ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「……意味深な方?」「卑弥呼さまはすぐそうやっていやらしいほうに考えるぅ」「あんったにだけはッ! あんたにだけは言われたくなかったッ!」「どうどう。すぐに燃え上がるなこの子は」「離せぇッ! あのガキだけはッ! わらわが殺すぅ!」「おいマジ切れだぞコレ」「沸点低い女王様ですね、卑弥呼さま」「ワラワ……イヨ……コロ……」「壊れた殺人マシーンみたいになったぞこの子」「……ここまで行くとどこまで行くかちょっと見たいですよね」「よく考えなくても壱与ってサイコパスだよな」


それでは、どうぞ。


第三十二話 身につけた技

「そういえば、学院は夏休みに突入するんだよなぁ」

 

「らしいわね。二か月半あるらしいわよ。っはー、学生は良いわねー」

 

 いつもの鯖小屋で卑弥呼とそんな話をする。マスターは実家へ帰省。俺もそれについていこうかなーとは思っているが……他の子たちどうするんだろ。なんかやりたいこととかあるなら休みにするんだけど……。

 

「んまー、基本あんたについてくでしょうね」

 

「だろうなぁ」

 

 こちらの世界に何かゆかりがあるわけでもなし。唯一ジャンヌがシエスタの帰省についていくかも、っていうのはあるけどな。

 学院の生徒だけではなく、働いているメイドたちにも休みがあるらしい。それでも生徒がいない間にしかできない設備の補修なんかもあるので、全員が二か月半休めるわけではないが……それでも、長期の休みとなればみんなしばらく会っていない家族や大切な人に会うには十分だろう。

 

「とりあえずはシエスタに聞いてみるか」

 

 鯖小屋の厨房に向けて「シエスター」と声を掛ける。少しして、ぱたぱたと駆けてくる音。

 

「はーいっ。お呼びでしょうか?」

 

「うん。シエスタはこの夏休み何するのかなーって思って呼んだんだ。実家に帰るのかな?」

 

「は、はい! ジャンヌちゃんも行きたいっていってたので、一緒に帰る予定ですが……そ、その……!」

 

「ん?」

 

 胸の前で両手をぐっと握ったシエスタが、俺をしっかりと見つめて口を開いた。

 

「あのっ! この夏休み、タルブ村に来ませんか!? ええと、村を助けてもらったお礼もまだですし、その、またウチの両親がぜひ、って……!」

 

「タルブ村か……」

 

 そういえばあの外壁を作ってから見に行ってないな。様子を見るのも含めてタルブ村に寄っていこうかな。マスターの実家がある領地へは大体二日と聞くし、タルブ村に少し早めに行ってそれからヴィマーナで直接向かうとしよう。そうと決まれば、マスターに話を通しておくかな。

 

・・・

 

「駄目よ」

 

「えっ」

 

 マスターに先ほど決めたことを伝えて許可を貰おうと思ったら、ノータイムで不許可を出された。それと同時に目の前に突き出される紙。……えーと、まだ完全に読めるわけじゃないんだけどなぁ。……任務? 治安、維持は読めるな。あとは……ふむふむ。

 要するに身分を隠しての情報収集任務……スパイだな。なるほど、アンリエッタもアルビオンへの対処を始めたか。

 

「うん、理由はわかった。……シエスタには悪いけど、ジャンヌと二人で帰郷してもらうか。……こんな時にデオンとかマタハリとかいればなぁ……」

 

 情報収集にうってつけの二人である。たぶん町に放てば数日で結果を持ってきてくれることだろう。

 まぁ、ないものねだりをしても仕方がない。こちらの戦力は虚無の魔法を使える爆弾みたいなマスター、戦国武将だから情報収集は部下にやらせてるセイバー、酒盛りに潜入するのが大得意な男絶対殺すマンのアサシン、基本的に他人を下に見てる卑弥呼、ほぼ例外なく他人をゴミだと思っている壱与の五人だ! こんなイカれたメンバー紹介したくなかった!

