駆け出しハンターのライムは、桜舞う季節、ユクモ村にて幼いひとりの少女ハンターと出会う。


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ユクモの大地に桜咲く

 曰く、振る舞いは花のように可憐である。

 曰く、太刀筋は三日月の鋭さにさえ勝る。

 曰く、戦いぶりはまさしく剣の申し子、姫である。

 曰く――。

 

 ユクモ村に存在する、とあるハンターの噂話を挙げていけばキリがない。

『桜の剣姫』。

 そのうちいつかどこからかそんな名で彼女を呼ぶ声があった。

 それは瞬く間に広まって、今ではユクモ村以外でも『桜の剣姫』といえば通用するぐらいである。

 

 そんな異名と共に、天地を駆け巡る少女の名は――

 

 

 ユクモ村の景色はいつ見ても綺麗だ。

 名湯に浮かぶ桜の花びらを見ながら、駆け出しハンターのライムはそう思った。

 金色の髪を短く刈り上げた、鋭い顔立ちが特徴の青年である。

 彼が見ているのは、開け放たれた露天浴場からの景色。

 だがいつまでもこうしているわけにもいかない。名残惜しい気分になりながら温泉から上がり、装備を着込んで集会所へ向かった。

 ジャギィシリーズに、セインランス。いかにも駆け出しといった格好ではある。事実ライムはまだまだひよっこハンターだった。

 上位に行けるのはいつのことやらと自分でも苦笑しながら、受付へ向かう。

 

「あ、ライムさん。ここにやってきたということは……」

「ああ。アオアシラ討伐クエストを受けに来たんだ」

 

 彼の声にはわずかな緊張が滲んでいる。

 このクエストに成功すれば、ライムのハンターランクはひとつ上がる。このクエストは試験のような役割を担っていた。

 

「契約金も持ってきた」

「はい、わかりました。おひとりですか?」

 

 がんばってくださいね、とでも言うような微笑みを浮かべる受付嬢の言葉に、ライムは頷こうとした。

 その時脇腹に軽い衝撃が走る。

 ひんやりとした冷たいものが腕にかかった。

 

「おっと」

「ひゃ――ご、ごめんなさい!?」

 

 びっくりして横を向くと、そこには涙目の女の子が立っていた。

 艶のある闇色の髪を長く伸ばしていて、その瞳も同じく漆黒。ユクモ村特有の、三度笠が目立つ装いをしている。

 手にはドリンクの瓶が握られており、どうやら自分は彼女にドリンクをかけられたらしいと察することができた。

 

「ごめんなさいごめんなさいっ、わ、わたしったら……! ええと拭くもの拭くものっ、」

「いや、気にしないで良い。それよりも怪我はないか?」

 

 腰を曲げ、少女を優しく気遣う。

 ハンターには荒くれ者も多いが、少なくともライムはこれぐらいで怒るほど心が狭くはないつもりだった。

 やったのが子供なら、なおさらのことである。

 

「わ、わたしは大丈夫です。本当にごめんなさい……」

「こーら、サクラちゃん。ちゃんと気をつけて歩くようにっていつも言ってますよね?」

「はい……ううっ」

 

 受付嬢が、ライムの眼前にいる黒髪の少女を母親のように叱る。

 懐から布を取り出したサクラなる少女は、濡れたところをおっかなびっくりと拭いてくれた。

 サクラ。

 その名前が一瞬引っかかったが、思い出せない。

 まあ、思い出せないのなら大したことではないだろうとライムは気にしないことにした。

 

「知り合いか?」

「へ? ……ええ、まあ。サクラちゃんとは結構長い仲ですよ」

「そっか」

 

 受付嬢が驚いたような顔をしたけれど、意に介さず腰を戻す。

 

「サクラちゃん、だったかな。こんな所でどうしたんだ?」

「あ、いえ。わたしは少し温泉に浸かるついでに、依頼を確認しようと思って……」

「君が?」

「サクラちゃんはれっきとしたハンターですよ。採取依頼限定とかではなく、討伐依頼もしっかり受注されています」

 

 受付嬢の言葉に、ライムは驚きを隠せなかった。

 ライム自身、若造な自覚はある。だがサクラなんてそんなライムよりもさらに幼い。こんな女の子までハンターをやっているのかと不思議に思う。

 

「えっと……」

「ああ、自己紹介が遅れた。俺はライム。君と同じハンターだ」

 

 こちらを上目遣いでうかがうサクラに、にっこりと笑いかけた。

 

「ご丁寧にありがとうございますっ。先ほど受付嬢さんも名前を言っていましたが、改めて。

 わたしの名はサクラ、と申します。どうぞお見知りおきをっ」

 

 勢いよく頭を下げるサクラの仕草が微笑ましくて、ライムの頬は緩んだままだった。

 

「しっかりした子だな」

 

 苦労は絶えないだろう。ハンター稼業は死と隣り合わせの危険な仕事で、同業者の質もピンキリだ。下を見れば、犯罪経歴を持つ者もいる。

 どこを見ても危険しかないような職業に、こんな小さな少女が就いている。

 その勇気だけで頭が下がる思いだった。

 

「なあ、サクラちゃん」

「は、はいっ」

「もし良ければ、なんだが……俺とパーティを組んでくれないか?」

 

