麻雀少女に愛を囁く   作:小早川 桂

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ハッピーバレンタイン&ハッピーバースデー!
塞さん!


07-ハッピーハッピーバレンタイン

 京太郎は不安を抱えながら臼沢塞の家へと続く道を歩いていた。

 

 本日は2月14日。世はバレンタインデー。街は空から舞い落ちる白雪と愛が詰められた赤いハートで彩られる。コスプレをして客引きをしているお兄さんやお姉さんの声を無視して一直線に京太郎は突き進む。彼の頭のなかは今は塞との関係のことで一杯だった。

 

 臼沢塞は同じ大学に通う二つ年上の女性。共通の知人である同じ法学部の気だるげな先輩――小瀬川白望さんを通じて知り合った。

 

 真面目で実直な世話焼き。あと、むっつりスケベ。それが彼女と親しい人物による大まかな評価である。

 

 そんな人格の彼女は京太郎と波長が合い、昨年の夏に恋仲にまで至った。京太郎はこの人になら人生を捧げてもいいと思い、塞もまた同じことを考えていた。

 

 互いに辛い時も楽しい時も支え合えるというのが何よりも惹かれ合った部分で二人のイチャイチャぶりは大学内でも有名な部類に属する。

 

 そんな塞が彼に何も用意していなかったのだ。それどころか大学にさえ姿を見せていない。

 

 彼女のことをよく知る先輩方に聞きに行っても

 

『えー、塞ー? し、知らないよー? お家で何かしているんじゃないかなー?』

『塞? 昨日は寝る前に電話していたけど? ……え、あ、アドバイスしていただけだよ? わ、私は何も悪くないんだからね!?』

『…………知らないけど。……京太郎。塞の代わりにお弁当、頂戴』

『グッドラック!』

 

 ――と散々な結果に終わった。

 

 ただわかったのは一応、昨晩の時点では家にいること。塞のことを考えれば深夜に歩くこともない。とするならば行き着く答えは一つ。

 

「塞は風邪をひいている……!」

 

 それも誰にも連絡できないほどの高熱。でなければ細かいところまで気の付く彼女がみんなに連絡を漏らすわけがない。

 

 京太郎はそう考えており、今もまた焦りに足の出す速度がぐんぐん上がっていく。

 

「今日に限って必須の授業がラストとかふざけやがって……」

 

 将来の塞との生活まで考えている愛の重い京太郎にとってここでサボるのはあまりにも痛い。それに自分のために授業を飛ばしたと知れば塞は己を責めるかもしれない。それだけは避けたかった。

 

 焦燥感をエネルギーに歩行から走行に切り替えた京太郎は彼女が居を構えるマンションにつくと合鍵を使ってドアを開けた。

 

「塞、大丈夫か!?」

 

「えっ?」

 

「あっ」

 

 玄関でコートに身を包み、靴を履こうとしていた塞。勢いよく中に入り込んだ京太郎は止まることはできず、無理に停止しようとしたためにバランスを崩した。

 

 前のめりに転ぶ京太郎。自然と塞に抱きつく形になる。いつもならラッキーイベントと喜ぶがそうもいかない。京太郎は塞の顔色を確認して胸に溜まっていた心配をぶちまける。

 

「だ、大丈夫か、塞! 風邪は引いてないのか? はやく病院に行こう! 連れて行ってやるからな!」

 

「ちょ、ちょっと待って! 何言ってるの、京太郎? 私、風邪なんか引いてないよ?」

 

「えっ……。でも、連絡着かなかったし……顔も赤いぞ?」

 

「そ、それは……京太郎の顔が近いから……」

 

 あっ、俺の彼女めちゃくちゃ可愛い。

 

「そ、それより早く下ろして? お、お姫様抱っこは流石に恥ずかしいから……」

 

「あ、ごめん」

 

「いいよ、別に。……ちょっとだけ嬉しかったし」

 

 そう言ってはにかむ塞。京太郎の心は一分にも満たない会話でもう爆発寸前にまで膨張と縮小を繰り返していた。

 

「寒いでしょ? あがって」

 

「お、お邪魔します」

 

 互いに緊張しているせいかぎこちない空気。もう付き合い出して半年は経っているというのに彼らは未だ初々しいカップルのままだ。手を繋ぐのがやっとでキスさえできていない。

 

 だが、それも仕方がないことだろう。塞は女子高に通っていて男性に免疫がなく、京太郎も見た目に反して恋人ができたのは初。

 

 順調に進まなくて当然で、腕を組むだけでも幸せを感じている。これが周囲に含みのある優しい視線を送られる原因なのだが当人らは気付いていない。

 

「ごめんね、心配かけちゃったみたいで」

 

「気にしなくていいって。俺が勘違いしたのが悪いんだし」

 

「じゃあ、お互い様ってことで。それにしてもどうして私が風邪だと思ったの?」

 

「姉帯さんたちに聞いたら家にいるみたいだったからそうなのかなって」

 

「…………みんな変な気を遣ったな」

 

「どうかした、塞? 困ってるなら手伝うけど」

 

「べ、別に何でもないよ! 紅茶作っていくから待ってて」

 

 京太郎は塞に言われた通りにソファに腰を下ろして待機していると塞がマグカップを二つ運んですぐ横に座る。いつもなら拳一個分開けるのに今日は肩と肩がくっつくくらいの至近距離。

