※解釈次第ですが、「ガールズラブ」に当てはまる可能性がほんの少しだけあります。
私自身は当てはまらないと思っていますが。
投稿時には警告タグをつけませんが、『当てはまるだろう』という声があれば変更します。
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聖グロリアーナの七不思議にあたるものの一つ。
『夜遅くに外を出歩いたり、夜更かししていたりすると、赤い眼をした金髪のヴァンパイアに血を吸われてしまう』
そのような生徒を出さないようにするために流されたのだと言われているが……
私とローズヒップさんは初耳で、 ”動く甲冑” や ”秘密の茶葉庫”といった興味を惹かれるものばかり。
そして、七不思議の最後の一つ……
「「”月夜のヴァンパイア”、ですか?」」
「ええ 七不思議の中でこの一つだけ、真相がはっきりしていないのよ」
「そうなのでございますか? アッサム様」
「この聖グロリアーナ女学院が創設された当時、 夜遅くに出歩いたり夜更かししたりする
生徒を出さないようにする為に流されたというのが一番納得のいく理由づけね あくまで想像
だけれど」
「そんなに昔からあるんですね」
「最初の七不思議から少しずつ入れ替わったりしていることは調べがついたわ でも、この
”月夜のヴァンパイア”だけは変わっていないのよ」
「一つだけ異彩を放っていますね」
「オレンジペコもそう思う?」
「……もしかして本当に居たりしますの?」
「それはないでしょう」
「ヴァンパイアは伝承の中の怪物、実在はしないわ」
「で、ですわよね~」
安心したような表情のローズヒップさんを見て、笑顔になるダージリン様とアッサム様。
私も思わず笑みがこぼれました。
ローズヒップさんは純粋な方ですから、『もし本当にいたら夜もぐっすり眠れませんわ』
というようなことを考えていそうですね。
「おやすみなさいですわ、オレンジペコさん!」
「おやすみなさい、ローズヒップさん」
ローズヒップさんと別れ、部屋で寝支度をする。
今夜は涼しく、窓を開けて眠るのもよさそうですね。
……伝承にあるということは本当にいるかもしれない。
少しだけ怖い。
私は夜更かしするような悪い子ではないので襲われたりはしないでしょうけど。
そんなことを考えながら、明日もよい一日になることを願い、眠りにつきました。
深い眠りの中、物音が聞こえたような気がした。
月明かり射す窓辺に寝惚けまなこを向ける。
人影。
逆光で顔は見えない。
――どうして私の部屋に人が?
寝惚けていて理解が追い付かない。
近づいてくる人影。
――逃げないと
そう思った時には遅かった。
『大丈夫、怖がらなくていいわ これは夢よ』
――夢?
『目が覚めたら、すべて忘れているわ』
耳元でそう囁く。
毎日聞いている声。
声の主の名を思い出そうとしたとき、首筋に小さな痛みが走る。
「あっ……」
不思議な感覚。
もしかして本当に……
そのとき、声の主が誰なのか思い出した。
あの声は……
窓から射す朝日が顔に当たり、目を覚ました。
窓を開けバルコニーへ出る。
眩しい朝日。
――あれは夢だったのでしょうか
囁く声。
首筋に走った痛み。
はっきりと覚えている。
顔を洗って鏡を見た。
首に傷痕のようなものはない。
はっきりと覚えているだけで、夢は夢。
現実ではない。
窓に鍵をかけ、部屋にも鍵をかけ、学校へと向かった。
あの人が実はヴァンパイアで、私の血を吸いに来た
どうしてそんな夢を見てしまったのでしょうか
アッサム様に血を吸われる夢を……
授業が終わり、書類の整理をしながらダージリン様たちを待つ。
登校中、アッサム様にお会いしました。
ですが夢のことを意識してしまい、まともに目を合わせられなかった。
アッサム様に心配をおかけしていないでしょうか……
「! 痛っ!」
紙で指先を切ってしまった。
指先の傷から漏れる血。
……なぜか目が離せなかった
「ごきげんよう ……あら? オレンジペコ」
「ア、アッサム様!」
「指を咥えて…… もしかして切ってしまったの?」
「……はい お恥ずかしいところを」
「絆創膏を取って来るわ 待っててね」
