傲慢の秤   作:初(はじめ)

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お久しぶりです。別のオリジナル小説やら二次小説やら何やらにうつつを抜かしているうちに、とんでもない時間が経ってました。
少しずつ書いていたものがある程度溜まったので、とりあえず投下しようと思います。
待っていてくださった方、本当にすみません。ありがとうございます。



第五章 空座決戦篇
百、味方と同盟


 

 

 

 その男は、藍染惣右介や東仙要と同じように黒腔から現れた。

 

「遅かったね、ギン」

「すんません。ちょっと楽しくなってしもて」

「いや、構わないよ」

 

 薄っぺらい笑顔を携えて、その男――市丸ギンは空座町に降り立った。

 

 その様子を、平子真子は冷めた目で眺めていた。

 

 市丸ギン。百年前は少年の姿だった彼も、今や立派な成人男性だ。中身はなーんにも立派やないけどな、と自らの感想に自分で突っ込む。

 

 かつては平子の部下の一人だった市丸だが、実際は藍染だけの忠実な手下だった。真相を知った時は本当に驚いたものだ。藍染のことは怪しんでいたものの、彼のことは本当にノーマークだったから。平子の斬魄刀"逆撫”だって、市丸には何の反応も示さなかったというのに。

 

「重役出勤て、随分と偉くなったもんやな」

「これでも、平子()()と同じ元隊長やからなァ」

 

 市丸に放った嫌味は、何倍も嫌らしい皮肉で返ってきた。これだから京都の奴はキライなんや、と多方面に敵を作りそうなことを考えて、平子は鼻で笑った。

 

 敵は藍染と東仙の二人だけ。対してこちらは仮面の軍勢八人全員だ。それなのに、状況はあまり良くなかった。

 

 藍染の斬魄刀、”鏡花水月”。これを使われると、本当に手も足も出ない。虚化して戦おうが、始解しようが、卍解しようが、藍染に認識を歪められてしまえばおしまいなのだ。

 

 現に、卍解した拳西とローズは藍染にアッサリ沈められてしまった。平子を含めた他のメンバーだって、みんな満身創痍だ。

 

 ――最悪俺しか残らんかったら、卍解するんも手やな。

 

 そんなことを考えるくらいには、平子も追い詰められていた。それに「強力な助っ人()を連れてくる」と言っていた浦原喜助だって、まだ戦場に到着していないのだ。

 

 そんな中で市丸が現れてしまったのだ。それはもう、嫌味の一つくらい言いたくもなるだろう。

 

「せや、お土産があったんやった」

 

 わざとらしく呟いた市丸が、懐に手を入れる。

 

 取り出されたのは、黒くて長い何か。

 それと、キラキラと光を反射する何か。

 

「これ、なーんや?」

 

 市丸はニッコリと笑って、その二つをプラプラと揺らして見せた。距離があるから、最初は何か分からなかった。けれどすぐに察して、平子は眉をひそめた。

 

 華奢なチェーンのペンダント。

 

 そしてもう一つは、紫の髪紐で一つにまとめられた真っ黒な髪の束。

 

「ほーん、オンナの髪やんけ。えっらい趣味の良い土産やな」

「エエやろ、あげへんで」

「土産やないんかい」

 

 ポンポンと、テンポだけはやたらと良い会話が進む。そんな中で、平子は冷静に考えていた。

 

 女の髪、という言葉は否定されなかった。つまりアレの持ち主は、長い黒髪を持った女性だ。

 

 卯ノ花さん……は違うやろうなぁ、多分。

 

 最初に浮かんだ選択肢を、平子は一瞬で切り捨てた。あの人が市丸ごときにやられる訳がない。そうなると、答えは自ずと絞られてくる。自分は今の護廷十三隊をほとんど知らないから、()()()で確定しているという訳ではないだろうが。

 

「おい、ハゲ」

 

 すぐ隣から聞こえてきた声にハッとする。その声がいつもよりずっと低くて、異様なくらいに無機質だったからだ。

 

「ひよ里? どないし――」

「何でお前が、そないなモン持ってんねん」

 

 平子の言葉を遮るように、ひよ里は市丸に問いを投げ掛けた。いつものように感情に任せて怒鳴ることもないから、他人からすれば冷静であるように見えることだろう。

 

 しかし、本当はそうではないことを平子は知っていた。

 

「オイ、ひよ里。アカンで」

「何がやねん。ハゲシンジは黙っとれ」

 

 うわ、アカン。これはアカンわ。

 

「何で、て」

 

 そんなひよ里の感情に気づいているのかいないのか、市丸は能天気に首を傾げた。

 

 彼女がこんな態度を取るとなると、持ち主は自ずと絞られてくる。恐らく、髪紐の色やペンダントのデザインから判別したのだろう。まさか死んでへんやろな、と平子は唇を噛んだ。

 

 とにかくまずは、ひよ里を止めなければ。市丸の最高に趣味の悪い挑発に、ひよ里が乗ってしまう前に。

 

「首やと、服が汚れてまうやろ?」

 

