アオアシラ。大好物はハチミツ。



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【短編】希望をその手で

 

 

 人類を遥かに超えた力を持つ()()()()()が闊歩するこの世界。そんな世界で人間という小さな種族は日々、モンスターの驚異に怯える日々を過ごしていた。

 大型のモンスターによって村が壊滅されることは少なくなく、天災を引き起こすモンスターや、果ては国ひとつを滅ぼしたモンスターまでもいる。

 此処にはそんな世界が広がっていた。

 

 しかし、人間もただただモンスターに蹂躙されていたわけではない。

 必死に抵抗した。モンスターと比べ、遥かに劣る力とその小さな身体を使い全力で抗った。人間は自然の驚異へ立ち向かったのだ。

 

 

 そして時代は進み、人間は狩られる側から狩る側までに成長した。

 それまでの間、どれほどの犠牲と時間がかかったのかは分からない。それでも、人間はただモンスターに怯えるだけの存在ではなくなったのだ。

 

 人間の安寧した生活を守るため。人々が自然の驚異へ立ち向かう象徴として。狩られる側から狩る側へ。

 人間が抱く夢や願い、そして未来。そういったものを、その一身に背負いモンスターへと立ち向かう。

 

 超越した力を持つモンスターを狩ることができる人間。人間の成長の証であると同時に希望。そんな者たちを人々は敬意と尊敬の念を込め――ハンターと呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふぅ……これで、アオキノコは8つ目か。ハチミツは集め終わってるし、あと少しだな」

 

 温泉の有名な観光地であるユクモ村の近く。大きな滝や小川が流れ、巨大な樹木や洞窟が存在する場所。そこは、“渓流”と呼ばれていた。人間の手が加えられていない場所が多く見られるが、かつては集落も存在していたらしい。その名残として今も、いくつかの廃屋や人間の生活していた跡が見られる。

 そして、その渓流のエリア5と呼ばれる場所ではひとりの男性のハンターがアオキノコの採取を行っていた。そのハンターのHRは1。武器防具もギルドから支給された物。その姿からも分かるように、ハンターには成り立てだった。小型種のモンスターとすらまともに戦ったことのない、駆け出したばかりのハンター。それがこの男だった。

 

 モンスターを狩るハンターという職業が当たり前の存在となってから、かなりの時間は経ったが、そのハンターの数は決して多くない。一般人では到底敵わないモンスターと対等に戦うことのできる人間はやはり少ないのだ。ハンターの数が少ないのも仕方の無いことだろう。

 さらに、モンスターとの戦闘によって致命傷を負いハンターを続けることができなくなる者。ハンターという職業を早々に引退する者。そして、クエスト中に命を落としてしまうハンターの数も少なくなかった。それほどに、ハンターという職業には危険がつきまとってくる。

 だからこそ、ハンターは人々から尊敬され、地位や名誉。多くの富を得ることができるのだが。

 

 さて、せっせとアオキノコの採取を続けているこのハンターだが、先も述べたようにまだまだ駆け出しのハンターだ。そしてどうやら、採取のみを目的としてこの渓流へ訪れたらしい。しかし、いくら採取のみを目的としているとはいえ、ここは人間のテリトリーではなく、モンスターが闊歩する場所。そのような場所に、駆け出しのハンターがソロで行動するのは決して良い考えといえない。そのことは、このハンターもよくよく分かっているはず。

 では、何故このハンターがソロでクエストへ来てしまったのか、だが……どうやら、仲間とのいざこざが原因らしい。

 自分の命と比べれば本当にちっぽけなはずのプライドが、このハンターに愚かな行動をさせてしまったのだ。

 

「うーん、もうこの辺りにキノコはなさそうだし……しょうがない、場所を移すとしよう」

 

 予想していなかったわけではないはずだ。そのようなことが起きることなど、分かりきっていたはずだ。ただ……どこかで油断していた自分がいたのは確かだろう。

 

 今度は別の場所でアオキノコの採取をしようとしていたハンター。

 そして、そのハンターへ近づく巨体。

 

「は? えっ、あ……な、なんでコイツが……」

 

 慢心や気の緩み。そんな一瞬の油断が致命傷となるこの世界。その隙を狙い相手は容赦なく襲いかかってくる。

 

 ここは、そんな世界だ。

 

 

「くまー!」

 

 

 ハンターへと近づいた青熊獣――アオアシラの咆哮が渓流の大地を震わせたっ!

