平和な木組みの町に住むお嬢様とその小さな兎の兵士のお話――――。

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一手交えただけでかなりの実力者だと見抜いたよ

 

 

 頭が上がらない――という言葉は知っているだろう。

 相手に負い目を感じて対等に振る舞うことができないという意味である。

 親か、上司か、はたまた姉弟か。

 誰しも、その頭の上がらない人間の一人や二人は抱えていることと思う。これは人と関わりを持つ以上、避けては通れない道である。

 それはまた俺自身例外ではなく、物心ついた時から――現在に至るまで、頭が上がらないと感じた人物が二人いた。

 

 一人は俺の生みの親である母。儚げな印象を与える線の細い女性ではあるが、俺を含めた姉弟たちを育て上げ、更には姉と一緒ではあるもののパン屋の店長としてたった二人で店を切り盛りする胆力の持ち主である。

 大学の教授であり、都心に住み家を空けがちの父に変わり母は我が家の中心と言っても過言ではないだろう。

 そんな母が俺の頭の上がらない人間の一人である。

 

 

 ――では、もう一人とは?

 

 

 その人物について語る上で俺は頭を抱えて苦虫を噛み締めた表情をせざる負えない。

 何故なら俺のトラウマ――思い出すのも憚られる記憶の大半は彼女に起因するものだからだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 我が家の長女である姉と俺はほぼ同時刻に産まれた所謂、双子である。

 乳児の平均より一回りほど大きな身体に、元気な産声を上げて産まれた姉とは対照的に後を追うように産まれた俺は出生体重が他の子供と比べても明らかに小さな未熟児だったらしい。

 何でも産まれて間もなくは本当に命の危険があったそうだ。担当だった先生からはまるで姉に全ての栄養を取られたようだと、母に語ったらしい。

 

 病院の適切な処置もあり一命を取り止めたものの、生まれついて病弱で華奢な身体を持った俺は、幼い内は外で遊ぶことを禁じられ、同年代の子が仲良く外で遊んでいる光景を眺めながら、家の中で本を読む日々を過ごしていた。

 両親はそんな俺を見て不憫に思っていたそうだが、しかし実は俺自身は寂しいといった感情を余り抱いたことはない。何故なら――、

 

『こーひちゃん。いっしょにあーそぼ!』

 

 俺の名を呼ぶ高らかな声。僅かに赤みががった茶髪を振り撒いてこちらに笑いかける少女は在りし日の姉である。

 

 このように、病弱な俺を心配に思ったのかことあるごとに構ってきた姉のお陰で俺の孤独感はかなり払拭されていた。

 

 男子だというのに女子と見紛う華奢な身体にあまり外に出ないせいで白塗りのような白い肌。その上、母や姉に酷似した容姿を持った俺は男女(おとこおんな)というアダ名をつけられ同級生から何度かからかわれることもあった。

 そんな時に俺を助けてくれたのも姉である。

 落ち込む俺を見て、からかいの主犯だった同学年の男子をブン殴ったり投げ飛ばしたりしていたあの時の姉は正に男子顔負けだったと言えよう。

 

 幼少の出来事。そんなこともあり俺は姉に頭が上がらないのだ。

 小学生の頃など末の妹を交えて殆ど三人一緒に過ごしていた。朝起きる時から夜寝る時まで一緒である。

 

 しかしそれも中学、高校と年を重ねていく度に変質していった。

 身体的にも精神的にも成長する年頃である。……残念ながら身体の成長にはあまり恵まれなかった俺だが、精神面は年相応に育ち昔と変わらず構ってくる姉に対してやや鬱陶しさを感じるようになっていた。

 そして時間が経つにつれ自立、独立といった単語が脳裏をちらつくようになる。

 

 ――このままでいいのか。

 

 変革の時だと思った。

 いつまでも母や姉に頼りっきりではなく俺自身で何かを成し遂げてみたい。――そのためにはまずこのひ弱な身体を人並み程度には強くしなければならない。

 

 高校三年生の冬である。

 

 学校の友人たちの大半は地元や都心の大学へ進学するという進路を取った中、俺は前々から計画していた陸軍士官学校への進学をこっそりと母に明かした。

 