 

「……冷静に考えると絶望的だな」

 

 マスターとか『身分を隠して』なんてできるのか?

 

「ま、その辺は俺がフォローするか」

 

・・・

 

「まずは、『身分を隠す』必要がありますね!」

 

 ヴィマーナで王都まで来た俺たちは、アサシンに連れられて仕立屋に来ていた。

 マスターは学院の制服にマント。貴族丸出しである。アサシンは美豆良と呼ばれる髪型をして、かなりゆったりとした褌を来ている。体も小さいからそれに合わせたものとなっており、とても可愛らしい。……だが、浮いている。時代というか世界的に浮いているのだ。古代日本の衣装は、中世フランスほどのこのトリステインでは浮いていた。

 卑弥呼と壱与も同じだ。顔以外でないような、ゆったりとした貫頭衣を何枚も重ね、金銀様々な色合いの装飾品などを身に着けている。もちろん、この場所では完全に浮いている。

 謙信。……何も言うまい。どこの世界に鎧兜付けた女の子がいるんだ。しかも街中歩くような。まぁ、鎧を脱いだとしても着物だからそれはそれで浮いてるんだけど。……ダメだ! 日本勢は全員この世界で浮いている!

 

「というわけでこんな感じのー、あ、卑弥呼さんと壱与さんは化粧落としておいてくださいねー?」

 

「え。これ結構わらわのあいでんててーなんだけど……」

 

「そーですよ! これでも結構ぷらしーぼなんですから!」

 

「そんなアイデンティティーポイしましょーねー。あとプラシーボはそういう風に使う言葉じゃないですよー」

 

 ノリノリで女性陣に衣装を振り分けていく小碓。……あれ、君も女物着るの?

 

「……ん? あ、ボクが女物取ったからびっくりしました? ……えへへー、こっちのほうが慣れちゃって。可愛いですよね? ボク」

 

 可愛いけども。それでいいのか。後のヤマトタケルに怒られないか……?

 

「まー、それはそれ。子供の頃と大人の頃が全く違う英霊なんてごまんといますよ」

 

 ……まぁ、その最たる例の一つを知っているから何とも言えないけども。

 

「えと、これで女性陣とボクはおっけー。主の番ですね! ……あー、でも」

 

 俺を頭の先からじぃ、と見つめたアサシンは、視線がつま先くらいまで下がっていったところで、うん、と一つ頷いた。

 

「無理かなぁ……」

 

「えー……」

 

・・・

 

 というわけで、俺は逆に貴族っぽい格好をすることに。そして、メンバーを分けようということになった。

 当初はみんなを貴族の格好をした俺の従者扱いをしようとしていたのだが、マスターがそれに耐えられるとは思えないからな。なので、潜入が得意なアサシンとマスターを一緒にして、護衛としてセイバーを付ける。こっちは卑弥呼と壱与を仲間にした。壱与を止められるのは俺しかいないしな。

 

「で、アンリエッタから貰った手形を両替したのがこれか。……まぁ、マスター側で持ってっていいよ。こっちはこっちで用意するから」

 

 じゃら、とお金をマスター……じゃなくて、アサシンに渡す。

 

「ちょっ! 私に送られたお金よ!?」

 

「いやー、なんかマスター使い方荒そうだし……」

 

「うるさいわね! アサシン!」

 

「はいはい、しょーがないですねー」

 

 かみつかれてはたまらないとアサシンが金の入っている袋をマスターに渡す。……アイコンタクトでよろしく頼む、とアサシンに伝えておく。

 

「さて、それじゃあ任務を開始するとするか」

 

 頑張れよ、と声を掛けて、俺たちは別れるのだった。

 

・・・

 

「貴族として生活するには、まずは金だな」

 

 いいところに泊まらないといけないしな。

 

「そうね。……あ、わらわたちはあんたの世話係ってことでよろしくー」

 

「それが無難だろうな。了解」

 