 

 分厚い甲殻で覆われた前脚を主な武器として扱う。さらに、その前脚には発達した大きく鋭い爪があり、強靭な前脚の攻撃を喰らえば、いくら防具で身を固めているハンターといえども、致命傷は避けられないだろう。

 大きな個体では体長が7mを超え、食欲は旺盛。好物は……ハチミツっ!

 

「ま、まて、待ってくれよ……こ、こんなの聞いてないぞ」

 

 アオアシラを見たハンターの戦意は完全に喪失。

 冷静になれば、このアオアシラから逃げることもできたはず。持ってきていたこやし玉を使うことでこのアオアシラを追い払うこともできたはず。

 しかし、駆け出しのハンターであるこの男には、知識が、実力が、そして何よりも経験が足りていなかった。

 

 手足から力は抜け、背中に担いでいた大剣を握ることも、逃げ出すこともできなくなったハンター。モンスターについてアレだけ頭の中へ叩きこまれた知識も、身体に染み込ませた大剣の使い方も目の前に迫る恐怖が全てを消し去った。

 どうしてこうなってしまったのだろう。自分はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。何故あの時つまらない意地を張ってしまったのだろう。そんな自責や後悔の念ばかりが、頭の中をグルグルと回る。

 

 そしてついに、そのハンターはその場へしゃがみこんでしまった。

 

 

「くーまー!」

 

 

 しかし、相手に慈悲は、ない。

 例え、完全に抵抗できないことが分かっていたとしても、このアオアシラは手を抜かない。目の前で怯えるちっぽけな存在をただ容赦なく叩き潰すだけだ。

 

「い、いやだ、まだ……まだ死にたくないっ!」

 

 まさに、絶望的な状況。目の前まで近づいている死。

 そんな状況に追い込まれたハンターは、必死で生へしがみつこうとした。その両目からは大粒の涙を零しながらも、無様な格好になろうとも、どうにか生き抗おうともがいた。

 

 できる限り早く身体を起こし、なりふり構わず全力で逃げる。それが自分の命を救うことに繋がる。

 

 ……ただ、そんなことを相手が許すわけはなかった。

 

 目の前のエモノが逃げ出そうとしていることに気づいた瞬間、後脚で立ち上がっていた姿から直ぐに、前脚を地面へとつき、四足歩行のスタイルへ移行。そして、逃げ出し始めたハンターを四本の脚を使い、全力で追いかけ始めた。

 

 ハンターは一般人と比べ、その身体能力が高いことは確かだろう。自分の身長すら超える武器を振り回し、その武器のさらに数倍もの大きさのモンスターに立ち向かう。一般の人間から見ればハンターなぞ超人にしか見えない。そして、それは駆け出し中のこのハンターとて例外ではない。

 それでも、モンスターの持つ身体能力はそんなハンターたちのソレを、まるで嘲笑うかのようにいとも簡単に超えてしまう。単純な身体能力だけを比べれば、モンスターのハンターの間にはそれだけの差があった。

 

「ああぁっあぁあああっ! や、やめっ! 放せ! 放せよぉっ!」

 

 ハンターは全力で逃げた。いや、自分の限界以上の力を使って逃げたのかもしれない。

 しかし、結局はアオアシラに捕まってしまったのだ……

 

「くまー!」

 

 強靭な前脚でハンターをがっしりと掴み、そのままアオアシラは無慈悲にハンターを抱え上げた。

 

 拘束されてしまったハンターも必死で抵抗した。もう鼻先まで近づいている死の香りを感じながらも、全力で抗った。脳裏に浮かぶのは、自分の死ぬ姿ばかり。

 このまま絞め殺されるか、地面へ落とされてから叩き潰されるか、それとも……噛み殺されるか。そんな光景ばかりが頭の中を過る。

 

