ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「……嫌な夜。月も見えなくて、雨が冷たくて。……嫌な夜。明けない夜がないように、止まない雨がないように、沈まない太陽は無いし、晴れ続ける空はないからかしら。……ああ、本当に……嫌な夜」「……迦具夜ー? おーい、迦具夜ー」「……あ、たいちょ。……ごほんごほん。……たいちょー! こっちですよー!」「お、いたいた。……なにやってんだこんな天気悪い日に」「えへへー、物憂げな姫を演出してましたー」「……なにやってんだか。ほら、いくぞ」「はいっ!」

「……いつか太陽が沈むその日まで。『夜』から連れ出してくれたあなたと一緒に」


それでは、どうぞ。


第三十六話 寂しくて、寒い夜には

 アンリエッタを部屋に寝かせ、ダメージが回復したら案内するように自動人形に命じて、卑弥呼達の下へと戻った。

 

「で? どういう作戦なのよ」

 

「王国の情報を新生アルビオンに流してるやつがいるらしいんだ。そいつをあぶりだすために、一旦女王が姿を消して、その逆徒を炙り出す、って言ってたかな」

 

 ある程度は貰った資料から容疑者は絞ったけど、俺も確実にわかるわけじゃないからなぁ。

 

「逆賊……国を裏切る馬鹿は、殺すしかないですよねぇ。情報さえ吐いてもらえれば、最も苦しむ方法で殺しますけどね」

 

「……あんたわらわを殺して国を乗っ取ろうとしたわよね……?」

 

「それはそれ! これはこれ!」

 

「すっげえ殺してぇんだけどこいつ」

 

 いつもの口調を崩してまで殺意を露わにする卑弥呼の頭を撫でてなだめ、魔力の充填を止めさせる。確かに壱与の発言には思うことがないでもないが、この子はこういう子なのだ。諦めて愛してあげた方が精神的に楽になる。

 

「ま、それよりご飯にしようか。今日はなんだ?」

 

「今日はえっと……エビチリ?」

 

「あれ? ハンバーグじゃなかった?」

 

「え? でも運んできてるの焼き魚っぽいぞ?」

 

 ことん、と自動人形が皿を置く。……うん、どう見ても魚だな……。魚だよな……?

 

「……ん? ちょっと待ちなさいよ。コレ添えてあるの大根おろしじゃなくてポテトサラダじゃない!」

 

「うわ、しかもこれ白身魚っぽくした餃子の皮ですよこれ」

 

 なんで無駄に和洋中混ぜるんだ……?

 

「っていうか材料からしたらヘルシー過ぎない? なんでこんなオモシロネタ料理作ってくるのよこいつ……」

 

 ドヤ顔(っぽいだけで無表情)をしている自動人形に三人でため息をついていると、こつこつと歩く音。……む、起きたか。

 視線を向けると、きょろきょろとしながらアンリエッタがこちらに歩いてくるところだった。

 

「あ、あら、王さま。すみません、変なところをお見せして……」

 

「なに、ほぼこちらの所為みたいなところあるからな。気にすることはないよ。さ、席について。ご飯を食べよう」

 

 そう言って、俺は卑弥呼と壱与を見る。まぁいい、とりあえず飯だ……と思ったが、このネタ料理じゃな……。

 

「おや? これは……こんな料理初めて見ました……!」

 

「だろうね。俺も初めてだよ」

 

「流石は王さま……いつでも挑戦の心を忘れないのですね!?」

 

「うん、まぁ、そうだよ」

 

 こうやって俺のことを持ち上げてくる子には否定しても無駄だと学んだので、こうして返している。ま、いくらネタ料理と言えど、自動人形が自信満々に出してきたものだ。まずいってことはないだろう。最低でも食べられるレベルではあるはず。

 諦めてテーブルに着き、アンリエッタも含めて四人で食事を始める。時代も場所も違うが、俺も含めて全員王族と言う凄まじいテーブルがここに完成した。全員こういう場所でのマナーは修めているので、なんだか緊張してしまう。

 

「……!?」

 

 そんな中、一番先に料理を口に運んだ壱与が驚いた顔をしてこちらを見てきた。……なんだよその顔。見た目と味が違う料理食べた時みたいな……。

 

「――!?」

 

 さらに、卑弥呼も同じような顔をしてこちらを見る。え、なに!? そんな変な味するの!?

