けれど、その日常が一般的なものであるとは限らない。
神機使いとして生きる者達の日常は、ちょっと……いや、少し……うん、結構変わっているものであった。
――極東に、正月がやってきた。
とはいえ神機使いの多くに正月を楽しむ余裕はない。
アラガミの脅威から人々を守る為、彼等は今日も戦わなければならないのだ。
だが、それでもやはり娯楽というのは必要である。
「――だから俺は、こんなものを用意した!!」
そう高らかに宣言するように言ったハルオミの声が、同行していたシエルとナナの耳に入る。
しかし2人の視線はただただ冷たい、シエルに至っては絶対零度の瞳を彼に向けていた。
何故2人はハルオミに対してそのような視線を向けているのか、それは彼が持っているものを見たからだ。
彼が彼女達に向けて見せているものは……晴れ着である。
正月に着る着物であり、別に見せられた所でどうかというわけではない。
しかしである、当然ながらエロ兄貴であるハルオミが見せた晴れ着が普通のものの筈はなかった。
まず下の丈が短い、ミニスカートより短い。
着て歩くだけでも下着が見えてしまいそうだ、その時点で色々とツッコミ所がある。
そして上部分、つまり胸元部分なのだが……何故か下が開いている。
全体的に見れば可愛らしいデザインではあるが、上述の点のせいで着たいとは微塵も思えなかった。
というかこんなものを着せようとするハルオミに殺意すら湧いた。
「おっとお2人さん、言いたい事はわかるがとりあえずその殺気を抑えてくれないか? というかお願いします」
「……ハルオミさん、これは言うまでもなくセクハラ行為かと思われますが……査問会行きにしましょうか?」
「ちょっと待った。お願いですからそれだけはやめてください」
本気の口調でそう言い放つシエルに、ハルオミ完全敗北。
だがしかし、我等が探求者はこんな事では挫けない。
全ては彼女がいない男子達の為に、邪全開の決意を改めて胸に秘めつつハルオミは交渉を開始した。
「まずは落ち着いて俺の話を聞くんだ。これはお前達にとっても有益なものになるだろう」
「えー? どう考えてもハルさんがコレを私達に着させたいだけだと思うけどなー」
ナナの言葉に同意するように、うんうんと頷くシエル。
「確かにそれは否定しない、が……お前達がコレを着たら、フィアが喜ぶかもしれないぞ?」
「…………」
その言葉に、2人は押し黙った。
2人の反応によっしゃと心の中でガッツポーズをしつつ、ハルオミは言葉を続ける。
「フィアも男だ。女の事に色々と興味を持ち始める年頃だからな、ここで一気に自覚させて……そうすれば、お前達との仲も進展するかもしれないぞ?」
この言葉に嘘はない、アレな面もあるがハルオミは極東において良き兄貴分の1人なのだ。
当然シエルとナナ、そしてフィアの3人の関係が良い方向に向かってほしいと願っている。
……尤も、上記の言葉には当然他意もあるが。
「……いいでしょう。ここは敢えてハルオミさんの言葉に乗る事にします」
「わ、私も私も!!」
「お前達ならそう言ってくれると信じていたぜ」
「ところでハルオミさん、この晴れ着……のようなモノを作成したのは、あなたですか?」
「いんや、作成したのは本部の連中らしい。……まさか向こうの連中がこんなものを作るとは驚きだ」
「えぇー……?」
何やってんだフェンリル、2人はハルオミの言葉を聞いてドン引きした。
――それから2人は、それぞれの自室にてこの晴れ着を着てフィアの所に向かおうとしたのだが。
「お願いします、視線をこっちに!!」
「はい、そこでポーズを!!」
「……何コレ?」
「どうしてこんな事に……」
何故か、エントランスにて小さな撮影会が始まってしまった。
シャッター音が響く中央にてひたすら写真を撮られまくるシエルとナナ。
その周りに居るのは説明するまでもなく男性神機使いや職員のみ、これまた説明するまでもないが彼女なんて居ない輩だけで形成されている。
当然2人は男共の下心しかない要求を却下した。
彼等にこの姿を見せる為に着た訳ではないし、やはり少々気恥ずかしいのもある。
