから情報が得られたらしい。

 

「陽乃くんのものからは研究所の座標を示す信号コードと移動する軌道のデータが、比企谷くんのものからは一部だがあの〝A.D.S.〟に関するデータが入手できたよ」

 

 人工鬼種兵士(Artificiality Demon Solger)、通称A.D.S.。組織はあの生物兵器をそう名付けた。

 

 その由来は俺にも使われた、正確にはその劣化品である鬼の細胞を変異させたウィルスらしい。

 

「それらのデータを元に上層部で協議した結果、研究所の破壊、および津西影弘の捕縛あるいは殺害が決定されたわ」

『やっぱりそうなりましたか』

「調べたところ、研究所の軌道には一瞬だが〝月面支部〟にある《重力場発生粒子砲》の効果範囲内に重なる座標があった」

 

 別名グラビティキャノン。なんとも男心をくすぐる兵器が月の支部にはある。

 

 もう一度ホログラムが起動し、円盤と地球のモデルが縮小化されると小さな白い球体……月のモデルが追加された。

 

 そして移動してきた円盤が、ちょうど月と地球の間にやってきた所で月から紫色のラインが地球に向けて伸びる。

 

『つまり、その一瞬で《重力場発生粒子砲》を使って研究所を拘束すると?』

「Exactly!理解が早くていいね。動きを止めている間に、〝月面支部〟とこの千葉支部を転送装置で繋げて内部にエージェントを送り込む」

「メンバーは比企谷くんと材木座くん、出動許可の降りていないいろはちゃんの代わりに私と海老名ちゃんね」

 

 いろはは日常生活を送る程度には回復したものの、思った以上に体へのダメージが大きく任務へは出せない。

 

 特別あいつが強いから良かったものの、並のサキュバスにやらせたら植物状態になってたレベルらしい。

 

 治療班からは二度とやらせるなとお小言をもらった。俺もその気は毛頭ない。

 

『よく陽乃さん達の出撃許可が出ましたね』

「上としても今回の件は、過去の失敗をやり直すチャンスみたいなものだからねぇ」

 

 ……そういうことか。

 

 ノスフェラトゥは大きな、それこそ世界規模の組織だ。

 

 しがらみも多くあり、中には到底保護する側とは思えないような輩もいる。

 

 しかし、たった一つの信念だけは共通していた。

 

 人も、人外も、一つでも多くの命を守る。

 

 ひいてはそれが人妖の秩序にも繋がるが故に、俺たちは影の中で血と汚れに塗れて戦う。

 

 特に今の幹部は、俺以外は長いこと交代してない古参だ。つまりリアルタイムであの事件に関わっている。

 

 彼らにとってもあの事件は、雪辱以外の何物でもないに違いない。

 

「それとサンプルNo.07……平塚八兎くんと言ったかな?彼も参加させることになった」

『なぜあいつが?』

「本人たっての希望だよ。まあ、実際にA.D.S.と戦ったメンバーが少ない以上こちらとしても経験者が多いは助かるのでね。つい今朝方受理された」

『なるほど……他にはいないんですか?』

「A.D.S.がいつ出るかわからない以上、千葉にも戦力を残しておかないといけないからというのが上の考えよ」

 

 なるほど、正論だ。

 

 そうすると、少数精鋭での短期決戦の作戦となるだろう。十分な装備と綿密な作戦が必要だ。

 

 

 しかし、そこは心配してない。

 

 

 陽炎の隊長である陽乃さんと、研究開発室でもトップクラスの頭脳を誇るドクターのことだ、既にそれくらい用意してあるだろう。

 

 俺が考えるべきは最悪の状況への対応策。まあ、隊長としていつもやっている事と変わりはない。

 

「内部がどうなっているか分からない以上、突入後はこちらでも指示をする。最も宇宙空間な上にあの愚弟の研究所だ、必ずしも通信が通じるとは限らないのでそこは用心してくれたまえ」

『わかりました』

「ああそれと、もう一つ忠告がある」

 

 作戦概要のホログラムが消されて、入れ替わりに幾つかの研究資料のようなものが浮かび上がる。

 

 それは設計図のようにも見えて、描かれたA.D.S.の半解剖図を見るとあながち間違いでもさそうだ。

 

「このデータを解析した結果、いくつか気になるものがあった。それは〝特化型〟と呼ばれるA.D.S.だ」

「特化型?なぁにそれ?」

「どうやら他の特異生命体の遺伝子を加えた変異タイプらしい。研究所に保管されている可能性がある、十分に留意してくれたまえ」

 

 げ、あれよりもっと厄介なのがいるのかよ……どれだけサプライズすりゃ気が済むんだあの野郎。

 

「こちらも、今回の作戦に際しでき得る限りの装備を支給するので安心してくれ」

『期待しときますよ』

 

 仕事はできる人だ、そこは任せよう……仕事だけはな。

 

「では、これにて説明は終了だ。他に質問は?ない?それは結構」

 

 まだ何も言ってませんよ?あんたはアレか、問答無用で部下を従わせる将軍か何かか。

 

「しかしあれだな。君たちにデータをくれた者達は実に良い手助けをしてくれたものだよ」

 

 真面目に話をするのが飽きたのか、明らかにだらけた姿勢でドクターはぼやく。

 

 この人マジで緊張感ねえ……池田さんため息ついてるし。なんでこんな人がコレの助手やってんだろうな。

 

「手助けねぇ……お姉さんは必ず何かを企んでる気がするなー」

「へー、例えば?」

「わざと私たちをおびき寄せて、万全の態勢で殺す準備を整えてる、とか?」

「ありきたりだねえ」

 

 緊張感のない口調で話し合う陽乃さんたちに、俺も考える。

 

 俺の前に度々現れるあの女と、陽乃さんの前に現れた謎の人物。どうしても無関係とは思えない。

 

 奴の差し向けた工作員か、あるいは俺たちも知らない勢力なのか……ダメだな、情報が少なすぎる。

 

 そういえば、陽乃さんがその人物は「見守る」みたいなことを言ってたって話してたような……

 

 

 

 

 

 

 

 ──ねえ、貴方はどうだった?

 

 

 

 

 

 

 

「っ」

 

 ……まさか、な。

 

「さて、これで用事は終わりだ。帰ってくれて構わないよ」

『はあ、それじゃあ失礼します』

 

 鞄を持って立ち上がり、会議室を後にしようとする。

 

「比企谷くん」

 

 背中越しに、今日初めて陽乃さんに名前で呼ばれた。

 

 振り返ると、陽乃さんはまるで何かを慈しむような……どこか暖かい目で俺を見る。

 

「作戦の決行は二日後の午前〇時二十二分よ。遅れないでね」

 

 やべ、そういや忘れてた。さっき聞いときゃよかったな。

 

『……聞きそびれてたことをわざわざどうも』

「ちゃんと、雪乃ちゃんと話してね」

『……言われなくてもわかってますよ』

 

 扉が閉まって、陽乃さんの顔は見えなくなった。

 

 さあ、帰ろう。雪乃が晩飯を作って待ってるはずだ。

 

『……もしかしたら最後の晩餐になるかもしれないな』

 

 我ながら卑屈に笑い、俺は歩き出した。




読んでいただき、ありがとうございます。

言い忘れていましたが、材木座といろははナンバーズである八幡直属の部隊なので陽炎の存在は限定的に知っています。

次回は各キャラの話、およびいろはと材木座の過去を描きます。

コメントをいただけると嬉しいです。

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