 そう言って、市丸ギンはニンマリと笑ってみせた。

 

 瞬間、ひよ里の姿が掻き消えた。肩を掴んで止めようとした平子の手は、あと数センチで届かなかった。

 

「ひよ里ッ!!」

 

 追いかけて庇おうと踏み出しかけた刹那、見知った霊圧に追い越されて、平子はその場に留まることを決めた。彼が行くなら、何の心配もいらないだろう。

 

 直後。刃同士がぶつかって、擦れる音が響く。

 

「いやぁ、危ない危ない」

 

 戦場には似つかわしくない、気の抜けた声。

 緑の甚平と縞模様の帽子。

 

 市丸にも負けず劣らず胡散臭い笑みを浮かべたその男は、ひよ里を片腕で抱きかかえ、もう片方で市丸の剣戟を受け止めていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 黒腔が、閉じてゆく。

 

 藍染惣右介は、ついぞこちらを振り返ることはなかった。そしてそのまま、現世に繋がる黒腔へと消えていった。あれだけ煮え湯を飲ませた私を、殺そうとすることもなく。

 

「……アイツ実はすごい馬鹿なんじゃない?」

「気ィ抜くん早過ぎやろ」

 

 どうやら声は震えずに済んでいたらしい。呆れたようにぼやいた市丸さんの言葉を完全に無視して、形だけは首元に突きつけられたままの刀を押し退ける。

 

 気を抜いている訳ではない。現に私の身体はまだ強張ったままで、小刻みに震える指先もしばらくは落ち着きそうにない。少し情けないけれど、それだけ気を張っていたという証拠だ。

 

 そんな緊張の余韻を振り払うように、私は濡れていた目元を強引に拭った。

 

 よし、大丈夫。ちゃんと切り替えられる。泣いてたのも、ほぼ芝居みたいなもんだったし。いや、けっこうショックだったけどね。記憶のこととか。

 でも今は、芝居だったと自分を誤魔化す他ない。母様の時と同じだ。今は、立ち止まっていい時じゃない。

 

「芦谷!」

 

 当面の危機は去った。そうなると、次に気になるのは芦谷の安否だ。

 

 左脚の脛から下を失った私は、まっすぐ一人で歩くことはできない。重ねて今は、度重なる高等鬼道の使用で疲弊してしまっている。

 

 こんな状態では仕方ないか、と私は重たい身体を引きずるように、四つん這いになって芦谷に近寄った。

 

「桜花、様……? 一体……」

「今は喋らないで」

 

 一撃目は()()()()()()()()。けれど二撃目からは防いでおいたから、致命傷には至っていないという確信はあった。とはいえ心配なものは心配な訳で。

 

 怪訝そうに私を見つめる芦谷の腹部から、躊躇いなく”雲透”を引き抜く。想定していた痛みがないことに更に驚いたのだろう、芦谷はぱちぱちと目を瞬かせた。

 

 何か言いたげな顔をしたままの彼の腹に手を当てて、迷わず回道を発動させた。霊力はあまり残っていないけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「始解した刀を手放したからって、別にすぐ解除される訳じゃないでしょ?」

 

 ”天挺空羅”の前に、念のため”雲透”を始解して鞘に納めておいたことが、こんなにも役に立つとは思わなかった。

 

 霊圧を隠した状態で細く細く伸ばした霊力は、二度目に振り下ろされる直前に"雲透”に辿り着いた。私の手を離れた"雲透”は、どうやら透過能力を失ってしまうらしい。霊力供給が絶たれる訳だから、そうなってしまうのも頷ける。

 

「でも、ごめんね。一回目は、間に合わなかった」

「いえ、そんな……」

「逆に現実味あって良かったんちゃう?」

「ちょっと黙っててもらえます?」

「えぇ、ひどない?」

 

 大袈裟に落ち込む素振りを見せた、市丸さんの言葉を適当に流す。一理あるところが逆に腹立つ。確かに多少なりともちゃんと怪我していた方が、リアリティがあってバレにくいだろうけども。私だってちょっとだけ、ほんの少しだけそう思ったけども!

 

「それにしたって、通り抜けるんやったら藍染隊長も気づきそうなもんやのに。不思議やなァ」

「始解の場合、斬られた側にも斬った側にもその感覚があるんですよ。痛みがないだけで」

「何やそれ、気持ち悪ぅ」

 

 そう、なかなか気持ち悪い感覚だろう。特に斬られた側にとっては。

 

 こっそり”狭霧”で情報を読み取りたい私にとっては、それなりに厄介な仕様だった。卍解してしまえばその仕様はなくなるとはいえ、始解で情報を集めたいこともあった訳で。

 そういう時は、ほんの少し皮膚に重ねる程度に調整する必要があったのだ。斬られた本人からすると『何か尖ったものが軽く当たっている』くらいの感覚だったことだろう。

 

 そんな厄介な仕様がまさか、こんな形で輝くことになるとは。

 

「だから藍染も、そんなに気にしなかったんでしょうね。始解していようが何だろうが、私の手から離れてしまえば意味がないと高を括っていた、と」

 