だが彼等はしつこく引き下がった、それこそシエルにフルーグルを撃ち込んでやりたいと割と本気で思わせるくらいしつこくだ。
しかも中には土下座はするわ血涙を流すわで見ていて悲しくなってくる行動をする者達まで現れた。
結果、2人はそんな男達に慈悲を与えてあげようと思ってしまったのだ、折れたと言ってもいい。
それに何より見せたかった相手であるフィアが、ジュリウスとギルと共に任務に出ていていないというのもあり、このようなけったいな状況に陥ってしまったわけで。
「シエルちゃん、アイドルの気持ちってこんな感じなのかな?」
「……そうかもしれません。ユノさんが以前愚痴を零していた時と今の状態はよく似ていますし」
戦う時よりも疲れると思いながら、2人は無心で男共の欲求を叶えていった。
「……何してるんですか、あなた達は」
「今回の犠牲者はシエルお姉ちゃんにナナお姉ちゃんか」
呆れた口調でそう言いながら現れたのは、アリサにローザ。
2人も晴れ着姿なっており、シエルとナナが着ているものとは違い普通の晴れ着であった。
露出は当然ないものの、髪を結い上げ見事に着こなすその姿は別の意味で美しく……男達には官能的に映った。
「アリサ先輩、ローザちゃん、あなた達の写真も是非撮らせてくださいお願いします!!」
「な、なんだこの感じは……シエルちゃんやナナちゃんと違って露出はまったくと言っていいほど無いのに、全体的にエロスが漂っている……!」
「こっちはこっちで違う魅力があるぞ、永久保存版にしたい……!」
……口々に勝手なことを言い出す男達だが、アリサとローザは微塵も動じない。
当たり前だ、毎年このような反応を見せられれば嫌でも慣れるというものである、慣れたくはないが。
よく飽きないものだと逆に感心してしまう、尤も――2人はシエル達とは違い男達に一片の慈悲など与えなかった。
「撮っても構いませんけど……相応の覚悟を抱いて撮ってくださいね?」
「そうそう。お兄ちゃんとエリックの許可を貰ってるのなら、存分に撮っても構わないよ?」
『…………すみませんでした』
男達のテンションが、一気に下降した。
アリサの夫であるカズキ、ローザの恋人であるエリック。
この2人を敵に回せばどうなるかなど……想像もしたくない。
というかそんな事をすれば間違いなく生きてはいられない、もはやこれは極東支部暗黙のルールともいえる現実であった。
――そのままなし崩し的に、突如として始まった撮影会は終わりを迎える。
「……助かりました、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」
「2人とも優しいんだから、ああいうのはビシッと断わればいいの!」
「あはは……次からそうするよ」
「ところでお2人とも、ソレを着たんですね……」
アリサの視線が、シエル達の着ている晴れ着に向けられる。
「フェンリル本部が用意したって話だけど……コレ、晴れ着って呼べるのかなあ?」
「2人はこれは着ないつもりなんですか?」
「ええ。私とローザにはツバキ教官から譲っていただいたこの晴れ着がありますからね」
「それにローザがこれを着ちゃったら、エリックの理性が崩壊する可能性があるもん」
まあ、ローザは崩壊した方がいいんだけどね。
少しだけ顔を赤らめてそんな事を言うローザに、シエル達の頬も紅潮した。
「でもお姉ちゃんがコレを着ないのはちょっと意外だったかな、お兄ちゃん喜んでくれるかもよ?」
「うーん、私もそれは考えたんですけど……カズキが興奮すると、私の方もタガが外れてしまうというか……」
「あー……うん、まあ……かもね」
いつも外れてるじゃん、とは誰も突っ込まなかった。
……これはまた暫くカズキは休む事になるだろう、3人はそっと彼に合掌を送る。
「――あれ? みんな揃ってどうしたの?」
「晴れ着か……それぞれ魅力的だね」
と、エレベーターから任務帰りのカズキとエリックが出てきた。
瞬間、アリサとローザの瞳が妖しく光る。
「待っていましたよカズキ、もう任務はないですよね?」
「えっ、あ、はい……」
「エリックもないよね? ね?」
「えっ? あ、ああ……後は報告書を書いて提出を……」