 

「まぁ……!」

 

 そして、キラキラとした顔でいい意味の驚きを表すアンリエッタ。……なんだよ、みんなして。そんな顔されたら気になるだろうが。俺もみんなから料理へ視線を向ける。……うん、さっき言った感じで間違いないな。白身魚っぽくした餃子の皮に添え物のポテトサラダ……む、これ餃子みたいに中身があるのか。……中身も白いけど……。

 

「……ええい、ままよ!」

 

 ぱくり、と一口。……な、なんだこれ! たぶん白身魚のすり身……だと思うんだけど、柑橘系の味もする。……あ、コレ餃子の皮にも味付いてるのか。……うん、美味しい。美味しいんだけど……なぜこんな見た目にこだわったのだろうか。……おや? この大根おろし風ポテトサラダ……何かのクリームみたいのが……あ、これも美味いな。こういうところに力を入れないでさぁ、もうちょっと素直に作ればいいのに……。

 

「……まぁ、そういう顔になるわよね」

 

「慣れ親しんだ味っぽいんですけど、微妙にアレンジ入れてるのが腹立つっていうか……美味しいんだけど、美味しいのが腹立つっていう理不尽な怒りがわいてきますね、これ」

 

「わたくし、こんな不思議な味のお料理は初めてです! 見た目はお魚なのに、味は柑橘系で、しかも少しピリリともして……一口で何度も味が変わっていくのね……!」

 

「……」

 

「……『無垢っていうのは幸せだなぁ』」

 

「なんだよ、卑弥呼」

 

「いぃやぁ? どっかのエロ王が失恋したばっかりの女王に興奮した気配を感じただけだけどもぉ?」

 

 何故かねっとりとした声で話す卑弥呼に心の内を当てられてしまったので、ほっぺたを引っ張っておく。

 

「いひゃいいひゃい。……ったくもう。わらわにそういう趣味は無いっての」

 

 そんなやり取りをしていると、くすくすと笑い声。卑弥呼と共に視線を向けると、口に手を当てて上品に笑うアンリエッタの姿が。

 

「……あによ。そんなに面白かった?」

 

「い、いえ、そういうつもりでは……ふふっ」

 

「あ、わかります分かります! 卑弥呼さまって素直じゃないところあるから、こうして構ってもらえてうれしいけど表情には出せないみたいなことたまにするんですよ! 可愛いですよねぇ!」

 

「あんたわらわのこと好きなの? それとも嫌いなの?」

 

「? なんでどっちかしかないんですか? 尊敬出来て好きってのと、憎たらし過ぎて嫌いっていう感情は、矛盾しませんよ?」

 

「なにこの弟子……哲学的なこと言い出したわ……」

 

 卑弥呼に対して不可思議な感情を持つ壱与のことは、完全に理解することは難しいだろう。理解するための努力はするけれど、人の心なんて完全にはわからないのだ。

 

「ふふふっ」

 

 そして、いまだにアンリエッタは卑弥呼達を見て笑っている。ひとしきり笑った後、食器を置いて、一つ息を吐く。

 

「皆さま、仲がよろしいんですね。……とても、強い絆を感じますわ」

 

「そりゃそうでしょ。何年……何百年、一緒に戦ったと思ってるのよ」

 

「そうですよ! 壱与なんてギル様のお子を何人産んだか覚えておりませんもの!」

 

「ええっ!? い、壱与さん、そのお年でお子様が……!?」

 

「ちなみに壱与の出産人数は十三人だぞ」

 

「普通に覚えられるじゃないのよ……!」

 

 十三人の娘たちが円卓の騎士ごっこやり始めたときは笑ったけどな。目的が『父親を他の母親、および娘から隔離し独占する』と言うのだと聞いた時は笑顔引きつったけど。

 一応、ここで壱与達のことも説明しておく。英霊とは、全盛期の姿で現界するものなのだという話も含め、だ。じゃないと俺のロリコン疑惑が色濃くなってしまうからな。壱与が十三人目を生んだのは30超えてからだしな。その頃には妙齢の女性らしく成長した……うん? 壱与って年齢相応の姿だったっけ……?

 

「……ギル様がなにをお考えかわかりますけど、ちゃんと成長はしてましたよ」

 

「あれ、そうだったか。いやいや、すまんな、昔のことになるとやっぱり思い出しにくいよ」

 

「……ギル様に出会ってからの人生すべてで、身長五センチしか伸びませんでしたけど」

 

「なんかの病気じゃないの? わらわギルに出会ってからの年齢でも身長伸びたのに」

 

「えっ!? あの時の卑弥呼さまってにじゅ……もがもが」

 

 慌てて壱与の口をふさいだ卑弥呼が、こちらを見てニッコリ笑う。……わかってるって。年齢のことはアンタッチャブルなんだよな?