「はい これで大丈夫よ」
「ありがとうございます、アッサム様」
「気を付けないとダメよ 綺麗な手をしているんだから」
「そ、そんな 私なんてダージリン様やアッサム様に比べたら……」
どうしても意識してしまう。
目を合わせられない。
「オレンジペコ?」
「……あの、アッサム様」
「どうしたの? まだ痛い?」
「その……」
「?」
こんなことを言うなんてばかばかしいと思われるのは分かっている。
でも、アッサム様に否定してほしかった。
安心したかったから。
「ア、アッサム様はヴァンパイアなんですか?」
「! けほっ、けほ」
「大丈夫ですか?!」
「え、ええ 驚いただけだから」
「すみません、変なことを言ってしまって……」
「もしかして七不思議の ”月夜のヴァンパイア” が私だと思ったの?」
「実は……」
「そんな夢を見たのね」
「……はい」
すごく恥ずかしい。
「夢には自分の深層心理が表れると言われているわ」
「深層心理?」
「心の奥深くで思っている、自分では気づいていないこと とでも言えばいいかしら」
心の奥深く……
「もしかしてあなた、私にそういうことをされたいの?」
「えっ、いいいいいいいやそんな」
「冗談よ うろたえるオレンジペコもかわいいわ」
「ひどいですアッサム様……」
ヴァンパイアは伝承の中の存在。
アッサム様がヴァンパイアなはずがありません。
安心したからなのか、アッサム様と目を合わせることもできた。
これで今夜もぐっすり眠れそうです
そう思いながら寝支度をし、窓を……
――?
ふと思った。
今朝、朝日を浴びるために窓を開けバルコニーへ出た。
あのとき窓は閉まっていた。
でも、窓を開けて眠ったはず。
閉めた覚えはない。
内開きだから風で自然に閉まるとも思えない。
――どういうこと?
その事が気になって、ぐっすりと眠れなかった。
「オレンジペコ、装填速度が上がってきたわね」
「そうですか?」
「データによると次の装填まで時間がおよそ5%短縮されているわ」
「5%となるとさすがに誤差ではないですか?」
「かもしれないわね でも、私はペコが成長したと信じているわ」
「私もよ」
「ありがとうございます」
確かに砲弾が少し軽いような気がする。
日ごろの訓練の賜物でしょうか。
ダージリン様とアッサム様に褒めていただき上機嫌で寮へ向かうと、見慣れた人影があった。
「うーん、見つかりませんわねー」
桃色の髪をした活発なあの人。
「ローズヒップさん?」
「あ、オレンジペコさん」
「どうされたんですか?」
「実はペンダントを無くしてしまいまして……」
「一緒に探しましょうか? もう暗いですし、二人で探したほうが効率がいいかと」
「本当ですの?! 感謝いたしますわ!」
でも、ローズヒップさんが探しているペンダントは見つからなかった。
「大切にされていたものなのですか?」
「……ええ 私と両親の写真が入っていますわ」
ローズヒップさんは大家族の末っ子だと聞いたことがある。
一人っ子の私はローズヒップさんが少し羨ましい。
ご両親にもお兄さんお姉さんにもかわいがられていそうだから。
「……戻りましょうか」
「……はい」
とても落ち込まれていました。
ローズヒップさんの為にも見つけてあげたい。
また明日、探してみよう。
今日の夜は一昨日と比べて暑く、寝苦しい。
冷たいお水を飲んですっきりしようとベッドを降り、備え付けの小さな冷蔵庫を開け水差しを取り出したとき、外に何か飛んでいるのが見えた。
鳥にしては大きい。
まるで人のような……
「え?」
金色の髪、赤い瞳。
一瞬だけ顔が見えた。
アッサム様
――あれ?
空は曇っていて月は見えない。
月明かりはない。
私の部屋の近くには街灯も無い。
なぜ私は外を飛んでいた『何か』をはっきりと……
……これは夢ですね。
人が空を飛ぶはずありませんもの。
そう思ってベッドへ戻り目を閉じた。
顔を洗い支度しているときにふと、ある物が目に入った。
冷蔵庫の上に置かれ、ぬるくなった水差し。
あれは夢のはず。
信じられない。
信じたくない。
そんなはずはない。
だって、伝承の中の……
――実在していたから伝承として今も伝わっている?