「じゃあ壱与は夜のお世話係ってことでよろしくお願いいたします!」

 

「それはよろしくできねーな。なんで夜限定なんだよ。昼夜働け」

 

「お休みなしですかっ!? 睡眠もとれずにボロボロになってもギル様のお世話を昼も夜も……デュフッ、やっべ、下着が……」

 

「……あのねぇ、サーヴァントは基本寝なくても大丈夫っての忘れてない?」

 

「はっ! と、ということは壱与をボロボロのけちょんけちょんにしてもらって虐めてもらうという壱与の計画はっ!?」

 

「計画倒れ以外の何物でもないわね」

 

 むしろなんて計画を立ててやがるのか。恐ろしい世話係だ……。

 

「というわけでまずは金策ね。いくつか宝石出しなさいよ。それ売るのが早いと思うわ」

 

「変なところに目を付けられたりしないか? 目立つだろ、そんなの」

 

「何のためにわらわたちがついてきてると思ってんのよ。一般人の一人や二人、ちょっと記憶飛ばすくらいできるっての」

 

 なるほど。言われてみれば卑弥呼と壱与は鬼道のプロだ。書き換えるとか洗脳するよりも、記憶を少し飛ばすなんて簡単な方なのだろう。

 

「よし、ならばいくつか宝石を持っていこう」

 

 そう言って、俺は宝物庫からいくつか宝石と黄金を取り出す。

 ――数時間後。俺たちはそれなりの大金を得て宿屋へ向かっていた。

 

「元手があると楽ですねぇ」

 

「あとはたぶんあれだな。黄金律で勝手に増えてくと思うぞ」

 

 今は魔力を回して抑えているけど、いったん開放すれば貴族がいる世界だ。簡単に金が集まってくるに違いない。あとで賭け事でもしてくるかなー。なんかカジノっぽいところあったし。

 

「とりあえず初日は拠点を用意したってところで。少し休もうぜ」

 

「それもそうね。久しぶりに鬼道使ったし、魔力とかはあんまり使わなかったけど精神的に疲れたわ。……だから、癒されないとね?」

 

「あっ、卑弥呼さまずるいっ! 壱与も! 壱与もいじめ……癒されたいです!」

 

「もう正直に言えばいいのに。なに恥じらってんだこの変態」

 

 あひあひ言う壱与を卑弥呼と二人きりでいじり倒し、楽しい夜は過ぎていった。

 

・・・

 

 翌日。心地よい気怠さと共に目覚め、ベッドを出る。一日ごとにアサシンと情報交換をする約束をしていたので、待ち合わせ場所に行くとしよう。

 卑弥呼と壱与に書置きを残して、宿を出る。隣に自動人形を一人アサシンモードで歩かせれば、貴族っぽく見えるだろう。アサシンモードなら、俺の横を歩きながらも怪しいやつがいないかどうかを探せるしな。

 

「お、いたいた」

 

 気配遮断を使って気配をなくし立っているアサシンを見つけ、近づいていく。事前にどこにいるかは聞いていたので、俺でもアサシンを発見できたのだ。俺も宝具を使って気配を薄くする。『遮断』とまではいかないが、アサシンと自動人形が近くにいるので、相乗効果で俺も気付かれなくなるだろう。

 

「よ、そっちはどうだ?」

 

「……んまー、大主は主のマスターで貴族なのに黄金律はないんだなーってわかりました」

 

「何があったんだよ一体」

 

 冷静に報告してくるってことはセイバーが刀を抜くような事態にはなってないんだろうけど……。

 

「端的に昨日起こったことを言うなら……無一文になって酒場で住み込みの仕事することになりました」

 

「ほんとに何があったんだ」

 

 細かい話を聞くと、なんとマスターが所持金が足りないと言い出したらしく、その際にセイバーが俺がよくやる金策の話をしたらしい。サーヴァントに出来るならマスターにもできるだろう、とマスターがカジノに挑戦したところ、全部スってしまったんだとか。なにやってんだマスター。