 だからライムは、そう誘った。

 彼女の装備はハンター用のユクモノシリーズ。ライムと同じ駆け出しなのだろう。

 ユクモ村のハンターはみな良い人だが、もしかしたら他方からやってきた悪い人間に騙されてしまうかもしれない。それを想像するだけで、嫌な気分になった。

 だから、自分が少しでも彼女のことを守ってあげられればな、と思う。強面と評される顔も、こういう時には役に立つものだ。

 サクラの純粋無垢なかんばせに、ハッとするような笑顔が浮かんだのは直後のことだった。

 

「はいっ。わたしで良ければぜひ!」

 

 その笑顔があんまり可憐だったもので、きっと将来美人さんになるだろうな、とぼんやり思った。

 横から、わざとらしい受付嬢の咳払いが聞こえる。

 

「……ライムさん。手を出したら見た目的には完全に犯罪ですからね?」

「出すか!」

 

 そんなこんなで、ライムはひとりの少女とパーティを組むことになる。

 

 少女の正体など、露も知らずに。

 

 

 

「それじゃあ行きましょうか!」

「ああ」

 

 ライムとサクラは渓流のベースキャンプで支給品を受け取り、いよいよ狩りに出発しようとしていた。

 

「しかし、意外だったな。サクラちゃんにアオアシラと相対した経験があるなんて」

 

 出会った時と変わらぬユクモノシリーズを纏い、ユクモの木と鉄で作られた太刀を背負ったサクラが、ふわりと微笑む。

 

「一応、わたしもハンターですから」

 

 サクラをアオアシラ討伐なんていう危険なクエストに連れていこうとは思えなかったので、ライムは受注を取り消そうとしていた。

 だが、彼女はアオアシラと聞いてもまるで怯まずに言った。アオアシラを狩った経験はある、と。

 もしかすると、最近ハンターになったライムよりは場数を踏んでいるのかもしれなかった。

 

「サクラちゃんはどのぐらいハンターを?」

「んー、そうですねー……」

 

 キャンプのベッドに座ったサクラが、ポーチの中身を確認し始める。

 

「だいたい――あれ?」

 

 ポーチのアイテムをあらかた出したらしいサクラが、そんな素っ頓狂な声を上げて辺りを見回す。

 そのあと、並べたアイテムを一通り触って、次にポーチの中を漁り始めた。

 

「……どうした?」

「あ、あれ? あれ!? ち、ちょっと待ってください!」

 

 妙に慌てた様子のサクラがポーチをひっくり返したりアイテムの場所を変えたりするも、特に変化はない。ポーチからなにか転がってくるわけでも、アイテムの下に別のアイテムが埋まっているわけでもなかった。

 その光景を眺めていたライムは、ふと気付く。

 彼女が出したアイテムの中に、あるべきものが見当たらないことに。

 

「まさか……」

「――と、砥石がないー!?」

 

 サクラが瞳を潤ませながら叫んだ。

 ガンナーにとって弾やビンが欠かせないように、剣士にとって砥石は生命線だ。

 とはいえ、たまにあることでもあった。正直に言えば、ライムにも経験はある。

 支給品である程度は賄えるだろうし、ライムだっている。ソロなら少しまずかったが、問題はないだろう。

 あうー、と涙目になっているサクラに、ライムは自分の砥石をいくつか渡した。

 

「ほら。支給品の砥石と合わせてこれだけあれば足りるか?」

「ううっ……面目ないです……ありがとうございますっ。わたし、前の依頼でも砥石忘れちゃって、実はその前の依頼でもっ……」

 

 どれだけ忘れてるんだよ、と思わず突っ込みそうになった。

 しっかりした子だという評価は、もしかすると覆さないといけないのかもしれない。

 まあ、まだサクラは若すぎる。多少のミスは大目に見るべきだろう。

 何度も礼を言うサクラに、ライムはふっと笑った。

 

「気にしないで良い。準備が済んだら向かおうか」

 

 

 

 アオアシラを見つけるのにそれほど時間はかからなかった。

 サクラが持ってきた『千里眼の薬』のおかげだ。

 それを飲むと大型モンスターの場所が一時的にわかるようになるらしい。

  

「いるな」

「ええ」

 

 かつて村かなにかが存在していたのだろう廃墟を進むと、森の中の開けた場所に出る。貴重なハチミツが採取できるから、ライムもよく訪れる場所だった。

 アオアシラは、そこで蜂の巣を丸ごと舐めていた。

 こちらにはまだ気付いていないようだった。

 

「それじゃあ、作戦通り動いてくれ。アオアシラの攻撃は俺が引き受けるから、サクラちゃんはとにかく怪我をしないように」

「はい」

 

 木々の影に隠れ、アオアシラの様子をうかがうライムとサクラ。

 サクラはライムの言葉を聞いて嬉しそうに笑うと、言った。

 

「でも、わたしもアオアシラとは戦っていますから、少しはお役に立てますよ?」

「……そうだな。期待してる。でも、無理だけはするんじゃないぞ」

 

