えー、前話のあとがきにも書きましたが、現在実家帰省中でBD再生環境がないため、本編の試合の流れを記憶を頼りに辿るとボケかましそうなんで停滞中、というような状態です。
しばし更新が大幅減する(既にしている)状態ですが、療養休暇状態ですので、体調とリアル事情優先ということでご了承ください。
これはまだ、みほやエリカが中等部だった頃。修景やまほが中等部を卒業し、高等部に入る直前の春休み。
そんな頃に
「お兄ちゃん、高等部入ったら部活動とかは入らないの?」
落ち着いた、ただし品のある作りの西住家の居間。縁側からは庭の桜が見える憩いの空間。畳の香りが、日本人には本能的に懐かしい。
居間の襖を開け放ってすぐの縁側に腰掛ける妹。そこから見える庭で犬と遊んでいる、もしくは犬に遊ばれている姉。そして居間のテーブルの上に高等部の入学パンフレットを並べてチェックしている兄。
とはいえ高等部入学といえど、中等部と同じ学園艦であるので、チェック事項はそれほど多くない。
そんな状況で、口火を切ったのは末の妹である西住みほだった。
特に何か深い意図や意味があったわけではない。ただ、兄が並べているパンフレットの中に、そういえば部活動の紹介的な物があったなと思いだしたからだ。
「ん………あー」
そして、声を掛けられた修景は億劫そうな声を出し、パンフレットをテーブルに放り出す。主な確認事項―――基本的な入学直後のスケジュールの把握は既に終了。そろそろ良い区切りだったというのもあるのだろう。
テーブルの横からのそのそと移動してきて、みほの隣に腰掛ける。
「とりあえず運動部はパス。俺の運動神経だと無為になるし、バイトで体力使うから多分保たん。帰宅部になるんじゃねーかな」
「また新聞配達?」
「いや、新聞配達は中学生でも出来るバイトだったからやってたってだけ。高校入ったら、なんぞ別のを探すことにする」
「そっかー」
別に食い下がる気も無かった妹は、兄の言葉に軽く頷きながら、庭で犬と戯れている姉を見やる。
庭で飼われている犬は、別に特殊な血統書付きの犬というわけでもなんでもない。どこにでも居る柴犬である。
飼い始めの流れも、特に何か大きな理由があったわけではない。
整備工をしている父、西住常夫。その同僚が飼っている犬が子供を産み、1匹引き取ってくれないかと頼まれたという、どこにでもある流れだった。西住家は確かに名門・名家であるのだが、別に何から何まで特別というわけではないのだ。
そして、その話に最初は少し渋い顔をしたしほだったが、娘達がまだ本決まりでもないのに熱烈に喜び、犬の名前の相談を始めるにあたって説得を諦めた。出来るならシェパードが良かったとは、その晩にしほが夫に零した言葉である。現在ではそのしほ含めて全員がその犬を可愛がっているので、特に問題は無いのだが。
なお、娘息子のうち上の二人は、犬を飼い始めた時期が学園艦の中等部に上がる直前だった為か、地味に犬の脳内ヒエラルキーでは、姉兄のランキングは犬本人より下層にあるきらいがある。
というか、兄も姉も帰省時期にしか戻ってこないので、『たまに来て遊んでくれる人』くらいの感覚で見られているのかもしれない。実際、まほが庭先でしゃがみ込み、「お手」と声を掛けても、何故か犬は前足の肉球をまほの額にぺたりと当てるのみだ。
その点ではみほの方が1年長くその犬と過ごした分だけ、懐かれ具合と犬脳内ヒエラルキーでは姉と兄より強い。
不機嫌そうに鼻を鳴らす姉に苦笑した妹が犬の名前を呼ぶと、犬は素早く反応してみほの足元に行儀よく座る。それを見て、まほがもう一度不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「お姉ちゃん、ご褒美のおやつを用意してあげないと。中々、タダで芸はしてくれないよ?」
「芸はタダで見せるものではないか。………中々に芸人根性の座った奴だな」
「いや、まほ。単にお前が舐められてんじゃねーのぉ? 餌くれる菊代さんの言うことはすっげぇよく聞くぞこいつ」
苦笑する妹。どこか納得したように頷く姉。揶揄するように、にやにやと笑いを浮かべながら言葉を投げる兄。幾ら西住家でも常に戦車戦車しているわけではないため、このようなどこにでもあるような
まぁ、少し目線を動かせば、庭の片隅には幼い頃の姉妹の遊び場でもあったドイツ製のII号戦車が『あ、どーも』と言わんばかりの存在感で鎮座しているのだが。