 

「そんなことがあったのか。……金の用立てをした方が良いか?」

 

 マスターのことだ。住み込みの仕事なんて耐えられるはずがない。いくら野宿に慣れたと言っても、俺の宝物庫前提のものだ。聞いたところによると、ほこりまみれの屋根裏部屋をあてられたそうだし、しかも仕事内容は給仕だ。マスターは聡明な子だから仕事のやり方がわからないことはないだろうが、あのダイヤモンドみたいなプライドが絶対に邪魔をするだろう。

 

「いえ、その必要はありません。大主にはちょっと頭を冷やしてもらう必要もあると思いますし。ボクやセイバーさんはああいうところ平気ですしね」

 

 むしろ酒場だから、入り込みやすくて助かりました、なんて笑って舌を出すアサシンに、絶対敵に回さないようにしよう、と改めて思うのと同時にめちゃくちゃ可愛いなこいつ、とも感じた。

 

「一応場所も伝えておきますね。『魅惑の妖精亭』ってところで働いてます。……主のトラウマ刺激しそうなのが店長やってるので、来るときはお気をつけて」

 

「え、なにそれ怖い」

 

 でも、一度くらいは行くべきだろう。

 

「で、そちらはどうですか? 見る限り、順調そうですが」

 

「ああ。卑弥呼と壱与の協力もあって、とりあえずの金策も出来たし、拠点も出来た」

 

 こちらも泊まっている宿の名前を伝えておく。それと、いくらか入った袋も渡す。

 

「一応予備で持っておけ。あって困るものじゃないからな」

 

「……了解です。ま、隠し持つのは得意なんで大丈夫だと思います」

 

 それから、いくつか緊急事態のための打ち合わせをして、アサシンとは別れた。

 ……マスター、一日で無一文とは。……さすがというか、妙なところで猪突猛進というか。

 ――ちなみに、帰った後に事の顛末を伝えると、卑弥呼も壱与も苦笑いをこぼしていたことをここに記しておく。

 

・・・

 

「なるほど、そんなことが」

 

「こ、これで知ってることは全部だ! た、助けてくれるんだよな……!?」

 

「もちろん。ただまぁ、捕まっては貰うけどな。こういう仕事をしてたんだ。いつか捕まってしまう覚悟はあったわけだろ?」

 

 そんなぁ、と膝をつく男を見下ろしながら、俺は情報を頭の中でまとめていた。目の前のこの男は路地裏でカツアゲをしていた男だ。これ幸いと介入して情報をいただいていた、というわけだ。卑弥呼と壱与を連れているともれなく油断してくれるから楽だな。

 

「さて、このまま貧民街に潜り込んでもいいが……」

 

「もうこの辺で得られる情報はないんですか?」

 

「ないだろうなぁ。今のカツアゲ君含めて何人かに話を聞いてみたけど、この辺の住人は日々生きるので精いっぱいな人も多いからな。情報を仕入れて金にするよりも、もっと単純に肉体労働やらをして日銭を稼ぐ人が圧倒的に多い。これ以上は集まらないだろうから……」

 

 そう言いながら、手元の紙に視線を落とした。そこに描いてあるのは、『魅惑の妖精亭』までの地図。アサシンと密会したあの広場を始まりとした地図が、小さな紙に簡易的に書いてあった。

 

「……二日目にしてこういうところに行くというのもなんだか手詰まり感はあるけど……こういうところに情報が集まるのも確かだしな」

 

 間違いなく効率は上がるだろう。

 

「問題は……卑弥呼達を連れてくか、だなぁ」

 

「え、おいていくんですか!?」

 

「……まぁ、わらわは薄々そうなるんじゃないかなぁと思ったけど」

 

「ええ!? 何でですか!? 地獄の底、宇宙の果て、時空の狭間までご一緒すると誓ったのはうそだったんですか卑弥呼さま! 失望しました卑弥呼さまのファン止めます!」

 