 彼女だって、幼いとはいえハンターだ。戦闘経験もある。なにも知らない子供ではないのだ。

 わかってはいる。しかしサクラのような少女を戦わせるのも心苦しかった。

 そんな自分身勝手な気持ちを押し込め、頷く。

 サクラはライムの内心を見透かしているように微笑むと、アオアシラに視線を向けた。

 

「……ええ。わかりました」

「準備は良いな?」

「いつでも大丈夫です」

「なら――いくぞ!」

「はいっ!」

 

 二人同時に木の影から飛び出す。

 食事の時間を荒らす侵入者を見咎めたアオアシラが、蜂の巣を置いて立ち上がり吠えた。

 ビリビリとライムの肌が震える。刺すような威圧感。

 人など軽く上回る脅威。その一撃を食らえばタダでは済まない。

 知らず滲んだ冷や汗を、駆け抜ける風がさらっていく。

 心を奮わせるように槍を抜き、盾を構えた。

 隣で澄んだ刃の音。サクラが身の丈以上の太刀を構えていた。

 

「来ます!」

 

 アオアシラが身を低くかがめ、ライムへと突進してくる。

 自分の倍はあろうかという青熊が、猛スピードで突っ込んでくるのだ。足はすくみそうになる。逃げ出したくもなる。

 しかしライムは勇気を振り絞る。退くこともなく立ち塞がりその巨体を盾で受け止めた。

 

「ぐっ……!」

 

 自分の何倍もの体重を持つ肉体がぶつかってくる衝撃。

 思わずうめき声が漏れる。

 

「はあっ!」

 

 アオアシラの横から一閃。サクラだ。

 その軌道は些かもブレていない。鋭い一撃だった。

 そのまま彼女はアオアシラを連続で斬りつけていく。

 アオアシラはライムよりもサクラを脅威と見なしたのか、彼女へと視線を向けた。

 

「やらせる、かっ!」

 

 その剛腕がサクラへと向かう前に、ライムがアオアシラの腰を貫く。

 アオアシラが片方に注意を向ければもう片方がフォローに入る。

 それを繰り返し、両者目立った負傷もなく順調に狩りを進めていくと、やがてアオアシラがバランスを崩し転倒した。

 

「今だ、サクラちゃん!」

「はいっ! 行きますっ、気刃斬――」

 

 転倒したアオアシラに向けて、サクラが裂帛の気合と共に太刀を振り上げる。

 そして、太刀を覆う練気が微かな赤の軌跡を描いた。

 

「へぷぁっ!?」

「あっ」

 

 ぐにゃぐにゃの軌跡を。

 地面のわずかな盛り上がりが、サクラの足を躓かせた。ライムが間抜けな声をあげた時には、すべてが遅かった。

 サクラがころころと転がっていく。

 

「だ、大丈夫か!?」

「ひにゃ……ら、らいじょうぶれすっ。それよりもライムさん、アオアシラを!」

 

 鼻を赤くしてちょっと泣きそうになっているサクラの下に駆け寄るか一瞬迷ったが、彼女の言葉に従い隙だらけのアオアシラに攻撃を加える。

 その青い体毛を貫きながら、アオアシラが転倒中で良かったと、ライムは心の底から安心した。

 

 

 それからも、サクラはいろんなミスをした。

 

「ひにゃー!?」

 

 攻撃や移動途中で派手にコケたり、

 

「んく……あっ、間違えたこれ回復薬だった!?」

 

 回復薬と千里眼の薬を間違えて飲んだり、

 

「あー!? ち、地図返してーっ!?」

 

 通りすがりのメラルーに地図を盗まれたり。

 それ以外にもたくさんやらかした。

 その度にサクラは涙目になっていたし、ライムもハラハラドキドキしていた。もはやしっかり者という印象はどこかへと飛んでいっていた。

 ただ――

 

「サクラちゃん!」

「はいっ!」

 

 不思議と相性は、悪くない。

 たった一声で意図が通じる。

 二人でアオアシラを挟撃し、血しぶきが舞い踊った。

 先輩ハンターの言葉をふと思い出す。

 太刀とランスの相性はかなり悪い――。

 本当にそうなのだろうか。

 そんなことを考えてしまうくらいに、狩猟は滞りなく快適に進んだ。

 いつのまにか、サクラがただの子供だという考えは消えていた。

 全幅の信頼を寄せるに足る心強いハンターだった。

 狩りの中、二人は自然と漏れ出た笑みを交わす。

 ――いける。

 ライムの中には、揺るがぬ確信があった。

 

「おおおおおっ!」

 

 アオアシラの剛腕による一撃を盾で防ぎ、腹を貫き抉る。

 怯んだ所に、サクラが接近。

 

「てい、やぁっ!」

 

 アオアシラから鮮血が飛び散る。

 

「今です、ライムさん!」

「任せろ!」

 

 弱りきって動けないアオアシラに槍を定め、突撃。

 

「これで、終わりだあっ!」

 

 アオアシラの腹を突き破らんばかりの勢いで刺し貫く。

 それがとどめとなった。

 断末魔の叫びをあげながらアオアシラが倒れ伏す。

 その瞳にはもう、なにも映っていない。

 呼吸荒く、ライムはアオアシラの亡骸を見下ろす。

 

「……やった、のか?」

 