 そんなハンターの絶望を他所に、アオアシラはまるで遊んでいるかのように拘束したハンターを上下に振った。傍から見ればアオアシラが高い高いをしているように見えなくもないが、拘束されているハンターに、そんな赤子を癒すような動作を楽しんでいる余裕などない。

 そして、その間もハンターは全力で抵抗を続けたが、アオアシラの拘束から逃れることはできそうにない。モンスターの持つ力はやはり人間の力を遥かに超えていた。

 

 もう、もう……これはダメだろう。

 そんな考えばかりが大きくなる。まだ諦めているわけではない。それでも、諦め始めている自分がいるのは確かなことだった。

 

 

 しかし、一瞬だけアオアシラの拘束する力が弱まった。

 ここまで不運の続いていたハンターだったが、自分が生きることへ繋げることのできる幸運を掴み取ったのだ。

 

「うぉぉおおおっ!」

 

 ハンターとしての本能か。生きることへの執着心か、アオアシラの拘束する力が弱まった瞬間、ハンターは腹の底から声出し、できる限りの力を使い、その拘束からどうにか逃れることに成功した。

 

 そうして、拘束から逃れることのできたハンターだったが……何の犠牲もなく逃れられたわけではなかった。

 

 盗まれたのだ、ハチミツを!

 アオアシラの大好物であるハチミツを、ハンターは盗まれてしまったのだっ!

 

 そのような大きな犠牲を出してしまったハンターだが――幸運はさらに続いた。

 ハンターのアイテムポーチから盗んだ大好物であるハチミツを手にしたアオアシラは、先程まで拘束していたハンターなど目もくれず、ハチミツを食し始めた。もうハンターとかどうでもいい。今は大好きなハチミツに夢中である!

 

 ハンターに訪れた好機。

 今なら散々苦しめてくれたこのアオアシラへひと太刀を喰らわせることも可能だろう。

 しかし、ハンターが選んだのは、そのアオアシラから逃げることだった。

 

 それは賢明な判断なはずだっただろう。ここで大好きなハチミツに夢中なアオアシラへ下手に攻撃などしたら、このハンターはまず返り討ちにあう。

 間違った選択ではなかったはずだ。……本来ならば。そう本来ならば、だ。

 

 ハチミツに夢中となっているアオアシラから全力で逃げ出したハンターは、かつて人間の住んでいた跡の残るエリアへと向かった。

 とにかく今は安全が確保されているベースキャンプへ向かおう。そして、こんなクエストなど直ぐにリタイアして帰ろう。

 そして、そして……帰ったらアイツに謝ろう。すまない、俺が間違っていた、と。お前が言っていたように、回復薬は無理に調合するんじゃなく、ギルドストアで買った方が良い。ちょっと欲出してハチミツまで採取して本当に悪かったと謝ろう。

 

 目から溢れる涙が止まらない。視界はぼやけ、手足は震え上手く走ることもできない。それでも、ハンターは帰るために走った。きっと自分の帰りを待っていてくれているであろう友の元へ帰ろう、と。

 

 しかし、現実は残酷だった。

 

 幸運は、続かなかった……

 

「は、はは……うそ……だろう?」

 

 涙でぼやけてしまった視界でもはっきりと見えてしまったその巨体。

 純白の体毛と大きく発達した耳。その大きさは先程のアオアシラに匹敵する。

 

「なんで……どうしてお前がこんな場所に……」

 

 ハンターが驚いたのも無理はない。

 何故なら、普段は絶対に渓流で見かけることのないモンスターだったのだから。何が起きてこの渓流にその姿を現したのかは分からない。

 

 しかし、今、此処に、そのモンスターがいるのは確かなことだった……

 

 そして――

 

 

「うさー!」

 

 

 白兎獣――ウルクススの大咆哮が渓流の空気を震わせたっ!

 

 絶望は終わらない。

 

 

 






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