「妄言の部分は流すとして……まじめに理由を言うなら、『からまれるから』よ」

 

「?」

 

 卑弥呼の言葉に首をかしげる壱与。はぁ、と卑弥呼はため息を一つついて、言葉を続ける。

 

「だから、わらわとかあんたみたいな外見が整ってるのが一緒に動いてると、酒場の男なんて絡んでくるもんなのよ。……まぁ、そんなのはたいてい頭が悪い系統の人類なんだけど、だからこそわらわらと虫のようにたかってくるのよ。酔えばその確率は跳ね上がるわね」

 

「はぁ。……そんな虫、近寄る前に消し飛ばせばよいのでは?」

 

 心底『なぜそうしないのかわからない』というキョトンとした顔で壱与が応える。卑弥呼のこめかみがピクリと動いた気がするが、それでも冷静に説明を続ける。

 

「あんたねぇ。前提条件忘れたの? 『身分を隠しての情報収集』よ? 派手な騒ぎを起こしたら、注目されるじゃない。注目されるってのは良い事だけじゃないのよ。顔を覚えられると動きにくくなることもあるわ」

 

「あー……なるほどぉ。騒ぎのタネになりそうな壱与達は置いていった方が効率がいいってことですか。……足手まとい扱いされてませんかぁ!?」

 

「扱いっていうかそのものよね。わらわはキャスターだからまだ隠遁の術やらなにやらはあるけど、あんた……その、うるさいじゃない?」

 

「お、お口チャックしたら連れて行ってもらえるんですか!? 口縫いますか!?」

 

「別の意味で注目浴びるじゃないの。やめなさい」

 

「それに、その酒場は男一人のほうが溶け込みやすそうっていうのもあるな」

 

 女の子がお酌をしてくれる、というその……まぁ、キャバクラの前身的な店なので、女性を連れていくのは悪い意味で目立つだろう。

 

「だから、今日の夜からは別行動を取ろうと思う。で、朝方に再集合して、昼間は三人で動こう」

 

「夜だけ別行動するわけね。……んで、わらわたちは何すればいいわけ?」

 

 流石に卑弥呼は女王なだけあって、公私を分けて切り替えてくれた。

 申し訳なさをごまかすように頭を撫でてやると、卑弥呼はむすっとした顔ながらも頬を少しだけ染めてはにかんだ。

 

「夜なら上空を飛んでても目立たないと思うんだ。だから、ある程度隠蔽しながら上空からの監視をして、怪しい出来事がないか記録しておいてほしいんだ」

 

「なるほどねー。夜に起きた騒ぎやら怪しい人物を確認しておくのね。で、昼間にそのことについて調べる、ってこと?」

 

「その通り」

 

「はいっ! 壱与もっ。壱与も今の説明でわかりましたよっ」

 

 褒めろ撫でろオーラを前面に出しながらこちらに寄ってくる壱与にアイアンクローを決めて持ち上げながら、卑弥呼と細部を合わせる。

 

「あーっ! いけませんギル様っ! こんな、あーっ! 困りますギル様! あーっ! 濡れてしまいます! あーっ! あーっ! いけませんいけませんいけませんギル様ぁー!」

 

 アイアンクローを決めている腕を両手でつかみ、足をばたつかせる壱与が、無駄に騒がしくがくがくとふるえる。

 

「あーっ! こんなところでいけません! いけませんギル様っ! 困ります! あーっ! ギル様ギル様ギル様ー! ……あっ」

 

「……おいこら」

 

 びくん、とひときわ大きく震えた後、壱与の全身の力が抜けた。……こいつ……ブレなさすぎる……。

 とりあえず地面に壱与は置いておいて、卑弥呼との打ち合わせに意識を向けた。

 

・・・

 

「ちっぷれーす、ですか」

 

 割り振られた屋根裏の部屋に、セイバーの声が響く。

 マスターのマスター……大主の失敗に次ぐ失敗の所為で素寒貧どころか借金すら抱えている状況だ。それに加えて、ここの店長であるスカロンの娘であるジェシカが大主を挑発したらしく、そのチップレースなるイベントで競い勝つといったのだ。セイバーも変な顔にもなる。