そう思ってしまったが最後、否定することは出来なかった。
確かめよう。
絶対に違うはずだから。
その日の昼休み、アッサム様をお呼びした。
二人きりになれる場所に。
「珍しいわね あなたから話があるなんて」
「すみません、わざわざ……」
「構わないわ ……もしかして私に愛の告白?」
「ち、違いますよ!」
「そうよね それで、どうしたの?」
「……昨日の夜遅く、どちらにいらっしゃいましたか?」
「昨日の夜?」
「はい」
「部屋にいたわ それがどうかしたの?」
当たり前だ。
そもそも私が見た『何か』は赤い瞳をしていた。
アッサム様の瞳は青灰色。
「奇妙なものを見たんです」
「奇妙なもの」
「はい」
アッサム様なら否定してくれる。
「空を飛んでいるアッサム様を」
「…………」
以前のように私が夢を見ていたと扱ってほしい。
「……今夜、私の部屋まで来て 話があるわ」
アッサム様の部屋の戸を叩く。
すぐにアッサム様の声が返ってきた。
「オレンジペコね 入りなさい」
「お邪魔いたします」
聖グロリアーナの生徒の模範というべき、優雅な内装。
「座って」
「はい」
いつになく真剣な表情をされているアッサム様。
「……見たのね」
アッサム様が否定しなかったときから、うすうす気づいていた。
あれはアッサム様だと。
「あの夜の事も覚えているのね」
「……はい」
口に出したくなかった。
でも、知りたい。
アッサム様の事を。
「……アッサム様はヴァンパイアなんですか?」
「……ええ」
沈黙が続く。
何を言えばいいのかわからない。
「オレンジペコ」
「は、はい!」
「ごめんなさい」
「……え?」
「あなたの血を吸ったことよ 怖い思いをさせてしまったわね」
なぜ謝るのかわからなかった。
人間の血を吸う。
それがヴァンパイア。
アッサム様はて当然のことをしただけ。
「謝らないでください むしろアッサム様だと分かって安心しました」
「……強いわね、あなたは」
「それに」
「?」
「……少しだけ、気持ちよかったです」
今までに味わったことのない不思議な感覚だったのは否定できない。
少し気持ちよかったことも。
「もしかしてオレンジペコってそういう」
「違います」
「……私の話、聞いてもらえる?」
「はい」
「私は今よりずっと昔に生まれたわ」
「それは何年くらい……」
「女性に年齢を聞くのは野暮ではなくて?」
「す、すみません」
「冗談よ 600年以上前ね」
「600年……」
中世後期あたりでしょうか。
私にはまったく想像ができませんでした。
「でも、どうしてアッサム様はヴァンパイアになったんですか?」
「……血を吸われたのよ」
「では元々は」
「あなたと同じ普通の人間よ ヨーロッパのある国、その中の一つの領、そこの領主の娘」
「お嬢様だったんですね」
「そうよ」
「血を吸われたというのは……」
「私は隣の領を治める領主の息子との結婚を控えていたわ」
「結婚することで深い関係を築くということですか?」
「その通り でも、ある日の夜、謎の女性が現れた 私があなたの部屋にいたように」
「その方がヴァンパイアなんですね」
「ええ 長い銀髪で青い瞳をしたヴァンパイア」
「……その方に襲われて?」
「襲われたというより、私が拒まなかったという方が正しいわね」
「どういうことですか?」
「ヴァンパイアは血を吸う相手に一種の暗示のようなものをかけられるのよ」
「暗示……」
「あなたには効き目がなかったみたいだけど」
「! も、もしかして私の耳元で囁いていたのは」
「暗示よ」
「……その暗示に昔のアッサム様は」
「抵抗できなかったわ 血を吸われる感覚が気持ちよかったし」
「そしてヴァンパイアに…… ? あの、アッサム様」
「どうしたの?」
「アッサム様に血を吸われたということは、私もヴァンパイアになるんですか?」
「それは大丈夫よ 血を吸われるのが一度だけならヴァンパイアにはならないの」
「そうなんですか?」
「私がそうだったから 何度も血を吸われたり、ヴァンパイアの血を飲んだりしない限りは
大丈夫」
「よかったです……」
「私も同じ子から二度吸わないように気を付けているわ」
「他の方からも?」
「そうよ 毎日誰か一人から」
「その方たちは覚えていないのですよね」
「暗示をかけているから、せいぜい夢としか思っていないでしょうね」
「どうして私は……」
「……あなたが夢の話をした時、驚いたわ あそこまではっきり覚えているなんて」
「私も夢だと思いたかったです でも、やけにはっきり覚えていて……」
「もうあなたからは血を吸わないから安心して」
「……はい」
その後、ヴァンパイアになったと気づいて姿を消したこと。
元は人間だったから日光は平気、鏡にも映るということ。
100年ほど前、東洋の島国であるこの日本へきたこと。