 アオアシラはもうぴくりとも動かない。

 血に濡れた体から、もはや魂は喪われていた。

 普段より楽な狩りではあった。

 だが――激闘であったことに間違いはない。

 命を賭して戦い合い、その果てに、自分たちが勝った。

 

「……終わったんだな」

 

 たったひとつしかない生命を奪い合った者に対する畏怖が、胸のうちからあふれてくる。

 狩りとは、こういうものだ。

 達成感とともに、喪失感にも似た気持ちに襲われる。

 

「ライムさん」

 

 太刀を鞘にしまい込んだサクラが、ライムのそばに立っていた。

 彼女もまた、ライムと同じく感じ入るところがあるのだろう。アオアシラを見下ろしたまま、ささやくような声で言う。

 

「お疲れ様でした」

「ああ。サクラちゃんこそ、お疲れ様」

 

 サクラは柔らかく花笑んで、アオアシラに跪くと祈りを捧げた。

 瞼を下ろし祈る彼女の姿に、なぜだかライムは圧倒された。

 

「いつも、こうしているんです」

 

 サクラは目を開けずに言った。

 

「モンスターたちからすれば、わたしたちは敵以外の何者でもありません」

「…………」

「だからって、命を奪ってごめんなさい、って言うのは失礼だと思うんです。だったら最初から狩るなって話になっちゃうと思いますし。

 だからわたしは、こうして敬意だけを払うことにしているんです」

 

 生命に関する哲学は、ハンターならば誰しもが持っているものだろう。それは幼い彼女といえど、例外ではなかったということだ。

 数多の生と死を見つめ続けるハンターであるからこそ、そういったことを考えずにはいられない。

 ライムだって、そうだった。

 

「……そっか」

 

 ライムは空を見上げた。

 太陽が青空の中心にある頃にユクモ村を出た。いつのまにか、太陽は地平線の彼方へと沈みつつある。日差しが渓流を黄金に染めている。

 夕焼けだ。

 

「剥ぎ取りを終わらせて、帰ろう」

「ええ」

 

 ライムがそう言うと、サクラはパチリと目を開けて微笑んでみせた。

 二人がアオアシラの亡骸に近づくその時、

 

「――ライムさん!」

「うおあっ!?」

 

 サクラがライムに抱きつき、地面を転がる。

 程なくして、自分たちを擦過していく青白い球体に目を見張った。

 緩やかなカーブを描くそれは、古い切り株に当たって霧散する。

 

「い、今のは……」

「ライムさん! すぐに起きてください!」

 

 一緒に倒れかかったはずのサクラは、既に立ち上がって渓流の奥を見据えていた。その手は太刀の柄を握っており、すぐにでも抜刀できる体勢である。

 そうしてライムは、どこからともなく漂ってくる青い光――雷光虫の姿を見た。

 数え切れないほどの雷光虫は、すべてが同じ方向へと集う。

 その先に、なにかがいる。

 

「あれは……」

 

 アオアシラなど容易く凌駕する、狩人の姿をライムは目視した。

 それの名を知らぬものは、ユクモ村に存在しないだろう。

 ライムも名前だけは知っている。

 (いかずち)を纏うかの者の名を、ライムは震える声で口ずさんだ。

 

「――雷狼竜、ジンオウガ……!?」

 

 無双の狩人、ジンオウガの姿がそこにはあった。

 ライムの声に答えるかのごとくジンオウガが息を吸い込み、

 

「ライムさん、耳を塞いで!」

 

 反射的に耳を塞ぐと、音の爆発が起きた。

 咆哮だ。

 体全体が痺れるようだった。冷や汗がブワッと吹き出る。アオアシラなどとは比べものにならないプレッシャー。

 威嚇を終えた雷光の主、ジンオウガはそのままライムに向けて突撃してくる。

 慌てて立ち上がり武器を構えようとするが、ジンオウガの方が速い。

 まずい、と思ったその時、

 

「でやあっ!」

 

 突進するジンオウガの顔に太刀が突き立てられる。

 大したダメージにはなっていない。だが気をひくことはできたらしく、ジンオウガの眼光がサクラを射抜く。

 その隙を逃さず槍を抜き、ジンオウガの腕めがけて突き出した。

 

「ぐっ!」

 

 通用せずに弾かれ、腕がビリビリと痺れる。

 ジンオウガは追撃をしかけるわけでもなく、その巨体に見合わぬ俊敏さで渓流を暴れ回る。ユクモの木が何本もなぎ倒された。

 

「あっ……!」

 

 サクラの声を聞いて、ライムもハッとする。ジンオウガの意図に遅ればせながら気付いた。

 ジンオウガは、ライムたちの退路を塞いでいるのだ。

 ここから逃げる道は、倒れた木によって塞がれた。もちろん越えるのは不可能ではないだろう――ジンオウガさえいなければ。

 唯一塞がれていない道は、ジンオウガの背にある。

 必然的に、ライムたちが生き残る術はたったひとつしかなくなった。

 すなわち、ジンオウガの突破である。

 

「ライムさん。……行けますか?」

 

 ジンオウガから片時も目を離さず、サクラが言う。その声はひどく厳しい。

 冷や汗を拭って答えた。

 

「ああ、もちろん。サクラちゃんは?」

「問題ありません」

「なら良かった」

 