 私のことを評価するような言葉を吐きながらも、結局は私のことを侮っていたという訳だ。最後の最後まで、私の"雲透”の本当の能力は気づかずじまいだったし。

 

 治療をされている芦谷は、横たわったまま訝しげな表情で私と市丸さんのやり取りを聞いていた。どうやら少しは元気になってきたらしく、さほど苦しげでもない様子で問いを口にした。

 

「桜花様、どうして其奴と……?」

「あー……」

 

 そりゃそうだ。

 疑問に思うのも無理はない。

 

 市丸ギンは、尸魂界に仇なした大罪人だ。副隊長になる前は同隊三席だった芦谷は、一時期は彼の部下だった時期もあったはずだ。

 

 そんな男が、当たり前のような顔をして私と会話をしている。それも、随分と平和的な雰囲気で、である。

 

「うーん、どこから説明したもんか……」

 

 とりあえずの応急処置を終えて、回道を止める。途端に起き上がろうとした芦谷を何とか押し留めて、そして考える。

 

 私もまさか、こんなタイミングでこの『切り札』を切ることになるとは思っていなかった。だから驚いているのは私も同じなのだ。

 

 まぁ何にせよ、説明するなら最初からか。そう思って、口を開きかけた。その時だった。

 

「市丸さんは――」

 

 

 

「桜花」

 

 静かながらもよく通る声で、私の言葉は掻き消された。

 

 視界いっぱいに広がる黒。

 覚えのある香の、上品な香り。

 

 あぁ、そうか。そういうことか。

 

 突然のことに強張った身体から、ゆっくりと力を抜く。あぁびっくりした。何事かと思った。

 

 芦谷が慌てたように起き上がろうとしている、そんな気配を感じる。それを手で制しつつ、私はその人に小さく言葉を掛けた。

 

「……父様」

 

 そこにいたのは、一人の死神だった。

 

 護廷十三隊の隊長。

 朽木家当主であり、私の大切な父様だ。

 

「良かった。本当に、良かった……」

 

 また私は、失うのかと……

 

 そう誰にともなく呟いて、父様は私を守るようにぎゅっと抱きしめた。

 

「吼えろ! ”蛇尾丸”ッ!!」

 

 直後に響いたのは斬魄刀の解号と、屋上の床を破砕する轟音だった。元気そうで何よりです。芦谷はまだまともに動けないんだから、もう少し気遣ってくれると嬉しいんだけど。

 

「無事か」

 

 前回は四十年だったけれど、今回はたったの一ヶ月間だ。それでも父様は、本当に本当に心配したことだろう。

 

「はい、私は平気です」

「そうか」

 

 顔を上げてしっかりした声で返事をした私に、父様は安堵したようにほっと息をついた。そして直後、その表情を強張らせた。どうやら、私の全身の傷と失くした足に気づいてしまったらしい。

 

「……あの男が、やったのか」

「いえ、これは破面と……あとは藍染と東仙です。市丸さんは何も――」

「市丸、()()?」

「あー……はは」

 

 細い眉をひそめた父様に曖昧に笑い返したところで、ガッシャーンと何かが大破する音が響き渡った。

 

 そうだった、あっちのこと忘れてた。

 

「あ、市丸さん。恋次傷つけたら同盟解消ですからね」

「無理やて、それやったら仲裁してくれへんと」

「無理じゃないでしょ。ね、元隊長サマ?」

「いけずやなァ……」

 

 不貞腐れたように、市丸さんが呟く。刹那、粉塵の合間から飛び出した恋次が、その脳天めがけて勢いよく刀を振り下ろした。どうやらこいつは、私たちの会話なんてちっとも聞いていなかったらしい。この会話そのものが仲裁になると思ったのに、全く。

 

 そんな恋次の刀を市丸さんが簡単に受け止めたところで、私はぱんぱんと両手を叩いた。

 

「はい、そこまで! 恋次、ストップ!」

「あ?」

 

 随分とガラの悪い返事と共に、恋次は足を止めた。同時に市丸さんも動きを止めて、「ようやくか」と言わんばかりの表情で私の方を見た。市丸さんはともかく、恋次もとりあえず冷静ではあったらしい、と安心しつつ私は口を開いた。

 

「戦うの、一旦ストップ。ちょっと説明させてくれる? ……恋次、”蛇尾丸”は元に戻して」

「でもよ、桜花。コイツは――」

「市丸さんも。危ないから”神槍”しまってください」

「はいはい」

 

 不満げな恋次とは対照的に、市丸さんは大人しく刀を納めた。敵であるはずの市丸ギンが、私の小言みたいな言葉に素直に従った。その事実に、父様も恋次も芦谷も揃って私の顔を見た。

 

 どういうことだ説明しろ、と言わんばかりの鋭い視線が三人分。それから、当事者の癖してやけに余裕たっぷりな男の視線が一人分。

 

 それら全てを一身に浴びて、私は「分かった、分かりました。全部説明しますから」と首を(すく)めたのだった。

 

 

 

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