女子だけあべこべ幻想郷   作:アシスト

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私情溢れる幻想郷縁起

 

 

 

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『ここで立ち話でも何ですし、もしよろしければ皆さん稗田亭(うち)に来ませんか? 夢幻でも構いません、最大限のおもてなしをさせていただきます!』

 

 

何が何でもオレの存在を受け入れられない阿求さんの提案から数分後、やってきました稗田亭。吸血鬼の屋敷である紅魔館やかぐや姫の住む永遠亭とはまた違う趣と言うべきか、歴史を感じさせる外観のお屋敷である。

 

稗田亭に到着するまでに聞いた話なのだが、阿求さんの家系は人里でも歴史ある名門であり『幻想郷縁起』と呼ばれる書物を代々受け継ぎながら執筆しているらしい。話を聞いていくうちにオレはどうしてもその書物を読みたくなり、信仰集めの仕事があることはわかりつつも、阿求さんの提案に乗りたいと寅丸さんにお願いした。

 

寅丸さんも稗田亭には挨拶に行くつもりだったようで『予定が少し早まるだけですし、何より真一のお願いです! 断る理由はありません!』って快くお願いを聞いてくれた。我儘ばかり言ってごめんなさい。

 

 

 

稗田亭の門をくぐり、オレと寅丸さんと咲夜さんは客室へと案内される。外観から予想はできていたが、屋敷の中もなかなか広い。阿求さんもこの広さの屋敷に一人で住んでいるわけではないようで、何人もの使用人を雇っているそうだ。

 

生まれつき身体が弱い事情から使用人たちに頼ることも多いみたいだが、その使用人たち。何やら聞き捨てならない会話をコソコソとしている。

 

 

「稗田様が男を連れてきたって!? しかもイケメンの!」

 

「まさか彼氏!? 今まで女性に転生した稗田様にお付き合いされていたお方はいないはずよ! お顔が控えめに言ってブサイクゆえ!」

 

「歴代最ブスと名高い阿求様が、ついにそのジンクスを破られる!?」

 

「いや。まだわからないけれど、我が主のチャンスに変わりはないわ。緑茶に見せかけてお出しした睡眠薬と媚薬のブレンドティー……阿求様の手助けになればいいけれど……」

 

 

道理で禍々しい色をしているわけだ。難聴系主人公じゃなくて助かったね。危うく飲みかけたぜチクショウ。

 

 

「改めて、稗田亭にお越しくださりありがとうございます真一ちゃま。あっ、ごめんなさい噛んでしまいした。お恥ずかしながら、この屋敷に殿方をお迎えるするのは初めてでして……私、少し緊張しています。あぁー、緊張のせいか喉が渇きましたねぇー……」

 

 

「何だか今日は暑いですねぇ」と、手で顔を仰ぎながら着物を少し着崩して、胸元をパタパタとする阿求さん。その視線はオレとお茶を交互に見てくる。ちょっとあからさますぎません? こんな見え見えの死亡フラグに初見プレイで飛びつくほど、オレはチャレンジャーではない。バッドエンド回収はゲームの中だけで充分だっての。

 

何と言うか阿求さん。オレが幻でないとわかってから、妙にお色気方面のアピールをしてくる。屋敷に入る直前にも「ああー、持病による貧血で足元がふらついてしまい支えがないと立てそうにありませんー」と早口で言いながらオレの胸目掛けて倒れ込み、小さな身体の擦り付けるように抱き着いてきたし。

 

オレはどこかのロリコンじゃないからね。小学生ぐらいの女の子に抱き着かれたぐらいで動じるような下心など持ち合わせていないが、真顔かつ無言でナイフと槍を振りかぶろうとする咲夜さんと寅丸さんには生存本能が悲鳴を上げた。2人の殺気がオレに向けられていたものじゃないとわかっていても、マナーモードたけし並みに震えたぜ。

 

 

……いや、まぁ、その。

オレの生存本能は屋敷に入った今でも警笛を鳴らしているのだが。

 

 

「阿求ゥ……ナイフの錆になりたくなければ今すぐそのお茶を下げなさい。さぁ、真一様には私が紅茶を淹れて」

 

「真一、これをどうぞ! こんなこともあろうかと、聖から水筒を持たされていたんです! 安心して飲んでください!」

 

「………その辺の井戸水なんかよりも、私の淹れる紅茶の方が美味しくてよ毘沙門天代理様? 」ゴゴゴゴ

 