 

「……なんだか、羨ましいです」

 

「うん?」

 

「……みなさん、お互いのことを信頼して、命も、何もかも任せられるというのは……とても、眩しく思います……」

 

「ばっかねぇ、あんたは」

 

「え?」

 

「あんたにもいるじゃないの。たかが手紙のためだけに、命を賭けて戦う馬鹿ピンクが」

 

「……ルイズね」

 

 少し俯いて、アンリエッタはその名前を呟いた。マスターは、アンリエッタとの友情を大切にしている。それは、今も卑弥呼が言った通り、アルビオンへの旅でも見えたものだった。戦地へ行き、手紙を回収してきてほしいという願いを、アンリエッタのためならばと迷わず叶えようとしたマスター。アンリエッタもそのことを思い出しているのか、嬉しそうに笑う。

 

「わらわはギルが戦うなら命を懸けて一緒に戦うわ。壱与も、小碓も、謙信も、マリーだってそうよ。……でも、あんたにそれがないわけじゃない。あんたはまだ、気付けてないだけなのよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、卑弥呼は残りの食事を口に運ぶ。壱与も、なんだか娘でも見るような顔をしてアンリエッタを見つめてから、食事を進めた。

 

「食べたら寝なさい。あんたがやりたいことはある程度聞いたし、そのためには時間もかかりそうだしね」

 

「で、ですが……」

 

「ですがも春日もないのよ。あんたが寝てる間にこっちでいろいろとやっておくから。……年取るとやーね、こんな小娘のためになんかしてあげたくなっちゃって」

 

「あっはっは! 卑弥呼さま年齢的にババアも良い所ですもんね! あっはっは!」

 

「年齢の話し出すならあんたも変わらないでしょうがぁ……!」

 

「あひゃー! ほっへはひっはらないへくらはい!」

 

 大笑いする壱与の頬を全力で引っ張る卑弥呼。壱与もなにやら言っているようだが、頬が伸びきっているためにまったくわからん。まぁ、壱与の卑弥呼弄りは性癖兼生き甲斐みたいなものだ。局所的な究極のかまってちゃんなので、卑弥呼にはああやって構ってやってもらうしかあるまい。試しに俺と卑弥呼で壱与をガン無視してみたら無言で泣きながら自殺しそうになったからな……。あの時はかなり焦った。

 

「……まぁ、あっちの二人は放っておくとして。自動人形、アンリエッタを見ててやってくれ」

 

「王さままで……わたくしが言い出したことなのです。ですから……」

 

「アンリエッタが言い始めたことなら、アンリエッタの仕事は情報を集めて判断することだ。そのための判断力を鈍らせないように、休むんだよ。それも仕事だ」

 

 そう言って、食事が終わったアンリエッタの背を押して、自動人形の下へ送る。あとは彼女が寝かしつけてくれるだろう。……触れなかったが、アンリエッタの目の下の隈が濃くなっている。疲れているのか……悩みがあるのか。

 釈然としない顔をしながら、小さくこちらに会釈をして、アンリエッタは部屋へと向かった。……ん、これでよし。

 

「卑弥呼、壱与」

 

「はいはい」

 

「了解です!」

 

 先ほどまでいがみ合っていた……いや、じゃれ合っていた二人が、いつの間にか数枚の銅鏡を周りに浮かべ、こちらを向いていた。

 これから、容疑者の下へ銃士隊の兵士たちが向かうらしいので、それを見てこちらで犯人を絞るのが目的だ。まぁ、銃士隊からこちらに連絡が来るらしいが……たぶん、マリー経由だと思うので、こちらからも確認しておいて損はないだろう。

 

「んー、わらわ的にはこのリッシュモンとかいうの怪しいと思うけれどねぇ」

 

「なんでだ?」

 

「え、だって太ってるじゃない。こういうのは、だいたい黒幕だったりするのよ。ほら、ローマのあいつとか」

 

「ああ、『来た、見た、太った』のあの人ですね!」

 

「『来た、見た、勝った』では……?」

 

 「こまけぇこたぁいいんですよ!」と笑顔で言い放つ壱与に、それ以上何も言えなくなってしまう。まぁ、確かに今はそれを言及するより下手人を確定するのが仕事だ。…ってあれ?