 そうしてライムは、サクラの一歩前に出る。

 

「サクラちゃん。君だけでも逃げるんだ。ここは俺が引き受ける」

 

 背後で息を呑む音が聞こえた。

 

「……無茶、です」

 

 泣きそうな声が響いてきたのは、直後のこと。

 

「ライムさん。あれはアオアシラとは全然違うんです。死んじゃう可能性だって……!」

「わかってる。だから君を逃がすんだ」

 

 震えそうになる足に気合を入れる。

 

「全力で走るだけで逃げられるほど、きっと奴は甘くない。俺たちにすぐ追いついてくるだろう。だからどちらかが足止めしなきゃいけない。このままじゃ二人とも犬死にだ」

「でも!」

「誰かに任せて自分だけ逃げるなんて、俺にはできない」

 

 ライムはユクモ村ではない村の出身だ。もう、存在しない村の。

 モンスターの襲撃によって滅びてしまった村の、唯一の生き残り。

 ライムのような存在はこの世界では珍しくない。

 だが、ライムは二度と自分のような思いを誰かにさせたくないと思った。だからハンターになった。

 本音を言えば、怖くて恐ろしくてたまらない。

 だが自分が逃げれば、サクラはどうなるのだろう。

 決まっている。想像するに難くない。

 だから、ライムは退かなかった。

 

「行ってくれ。道は俺が切り拓く」

 

 ジンオウガも、もう待ってはくれなさそうだった。

 無双の狩人がゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「ライムさん――」

「行け!」

 

 ライムは溢れだしそうになる恐怖を無理やり抑え、叫ぶ。

 次の瞬間、ジンオウガはライムの眼前で腕を振り上げていた。

 

「おおおおおおっ!」

 

 盾で剛爪を受け止める。想像を絶する衝撃が、盾の上からライムを押しつぶさんばかりに襲ってきた。

 肺の中にある息をすべて吐き出し仰け反って、しかしなお狩人の猛攻は止まらない。

 二度三度と迫り来る前脚が、とうとうライムの盾をはじき飛ばした。

 

「しまっ――」

「ライムさん!」

 

 がら空きとなった体に、ジンオウガの尻尾が叩き付けられた。

 自分がどんな声を出して吹き飛んだのか、ライムにさえわからなかった。

 天地が何度も逆転し、やがて渓流の夕焼け空が映る。日が沈むように、自分の命もここで終わるのだろうかとぼんやり思った。

 

「ライムさん、ライムさんっ!」

 

 狭まっていく視界の中に、サクラが今日何度目かわからない涙目となって映り込む。その瞳に溜まる涙は間違いなく今日一番で、今にもこぼれ落ちそうなくらいだ。

 そこまで心配してくれているのが少し嬉しいのと同時に、申し訳ないとも感じる。

 結局、彼女を守ることもできなかった。

 思わず自嘲の笑いをこぼしそうになった口に、瓶が突っ込まれる。

 

「んぐっ……」

 

 この苦々しい味は、恐らく回復薬。しかしどことなくハチミツに似た甘味も感じられた。

 嚥下した瞬間、すっと痛みが引いてくる。

 

「ああ、良かった……!」

 

 呼吸が整い始めたライムを見て、サクラが心底から安堵し、胸をなで下ろした。

 

「あ、ありが……げほ、げほっ」

「あああっ、む、無茶しちゃダメですよライムさんっ。今はまだ大人しくしててくださいっ」

 

 体を起こそうとしたライムを、サクラが優しく制する。

 だが、このままではジンオウガに。

 そう目で訴えかけると、サクラがふんわりと花のように笑った。

 

「大丈夫です。ライムさんはここで休んでいてください」

 

 まさか、と脳裏に一つの可能性が過ぎる。

 ライムがやろうとしたことを彼女もまたやろうとしているのではないか、と。

 しかしすぐに、そうではないとわかった。サクラの顔からそんな雰囲気は感じ取れなかった。

 立ち上がった彼女が、ライムに背を向ける。

 

「ありがとうございます、ライムさん。さっきはわたしを守ろうとしてくれて、すっごく嬉しかったです」

 

 ジンオウガが迫る。狩人がサクラを押しつぶそうと前脚を振り上げた。

 

「サクラちゃん!」

「だから――」

 

 サクラが太刀の柄に手をかけ太刀を抜き滑らせる。

 目視不可能なほどの速度で、彼女の刃が滑り、ジンオウガの腕に食いこんでいた。

 

「今度はわたしが、ライムさんを守ります」

 

 その声は、今まで聞いた彼女のどんな声より落ち着いていて、なにより鋭かった。

 サクラが体を滑らせジンオウガの懐に潜り込む。その動きは体ごと振るう斬撃となり、ジンオウガの腕から血しぶきを迸らせた。

 

「なっ……!?」

 

 威圧されたかのように、ジンオウガが後ろへと飛び退く。

 サクラは目をスッと細めながら雷狼竜を見据えた。

 ちゃきり、と音を立てて太刀を構える。

 

「――行きます」

 

