「出撃します!」
彼女たちを見送った提督はソワソワと落ち着かない体を執務室へと向け歩き出した。
提督はつい先日この鎮守府へと着任したばかりであり、執務室から出撃した彼女たちを見ることができるもののはじめての出撃とあって提督は落ち着くことができないでいる。
海域も近場こそ安定し戦艦や空母など大きな反応も無いものの、少し遠くまで行けばまだ彼らのテリトリーであり、この鎮守府の近場の提督がその海域を攻略しようと出撃し、帰ってこなかったことは記憶に新しいのだ。
特に今回の出撃は安定している近海ではあるものの、新興鎮守府であるために軽空母と軽巡がそれぞれ1隻、残りは駆逐艦で編成された資源に優しい編成となっている。
練度の高い艦が多くいるのであるならばまた話は別であっただろうが、彼女たちは演習で少々訓練を行った程度であり、装甲を厚くするなどの改修も満足に行えておらず、装備も適した装備であるとは言い難い。
もし戦艦や空母クラスとの戦闘など起こった場合、こちらからは回避に専念し撤退しろと命じることしか出来ないのだ。
心配のしすぎな気もするが、彼女たちと数日過ごした身となっては、我が子のような気持ちで送り出してしまうのも無理はないと言えるだろう。多分。
海域を航行する彼女たちを妖精印の偵察カメラで見ながら、無事で帰ってきて欲しいと願う。
今のところ敵影を発見したものの、駆逐艦1隻しかおらず、軽空母の制空権を確保した先制攻撃によって沈められている。
このまま何もなければあと1時間ほどかけて海域を航行し、偵察を行って帰投するのみ。
そう思った矢先であった―――
大きな音と共に足元の水面が大きく波打ち私たちの身を揺らし水飛沫が濡らす。
「状況確認! 被害報告!」
旗艦を任されている木曽がそう叫ぶと彼女たちは一様に被害なしと返答があった。
「敵影発見! ……戦艦タ級!!」
準鷹の大きな声が響き彼女達が戦慄する。
偵察機を積んでいたものの、撃ち落とされたかあるいは見落としか、否、そのようなことはどうでもよいのだ。
『総員撤退! 全力で海域を離脱しろ! 装備も編成もタ級と渡り合えるものではない!』
提督から叫ぶような無線が聞こえ、時が止まったかのように戸惑っていた彼女たちはが動き出した。
木曽の提案により準鷹を中央に、殿は木曽でその海域を離脱する。
しかし準鷹の速度にあわせ撤退するため高速での離脱は出来ず、タ級の攻撃が降り注ぎ続ける。
じわじわとタ級の攻撃の精度が上がっていくなか、ふと殿を務めていた木曽が、死神に肩を叩かれたような、そんな何かを感じとりくるりと振り返った。
「あっ……」
そこには自らに迫る黒い点、否、タ級の砲弾が写っていた。
すでに回避するには遅く、その砲弾は間違いなく当たるだろう。
逃走間を感じることはなかったが嫌にゆっくりと砲弾が自分に……それも自分の顔に迫ってくるのが見えた。
これは死ぬ。
間違いなく死ぬ。
妖精による装備である服は、見た目以上に防御範囲が広く、その性能は一撃で轟沈するような攻撃でも一度だけなら耐えてくれると言う。
しかし木曽は当たりどころが悪く即死してしまったという艦が存在することを知っていた。
頭部、さらに言うなら目はどうしても防御を張ることが難しく、張った場合は半透明のアクリル板を通し見るようだと言われている。
思い出したのが遅かったなと木曽は顔を背けようとしながらも、自らの動かない顔を怨めしく感じる。
あのとき振り向かなきゃ最悪後頭部に受けてまだ生きていられたかもな……なんて思いながら。
『木曽おおおおおおおおおお!!!!』
通信機から叫び声が聞こえる。
提督とは案外短い間の付き合いだったなと思い出しながら、この件が提督のトラウマにならないよう願う。
轟沈を経験し、トラウマとなった提督は海域の攻略に極端に臆病になったり、艦娘たちに冷酷にあたり、自らの心を守ろうとするなどの問題が発生するらしい。
数日過ごした感じだとあれだけ一人一人と仲良くなろうとする提督なら前者になりそうだ……。
足の止まった私に何事かと一緒に出撃している彼女たちが振り返らないことを願う。
流石に同僚の頭が弾け飛ぶ瞬間はショッキングすぎる。
ああ、もうすぐ目の前に砲弾がある。
ゆっくりと自分の死が近づいたその時――
ゴン! っと大きな音と共にその砲弾は顔を逸れ自らの顔の右側を通りすぎていくのを感じた。
その大きな音は砲弾がナニかに弾かれた音。
そのナニかは人の手のような形をしていて――
その手は、その服は確かに出撃時に振っていた手のようで――
「木曽! 大丈夫か!」
その声は確かに提督であった――
「て、提督……?」
「うむ。皆の提督だぞ。木曽の危険にいてもたっても居られなくてつい来てしまった」
にこやかに笑いながら提督は笑う。
「言いたいことはあるだろうが、まずはあのタ級を倒してからだ」
腰だめに両手を構え勢いよく突きだし、そこから飛び出るのは青白く輝く強大なオーラ!!
「提督波ぁぁあああー!!」
飛び出たオーラは何事かわからぬが、未知なるものを回避しようとしたタ級を追尾するように曲がり、その体に大きな穴を開け貫いた。
その数秒後タ級は爆発し跡には塵も残らなかった。
「……提督、今のは……」
木曽の異変を感じ振り向いた撤退中の彼女たちは、砲弾を殴り飛ばし、あまつさえタ級を撃破した提督の回りに集まり質問をした。
「うむ。今のは提督にしか出せない特殊な攻撃、提督波だ。皆への愛と危機にしか撃てぬ究極奥義だ。私以外が撃っているのを見たことはないが多分全ての提督が撃てる!」
そんなわけないだろ!
建造され数日しか一緒に居なくても彼女たちの心が一致した気がするし、多分それは間違いない。
「……提督はどうやってここに来たんだ? ……そもそもここは海の上だが提督は一体どうして立ってるんだ?」
「執務室から木曽の危険が見えていてもたってもいられず提督ワープして飛んできたんだ。海の上には艦娘だって立てるんだ、提督が立ててもおかしくないだろう」
絶対おかしい。
「それよりも帰ろう。木曽はあんな目にあったんだ。もしかしたら何かあってもおかしくない。鎮守府へ帰ってゆっくりしようじゃないか!」
少し考え込んだ提督はさもいいことを思い付いたといい放つ。
「私は先に帰って入渠の準備をしておこう! 心配いらん。皆の明日の休みも先に申請しておく。では先に鎮守府で待っているぞ!」
提督ワープ!
と叫びながら提督がその場から消えた。
「……帰ろう」
木曽の言葉に異論を唱える艦娘はその場には居なかった。
それからというもの、艦娘が危機(小破程度)に陥るたびに出てくる提督へしびれを切らし、もう少し頼ってくれと懇願する木曽の姿や、念のためと海域のボスを艦娘より先回りして倒しておいたりする提督の姿が見られたと言う。
今日もがんばれ提督!