 

「これ、マスターじゃないか?」

 

「え? ……うわ、ほんとだ。何してんのよこいつ……」

 

 壱与が無言でつい、と指を振ると、鏡が動く。どうやら、固定していた監視鏡の一つを追尾させているらしい。……そんなドローンみたいなことできるのか……。

 

「あーあー、こんな酒場の格好そのまんまで飛び出しちゃって……杖は……持ってるみたいね」

 

「まぁ、この小ピンクはなんだかんだ『持ってる』んで、いつの間にか事件の中心に居たり……あ、銃士隊」

 

「え? あ、しかも隊長じゃない」

 

 ああ、この子が。平民から貴族になったって噂の。……ふぅん、なにやら抱えてそうな感じするなぁ。

 

「……こういうタイプの女の子いないものねぇ」

 

「え? ギル様こういう男っぽいのもいける感じですか? ……あー、男の娘イケるもんなぁ、ギル様……」

 

 俺が銃士隊隊長を見ているのを見て何を勘違いしたのか、うんうんと頷きながら二人は何かに納得したようにつぶやいた。……お前ら、俺が女の子なら誰でもいいみたいな……。

 

「実際だいたい行けるじゃない。あんたの嫁やってたらね、「あ、こういう娘いけるんだな」ってわかるもんよ」

 

「なんて嫁なんだ……!」

 

 でも、可愛い子や美人がいたらいいなぁって思うよね? ……思うよね?

 

「ま、それがあんたの良い所だしねぇ。『受け入れてくれる』って安心感は……んふ、病みつきになるのよ」

 

「わかりますわかります! なんだかんだ言って結構ヤバめのプレイとかしてくれるし、変なこと言っても「馬鹿だなぁ」って言って呆れるだけだし……ギル様は、ほんと女の子夢中にさせるの上手ですよねぇ……」

 

「とか言ってる間にいつの間にか二人合流したわよ。一緒に馬に乗って……」

 

「あ、たぶんあの書簡見せたんだな」

 

 あの酒場の格好をしているマスターが信用……と言うかいうことを信じてもらうためにはそれしかないと思うし。

 

「なんか追っかけてるみたいね。……ん?」

 

 鏡を見ていた卑弥呼が顔を上げた。どうかしたのかと思いその顔を見てみると、卑弥呼は部屋の入り口あたりを指さしていた。……?

 そちらを見てみると、こちらを向いている自動人形の姿が。……あれ、あいつアンリエッタに付けた子じゃないか。

 

「なんか呼んでるっぽいわよ。行って来たら? こっちはこっちで調べておくから」

 

「ん、頼んだ」

 

 何かあったんだろうか。自動人形の下へ行くと、手を取られて引っ張られる。……アンリエッタの部屋に行ってもらいたいみたいだけど……アンリエッタに何かあったんだろうか? ……急を要することならもっと違う呼び方をするだろうし……対応に困ったことが起きた、って感じかな。……俺が行ってどれだけ力になれるかわからないが……マスターの親友のためだ。頑張るか!

 

・・・

 

 手を引かれてやってきた部屋の前。いつの間にか降っていた雨の音以外は何も聞こえない。

 

「で……中でアンリエッタは何してるんだ?」

 

「……」

 

 俺の言葉に、じっとこちらを見る自動人形。……え、何も教えてくれないのか。

 

「……自分で確かめろってことか。昔の攻略本みたいなことを……」

 

 ため息をつきつつ、扉をノック。扉の向こうで動いた気配がする。

 

「……はい。どなたですか?」

 

 扉の向こうからおずおずと問いかけられる声。不安そうな色がその声からは感じ取れる。

 

「俺だよ。ギル」

 

「あ、今あけますっ」

 

 かちゃり、とドアノブが向こうからひねられる。開いた扉の向こうからは、少し落ち込み気味にこちらを見上げるアンリエッタが覗いていた。……どうしたんだろうか。なにやら、何かに怯えている様な……。

 

「アンリエッタ、どうしたんだ? ……何か不安でも?」

 

「あ……いえ、ええと……わかって、しまいますか……?」

 

 一旦頭を横に振ったアンリエッタだが、少しして頷いた。……今回の事件を不安に思っているって感じじゃないな。

 

「……こんなところでお話しするのもですね……良ければ、中で聞いていただけますか……?」

 