 本当に大丈夫なのかと、母は最後まで俺を心配していたようだったが俺の決意が固いことを知ると戸惑いながらも最後には同意してくれた。

 

 因みにこのことは姉には話していない。何故なら反対されるのが目に見えているからで、最悪泣きつかれたら俺の決意がぐらつくかもしれないという危惧があったからだ。――いつまでも経っても姉の涙には滅法弱いのである。

 

 かくして無事士官学校に入学し訓練生となった俺を待ち受けていたのは、語るも恐ろしい地獄の日々であった。

 何度辞めようと思ったことか。元来体力のない、周りより一際小さな身体を持つ俺にとっては不利にしかならない鍛練だった。

 それでも俺は死ぬ気で食らい付き、時には同期の仲間に助けてもらいながらも、俺はこの厳しい訓練を全うすることができたのだ。

 

 第73期卒業生主席、保登 香陽(ほと こうひ)

 

 桜舞い散る快晴の下。俺は卒業証書を手に同期の仲間と一緒に歓喜した。

 紆余曲折、様々なことがあったが俺はやり遂げたのだ。心中に蔓延するこの充実感は筆舌し難い。

 

保登(ほと)

 

 ふと名前を呼ばれて振り返る。

 そこに居たのは訓練の間、鞭撻して下さった教官の姿だった。

 結局この数年、成長期だというのに身長に微々たる変化はなかった俺だが、そんな俺の倍ほどもあるのではないかと思うほどの大きな巨体を持つ教官は深く被った緑のベレー帽の奥で射抜くように俺を見詰めていた。

 

「……正直、お前がここまでやるとは思わなかった。まだここに来たばかりはちまっこい小娘のようだったお前がな……」

 

「はっ! 勿体無いお言葉であります!」

 

 どこか感慨深そうな顔をする教官に俺は反射的に敬礼していた。この長い訓練期間で本能に刷り込まれた行動である。

 

「そんなに畏まらなくてももう怒鳴ったりしねぇよ。もうお前さんの教官じゃねぇからな」

 

「い、いえ……ですが……」

 

 そう言われたところで態度を軟化させられるほど俺は器用な人間ではない。

 背筋を伸ばしたまま直立する俺を見て喉の奥でくくっと笑いを漏らした教官は在学中は見たことがなかった柔らかな表情をしていた。

 

「――ところでお前さん。ここを卒業した後はどうするつもりだ?」

 

「それは……」

 

 教官の問いに俺は言葉を濁らせる。はっきり言って、決まってないというのが正しいからだ。この士官学校に入学したのも今まで頑張ってきたのも全てはひ弱だった自分を変える為。では強くなった、その後については――? その辺りについて配慮していないのが俺の現状であった。

 

 押し黙ったままの俺を見て教官は肩をすくませる。その姿は呆れているようだった。

 

「全く……決まってねぇのか。一度決めたことには一直線で後先も考えない。……猪か、お前は」

 

「す、すみません……」

 

 ぐうの音も出せず、後ろ頭を掻きながらぺこぺこと謝罪する。そんな俺を見て、

 

「……だがまぁ、世の中にはそんな人材を欲しがる奇特な人間が居るんだよ」

 

 教官はそう言いながら懐から綺麗に封のされた真っ白な封筒を取り出すと俺の前に差し出した。何がなにやら、呆けながら受け取った手紙の表紙には達筆な文字で『天々座(てでざ)』と書かれている。

 

「これは……?」

 

「俺の知り合いのボンボンが、丁度人手を探してるって言うんでな……どうだ、そこで雇われてみる気はねぇか?」

 

「えっ……」

 

 言葉を理解するのに半秒掛かった。教官の目を見て冗談ではないことを知ると俺は慌てて首を横に振った。

 

「そ、そんな! 無理ですよ! それに教官にも悪いですし……」

 

「なーに、簡単な仕事だ。テメェはただ馬鹿でかい屋敷の前で突っ立ってりゃいい。向こうの方にも大体の話は通してある。……悪い話じゃねぇと思うが」

 

