今週末あと1話やれるかやれないかといった程度。
なお、読み飛ばしても全く問題はない小ネタで、戦車の歴史的なアレですので軽い気持ちでお読み下さい。
これはまだ、修景少年と西住まほが中学生だった頃。西住みほは、まだ小学生だった頃の話である。
週末に短期帰省した修景は、西住家の居間にてまほと並んで茶を啜っていた。この頃はまだ学園艦に通い始めたばかりであり、修景とまほが長期休暇以外にもちょくちょくと帰省していた時期である。ちなみに、みほは小学校最後の修学旅行で不在であった時だ。
先程までは雑談もあるにはあったが、お互い無言を厭うタイプではなく、互いに中学1年生の姉弟の間には落ち着いた沈黙と、互いにたまに茶を啜る音だけが横たわっていた。
そこで仕事が一段落ついた様子で執務部屋から居間に戻ってきたしほに、まほが『お母様、お疲れ様です』と声をかけ、気を利かせて修景がポットからしほ用の茶碗に茶を注いで差し出す。
『どうも』と一言置いてからしほがそれを受け取り、まほが『ん』とだけ言いながら差し出した茶碗にも、修景は淀みなく茶を注ぐ。
そして互いに特に反応もせず、隣に座り直して茶を啜る姉弟。
それら2名の対面の座布団に正座して、片方の母で片方の後見人である西住しほは首を傾げた。
「私は、余り他のご家庭の知識があるわけではないのですが」
「ええ」
「はい」
その言葉が自分達に向けられたものだと判断した西住姉、並びに西住弟(仮)は、どこか納得がいかなそうな様子で鉄面皮を傾げている母、或いは自分の後見人へと顔を向ける。
その様子を見たしほはますます首を傾げ、
「こう……貴方達のやり取りは中学生の姉弟という一般的なイメージとは少し違う気がしますね」
「そもそも一般をこの家に当て嵌めて良いんでしょうか? 住んでいるのは家族だけとはいえ、日中は使用人の方も頻繁に出入りします。俺が友人の家などに行った時とは環境自体が大きく違う以上、一般と比較しても然程意味は無いかと」
「それにしても……いえ、まぁ確かに、一般性に拘る必要はありませんね」
そして西住しほ、頭を振って自分の長女とその幼馴染にして弟(※長女談)の熟年夫婦のような空気感に対して抱いた疑問を頭から追い払う。
ちなみに、喋る時は後に逸見エリカを交えて会話した時のように喋るのだが、西住まほと宮古修景の間では必要なければ会話のない沈黙が発生していることも多く、両者共通の妹であるみほはたまに発生するそのサイレントゾーンを地味に苦手としていた。
ともあれ、しほ自身も今の話の内容については納得したようなので、修景少年は何の気なしに、ふと思いついた疑問を口にした。
「そういえば、しほおばさん。戦車道って使われてる車両がだいたい第二次世界大戦期のものじゃないですか?」
「ええ。戦車道の規定では1945年8月15日までに設計が完了して試作されていた車輌と、それらに搭載される予定だった部材を使用した車輌のみが公式試合使用可能車両となります」
「わぁ淀みない。んで、ちょっと気になったんですけど」
これは休日。ちょっと気になった程度の切っ掛けから、西住家の居間で発生する、特に本編にも関わる要素はない―――つまりはド日常の中身のない会話である。
「第一次世界大戦頃の戦車を使っての戦車道、なぁんて存在しないんですかね?」
「………」
質問した側もふと思いついた程度に過ぎないその内容について、しほは小首を傾げるようにして思考、反芻、そして彼女の持つ戦車知識と照らし合わせて数十秒。
「現在、戦車道には車長、操縦手、砲手、装填手、無線手などの多くの役割がありますが」
「? はい」
「無線手が消えて、そこに『伝書鳩の世話係』が追加されます」
「はぁ!?」
「鳩。あの、可愛いのですよね、お母様?」
「可愛いかどうかは個人の感性です。ですが、世界で最初の戦車が登場した頃には、戦車には無線というものが搭載されておらず、後方との連絡は伝書鳩で行っていたそうなのですよ」
「伝書鳩……えっ、嘘。今日、4月1日じゃないですよね?」
流石にそこまでの時代差は想像の埒外だったのか。
誰もが携帯やスマホを持つ時代に生まれた修景少年は、しほの語った第一次世界大戦の戦車に驚きの声をあげた。
「お母様、私は鳩のお世話に興味があります。戦車道を志す以上、車長以外の役割も一度は経験すべきかと」
「まほ、今の貴方の学校の車両には伝書鳩を要する車両はありませんよ」
そして西住姉は、ちょっとやってみたそうな目で『鳩のお世話手(暫定名)』に立候補していたが、母から窘められて心なしか―――付き合いの薄い人が傍から見れば分からないが、修景やしほならば感じられる程度に―――しょんぼりしていた。