 そう言って部屋の中へ入っていくアンリエッタの後についていく。部屋は暗く、灯りを付けていないようだ。……この様子からするに、付ける余裕がなかったっぽいが……。俺の方で魔力を通して、灯りを付ける。流石に電球ほどの明かりではないが、部屋を照らすには十分だ。

 部屋はこの屋敷の標準的な部屋で、ベッド、机、椅子、本棚等の家具が一つずつ置いてある。アンリエッタから椅子を勧められ、アンリエッタ自身はベッドに腰掛ける。

 

「……不安と言っても、今回のこの作戦についてではないのです」

 

 ぱっと出せる飲み物が宝物庫のワインしかなかったので、アンリエッタの目の前にグラスに注いだワインを出し、俺も手の上に取り出した。……んー、美味しい。宝物庫から出てきたグラスに一瞬驚くものの、俺も持っているのを見て安心したのか、ゆっくりと口を付ける。

 

「おいしい……」

 

「だろ?」

 

 そう言って、笑いかける。アンリエッタもそれを見て安心してくれたのか、少しだけ笑顔を見せてくれる。それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……王さまにはお世話になりっぱなしですわ。手紙の件から……あの雨の日も」

 

 アンリエッタはグラスを持ちながら俯く。

 

「……ルイズも、マリーも……ウェールズさまも、あの時傷つけてしまいました。王さまに止めていただけなければ、私は大切なものすべてを無くすところだった……雨の日は、それを思い出し

 

てしまって、すべてを失くしてしまったことを想像して……耐えられなくなるんです」

 

 そう言って、グラスを持っている手とは反対の手を自分の体を抱きしめるように回すアンリエッタ。

 

「マリーから、聞きました。王さまは、たくさんの悩みを解決して、ヒミコさんやイヨさん、マリーを導いたと聞きました。……わたくしも、導いてはいただけませんでしょうか……?」

 

 ぐい、と一気にワインを飲み干すと、アンリエッタはこちらに歩いてくる。そして、俺の隣に座り、そっと肩を寄せてくる。

 

「……はしたない女だと、思わないでください。……わたくしも一人の女。人が恋しくなることもあるのです……」

 

 おぉっとぉ……? あんだけ「なにもないさ」とか卑弥呼達に言っておいて普通に誘われてるんだけどぉ……!?

 どっ、どうすれば……!? なんて、戸惑うフリをしてみても冷静な心が「え、慰めてあげれば?」と簡単に答えを出してくる。……いやほら、確かにウェールズとは何回かしてるだろうし、やっても問題はないと思うけど……マスターにも手を出してないのにその友人に手を出すとか最低すぎません? ……え? 元から最低? ……わっかりましたよぉ!(ヤケクソ)

 

「あっ……」

 

「……その、なんだ。俺はよくあるような『安売りするな』とか『自分を大事に』なんて言わないんだ。気の迷いだろうとなんだろうと、こういうときは受け入れてきた。……そのうえで、俺はすべてを背負ってきた」

 

 そう言って、俺はアンリエッタを優しくベッドに押し倒す。……顔を真っ赤にしたアンリエッタが、す、と力を抜く。アンリエッタにとって気休めでも、心の重荷が少しでも軽くなるのなら俺ができることはしてやろう。それが、ここまでした責任というものだ。

 

「だから、アンリエッタ。今日は俺にすべて任せろ」

 

「……アンリと。あなたにはそう呼んでもらいたいわ、王さま……」

 

「アンリ。……終わった後、話をもっと聞かせてくれよ」

 

 ……静かに頷いたアンリの服を脱がせ、俺はその体に触れた。

 

・・・

 

「……あ、おかえり。……って、すごい顔してるわよ。どうしたの?」

 

「しかもあの失恋王女の匂いがします! ……抱いたんですねギル様! 大胆ですねギル様!」

 

「なんでラップ調なんだよ壱与。……いや、色々話を聞いたってのもあるんだけど……」

 

 「YO! YO!」と何故かリズムに乗っている壱与に軽く突っ込みながら、先ほどのことを思い出す。……凄い綺麗な肌をしていた……じゃなくて。そのあとの話だよ。

 アンリが抱えていた不安。そのあとに俺にアンリがした提案……まぁ、それは後で全員と相談するとして、アンリが抱えていた闇の一かけらを、俺は二人に話した。

 

「……ふぅん。そんなこと思ってたのね、あの子」

 