 滅相もないとはこのことだろう。これからどうしようかと迷っていた俺に就職先を持ち掛けてくれた。願ってもない提案である。拒否する道理がどこにあろうか。

 じっとこちらを見詰める教官に俺が返した返事は「是」の一文字であった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『どんなときも心がバリスタなら

 コーヒー淹れられる

 姿がうさぎに変わっても変わらない――』

 

 ぱたりと閉じた本に栞を挟み込む。『うさぎになったバリスタ』俺の好きな小説の一つである。

 

 がたごとと揺れる汽車。落としていた視線を窓枠に移すと、草木揺れる雄大な自然。その向こうに建ち並ぶ木造の家々が顔を覗かせた。

 

「……あれが、木組みの町」

 

 その名の通りその大部分が木材で構成されたレトロな橙の町並みはどこか心を落ち着かせ、懐かしい気分にしてくれる。

 この町には一度だけ、家族と一緒に旅行で訪れたことがある。

 何の因果か再びこの町に足を踏み入れることにある種の感慨を抱きながら、俺は先ほどから煩い胸の動悸を押さえ付けた。

 

 ……どうやら俺は新天地に対して自分の想像以上の期待を寄せているらしい。

 

 

 

  * * *

 

 

 

「おぉ……」

 

 列車での長旅を終え、終点である木組みの町に無事到着した俺は、早速と目的地である自身の雇用場所に向かう途中で、ある一点に目を奪われぴたりと足を止めてしまった。

 

 粉雪のような真っ白な毛並み、饅頭を連想させるような丸っこい姿にくりりとした黒の瞳を瞬かせ、両耳をぴこぴこと揺らすその生物は絵本やペットショップなどで目にする兎に他ならなかった。

 

 ――ここには野生の兎がいるのか!

 

「お……お……」

 

 声にならない不明瞭な言葉を漏らし、花に誘われる虫のようにいつしか俺はふらふらと兎に向かって足を運んでいた。

 

 兎はこちらに気がつくとちょこんと首を傾け(かわいい!)直後に路地に向かって駆け出してしまった。

 

「あっ! 待て~」

 

 後を追い、俺も兎が向かった方へ二歩、三歩と走り出し――たところではたと我に返った。

 

 ――これじゃあまるで俺が姉と妹みたいじゃないか!!

 

 勢いというのは怖いものだ。ぶんぶんと首を振って俺は兎の向かった方角から目を離す。

 俺の行くべき道はそちらではないのである。手もとの地図を眺めながら狭い路地を曲がったところで、

 

「きゃあ!」

 

 短い悲鳴と共にどんという衝突音と微かな衝撃が胸に伝わる。

 どうやら誰かとぶつかってしまったらしい。見ると一歩後退した俺に対して相手は尻餅を着いていた。ウェーブがかった金髪を揺らして、深窓の令嬢といった印象を与える少女が痛そうに尻を擦っている。

 

「うぅ……痛たた……」

 

「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

 

「あっ、ありがとう……ございます……?」

 

 急いで少女に手を伸ばし、助け起こす。

 どうやら大事には至らなかったようだが、立ち上がった彼女に改めて目線を合わせたことで思わずむっとしてしまった。

 ――この子、俺より背が高い……。

 

「お怪我はありませんか?」

 

「えっと……大丈夫、です」

 

 良かった。どうやら少女は本当に怪我はなさそうだった。内心で安堵しつつ礼儀として再び謝罪と一礼する。とりあえず何か不都合があったらと一応自分の連絡先が書かれた紙を渡して俺はその場を後にした。

 

 去り際に、

 

「……子供、だよね? ……スーツ? なんで……?」

 

 というような少女の呟きが聞こえたような気がしたが、俺の気のせいだろう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ――ここが俺の働く場所か

 

 多少のハプニングはあったものの無事に目的地にたどり着いた俺はまず雇用場所である『天々座(てでざ)』家の屋敷を前に、その予想以上の大きさに面を食らっていた。

 

 しかしこのまま足踏みをしているわけにもいかない。意を決してこれまた立派な門構えの入り口に近寄っていく。

 