余談程度の話であるが、先程から話題に出ている犬の名前の決定時には一悶着あった。各々が好き勝手な名前を主張し、中々譲らなかったのである。末妹には甘い姉と兄も、この時は譲らなかった。
『ポチ』『クッキー』『雪月花』『西住レオンハルト2世』『将軍』『フランソワ』―――いずれ譲らぬ西住家+宮古家、そして余りに議論がうるさくて何事かと様子を見に来たら巻き込まれた菊代さん。
各々が主張した名前を、各人一歩も譲らず。最終的に犬を囲んで各々の名前で呼び、犬が反応した名前で決定するという謎の儀式が行われた西住家だった。最終的に誰が提唱したどの名前になったのかは、さて、想像にお任せする。
ともあれ、みほの足元に座った犬。みほ当人。そして修景と並んだその横にまほが腰掛ける。西住家姉兄妹+犬、年齢順の並びの完成である。
そして座ったまほが名残惜しげに犬を見ながら、横の修景に問いかける。
「で、少し聞こえていたのだが。なんだ、修景。部活をしないのか、勿体無い。私やみほと違って戦車道をするわけでもないのだろう。もっと青春したらどうだ?」
「良いんだよバイトも青春だから。それにサッカー部とか野球部とかは疲れそうだし、レギュラー争い激しすぎそうだし。帰宅部で良いんだ、帰宅部で」
「体格は良いのだから、やれば良かろうに。……ああ、運動神経が追いつかないか」
「はっはっは、事実だが指摘されるとムカつく」
体格の良さと朝夕の新聞配達のおかげで基礎体力は並以上だが、こと身体を動かす事に対する『運動神経の良さ』に関しては水準を下回る修景である。
2年と少し後の話になるが、エリカと公園で話している時に投げた空き缶はゴミ箱から大きく逸れ、ローズヒップの突撃を回避できずにモロ食らいをするレベルの運動神経だ。ネタにならない程度の低さは、体育の成績は常に3(※5段階評価)という結果に現れている。座学は良いという事を加味すると、実技評価は推して知るべしだろう。
小学生時代から運動面ではさっぱりだった為、もはや定番ネタと化した感のある話題で丁々発止とやり合う兄姉に、末の妹は苦笑して話題を少し横にズラす。
「サッカー部とかって、人数多いの?」
「俺が行ってる学園艦、黒森峰ほどじゃねぇが結構でかいからな。相応に生徒数も多いし、中等部時代に聞いた話では、高等部では」
頷き、修景は重々しくその噂について話し出す。
「サッカー部が3つあるらしい」
「お兄ちゃん、もうそれ人数だけの問題じゃないよね?」
「戦術だか理念だか好きなサッカー漫画だかで幾つかに分裂したらしくてな。一時期は群雄割拠だったようだが、今は三国鼎立で落ち着いているとか」
「サッカー部の話題で出て良い単語ではないな、三国鼎立……」
いつもはボケに回ることに多い姉が、珍しくツッコミに回ったコメントを返す。そしてツッコミついでに、気になったことがあったのか小首をかしげて言葉を続ける。
「部室とかはどうなっているんだ? 3つのサッカー部が部室を共有しているのか?」
「ああ。プレハブの部室が」
「うん」
「校舎を囲んで正三角形を作るように配置されている」
「ねぇお兄ちゃん、なんでそんな摩訶不思議な状態になってるの?」
「いや、校舎への距離が近いほうが有利とかで色々悶着があったらしくて、最終的に位置関係を調整したらそんな感じになったとかいう噂が」
続けざまに妹から問われた言葉に、細かい事情はこちらも分かっていないのか、修景もまほ同様に首を傾げながら返答する。
そして首を傾げた兄を見ながら、妹の脳裏には嫌な想像が一瞬浮かんだ。浮かんだそれを『いや』『まさか』などと脳内で打ち消そうとしながらも打ち消しきれず、西住みほは恐る恐るとその内容を声に出した。
「……お兄ちゃん、サッカー部がそうなってるって……。野球部とかはどうなってるの?」
「戦術だか理念だか好きな野球漫画だかで幾つかに分裂したらしくてな。一時期は群雄割拠だったようだが、今は三国鼎立で落ち着いているとか」
「やはり野球部の話題でも出て良い単語ではないな、三国鼎立……」
頷きながら答える兄と、呻くように呟く姉。
それらを横目で見ながら、諦めきった表情の妹は最後の疑問を小さく聞いた。
「……部室の配置は?」
「サッカー部と逆方向に正三角形を構成している。サッカー部と合わせると六芒星が完成するな」
「それは何の結界だ、修景」
「お兄ちゃん、それ学校の下に魔王とか封印してない? もしくは伝説のアイテムとかを守護してない?」
左右からステレオで響く西住姉妹のツッコミに、修景少年は小さく肩を竦めるのみで応えたのだった。