「壱与も卑弥呼さまもギル様っていう初恋も実りましたし、国も荒れることなく統治できてましたし、あんまりわからない分野の悩みではありますよねぇ……」

 

 頬杖をつきながら、壱与が大きくため息をつく。

 

「それでも、あの失恋王女……んにゃ、新しい恋見つけたから恋する王女? ……にとっては良い事なんじゃないでしょうか。壱与、依存って悪い事じゃないって思ってる派なので!」

 

「……わらわも、そこまで肯定はできないけど悪いとまでは言わないわ。……心が壊れそうだっつってんのに拠り所もない、意識するところもないっつーのは、地獄よりも酷いわ」

 

 二人とも、アンリの精神状態についてはある程度の察しはついているようだ。……まぁ、ウェールズが死に、戦争が起きて女王になり、隣国の王と結婚させられそうになって死んだはずのウェールズと逃避行して二度目の死を目の当たりにする、なんてこと……一人の女の子の精神には相当な過負荷だ。気丈に耐えているように見えても、それはそう見えているだけ。アンリはたぶん、一人では立てない女の子なのだ。誰かに支えられないと立っていられない、今の立場には一番向いていない女の子。

 ……卑弥呼と壱与は、そんな女の子なら、どこかに寄り掛かれる場所が必要なのだと言った。歩いてばかりは疲れるから。たまには、座って背を預けられるような、時には体を預けられるような、そんな場所が必要なのだと。

 

「絶対的な止まり木があるっていうのは、鳥にとっては希望なのよ。どんなに飛び回って疲れても、そこにある止まり木。……ふふ、変なこと言ってるわね、わらわも」

 

「……なんか、壱与もなんとなくわかります。……まぁ、要するにみんなギル様大好きってことです! だから好き! 抱いて!」

 

「はいはいあとでな。……卑弥呼、壱与。……ありがとな。これからも、俺の力になってくれ」

 

 俺の言葉に、二人は笑顔で頷いてくれた。……俺が結んだ絆は、素晴らしいものだと再確認した。……さて、あとは。

 

「……後はあれだな」

 

「そうね。国賊の件を――」

 

「いや」

 

「え?」

 

「……アンリ、初めてだったんだよ。……この後どう接すれば……」

 

「あんた、初めての女なんて初めてじゃないでしょうに!」

 

 思いっきり頭をひっぱたかれた。納得いかん。初めての女の子は確かに初めてじゃないけど、初めての女の子の初めては一度しかないのだ。……初めてって言い過ぎてゲシュタルト崩壊してきたな。

 

・・・

 

 翌日。(当たり前だけど)昨日とは違う装いのアンリが、顔を染めながらおずおずと部屋から出てきた。自動人形に案内されて食卓に着き、ちらりと俺を見てはうつむき、またちらりと俺を見て俯き、と何度か同じことを繰り返していた。

 

「あのねぇ……なに恥ずかしがってんのか知らないけど、早めに慣れておきなさいよ。今後いつこいつに求められるかわからないんだから。その時恥ずかしがってるようじゃ先が思いやられるわよ?」

 

「も、求められっ……!?」

 

「あーあー、初心な反応ですねぇ。そのうち自分から求めるようになるんですよこういうのはァ!」

 

「えっ、なんで急にテンション上がってんのこいつ。こわっ」

 

「じ、自分から、も、求め……ッ!」

 

 さらに顔を赤くして、いやいやと首を振るアンリ。……こういう反応、新鮮だなぁ。ここにいる卑弥呼とか壱与なんかは誘ったら自分から全裸になるし、小碓なんてむしろ押し倒してくるし、謙信は月のない夜に刈り取ってくるのが得意だし、ジャンヌなんかあざとい反応でこちらをその気にさせるのが十八番だ。

 

「そ、そんなはしたない事、女王たるわたくしがするはずがありませんッ!」

 

「あれ、でも昨日五回目の時は自分から……」

 

「あああああああああああああああああ! 求めてませんッ!」

 

「え、求めたのあんた」

 

「求めてませんッ! だ、だって四回目くらいで記憶は無くなりましたし……また我に返った時、王さまは『八回目だ』っておっしゃってたじゃありませんか!」

 

「っていうか初めてで八回もやったのあんた」

 

「あっ。……いえっ、そのっ、違くて……!」

 

「そうだ、違うぞ」

 

「王さま……!」

 