ともあれ、飄々とした悪友の忘れ形見が驚いた姿に気を良くしたのか、娘と比較的戦車道の色が薄い雑談でコミュニケーションを取ってみたかったのか、はたまた面倒な仕事が片付いて彼女なりに気が緩んでいたか。
口の端に僅かに笑みを浮かべたしほは、彼女にしては饒舌に言葉を続ける。
「あとは、そうね。搭乗員とエンジンルームが分離されてなくて、熱や排気が直撃してガスマスクが必要だったとか」
「ひぇっ」
「お母様、その車内で鳩は大丈夫なんですか?」
「さぁ、そこまでは……。まぁ、流石に今の例は本当に最初期のものです。フランスのルノーFT-17などは、第一次世界大戦の終戦までに設計・試作された車両という条件を付けるなら、最も革新的なものでしょう。全世界で初めての、全周旋回砲塔付き戦車。冬戦争すらトーチカとしてですが投入されていたそうですよ」
「ああ、なんか戦車道やれそうなレベルの物もちゃんとあるんですね」
「それでも、砲塔旋回は砲塔内部で取っ手を握って人力で頑張るという物だったそうですが」
「油圧式ですらねぇ……」
「全身の筋肉を総動員して回すことになりそうだ……。しかもそれでも、旋回が追いつくとはとても思えない」
ちなみに、戦車道に使われる戦車の大半は、砲手の手元の操作で油圧で砲塔を回転させられるものである。
砲塔を動かすのに『根性で押せ―――っ!!』というバレー部ノリが実際に必要な戦車を使っている学校は流石に無い―――筈だ。
聞いた修景とまほが、余りのアナログっぷりに嫌そうな表情を、やはりまほは表情を読みにくいが双方ともに浮かべる。
「他に戦車道をやれそうなレベルと言うならば、イギリスのホイペット中戦車でしょうか。これは乗員室とエンジンルームを分けていますから、なんとか戦車道の規定通り乗員室の保護も可能でしょうし」
「もはや求める水準が性能どうこうという以前にそこなんですね、お母様……」
「ですがホイペットは速度も当時としては破格の13.4km/hですよ、まほ。トーションバーもスプリングも無いので凄く揺れるでしょうけど」
「破格で時速13kmちょいかぁ……観戦専門としても見応えが無さそうだ」
「同時代のフランス戦車、FCM1Aのカタログスペック上の速度は時速6km未満ですが」
「歩くのと変わんねぇ!!」
「一応小走りくらいは」
しほも言っているうちに興が乗ってきたのか、後はどのような車両があったかと思考を巡らせる。
戦車の歴史は第一次世界大戦期、イギリスが開発したマークIと呼ばれる菱形戦車から始まったものであり、第一次世界大戦期では優良な車両はやはりイギリスと、あとはルノーFT-17を開発したフランスに限られる。そもそも終戦までに試作を終えていた国自体が少ないのだ。
戦車というものは主に第一次世界大戦後の戦間期と第二次世界大戦期に、各国が試行錯誤を繰り返しながら発展させたものであり、第一次世界大戦中の車両に限定すると、余りにも車両が絞られるのである。
では、第二次大戦における電撃戦を生み出し、西住流とも馴染みが深いドイツはどうだったかと思い出し―――
「ああ、そういえばドイツの戦車もありますが、あれはこれまでの車両とは別の意味で、戦車道をするのは大変でしょうね」
「今更何が来ても驚きませんが、どんな失敗兵器なんですか?」
「修景、失敗兵器前提は失礼だぞ。ティーガーを開発したドイツならば或いは―――」
「砲手7名、装填手7名、その他人員まで合わせて基本乗員18名。これを確保するのは手間でしょう?」
「全身が砲身のバケモノですかその戦車は!?」
「ダメだった! 期待したけどダメだった!!」
「いえ、6つは機銃です。それで、これだけ乗員が居ながらも、車体の大きさは乗員5名のパンターとそう変わりません」
「どんだけ人口密度高いことになるんですかその戦車」
「なお、最大乗員は26人だった時もあったとか。ああ、車内には転倒防止の吊革があったそうですよ」
「上げてどうする! 下げましょうよ! もっと各地の過疎地にその人口密度分け与えてくださいよ!」
「お、お母様。それは満員電車に武装させたのと何が違うんですか……?」
修景のツッコミとまほの怯んだ様子を予想していたのか、お茶を手にしたしほが薄く―――ただし、彼女を知る人に言わせれば『意地悪く、楽しげに』笑う、そんな西住家の、まだまだ大洗も何も関わってこない、なんでもない昼下がりだった。
せかいのせんしゃ(※WW1期)
それでは、前話のまえがきだかあとがきだかで書いた通り、投稿始めたばかりですが少しリアル事情で1週間ばかり不安定になります。
とりあえず今週末くらいにもう1話くらい出来たら良いですね。(希望的観測)
追記:予約投稿も予告通りに出来なかった機械音痴、私です
あと、ランキング除外設定は不要なのではというご意見頂きましたので、とりあえず戻してみました