「アラガミくたばれッ! ムツミのご飯美味しいッ! 以上ッ!!」
「――時間だ」
閉じていた瞳を開く。
立ち上がると、高所故にか、心地のよい風が身体を撫でていった。日の光が、見下ろす景色に蠢く異形の獣達の全容を照らし出している。
突き立てていた不可思議な光彩を放つ剣を手に取り、感覚を確かめるように頭上で横に一閃。不意打ちを仕掛けてきた
少しの振動を響かせて落下したオウガテイルの死体に、何匹ものアラガミが反応して頭上を見上げる。逆光に照らされた人型へと、獣達は本能的に咆哮した。
『ターゲットは中型が4、大型が2。情報通りですね。 ………あの、本当にお一人で対処されるのですか? 人材不足とは言え、この数は余りにも――』
「――いや、問題ない」
人型――アルテラは、オペレーターの心配に否定を返した。アラガミを見据える赤い瞳は、どこか穏やかだ。心なしか、口元も綻んでいる。
(
大型含む6体のアラガミを目前にして、内心で軽口を叩ける程度にはアルテラに緊迫感はなかった。
6体を『たった6体』などと考えてしまうあたり、アルテラは自身の価値判断基準がイカれていることを自覚し、一人遠い目をした。
思い返すのはサバイバルをしていた時期。
あの頃は――と思い返してみたものの、既にその頃からアラガミ複数体を相手取ることは、別に珍しくもなんともなかった。
初っ端から救いなどなかった。
神はいない。死んだ。むしろ殺す。
意気込みという名の殺意を新たにしたアルテラは、眼下で吼えたてる神を称する獣達へと、八つ当たり気味に躍りかかった。
「――破壊するッ!!」
◇◆◇
遡ること約1ヶ月前。
アルテラと神薙ユウは、支部長であるペイラー・榊に呼び出されて支部長室に来ていた。
「――要するに、異動、ですか」
「ああ、フェンリル極致化技術開発局――フライアで新しく運用される部隊の人員として、どうやらユウ君は適性があったようでね。是非にと要請が来てるんだ」
フライア、部隊とくれば恐らくブラッドのことを言っているのだろう、とアルテラは予想するとともに、驚きと納得を覚えた。
勧誘を受けたということは、ユウに血の力の適性があるということである。
つまり――2でも主人公は依然ッ! 神薙ユウに変わりなくッ!! そういうことだろうか、という驚きと、馬鹿みたいに共鳴現象引き起こしまくったユウに血の力があっても別に不思議じゃないな、という納得である。
まあ、そもそもブラッドが本当に設立されているのか否かが疑問なところだが、気にするだけ不毛なため意図的に意識から除外した。
だがそれはそれとして――何故自分はここに呼ばれたのか?
榊博士とユウの会話を聞きつつ、どうにも嫌な予感がしてきたアルテラ。予感というよりもはや確信である。直感に頼らずとも経験則で分かる。
こういう時は大体、お前も一緒に行けとか言われると相場が決まっている。相場は大事、よろず屋の胡散臭いおっさんも言ってた。
だがそれに甘んじていいのか? 仮にもアルテラである自分が? ――いいや、いいわけがない。むしろそんなものは、積極的に破壊する姿勢を見せて然るべきではないだろうか。
単なる思いつきの適当極まる言い訳を完了させたアルテラは、真面目な顔で話を聞き流しつつ、音もたてずに後退。後ろ手でドアを開くと、全精力を傾けて支部長室を離脱した。
「……ッ!? ユウ……ッ!! 貴様ッ、裏切ったか!!」
――訂正、失敗した。
以前同様、アルテラは支部長室からは逃げられない。今度は、ユウの手によって物理的に阻止されていた。
「死なば諸共だよ……ッ! 地獄の底まで引きずり込んでやる……ッ!!」
ヒロイン失格どころか、むしろこいつが敵では? とすら思われる台詞を吐く人類最強。
人類の未来は
「そういうわけで、ユウ君と一緒にアルテラ君もフライアへ行ってくれたまえ。ほら、ユウ君一人だと心細いだろうしね」
どういうわけだかさっぱり分からない。
今説明する気がないことだけはよく理解したアルテラは、胡乱な視線をユウに向けた。「嘘つけお前」という語らずの意思がそこにはあった。
「一人だと寂しいなー。アルテラが一緒だと心強いなー。一緒に行きたいなー」
驚くほどの棒読みだった。大根演技にも程がある。最早隠す気が微塵もない適当な言い分だった。
アルテラの腕を掴む力は弱まるどころか増している。絶対に逃がしてなるものかという確固たる意思が感じられた。何よりも、目が笑っていない。
そんなに行きたくないのか。それとも、榊博士の言に言い知れぬ不安でも感じているのか。
何れにせよ逃げられないことを悟ったアルテラは、榊博士を一瞥すると、深々と溜め息を吐いて了承した。その際、ユウが「道連れゲット」と呟いて歪んだ笑みを浮かべたのを見なかったことにしたのは、彼なりの優しさである。
◇◆◇
「――それで、俺を捩じ込ませた理由は何ですか?」