 サクラが駆け寄り、ジンオウガに斬撃を食らわせる。

 その鋭さは、アオアシラと戦っていた時とは比較にならない。

 一太刀一太刀が煌めくような軌跡を描き、ジンオウガを斬り裂いてゆく。

 無論ジンオウガとてやられるばかりではなくサクラに反撃をしかける。

 そのすべてをサクラは紙一重で回避していた。

 ジンオウガが一撃を放つ度に、サクラは二度三度という斬撃を浴びせていた。そのひとつひとつには、尋常ならざる威力が込められている。

 

「凄い……」

 

 ライムは加勢することも忘れて、そうこぼした。

 加勢してはいけないんだとすら思った。

 自分では、きっと足手まといにしかならない。

 そう理解できてしまった。

 

「ふっ!」

 

 呼気と共に放たれる太刀の一撃。

 それは今なお鋭さを増し続けている。

 斬れば斬るほど、彼女の集中力は際限なく高まっていく。

 もはや彼女の目つきはライムの知るそれではない。ぱっちりとした無垢な瞳は刃のように鋭く細まり、宿す輝きは刀のように煌めいている。

 あれがあのサクラなのか、と、ライムは思わずにはいられなかった。

 ジンオウガの悲鳴が響き渡る。

 角が根本からへし折られていた。

 しかし彼女はその悲鳴すらをも隙としか見ていない。

 続けて尻尾を狙い始める。

 ジンオウガの尾が断ち切られるまで、それほど時間はかからなかった。

 しかし、角を折られ尻尾を斬られ、血塗れになりながらもジンオウガは決して屈しない。息荒く涎を垂らしながら、王が配下に勅命を下すかのごとく天に向かって吠えた。

 ライムの頬を雷光虫が擦過していく。

 

「サクラちゃん!」

 

 まずい。ライムは本能的に察し、そう叫んだ。

 サクラはライムの方を一瞥すらせず、ジンオウガから距離を取る。

 やがて雷光虫がジンオウガの下へ集い、爆発。

 そこには今までとは違うジンオウガの姿があった。

 青の燐光を纏うジンオウガである。

 傷まみれになりながら、しかし威風堂々と立ち上がる姿は、狩人としての矜持を感じさせる。

 

「『超帯電状態』」

 

 サクラが目を細めたまま、幼げな、けれど冷静な声で言う。

 

「ここからが本当の勝負、ですよね」

 

 サクラは再び太刀をジンオウガへと向ける。ジンオウガもまた、サクラに向けて吠えた。

 激突。

 互いが互いを狩り合う。

 ジンオウガがサクラを牙で屠ろうとすれば、サクラは踊るようにそれをかわし刃を突き立てる。

 サクラが追撃を仕掛けようとすれば、ジンオウガは尻尾を振るいサクラを吹き飛ばそうとする。

 両者一歩も譲らず、怯みもしない。

 だが、サクラが徐々に押し始めていた。

 その一撃は正確無比。その姿は朧のようであり、ジンオウガでさえ一度も捉えることができていない。

 舞踏のように戦い続けるサクラの力量は、並外れているなどという言葉では到底片付けられない領域にあった。

 日はいつのまにか暮れ、満月が空を支配している。

 その黄金の月をバックにジンオウガが跳ね、サクラから距離を取った。

 ジンオウガの異変に、ライムも気付く。

 雷狼竜が纏う燐光は今までよりも遥かに輝かしく、まるで雷をそのまま衣として纏っているかのようだった。背中の甲殻が展開し、毛が大きく逆立っている。

 その瞳に宿る激情が、咆哮となって月下に轟き響く。

 

「……怒りはじめた、のか?」

 

 ライムは呆然とその結論に至った。

 モンスターは生命の危機に瀕すると、すべてのリミッターを外し激情のままに暴れ回る。

 今のジンオウガは恐らくそれだ。

 だが同時に、それは今までジンオウガが本気ではなかったことを意味していた。

 今まで繰り広げられていた激突も、ジンオウガにとってはまだ全力ではなかったのだ。

 サクラを見る。

 もはや、彼女が見た目通りのハンターだとは思わない。

 真の力を見せつけるジンオウガに、サクラは三度(みたび)刃を向ける。

 

「傷ついてなおその威風、お見事です。あなたの戦いぶりに、わたしは心から敬意を払います」

 

 凛とした彼女の声と瞳が、ジンオウガを讃えた。

 

「――来なさい。わたしの全力を以て、この狩りを終わらせましょう」

 

 その宣言の意味がジンオウガに理解できたかどうかはわからない。

 だがそれを合図としたかのように、ジンオウガはサクラに突進をしかけていた。

 迎え撃つサクラの様子は、穏やかな水面のように静まり返っている。

 折れた角とはいえ、あれだけの速度で突撃されれば腹に穴くらいは間違いなく空くだろう。

 そんな暴力を前に、サクラはただ太刀を振りかぶり、

 

「――」

 

 研ぎ澄まされた練気を解放する。

 太刀の切っ先が朱色の光を宿し、練られた『気』を纏ってジンオウガを舐めた。

 その一閃で目を潰されたジンオウガの悲鳴が、夜の渓流に反芻する。

 その機を逃さずサクラは裂帛の気合と共に、返す刀で斬り払う。

 Xの字を描くような二連斬。

 仰け反るジンオウガ。

 さらにサクラは一歩踏み込む。

 右から斬りあげ、今度は左からも斬りあげた。

 再びXの字を逆からなぞる斬撃。

 ジンオウガの血しぶきと纏っていた雷光虫が飛び散り、渓流に赤白い光を放つ。

 だがサクラはそれでも止まらない。

 

「――はあああっ!」

 

 大上段からの振り下ろしが、ジンオウガの頭を一閃した。

 ジンオウガと言えども、サクラの渾身の斬撃をまともに浴びればタダでは済まない。グラリと体が傾いた。

 終わったと、ライムは思った。

 しかし。

 

 ――オオオオオオオオオオッ!