 門前には警備員だろうか、黒のスーツにサングラスといった出で立ちの男二人が佇んでいて、俺を視界に止めると僅かに怪訝そうな顔をした後二人で顔を見合わせている。

 どうやらこの門を開けてもらうには彼らの許可が必要なようだ。

 俺は不思議そうな顔でこちらを見ている男性の片方に話かけた。

 

「あの、すみません。このお屋敷に用があって来たんですが、主人様は今いらっしゃいますでしょうか?」

 

「……え、と? お嬢のお友達ですかい?」

 

「いえ、そういうわけじゃないんですが……」

 

 そう言って俺は予め用意しておいた面接書類と教官に渡された手紙を取り出す。

 

「あの、これを……」

 

「はあ……少し拝見」

 

 おずおず、といった様子でそれらを受け取った男性が目を通していくと、みるみる内にその表情が変わっていく。

 俺と手紙とを何度か交互に見詰めた後、少し震えたような声音で尋ねてきた。

 

「あの……失礼ですが、名前を伺っても?」

 

 ……こういう時は第一印象から大切なのだろう。

 士官学校で鍛えられた背筋をぴしっと伸ばし、気を付けの姿勢を取る。そのまま片腕をあげてこめかみの辺りへ、敬礼をした後大きな声で挨拶をする。

 

「本日付でこちらに配属されました! 保登 香陽(ほと こうひ)です! よろしくお願いいたします!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「た、確かに間違いないみたいですね……。どうぞお入り下さい……」

 

 どうやらこういった金持ちのお屋敷ともなると客一人入れるだけでも入念な検査が必要らしい。

 

 何度か間違いないかのやり取りを繰り返し、電話で誰かと会話すること一〇分余り。ようやく門を開いてくれた男性二人の表情はどこか疲れたような諦観の色に染まっていた。

 そんな彼らに「お疲れさまです」と労いの言葉をかけてから俺はようやっと門を通過する。

 

 これまた豪華絢爛といったきらびやかな玄関には清潔感溢れるメイド姿の女性が待ち構えていた。

 俺を目に止めると深々と一礼する。

 

保登(ほと)様でお間違いありませんね? 旦那様がお待ちです。こちらへ……」

 

 そのまま人五人は横並びにしても尚余りそうな広い廊下を先達していく女性に呆然としながらも俺は慌てて追随する。

 

 やがて廊下の一角に設けられた扉の一つにたどり着くと女性は立ち止まって再びこちらに頭を下げる。

 

「旦那様はこの先でお待ちです。私は業務がありますので……失礼いたします」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 すたすたと足早に去って行ったメイドさんを見送りながら俺は息を整え、扉の前に立つ。服に皺や汚れは付いてないか改めて自分の姿を見直すと俺は気を引き締めてドアを二、三度ノックした。

 

「……入れ」

 

 ややあってドアの奥から低い声音が返ってくる。

 それを合図に俺は明瞭を心掛けた挨拶と共にノブを回して扉を開き――

 

「失礼しま――――!?」

 

 直後、半開きとなった扉の奥からにゅっと伸びてきた手が俺の手首を掴んで強引に引っ張られた。

 抵抗する間もなくそのまま室内に引き寄せられると刹那に眼前まで迫った拳が俺の目に映った。

 

「くっ――――!?」

 

 片手を出して反射的にそれを逸らす。急激に冷えていく脳内で現状を把握しようと努める。

 しかしそれを許さぬと言わんばかりに続けて攻撃が飛んできた。今度は横凪ぎの蹴りである。

 

「ちっ――――!」

 

 依然片腕は捕まれたまま、回避は不可能と察した俺は自身の片足をあげてそれを相殺する。

 振り上げた足をそのまま勢いよく降ろして踏み込み、拳を相手に向けて突き込んだ。

 

 相手は僅かに身を捻ってそれを簡単に躱してみせる。「ふっ」という嘲笑めいた笑いが俺の耳に届いたが俺の本命は――――

 

 ――――ここっ!