 

「情報収集は小碓殿が頑張ってくれてるからなんとかなってるけど……大丈夫か、ルイズ嬢は」

 

「……大丈夫だもん。一週間もあるし。何だったらスった分も取り戻して見せるわよ!」

 

「ほほう。400えきゅーもの大金をか。それは楽しみだよ。請求書の分を差し引いても結構残るしね」

 

「大主はプライド凄い高いんですよねー。それさえなくせば見目麗しく礼儀作法を修めた優良物件なのになぁ」

 

 しかもジェシカは無駄に高貴な雰囲気を醸し出す三人娘に興味津々らしく、ことあるごとに質問攻めにされるのだ。主に皿洗いと調理担当のセイバーが。

 

「まーでも、それを隠れ蓑にボクが色々と情報取集できてるし、悪いことだけじゃないんだけどなぁ」

 

 悪いことだけじゃないだけで、全体を見ると悪い事の方が多い。

 

「……ま、明日も一日頑張ろうか」

 

 そう言って、アサシンたちはベッドに潜り込んだ。ベッドが少し大きいのと、彼女たちが全員小柄なのも合わさって、三人でもベッドで寝れている。布団も少ないこの状況で、固まって眠れるのは夜の寒さに対して暖まれるという利点があった。流石に主から任されたので、大主に風邪をひかせたりするわけにはいかないからだ。

 

「おやすみぃ」

 

 特に寝る必要はないのだが、魔力をあまり使わなくてもいいので目を閉じてまどろむぐらいはする。もちろん、何かあればすぐに飛び起きれるように警戒はしている。セイバーも同じように意識しているだろう。主を挟んで反対側から少しだけピリリとした気配を感じる。彼女の性根を表したような、刀のような冷たく怜悧な気配だ。

 たぶん向こうも自分の気配を感じているに違いない。……あ、そういえば大主がここに来るかもみたいな話するの忘れてた。

 

「……ま、いっかぁ」

 

 小声でつぶやいて、布団をかぶる。

 

・・・

 

 チップレース一日目。いつものようにどんがっしゃーんと聞こえるので、また大主が蹴ったか殴ったかしたのだろう。この隙に「まぁ怖い……!」と客に縋りついておく。最初は胸もないし小柄だしと大主と同じく「子供かよ」とがっかりされていたボクであったけど、そこは経験値が違う。ボクが酒宴で酒を注ぎ始めれば、警戒心なんてすぐに溶けてなくなる。

 男がどう言われれば調子に乗るかなんてわかり切っている。あとは触られたりすると男であることがばれるかもしれないのでそこだけ注意していた。

 

「それでよう、アンちゃん」

 

「はいはい、なんですかぁ?」

 

 この『アン』というのは源氏名だ。もちろん、『暗殺者』からとった。こういうのはシンプルイズベストだ。人生経験も結構多いボクは、こうして愚痴を聞いたり相談を受けたりしているうちに、それなりの固定客をつかむことができるようになってきたのだ。

 

「――ってことなんだよぅ」

 

「まぁ、それは大変。……さ、もう一杯。心地よく酔って、愚痴を吐けば、明日からまた頑張れますよ」

 

 そう言って、強めの酒を注ぐ。ある程度酔っているから度数の違いなんてわからないだろう。こういう手合いは早めに潰してしまうのがいい。……貰うものはもういただいたからね。

 そして、酔えばだいたい口は軽くなる。ここはある程度金を持って余裕のある人間が通うところなので、それなりに情報を持った人間がやってくる。そういう輩の情報を統合するに……。

 

「……『聖女』の威光も陰りが見えてきてるみたいだね……」

 

 客が途切れた隙をついて、セイバーのいる厨房へ一旦下がってきた。情報を集めながらチップを集めていたからか、一位のジェシカには勝てないものの、三位には食い込めているため、一旦落ち着くのと、情報のすり合わせのために下がってきたのだ。