 

 それでもなお、ジンオウガは倒れなかった。

 一度地に伏せかけたジンオウガは、最期の気力を振り絞って吼えた。

 道連れにするかのごとく、牙を剥いてサクラを喰らおうとする。

 前脚には夥しい数の傷を負い。

 角は根本から砕かれて。

 尻尾は無惨にもちぎり取られ。

 体中、血と傷だらけになりながら。

 それでも、ジンオウガは立ち向かう。

 己こそが真の狩人であり、強者なのだと証明するために。

 決して屈さず、逃げもせず、命尽き果てるその時までジンオウガは戦い続ける。

 

「――言ったはずです」

 

 だからこそ、サクラは決して油断しない。

 ジンオウガの誇りを尊んでいるからこそ、無様な過ちは犯さない。

 太刀の柄を握った手に力を込めたまま、サクラは足を組み換え、くるりと体を捻らせる。

 漲る気と力の、その欠片ひとつさえ逃さず刃へと乗せる。

 サクラの矮躯が、満月のような円を描いた。

 

「これで、終わりにすると」

 

 月下、音もなく二つの影が交差した。

『気』を刃に纏わせ回転し、モンスターを斬り伏せる奥義――『気刃大回転斬り』だった。

 すれ違うようにジンオウガを斬ったサクラは、静かに納刀した。

 

「さようなら、無双の狩人」

 

 太刀を鞘に納めた瞬間、ジンオウガが今度こそ崩れ落ちた。

 そしてそれは、もう二度と動かなかった。

 

「あなたと戦えたことを、わたしは心から誇りに思います」

 

 サクラは月を見上げてそう呟いた。

 既に意志なき亡骸ではなく、いずこかへ還るその御魂へと、(おの)が言霊を捧げるように。

 金色(こんじき)の満月が、その光景を見下ろしている。

 どこからともなく吹く風が、狩りの終わりを告げていた。

 

 

 依頼を終えた二人は、ギルドへの報告もそこそこに集会所で祝杯をあげていた。

 

「ら、ライムさん。本当に大丈夫ですか? まだどこか痛んだりしますか? それならわたしのおうちで――」

「大丈夫だって、心配症だなあサクラちゃんは」

 

 クエストを終えてから、ずっとライムの心配ばかりしているサクラに苦笑をこぼす。

 

「俺も一応ハンターだから、あれぐらい大丈夫さ。ドスファンゴに転がされまくった時に比べればマシだ」

 

 そう言って酒を煽り、料理を口にするとライムは話題を変えた。

 

「それより、だ」

「はい?」

「俺がベースキャンプでした質問、覚えてるか?」

「ああ、どのぐらいハンターをやっているのか……って質問でしたっけ」

 

 サクラの動きは、まかり間違っても初心者ハンターができるものではない。

 あのジンオウガと真正面から向き合ってなお怯まない胆力から見るに、相当な実力者だろう。

 ジンオウガと戦っていた時とはまるで違う可愛らしい仕草で「んー」と考えてから、サクラは言った。

 

「数年ほどやっていることは確かなんですけど……ごめんなさい、ちょっと覚えてませ」

「あらっ、サクラちゃんじゃない!」

 

 サクラの声を遮って、女性の声が聞こえた。

 見ると、レイアシリーズに身を包んだ女性ハンターがいた。ライムも知っている……というかお世話になっている先輩ハンターだ。

 その口ぶりから察するに、どうやらサクラとも知り合いらしい。

 

「ん? おおー、ライムくんまで。ってことはなに? サクラちゃん、また初心者ハンターくんのお手伝いしてたわけ?」

「今回は違いますよ。ライムさんが誘ってくださったんです」

「ライムくんが?」

 

 先輩ハンターがヘルムを外しライムの方を見ると、にいっと笑った。

 深い緑の髪がふわりと揺れる。

 

「ははーん。さてはライムくん、こんなちいさい女の子がハンターなんて辛そうだし守ってあげなきゃー……みたいな思考回路で誘ったんでしょ?」

「うぐっ……」

 

 何も返す言葉が浮かばないレベルの図星である。

 言い訳のしようもなく、サクラを見て頭を下げた。

 

「……すまない。正直、君のことを侮っていたよ」

「い、いえいえっ、お気持ちはとっっっても嬉しかったですよ!」

 

『とっても』をやたら強調して言うサクラは、どうやら本当に不快には思っていないようだった。

 それなら良いんだが、とライムは頭をかく。

 

「サクラちゃん、とっても強かったでしょう? なんて言ったって、あの『剣姫』様だからねー」

「……『剣姫』?」

「も、もうアヤカさんったらっ。その呼び方はやめてください、恥ずかしいです……」

 