「………自然の恵みに勝るものはありません。紅茶を淹れるのは構いませんが、私が先に毒見させてもらいますよ。何が入っているかわかったものではありませんからねェ………」ゴゴゴゴ

 

「あらァ……? その水筒にも同じことが言えるのではなくってェ……?」ゴゴゴゴ

 

 

 

こわいよー………幻想郷女子の口喧嘩こわいよー……。

 

文字だけじゃ伝わらないかもしれないけど、咲夜さんも寅丸さんも、普段より3オクターブぐらい低い声で言い合っているのだ。『誓って殺しはやってません』と言われても到底信じられないほどドスの効いた声。オレのHPとSAN値がゴリゴリ削られていくのがわかる。うごご……。

 

できることなら2人には仲良くしてほしい。オレにとっては2人とも大切な命の恩人だからな。だが、この一触即発の雰囲気。とてもじゃないか今すぐどうにかできるような問題ではない。ここは俺が仲介人となって場を納めなければ。

 

 

「咲夜さん、お言葉に甘えて紅茶を貰えますか? できれば全員分お願いしたいんだけど」

 

「秒で入れてまいりますわ! 厨房借りるわよ阿求!」

 

「寅丸さんも落ち着いて。大丈夫、咲夜さんの紅茶は安心して飲めるものだから」

 

「むぅ……真一がそう言うなら……」

 

 

ウキウキと台所へ向かう咲夜さんと、シュンとした顔をしながらも納得してくれる寅丸さん。とりあえず2人とも瞳に光が帰ってきてくれて良かった。

 

オレの生存本能もようやく静かになったし、これでやっと本題に入れる。

 

 

「……あ、あれー? お茶は飲まないのですかー?」

 

「ぜってぇ飲まねぇから!!」

 

 

 

 

 

*——————*

 

 

 

 

真一に出されたお茶(隠語)は部屋の隅に追いやられ、代わりに彼の目の前に置かれたのは咲夜の紅茶と、年季の入った一冊の書物。

 

 

「これが幻想郷縁起……」

 

「そうです。これこそが、我が稗田家が代々書き連ねれ来た幻想郷の記録書『幻想郷縁起』になります」

 

「何だか……想像以上に重そうな本なんだな」

 

 

素人目でもわかるほどの歴史の重みを感じさせるその書物こそ、真一が読みたがっていた幻想郷縁起、その原本である。

 

マジマジと幻想郷縁起を眺める真一。恐る恐る書物に手を伸ばすが、指が触れる直前で彼の手がピタリと止まる。

 

 

「えーっと、こっちから頼んでおいてあれなんだけど、オレみたいな一般人が読んでも大丈夫なものなのか? 貴重なものみたいだし、軍手とかつけて読んだ方がよかったりする?」

 

「心配いりませんよ。幻想郷縁起が描かれた目的の一つは、人間たちに幻想郷全域に潜む妖怪の能力や恐ろしさを正しく理解してもらうこと。それは外来人である真一様も例外ではありません。もちろん許可なく読むことは禁じていますが、真一様にはフリーパスを差し上げます! いつでも読みにいらしてください!」

 

 

満面の笑みでそう答える阿求。対して真一は部屋の隅に追いやったお茶(隠語)が視界の隅に入り、ここに来るのは最初で最後にしておこうと心に決めた。

 

阿求からの許可を貰い、ようやく真一は幻想郷縁起に手をかける。『素敵な貴方に安全な幻想郷ライフを。』と書かれた序章に軽く目を通し、目当てのページを探し出す。

 

 

「真一はやけに幻想郷縁起にこだわっていましたね。気になることがあるのですか?」

 

「情報を制す者は戦いを制す、って奴っスよ。この本になら八雲紫の弱点が描かれているかもしれないと思って」

 

「まだ根に持っておられたのですね真一様……」

 

「当然ですよ! 元の世界に帰る前に、オレのポケ〇ン(なかま)と495時間を奪った恨みは必ず晴らす!えっと、五十音順……ってわけじゃないのか。どこに載ってるんだろ……あっ、これ寅丸さんじゃないか?」

 

「えっ、私?」

 

 

これと指さすページには、筆で描かれた星のイラストと、簡素な説明文が(つづ)られてた。

 

 

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 寅丸(とらまる) (しょう)

 種族…妖怪

 能力…財宝が集まる程度の能力

 危険度…低

 人間友好度…中(ただし女性に限る。男には極低)

 

 