身分を偽って入学し、卒業しては別の学校へ入ることを繰り返していたこと。
前の学校の人たちの記憶から自分の存在を消していたことなどを聞いた。
別れの辛さも。
「オレンジペコ、このことは二人だけの秘密よ」
「はい 言っても信じてもらえないと思いますが」
「辛辣ね」
「……あの、アッサム様」
「なに?」
「アッサム様が卒業してしまったら、私の記憶からも消えてしまうのでしょうか」
「……どうかしら 覚えていてくれたら嬉しいわ」
アッサム様はヴァンパイアだった。
でも、アッサム様がアッサム様であることに変わりはない。
私がダージリン様と同じように慕っているアッサム様。
今日からは安心して眠ることができそうです。
だが、アッサム様から話をうかがって数日たったある日……
「ペコ、アッサムを見なかった?」
「まだいらっしゃっていないのですか?」
「ええ アッサムが連絡なしに遅れることなんて初めてだから……」
「私も探しますね」
「見つかったら連絡をして ローズヒップもお願い」
「かしこまりましたわ!
ダージリン様のおっしゃる通り、アッサム様が遅れることはめったにない。
遅れるときも連絡を欠かしていなかった。
アッサム様を探しながら寮の近くまで来たとき、一匹のコウモリが目に入った。
――日が出ているのにコウモリ?
私の頭の上をまわるように飛び始めるコウモリ。
――もしかして使い魔というものでしょうか
アッサム様からは使い魔がいるというようなことはうかがっていなかった。
でも、ヴァンパイアとコウモリは密接な関係のイメージがある。
「アッサム様はどちらにいらっしゃるのですか?」
私はそう声をかけた。
それに答えるかのように、コウモリは寮のある場所へとはばたいて行った。
アッサム様の部屋の窓。
もしかして部屋の中にいるのだろうか。
事情を話して寮の中へ入り、部屋の戸を叩く。
「アッサム様? いらっしゃいますか?」
返事はなかった。
ドアノブを回すと、鍵がかかっていないことに気づいた
「お邪魔します……」
コウモリが窓のガラスを叩いている。
開けろと言うことなのだろうか。
そう思い窓を開けると、部屋の中へ入ってきた。
コウモリが向かったのはクローゼットの前。
「中に何が……?」
クローゼットを開くとそこには制服や私服が掛けられていた。
クローゼットなのだから当然である。
中を見回すと、足元に金色の箱があった。
コウモリがその箱へ近づく。
「これは……」
そっと箱を持ち上げると、コウモリは窓の外へと飛んだ。
「あ、待って!」
もしかしてこれを持ってきてほしいのだろうか。
私は寮を出て後を追った。
寮近くの林の中。
虫が多く生徒はあまり立ち入らない。
どこへ向かっているのか。
そう思った矢先、人影が目に入った。
アッサム様だ。
「アッサム様!」
「オレンジペコ……」
「……!」
すごい傷だった。
切り傷でも刺し傷でもない、火傷のような痕。
「どうしたんですか?!」
「……大丈夫よ その箱を開けてくれる?」
中には血の入った瓶があった。
「これは……」
「貸して 傷を治すから」
「もしかしてアッサム様の」
「私の血よ いざという時のためにとっておいたの」
手渡そうとしたそのとき。
何かが飛んできた。
何かが瓶とぶつかり、金属音に似た音を立てる。
私は驚いて瓶を落とした。
割れる音が響く。
「な、何が」
「……随分と早かったわね ローズヒップ」
「逃げられては意味がありませんので」
冷たい目つきをしたローズヒップさんがそこに居た。
「オレンジペコを尾行していたのね」
「ずっとあなた方を見ていました」
「え?」
「オレンジペコさん そこをおどきいただけますか?」
「あの、これはどういう……」
「その方はヴァンパイアです」
「ど、どういうことですか?」
なぜローズヒップさんがそのことを……
「私はずっと貴様を探していた これで終わりです」
「ローズヒップさん、なにを」
「アッサム様…… いえ、そのヴァンパイアは私の両親の仇です」
「え? ローズヒップさんのご両親は」
「今の両親は私を引き取ってくださった優しい方 血のつながった両親ではありません 私の
生まれもこの国ではありません ようやく見つけた私の仇……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんですのオレンジペコさん」
「アッサム様は100年ほど前にこの国へいらっしゃいました ローズヒップさんの本当の
ご両親を」
「やっぱりご存じだったのですね」
「!」
しまった、と思ったが後の祭りだった。
でもアッサム様が100年ほど前に日本へ来たのは事実。
「で、ですがアッサム様は」
「……あなた、そのヴァンパイアが本当の事を言っていると思っていますの?」
え?