 冷静にドン引きする卑弥呼に責められ狼狽するアンリの代わりに反論する。顔を明るくしたアンリに微笑みかけて、続きを口にする。

 

「アンリは八回で満足しなかったんだ。十五回目くらいで一旦休んで、そこからまた六回くらいしたから、二十一回はやったぞ!」

 

「王さまぁぁぁぁぁっ!?」

 

「うっわ。底なしの性欲ね。やーらしーんだ」

 

「ち、ちがっ、わたくしやらしくなんて……!」

 

「淫乱女王ね、淫乱女王。やーいやーい、いーんらーん」

 

 『淫乱、淫乱』と繰り返しながら卑弥呼と壱与が屈みこんで耳をふさぐアンリを煽る。形的には『かごめかごめ』の形になっている。なんで煽る(こういう)ときだけ息ぴったりで流れるように通じ合ってるんだろうか。根本的には仲いいんだよなぁ、やっぱり。卑弥呼がツンデレで、壱与がサイコパスなせいでわかりづらいが、お互いにお互いのことが好きなのだ。表面化することがほぼないだけで、なんだかんだで気の合う二人なのだろう。

 

「ほら、ギルも入りなさいよ。淫乱女王を取り囲んで『かごめかごめ』するの面白いわよ。それいーんらん、いーんらん」

 

「壱与、ギル様からならいじめられたいですが、ギル様以外は虐めるのめっちゃすこです。ほれいーんらん、いーんらん」

 

「……まぁ、確かに初めての時に二十一回は凄く……アレかもな。なんていうかその、な。はいいーんらん、いーんらん」

 

「い、いじめられているぅ……わたくし虐められていますわ……ルイズ! ルイズぅ! わたくしのおともだち! 助けて、心が殺されるぅ……! ……ああ、いやだ、また死にたいわ……」

 

 俺と卑弥呼、壱与と、さらに自動人形数人に囲まれ『かごめかごめ』……いや、『かこめかこめ』されているアンリは、どんどんと瞳から光を無くしていっている。……なんというか、比喩とかではなく、完全にいじめの現場である。なんで俺昨日抱いた女の子虐めてるんだろうか。

 

・・・

 

 それからしばらくして、全員一旦落ち着いて食事をとり、再び全員で卓を囲んでいた。

 

「――と言うことで、わたくしがしようとしているのは狐狩りなのです」

 

「なるほどねぇ」

 

「狐はずる賢い。追い詰めても、犬をけしかけても、尻尾も掴ませずに逃げてしまう。……だから、こうして罠を張っているのです」

 

 だから、とアンリは続ける。

 

「……おそらく今日。遅くても明日。……銃士隊が狐を罠にかけてくれるのです」

 

「なるほどね。……卑弥呼」

 

「あいあい」

 

 そう言って、卑弥呼はマスターを追尾させていた鏡の映像を映す。……なにやら、銃士隊の隊長と一緒に少年を追いかけているらしい。……え、参考人なんだよね? 趣味で追いかけてるとかじゃないよね? おねショタはちょっと守備範囲外だぞ? 俺自身がショタって外見じゃないしな。

 そんなことを思っていると、いつの間にやら銃士隊の隊長とマスターはある一軒の家に突入していた。

 

「……アニエス、ルイズも……無茶するんだから」

 

 そう言っているアンリは、言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をしていた。

 

「ですが、これで証拠は集まりましたね。……にしても便利ですわね、この鏡。これから怪しい貴族の家には設置しようかしら」

 

 薄く笑うアンリは、すぐに表情を変え、俺たちの方へ向き直る。

 

「決着は明日、ですわね。待ち合わせ場所である劇場へ赴き、すべての決着を付けましょう。……内通者をあぶりだし、断罪するために」

 

・・・




「ちなみに最高記録は何人なのよ」「え?」「……あんたの嫁が一生の内に産んだ子供の数よ。一番多くて何人なの?」「……十八人かな」「は? 結構少ないのね。ってそっか、あんたの場合一人一人孕ませると分散するからねぇ……それでもよく産めたわね……」「ああ、何故か知らないけど三年連続六つ子で年子だったんだ」「……髪の毛桃色だったりした?」「あ、ああ。よくわかったな」「それで顔全員一緒で変な名前だったりする?」「お、おう。……なんでわかるんだ? 確か卑弥呼の没後の話なんだけど……」「……まぁ、色々とね。特定したわ」「……特定班こわっ」


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