アルテラの了承を得た後、ユウだけを下がらせた榊博士。残ったのは、先程とは打って変わって顔を引き締めた二人だった。
「『赤い雨』の話は聞いているね?」
「ええ」
正確な時期は不明だが、いつの頃からか赤い雲が広がった下に赤色の雨が降りだした。更に、その雨を浴びた者には、『黒蛛病』と命名された病が発症し始め、現段階においては、致死率100%である。
アルテラがそれとなく助言をしたことで、黒蛛病患者から偏食因子が発見されはしたものの、未だ根治には至っていない。
「黒蛛病は勿論だが、赤い雨を浴びたアラガミが強化されているという報告が上がっている。特に厄介なのが、アラガミを前にして神機が動かなくなったというものだ。そのアラガミが原因なのかは確証がないが、そうだとすれば、これは致命的だ」
「成る程、だから――」
「――そう、アルテラ君の武器なら問題ない。何せアラガミと関係している偏食因子とは無関係の代物だからね」
アルテラの武器は神機ではなく、『軍神の剣』。生憎と捕食して素材を確保することなどできないが、ことアラガミの撃破にかけては神機に勝るものであるとアルテラ自身、自負している。
「それで、ユウ君をフライアに送る理由だけど、これを見てくれ」
渡されたのは、フライアで運用している部隊『ブラッド』の概要が記された書類だった。考えていた通りにブラッドであったことを確認すると、人員へと目を移す。
ジュリウス・ヴィスコンティ、ロミオ・レオーニ、香月ナナ。全3名であり、見覚えのない名前すらない。
やはりユウはトラブルに愛されてるに違いない。ユウが迎えることになるかもしれない受難を思い、優しくしてあげようか――と一瞬考えたものの、即座に破棄した。
アナグラに来てから何かと関わってきた神薙ユウという女性を思い返してみたところ、多少のトラブル程度は――多少でなかろうとも――平然と喰い破っていきそうな感じがしたためである。
ツバキ教官とは別の方向性の女傑と言える。
「『血の力』、実に興味深いね。極東からユウ君が離れてしまうのは少々痛くはあるが、それ以上に得られるものがあるに違いない。できればそれが、神機の停止現象を打ち破ってくれるものであることを期待したいところだね」
「つまり、自分はその神機の停止を起こすアラガミへの対処と、それに伴ったユウの護衛、といったところですか」
「うん。万が一にもユウ君がやられてしまうような事態は避けたい。先方に話は通してあるから問題はない筈だ。それに……」
「……何か、気になることでも?」
不意に言葉を濁す榊博士に、自然と視線が向けられた。眼鏡を指の腹で押し上げ、眉をしかめる様子は、まるで何か葛藤しているようだった。
暫し言葉に迷ったように沈黙した榊博士は、「科学者としてはこんなことを言うのは好ましくないのだろうけど――」と続けた。
「――どうにも、嫌な予感がしてね。それにほら、ユウ君って大体トラブルに巻き込まれるからね」
「……まあ、はい」
否定できなかった。
それどころか、つい先程に同じようなことを考えていたばかりである。
しかし――
「それ言うために、結構ロマン好きな人が科学者どうこうとか要らん前振りしないでくださいよ。何だったんですかさっきの沈黙は」
「僕は常日頃から雰囲気を大事にしているつもりさ」
「その妙な自尊心へし折りたい」
心なしか「言ってやった」みたいな顔をした榊博士を、アルテラは微笑んで切り捨てた。
◇◆◇
支部長室を後にしたアルテラは、廊下の壁に寄りかかっているユウがいることに気がついた。アルテラに気づくと同時に壁から背を離したことから、どうやら自分を待っていたらしいことを察する。
「終わった?」
「ああ。 ……わざわざ待っていたのか?」
「私もちゃんとした理由聞かせてもらおうと思って」
「何だ、気づいてたのか」
呆れたように苦笑いをするユウ。よく考えずとも、仮にも極東の最高戦力とそれに勝るとも劣らない人員を同時に他の地域に送ることがおかしいことなどすぐに分かる。
「いやそりゃ気づくよ。ラブコメじゃあるまいし、あんな雑な理由で異動とかないでしょ――って何その顔。もしや私のこと馬鹿だと思ってる?」
「いやそうじゃないが――」
第1部隊の隊長や、クレイドルのまとめ役のようなことが頭空っぽの馬鹿に勤まるはずもない。アルテラが気にしたのはそこではなかった。
「ユウ、お前――
「ええ、そこ気にしちゃうか……私だって女の子だよ? アルテラ私のこと何だと思ってるの?」
指摘されたことが恥ずかしかったのか、若干頬を赤くしながら不貞腐れたようにアルテラを睨んだユウ。対するアルテラは、暫し視線を宙に彷徨わせてから微笑んだ。
「アラガミの血肉を浴びて叫声をあげるゴッドイーターの鑑だろう?」
「私の評価そんなもん!?」
冗談だ、と返すも文句を続けるユウを伴いながらエレベーターへと乗り込む。
ユウの言葉をBGMとして聞き流しながら、アルテラはこれから先のことを考えて見えない空を見上げた。