「人間は食い物程度にしか思っていないヴァンパイアが、本当の事を言うとでも?」
「アッサム様はそんな方ではありません!」
「なぜそう言い切れるんですか?」
「それは! ……それは」
「わかったでしょう」
「で、でもローズヒップさんはアッサム様をお慕いしていたじゃないですか!」
「確かにそうです ですがヴァンパイアだと分かった今、そんな感情はありません」
「今までアッサム様がなさったことも全て嘘だったとおっしゃるのですか!」
「……オレンジペコさん 一つお聞きしますわ」
「な、なんでしょうか」
「あなた、自分が操られていないと自信を持って言えますか?」
「!」
ヴァンパイアは血を吸う相手に暗示をかけることができる。
その気になれば暗示だけかけることもできるのかもしれない。
私には暗示が効かないはず。
それなのに、否定できなかった。
自分が自分の意志で動いているのかわからなかった。
「このヴァンパイアが苦しみながら消えていくのを見たくないでしょう この場から立ち去る
ことをおすすめします」
大きな十字架のようなものを持ってこちらへ近づいてくるローズヒップさん。
止めないと。
アッサム様はそんな方じゃない。
優しく、時として厳しい、優雅な方。
「待ってください!」
「離してください オレンジペコさん」
「アッサム様は、アッサム様は!」
「…………」
ローズヒップさんが冷たい目でこちらを見た瞬間、胸のあたりに強い衝撃が来た。
走ってくる自転車にぶつかられたような衝撃。
吹き飛ばされた私は木に頭をぶつけた。
衝撃で箱の中にあった残りの瓶も全て割れた。
意識が遠のく。
「ま…… って……」
あのローズヒップさんだとは思えなかった。
止めないと、アッサム様が……
腕をつたって血が流れている。
血……
「ローズヒップ」
「あなたの言葉には耳を貸しません」
「……そうよね ヴァンパイアのせいで両親を失ったのなら、そう思うのも当然ね」
「何を他人事のように 貴様のせいだろう」
「……好きにしなさい それであなたの気が済むのなら」
「言い残す言葉、懺悔はあるか」
私がいなくなれば、私の存在は記憶から消える。
ローズヒップの記憶からも消えるだろう。
言葉を残したところで、伝えることは出来ない
このまま……
『ローズヒップさん』
「なんですの」
『やめてください』
「邪魔をなさらないでください あなたに私を止める権利は……」
オレンジペコさんの様子がおかしい。
あれだけ強く蹴り飛ばしたというのに、なぜ立って……
気が付くと私は殴られていた。
明らかに人間の力じゃない。
「まさか……」
『…………』
赤い瞳。
彼女の口の周りが血で染まっている。
なんてことをしてくれたんだ。
私はあなたのことが結構好きだったのに。
――もう彼女はオレンジペコじゃない ヴァンパイアだ
仇ではないがヴァンパイア。
私を止めようとしている。
もう慈悲はない。
ヴァンパイアは許さない。
いくらヴァンパイアとはいえ成りたて 動きを封じればいい 先に彼女を始末する
「……あなたも始末します」
『……ごめんなさい』
え?