 

 隣から漂う女の子特有の甘い香りに鼻腔から満たされていた。

 

「……エッチなこと考えてたでしょ」

 

「シテナイシテナイ」

 

「鼻の下伸びてるよ。バレバレだから」

 

「えっ!?」

 

「ほら、やっぱり。…………まぁ、私もあまり人のこと言えないけど」

 

 塞が小声でつぶやくが京太郎の思考は彼女に嫌われていないかどうかで一杯である。おろおろと何やら弁解を始めだす彼の姿がおかしくて塞も思わず笑ってしまう。

 

「なに慌ててるの。そんなことで嫌いになったりしないよ?」

 

「ほ、本当に?」

 

「うん。京太郎がエッチなのは前からだし……もっといいところ知ってるもん」

 

 照れた顔してそんなことを言うのは反則だから……!

 

 彼女の言葉に射抜かれた京太郎はだんだんと頭に血が上っていくのを感じてとっさに顔をそむける。このまま直視を続けるのはあまりにも危険だった。

 

「心配してくれたみたいだけど京太郎こそ顔真っ赤だし風邪あるんじゃない?」

 

「ち、違うから。走って体が温まっただけだから安心して」

 

「そう? なら、いいんだけど」

 

 どうやら納得してくれたようでホッと安堵する京太郎。また怪しがられないうちに話を逸らしてしまおうととっさに浮かんだことを矢継ぎ早に問いかける。

 

「話は戻すけど塞はどうして今日は学校休んだんだ?」

 

「うっ。……それはまぁ、私にもいろいろとありまして」

 

「生理か?」

 

「それはさすがに怒るよ」

 

「ごめんなさい」

 

「もう……。そうじゃなくて……ほら今日ってバレンタインじゃない? だから、チョコレート作ってた」

 

「作ってたって……一日中!?」

 

「う、うん。だって、好きな人には一番おいしいのを食べて欲しいし……京太郎さっきから時々視線逸らすけど恥ずかしいのは私も一緒なんだからこっち見てよ」

 

「ご、ごめん。あまりにも塞が可愛すぎるから……」

 

 想ったことをありのまま伝えて京太郎は一拍置く。しかし、深呼吸をして一旦落ち着いたとしてもまた視線が交錯すれば心臓は鳴り始めるのだ。

 

 どうしようもないことに諦めを覚えた彼はもうずっとドキドキした状態で塞に向き直る。

 

 ……大丈夫。命をここで散らせる覚悟はできている!

 

「それで宮守のみんなにも相談して完成したから今から渡しに行こうと思ってたの」

 

「ということはチョコは完成しているのか」

 

「一応ね。……でも、ちょっと恥ずかしいというか勇気がいるというか」

 

「塞が作ってくれたものなら何でも美味しいから平気だぞ? せっかく作ってくれたのにもったいないじゃないか」

 

「そうじゃなくて……後悔しても知らないから」

 

 そう言うと塞は持ってきていた袋から箱を取り出すとふたを開ける。中にはハートに型どられたピンク色のストロベリーチョコが綺麗に並べられていた。表面には丸文字でloveと記されていて、どれも愛情が込められて作られたのが他人目にもわかる。

 

「た、確かにちょっと恥ずかしかったけど嬉しいし、おいしそうだけど」

 

「……違うの。まだこれは完成してなくて……ええぃ覚悟決めろ、私!」

 

 塞は頬を叩くと一枚チョコを手に取る。すると、それを口にくわえた。

 

「さ、塞? それは一体どういう?」

 

「……ハッピーバレンタイン」

 

「……え?」

 

 混乱してまともに状況を受け入れることが出来ていない京太郎に塞は一度チョコを食べきると改めて言葉にして伝えた。

 

「……こうやったらちゃんと私の気持ちも伝わるでしょ。だから、はい。……ちゃんと味わって食べて」

 

 それだけ言って塞はまた新たなハートをセットした。柔らかそうな唇が挟み込んで、ゆっくりと突き出される。もう彼女はまぶたを閉じており、後は京太郎次第。

 

 塞の方は震えている。なけなしの勇気を振り絞っているのは明らかだ。

 

 ……女の子がここまでしてくれたんだぞ。応えなくて何が彼氏だ。それに……塞を想う気持ちは誰にも負けない!

 

「…………塞」

 

 頬に手を添えると、そっと顔を近付けていく。彼女の綺麗な睫毛がより繊細に映る。額と額が合わさりそうになり、やがて甘さが口の中にとろけだすと唇が重なり合う音がした。

 

 互いの口内を舌が行き来しあう。ドロドロと流れるのはチョコか唾液かくべつがつかないくらいに求め合う。

 

 気が付けばすでに溶けきっていて、寂しさを感じながらゆっくりと離す。あいだに糸が垂れて橋をかける。汚れなど気にしないくらいに二人の思考はとろけきっていた。

 

「……どう、だった?」

 

「……すごく甘かった。……けど、いくらでもいける」

 

「そっか。じゃあ……」

 

 塞は箱へと指を伸ばす。今度は京太郎の口にそれをあてがう。髪色に負けないくらいに頬を朱に染めた塞はぎゅっと彼の手を握り締めた。

 

「まだまだあるから……たくさんしよっか?」

 

 そう言って塞は彼の唇を塞いだ。




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