 

 捕まれた手首。避けることで僅かに意識が逸らされ力が緩まれたそれを引き離すと今度はこっちから掴み返す。

 

 相手が僅かに驚いたのが伝わってきた。空ぶったもう片方の手で相手の胸ぐらを掴む。

 

「うりゃあああ!!」

 

 そのまま背負い込むように相手を持ち上げる。僅かな重量感。一気に床に――叩きつける。

 

 ドシンと音をたてて相手は床に背を打ち付けた。

 それを見てから俺は息を吐いて整え、

 

「――――!?」

 

 気が僅かに緩んだ瞬間、相手の足が唸りをあげてこちらに迫っていることに俺は気が付いた。

 うつ伏せの姿勢、そこからまるでブレイクダンスのように手首の捻りと背筋を合わせて相手は横蹴りを放ったのだ。

 

 反応できたのは半ば奇跡と言って良かった。

 相手の足と俺の横腹、その間に強引に腕を割り込ませる。

 直撃は避けられたものの勢いを殺しきれず二、三歩後退した俺に向けてとっくに体制を立て直した相手から追撃が加えられる。

 

 手が伸ばされ、こちらも手を添えて逸らそうとすると逆にその手を握り返され、捻られる。

 

 ――――CQC!?

 

 まるで流れるような動作。先ほどの焼き増しのように俺は背中から投げ飛ばされた。

 したたかに身体を打ち付け、肺に溜まった息を吐き出す。何とか立ち上がろうとするが次の瞬間目の前に拳を突き出され、防がれる。

 

「――――そこまで」

 

 よく通る低い声で制止され、ぴたりと動きを止める。

 そこで俺はようやく相手の顔に目を向けた。

 僅かに紫がかった黒髪、左目に眼帯を付けた壮年の男性が厳しい顔でこちらを見据えている。

 

「――途中で気を抜いたな。相手を前に油断するな」

 

 僅かに責めるような口調、鋭利な刃のような瞳でこちらを見る男性だったが、直後にふっと表情を崩してみせる。

 

「しかし、投げ技は見事だった。――いいセンスだ」

 

「は……ぁ……?」

 

 何が何やら分からぬままに俺は男性に抱き起こされた。先ほどまでの緊張感はどこへやら、にこやかな笑みを浮かべる男性は手近なソファに腰掛けると大きく体勢を崩す。

 

「突然、悪かったな。俺はこの屋敷の主をやってる天々座(てでざ)だ。まぁ、これからよろしく頼む」

 

「……へ?」

 

 彼の何気ないといった雰囲気で発せられた言葉はしかし俺が理解するには数秒もの時間を費やすこととなった。

 

 目の前にいる男性の言うことが事実だとすれば――屋敷の主、つまりは俺の雇用主というわけである。そんな人間に、俺はつい先ほどまでどんな不敬を行ったのか、背筋から粟立つような感覚が全身を巡り刹那には俺は深々と頭を下げていた。

 

「申し訳ありませんでした! 知らなかったとはいえ、俺は」

 

「あー、気にするな。さっきのは俺なりの面接試験みたいなもんだ。――ついでに言うとお前は合格だな」

 

「え、えっと……?」

 

「この屋敷の中じゃ初めてだぜ、俺にここまで食らい付いた奴は。――アイツが推すだけのことはある」

 

 そうしてくくっと喉の奥で笑う男性の姿は心底楽しそうだった。

 とりあえずこのまま不敬という理由で仕事を首にされたりはしないらしい。俺がそっと胸を撫で下ろしていると、

 

「しかし、噂通り。――兎の戦士(ラビットソルジャー)か、なるほど言い得て妙だな」

 

「――うっ?!」

 

 訓練時代に何度か言われたことのある台詞。俺の異名を表してるらしい懐かしのアダ名を耳にし思わず息を詰まらせた。

 

「先月、屋敷の奴が一人辞めてってな。穴埋めを探してたんだが……これは良い拾い物した」

 

 笑みを深めて男性は俺の肩をぽんと叩く。

 

「これからよろしく頼む。……兎の兵士(ラビットソルジャー)?」

 

 

 そのまま機嫌良さ気に部屋から退室する雇用主を背に俺はこれからの勤務生活に憂鬱としたものを抱かざる負えなかった。

 

 

 

 






ごちうさにあるまじき戦闘描写をしてしまったことをこの場を借りてお詫び申し上げます

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