 命蓮寺を拠点として活動を行う毘沙門天の代理。非常に優秀な妖怪であるが、物を無くす癖があるのが玉に瑕。容姿も褒められたものではないが、毘沙門天代理の肩書きと実力は本物であり、老若男女から信仰を集めている。男から良い目で見られている、という点で多くの女性たちから羨ましがられているが、当の本人は男性恐怖症のため、あまり嬉しくない。

 

 

 顔面偏差値25.4。鼻をかんだティッシュの方が可愛く見える程度の低さ。私の方がかわいい。

 

 

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「……阿求殿? 最後の一文、私が読んだ時にはなかったと思うのですが?」

 

「きっと妖精さんのイタズラですねー。宝塔はお仕舞ください」

 

「ティッシュ以下の女……ふふっ」

 

「今笑いましたかメイドさん?」

 

 

ギラリと睨む星に、目を合わせようとしない阿求と咲夜。

 

 

幻想郷縁起に新しい妖怪の情報を執筆する前にはもちろん、その本人と対話を行うのだが、最終的にどんな内容を書くかは阿求の独断で決まる。

 

阿求も使用人から陰口を言われる程度のブサイク。貴女達だって大概でしょう!と叫ぶのは簡単だが、それでは淑女の名が廃る。幻想郷縁起にちょこっと悪口を交えた私情を書き足して満足することが、阿求のストレス発散方法だったりする。

 

 

「ふーむ………思ってたより短い説明文なんだな。もっと詳細に書かれてるものを期待してたんだけど……」

 

「星さんは幻想郷でもかなり危険度の低い方なので、簡潔にまとめさせていただきました。危険度の高い方はより詳細に書いていますよ。幽香さんのページと比べるとわかりやすいかと」

 

「い、いやいいっス。この目で見たので……」

 

「??」

 

 

幽香の名を聞いて、すぐさま遠慮する真一。彼女の恐ろしさは天子が身を挺して教えくれたばかり。蚊に殺虫剤を噴射する感覚で天子をレーザーで焼き払う幽香の姿は、真一のトラウマになっていた。故にもう思い出したくなかったのだ。

 

 

1ページずつペラペラと幻想郷縁起をめくり続けていく真一だが、八雲紫のページはなかなか見つからない。幻想郷創始者の一人である紫の情報はもちろん載っているが、幻想郷縁起はなかなか厚い。目次も細かく書かれているわけではないため、探し出すのにはそれなりの時間がかかるのだ。

 

 

真一が苦戦している中、不意に客間の襖がガラリと開く。

 

入っていたのは真一にお茶(隠語)を用意した使用人。彼女はペコリと頭を下げた後、主人である阿求に向かって口を開く。

 

 

「失礼します阿求様。客人がお見えになっております」

 

「客人?……あっ、そういえば今日はあの方とは会う予定でしたね。でも早くありませんか? 来るのは正午以降だと聞いていたのですが」

 

「はい……それなのですが……」

 

 

 

「レディとの待ち合わせには1時間前に集まるのが紳士の(たしな)みだからね。何より、君に早く会いたかったんだ」

 

 

凛とした声が真一たちの耳にも届く。

 

そう言って襖を開けて入ってきたのは、『和』と書かれたヘッドホンと紫色のマントを身に纏った女性。その後ろには彼女の付き人と思われる、緑色の衣服を着た足のない女性もいた。

 

 

「ご機嫌麗しゅう、阿求殿。久しぶりに見る貴女の美しきご尊顔は、より磨きがかかっているね。思わず見惚れてしまいそうだよ」

 

 

その女性はホストの口説き文句のようなことを言いながら阿求に近づき、彼女の顎をくいっと上げる。その様子は少女漫画に出てきそうな一場面。ヤンキー系のイケメンがヒロインに向かって「へぇ。お前、よく見るとかわいいじゃねぇか」と言いながらキスの一つでもしそうなワンシーンであった。

 

しかし彼女たちは女同士。一瞬『おっ? 百合かな?』と思う真一であったが、すぐにそうではないことを思い知らされる。

 

 

「さわらないでください」

 

「へぷッ!?」

 

 

阿求は嫌がる様子も恥ずかしがる素振りも見せることなく、一切の躊躇なくパァン!と、その女性の頬を思いっきりビンタしたからである。

 

 

 

彼女の名前は『豊聡耳神子』。

 

幻想郷で唯一、”元男”と言う経歴を持つ異例の”女”である。

 


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