 サクラが頬を花色に染めて俯いた。

 剣姫。どこかで聞いたことがある。

 脳内で関連する情報を検索していると、やがてひとつの噂話がヒットする。

 その内容を思い出したライムは、思わず椅子から立ち上がっていた。

 

「……ユクモ村屈指の太刀使い『桜色の剣姫』ってまさか――!」

「そ。このサクラちゃんのことよ」

 

 それは、ライムがユクモ村で最初に聞いた噂話。

 このユクモ村が誇る最強の女ハンター。麗しい見目と戦いぶりから、その名は知れ渡っている――。

 ライムも朧気ながら聞いた覚えがある。

 サクラ、という名前を。

 彼女と出会った時、引っかかっていたのはそれだったのだ。

 

「そ、そんなハンターがなんでユクモシリーズなんて着て……」

「あ、あれは普段着なんですよ。かわいくてお気に入りなんです。

 そしたら、ライムさんがわたしを誘ってくださって」

 

 真相を聞いたライムは、なにかを言おうとして口をパクパクさせていたけど、結局なにも言えずに座り込んだ。

 なんだか頭痛がしてきた。

 思い出すのは、自分の発言の数々。

 サクラを自分と同じような駆け出しだと思い込んでいたから、随分失礼なことを言っていた気がする。

 

「……ら、ライムさん?」

「……はっ」

 

 自分に時を渡る能力があったら全力であの時の自分を殴り飛ばすのに、なんて現実逃避をしていたライムは、ふとサクラの言葉で意識を現実に戻す。

 ぶんぶんと頭を振って、サクラを見た。

 

「その……なんて言うべきか、本当にお節介だったんだな。自分の言動を思い出して恥ずかしく、」

「そんなことないです!」

 

 バンっとテーブルを叩いて、サクラがライムに詰め寄る。

 

「さっきも言った通り、ライムさんのお考えはわたしもわかってましたっ。その上で、わたしはあなた様と組むことにしたんです!」

「……う、うん……?」

「狩猟中も言いましたけど、全力でわたしを守ってくれようとしたこと、本当に嬉しかったんです。だから、お節介なんかじゃありませんっ!」

 

 むふー、と鼻息荒く話すサクラを見て、ライムは曖昧に頷くことしかできない。よくわからないが、サクラにとっては気分が良かったらしい。

 まあそれならなにも問題ないか、と先程も出した結論へ再び至る。

 

「それで、次はどのクエストに?」

「……え?」

「へ?」

 

 当然のようにそう訊いてくるサクラに、ライムはポカンと間抜け面を晒してしまった。

 サクラも似たような顔をしているけれど、元の顔が良いので愛嬌があった。

 

「これからも俺と組んでくれるのか?」

 

 てっきり上位ハンターの気まぐれかと思っていた。

 しかしサクラは「心外です」とでも言いたげに頬を膨らませる。

 

「もー、ライムさんがおっしゃったんじゃないですか。しばらく俺と組もうって」

「いや、それはそうだが……俺みたいなのと組んでても君にメリットが」

「良いんです」

 

 サクラは、名前の通り桜が咲くように笑った。

 

「アオアシラと戦っていた時も、ジンオウガと出会った時も。ライムさんはいつもわたしを守ろうとしてくれました」

 

 優しく、くちずさむように彼女は言う。

 

「そんな殿方って、やっぱりかっこいいと思います。

 それにわたしだって女の子ですから、そんなかっこいい殿方に守られてみたいって願望があったりするんですよ。ですから、ライムさんとご一緒して、いつの日か、しっかり守られてみたいです。……今度こそ、ねっ?」

 

 悪戯っぽく、けれどまっすぐに告げられた言葉。

 ライムは沈黙しか返せなかった。

 ジンオウガと戦っていた時からは想像もつかない願望――そんなものが彼女にもあったのかと、意外に思う。

 あるいは、恐ろしく強いハンターであるからこそ、なのだろうか。

 

「……それとも、わたしみたいな女に付き纏われるのはやっぱりご迷惑ですか?」 

「……いいや」

 

 悲しそうな顔になるサクラに、ライムは微笑みかける。

 サクラという少女のことを、ライムもまた、気に入っていた。迷惑に思う理由なんてどこにもない。

 

「そういうことなら、俺も腕をあげないといけないな。……それまで、世話になっても良いか?」

 

 そう言ってライムが手を差し伸べると、サクラはぱあっと顔を明るくして、ライムの手に己の小さな手を重ねた。

 

「は、はいっ!」

 

 その笑顔は、まるでそこにだけ桜の花が咲き乱れたかのようにすら感じられた。

 

「不束者ですが、よろしくお願いしますね!」

「……ええっと、サクラちゃん。それ、お嫁に入る時の言葉」

「――ぽみゃっ、」

 

 アヤカの言葉で顔をぼふんと真っ赤にするサクラを見て、ライムはクスリと破顔した。

 新しくパーティを組むことになった二人のハンターを祝福するように、どこかから桜の花びらが舞い落ちてくる。

 それを見たライムは、ふと集会所の窓から外を見た。

 

 ユクモの大地には、今日も桜が咲いている。


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