 

「だろうなぁ。戦で上げた名は戦でしか維持できまい。戦で得た『聖女』という名、威光を維持し、それで民を動かすのであれば……」

 

「戦い続けるしかないってことだよねぇ。それで新生アルビオンを打ち滅ぼして統合して、それでようやく別のことで民の心を掴めるようになる、ってところかな?」

 

「その通り。それか、今注目を受けているこの状況で、何かしらの内政的手腕を見せつけるか、だ」

 

「急に国を動かすのは難しいと思うけどね。……あー、いったん向こう戻るよ」

 

 がしゃーん、とグラスの割れる音。また大主が何かやらかしたのだろう。

 

「……まぁ、頑張ってくれ」

 

 苦笑いのセイバーに見送られて、ボクはまたホールへと戻るのだった。

 

・・・

 

 それからも、大主の失敗は続いた。五日目にはついにセイバーの下へ……つまりは、皿洗いに回されたのだ。

 

「……ん?」

 

 店長の娘ジェシカが、厨房へと入っていった。……セイバー、大主、なんとかごまかしてくださいよ……?

 不安を抱えながらも、指名を受けてしまったので、テーブルへと向かう。セイバーも戦国時代というあのやばい時代を生きただけあって、気性はそれなりに荒いからなぁ……。

 

「アンちゃん、聞いてるー?」

 

「え? あ、ごめんなさい、ぼーっとしてました」

 

 ま、あとで何があったかくらいは話してくれるでしょう。

 とりあえずこっちはこっちでやることやらないとね、と客の対応に戻るのだった。

 

・・・

 

「すまない。ルイズ嬢が貴族だとばれた」

 

「――この一刺しは、お前の命を狩るだろう……」

 

「ちょっ、こんなことで宝具使わないでほしいっていうかそれ男用でしょ!? 遠回しに私男っぽいって皮肉られてる!?」

 

 ――ハッ!? あ、危ない。無意識のうちに宝具発動して殺すところだった。カッとなってやったとか殺人の動機としては最悪の部類だ。

 

「……で、なんでばれたんです?」

 

「いや、その……ルイズ嬢の我慢弱さが出たというか……ちょっと突かれたりしたらボロ出ちゃうよねって話なんだけどさ……」

 

「あー、まぁ、そっかぁ……で、どうしますか? その娘……消します?」

 

 大主が貴族だとばれるというのは任務失敗の可能性があるために防ぎたい。まだその少女だけが知っている状態ならば……。

 

「処理は早めの方が良いと思いますよ?」

 

「いや、大丈夫だ。……あの娘は、無駄に命を危険に晒すことはしないよ」

 

「……まぁ、あなたの人を見る目を信じますか……」

 

 そう言って、小刀を消す。後でくぎを刺す必要はあるけれど、こういうところで働く人間だ。危険なものには近づかないし首を突っ込まないようにするくらいはできるのだろう。

 

「さて、それじゃあ今日も定時連絡してきます」

 

「ああ、頼んだ。こっちは一応護衛やっとくよ」

 

・・・




「え、ボク? マスターのマスターは大主……おおあるじって呼んでるよ。マスターのことは主。あるじって呼んでる」「私はルイズ嬢か大殿。殿のことは殿だな」「私は単純に大マスターとマスターって呼び分けてます!」「わらわは小ピンクとギルって呼んでるわよ。……『小』ってつけた理由? あいつ妹らしいじゃない? それに……ほら、小さいでしょう?」「壱与は淫乱ピンクとギル様って呼んでます。……いや、わかるんですよ私には! この淫乱ピンク、絶対やらしいですって! あんなツンツンしてますけど二人っきりになったら絶対デレデレしますよ! テンプレみたいなツンデレやりますよ!?」

「だ、そうだぞマスター」「……○ね」

……部屋の片づけに、一日かかりました。


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