何故そんなことをと思ったその瞬間の虚を突かれた。
みぞおちに一撃。
両腕を押さえられ、押し倒された。
『ローズヒップさん 私の眼を見て話を聞いてください』
「……この程度で私を止められると」
『ローズヒップさんの境遇には同情いたします ですが、先ほど申し上げたようにあなたの
仇のヴァンパイアとアッサム様は別人です ここは収めてはいただけませんか』
「あなたは私の言葉と彼女の言葉、どちらを信じますの」
『どちらも信じます でも、ローズヒップさんの仇とアッサム様は別人です 断言します』
「私はあなたを始末する覚悟もしていますのよ」
『……申し訳ありません ローズヒップさん』
血を吸うつもりか。
無駄だ。
ヴァンパイアの為に作った聖水を肌にかけてある。
そんなことをしても……
あれ?
身体が動かない
『ローズヒップさん あなたが本当のご両親を亡くしたのは、後味の悪い夢なんです』
まさか
『今ここで起こっていることも全て夢なんです』
やめろ
『ローズヒップさんの家は大家族で明るい家庭 そう話してくださいました』
やめろ!
『その方たちが家族なんですよ ローズヒップさん』
や、め……
『だから今日はゆっくりお休みください 目が覚めたらきっと、すっきりしていますよ』
…………
――アッサム様、しっかりしてください アッサム様
「……オレンジペコ?」
「よかった やっと目を覚ましてくださいました」
「ローズヒップは…… !」
信じられなかった。
信じたくなかった。
気が付いたら手が出ていた。
「オレンジペコ、あなた、自分が何をしたか」
「わかっています」
「もう取り返しがつかないのよ!」
「わかっています」
「だったら、なんで……」
「アッサム様はいろんな方と出会い、別れてきたのですよね」
「……ええ」
「別れの辛さというものを誰よりもご存じだと思います」
「少なくともあなた達よりはね」
「確かにアッサム様がいなくなれば、すべて解決したのかもしれません ですが、残された
方たちの気持ちはどうですか?」
「私がこの世から消える時、あなた達の記憶からも私の存在は……」
そうか。
オレンジペコに暗示は効かない。
彼女の記憶からは消えないかもしれない。
「……それだけの理由で、こんなことをしたの」
「アッサム様がいなくなってしまうこと、アッサム様のことを忘れてしまうこと どちらも
私には辛いですから」
「……厳しい道になるわよ 私のように何度も別れを経験することになる」
「アッサム様と一緒なら、どんなに辛いことでも耐える自信があります」
「まったく…… 覚悟はしておきなさい、オレンジペコ」
「はい」
「ん~……」
「!」
「アッサムさまー……」
「……暗示をかけたの?」
「はい アッサム様が私にしたように」
「そう」
「あの、アッサム様 ずっと思っていたのですが」
「何?」
「私のこと、ペコと呼んではいただけませんか? さんを付けずに"オレンジペコ"と呼ばれる
ことにどうも慣れなくて……」
「それ、今言うことなのかしら?」
「そうですよね」
「まあ、あなたがそう呼んでほしいならそう呼ぶわ ペコ」
「という夢を見たので物語にしてみましたわ!」
「いつの間にこんなものを……」
「4日ほど徹夜いたしましたわ!」
「道理でここ最近、眠そうにしていたのですね」
「あまり無理してはダメよ ローズヒップ」
「はい……」
「ですが、よくできていますよね」
「ええ ローズヒップの意外な才能かしら」
「私は一つだけ不満な点があるわ」
「なんですか? ダージリン様」
「私の出番が少ないことよ」
「…………」
「も、申し訳ありませんわ ダージリン様が夢の中にほとんど出てこなかったもので……」
「あなたにとって私はその程度なのね」
「そ、そんなことはありませんわ!」
「ローズヒップをかわいがっているのは私だから、私が夢の中に出てきたのでは?」
「深層心理の話ですね」
「……そういうことにしておくわ でも」
「え、あっ、ダージリン様」
「ペコは私のものだから あなたには渡さないわ」
「どうぞ、ご自由に」
「アッサム様!」
「だってペコ、満更でもなさそうな顔してるもの」
「そ、そんなことは……」
「じゃあ、私のペコ さっそくだけど紅茶のおかわりをもらえるかしら?」
「私のもお願いね ペコ」
「私もお願いいたしますわ!」
「はい、ただいまお淹れします」
「あー、せっかくダージリン様たちのお茶会にお呼びいただいたのに……」
パキンッ
「? 今何か踏んだかな? ……っと、これか ペンダント?」