食い気味に迫る2人に、エリックは困惑しつつも質問に答え、カズキはどこか諦めたような悟ったような表情を浮かべる。
「では、部屋に行きましょうか!!」
「エリック、ローザ達も……ゆっくり楽しもう、ね?」
言うやいなや、引っ張るようにそれぞれの想い人を引っ張っていくアリサとローザ。
エリックはいまだ困惑しているが、カズキは遠い目でおとなしくついていく。
……これから何が行なわれるか、カズキはよく理解しているようだ。
それが何であるかは……各々察してほしい。
「…………凄いね、シエルちゃん」
「は、はい……凄いです……」
4人の姿を見送るシエル達は、顔を赤らめながらそんな事しか言えなかった。
■
「――ジュリウス、だいぶ勘は取り戻せた?」
「ああ、問題ない。
すまないな2人とも、いつも助かっている」
「気にすんな、しっかし世間は正月だって言うのに任務とはな……」
「仕方ないよギル、アラガミに正月なんてないんだから」
「……アラガミ達が正月を楽しむ、か。想像すると違和感しかないな」
「ははっ、なんてもん想像してんだよジュリウス」
談笑を楽しみつつ、エントランスホールへと向かうエレベーターへと乗り込む3人。
これで今日の任務は終わりだ、後は報告書を作成して各々自由時間を楽しむ事ができる。
さて何をしようか……そんな事を考えていると、エレベーターがエントランスへと到着し3人はそこで降りた。
「あ、フィア!!」
「フィアさん、お疲れ様です。ジュリウスとギルも、お疲れ様でした」
「…………」
「お前達、その恰好はなんだ?」
「晴れ着……の割には、随分と露出があるんだな」
自分達を出迎えてくれたシエルとナナの姿を見て、フィアは固まり、ジュリウスは困惑し、ギルは少し呆れた。
「ど、どうかなフィア。似合う?」
「ど、どうでしょうか……?」
「えっ、あ、うん……僕は可愛いと思うよ?」
いつもと違う恰好に驚いたものの、すぐさま冷静さを取り戻したフィアは率直な意見を返す。
嘘偽りも世辞もない、歯に衣着せぬ彼らしい言葉。
それを聞いたナナは口元に隠し切れない笑みを浮かべ、シエルは嬉しそうにしながらも気恥ずかしさからか頬に両手を添え顔を赤らめた。
その光景をギルは微笑ましそうな目で見守っていたが……ジュリウスは何故か複雑そうな表情を浮かべている。
「? ジュリウス、どうした?」
それに気づいたギルが声を掛ける。
「いや……フィアには少し、刺激が強い恰好ではないかと思ってな」
「……普段のナナの方が刺激が強いと思うけどな」
「そうなんだ。前々から思っていた事だがあまりフィアには良い影響とは思えない、少しずつ改善する必要があるかもしれんな……」
「…………」
そういえば最初の頃のジュリウスはこんな感じだったとギルはなんだか懐かしくなった。
だが、今はそっとしておいてやってほしい。
「とりあえず今のオレ達はここに居ても邪魔になる。いくぞジュリウス」
「ちょっと待て。やはりあの晴れ着は少々フィアには刺激が……」
「はいはい。そういうのはいいから」
「待てギル! 俺はただフィアに変な事を覚えさせない為にだな……」
ああはいはいと、ギルは軽く受け流しながらジュリウスを引っ張っていく。
……楽しそうにしているのだ、シエルやナナはもちろんフィアも。
それを邪魔するような無粋な真似はしたくない、少し進展したであろう3人にギルはそっとエールを送りながらその場を離れていったのであった。
~おまけ~
「――そういえば、マリーとリヴィは本部から届いた晴れ着、着ないのか?」
「き、着てほしいのか……!?」
「わたしは着ないぞ。そもそもリヴィはともかくわたしのような手が高い女がアレを着ても似合わないだろうに」
「そうかー? そんな事ないと思うけどなー」
「…………ふむ、お前がそう言うのなら着てくるとするか」
「ま、待てマリー! わ、わ、私も着るぞ!!」
という会話が、ロミオ達の間であったとかなかったとか……。
因みに、マリーとリヴィがあの晴れ着を着たのかは不明である。
ただ、後日ロミオが非モテ男達から暫く冷たくされたそうな。
少しでも楽しんでいただければ幸いに思います。
こちらはネタが思いついたら、また書くかもしれません。