艦これ海上護衛戦   作:INtention

26 / 28
今年は艦これのリアルイベントが多く、楽しい一年でしたね。
まあ、呉と佐世保は試験と重なったりして行けませんでしたけどね。

あの試験は東方の同人誌即売会とも被った事もあるので、良いイメージが無いですね。ゆるして。

そのせいか冬の秋イベというよく分からない感じに。もう秋刀魚祭りが秋イベ代わりで良かったのでは?


第二六話 艦隊帰投

横須賀鎮守府での勤務に戻る。

数日の出張だったが、交渉を重ねたり襲撃に遭ったりと、イベントには困らない旅であった。あわよくば観光でもと思ったが、そのような余裕は到底無かった。執務室に溜まった書類の量からしても、長い間旅をしていた様に思えるが、たった数日の出張なのである。

 

出勤してすぐに始まる朝礼で艦隊の現状を聞く。今日は正午に輸送船団がシンガポールへ到着し、15時に第五水雷戦隊が帰ってくる予定だ。2件の予定を除けば用事は無いので、溜まった仕事を片付ける事にする。

久し振りに三日月らの元気な姿が見られると思うと、書類の山とも格闘できそうな気がした。

 

黙々と申請書を見ていると、軽巡名取がお茶を淹れてくれた。

 

「わざわざありがとう」

「いえ」

 

名取は朝礼で艦隊のスタッフにお披露目してから、俺の執務室で過ごしている。

来たばかりで仕事が無いのだろう。かと言って司令部でスタッフと混ざって事務仕事を申し出る勇気は無いようだった。

名取は内気な性格だ。子供の様に接して可愛がられ、いつの間にか司令部に馴染んでいた三日月の様には行かないようだ。

 

しかし何もしないで過ごすのは気に入らないと思える。こちらから何か任務を与えるか。

艦娘なのだから訓練でもと思ったが、海域や装備の申請は遅くても一週間前にはしなければならないから今日は無理だ。

それにまだ出撃は控えるべきと医者に言われている。

となると、事務仕事を任せようか。

 

「名取」

「え?はい!」

「事務仕事をした事はあるか」

「前の艦隊では」

 

名取はおどおどしているが、はっきりと答えた。取り落としそうになった器を持ち直した事からも、意外と冷静であることが分かる。

 

「そうか、じゃあこれ見てくれないか。」

「分かりました」

 

書類を受け取った名取は机の前で直立して読み始めた。

 

「ここ座っていいからさ」

 

俺が隣の席を指差す。

 

「三日月はいないし、第五水雷戦隊の旗艦なんだから遠慮しなくていい」

「でも」

「机は部屋に2つしか無いんだ。後は司令部に余った机があるけど」

 

名取は司令部へと繋がる扉をちらりと見てから、席に着いた。

 

「司令部のメンバーはいい人達だぞ」

「そうかも知れませんが、あの中に馴染める気がしないです」

「いや、俺も会って数日だぞ?」

「それはそうですが…。提督はここ数日の護衛任務で慣れました」

 

慣れの問題なのか…。では司令部に放り込んで数日すれば慣れるのだろうか。しかしストレスを掛け続ける訳にもいかない。また病院送りになっては困る。

 

「無理強いはしない。君が仕事をし易い所で働けばいいさ」

「ありがとうございます」

 

名取には書類の不備が無いかを確認して貰うことにした。内容以前に誤っていれば押印どころの話ではない。

書類を捌く手際を見ていると、前の艦隊でも仕事をした事があると言うのは本当らしい。

慣れて来た頃を見計らって、簡単な書類には承認可否を判断させて見る。それでも、11時を回る頃には申請書をあらかた見終わっていた。

 

「もう終わったのか。仕事が早い」

「いえ…、そんな事は」

 

やはり艦娘の手を借りると仕事の効率が抜群に上がる。皆手元に艦娘を置いておく気持ちがよく分かるものだ。

普通なら主任や課長クラスがチェックしているはずだが、妖精が見える等、連合艦隊特有の条件を満たす人材は限られている。身辺調査までしていると聞くので、相当なものだ。限られた人材の中で、第七艦隊のような弱小艦隊へ配属されるスタッフは少ない。

最も、需要の多い西太平洋航路の護衛計画や船団の管理は経産省の外局と護衛艦隊が行っているため、当艦隊は中部太平洋航路の護衛計画立案と艦娘の管理だけやっていれば今の人数でもなんとかやって行けるものだ。

しかし、稟議書類は回ってくるので書類仕事は発生する。

電子決済システムが普及した今日でも、臨時の申請や期日に間に合わない申請書やらが紙で回付されて来るものである。

稟議を回すのはいかにも日本の組織という感があるが、全関係者の合意を得ることで責任を分散させる上手いやり方なので、無くなることはないだろう。

紙で回ってくる書類に急ぎの申請書も入っていると述べたが、なぜ決裁せずに山の様に積み上げていたか。

それは大抵主要な責任者の回付は終わっており、()()()として艦娘の護衛を付けるため、俺の印鑑が必要というものばかりだからである。恐らくここにくるまでにPDFでも取って後日回付しますとでも書かれた付箋が付いてファイリングされているに違いない。机上で計画を立てる役人からすれば、後方海域の航行は護衛艦でも十分であり、艦娘はいれば安心程度としか見られていないように思える。《書類上では》西太平洋航路は安全と言う報告が出ているし、主力は中部太平洋、南洋に張り付いているので仕方がない。

そんな幻想があったからこそ、インドネシアでの被害は大きく取り上げられたのだ。政府首脳が丸ごと吹き飛んだ事件もあったため、マスコミや野党が大いに油を注いだ事も原因だが。

ともかく、前線で命を張って戦っている人たちがいれば、オフィスで関係者との調整で戦っている人たちもいるという事だ。因みに俺は前線にいる方が楽しく感じる。

 

「提督さん。1155(ヒトヒトゴウゴウ)です」

「ん。もうそんな時間か」

 

考え事をしていたら名取に声を掛けられた。

時計を見ると、間もなく正午だ。長官室の隣にある司令部へ向かう。

スタッフが忙しそうに仕事をしているが、西太平洋の地図が映し出されたスクリーンには主要メンバーが揃っていた。

 

「長官。お疲れ様です」

「お疲れ。状況はどうだ」

 

声を掛けると、手元の端末を見ながら保科参謀長が現状を読み上げた。

 

「はい。ヒ85船団は予定通りシンガポールへ到着予定です」

「遅れは取り戻したんだな」

「昨日の遭遇戦で速力を上げた事で、結果的に間に合いました」

「被害を受けた船はどうなった」

「潜水艦からの襲撃でタンカー2隻が魚雷攻撃を受けましたが、幸運にも空のタンカーでしたので、バラストの海水を抜いて平衡を保った様です。ただ、中東までは向かえませんから、シンガポールで修理になるでしょう」

 

タンカーはその容積の多くが液体を積めるようにできている。行きに原油を運び、帰りに精製した重油を運ぶこともあるが、資源地帯から都市へ運ぶ通常の船便の場合、運んだ帰りは空で帰ってくる。ただ、本当に何も積まないと喫水が浅すぎて不安定になるため、海水を入れて航行する。今回は魚雷がタンクに命中したようで、無傷なタンクの海水を抜いて左右の水平を保ったようだ。

船員の咄嗟の判断が功を奏したが、護衛をすり抜けて攻撃を受けたのは軍の失態である。しかも護衛対象どころか、駆逐艦1隻が返り討ちにされたとも聞いている。

 

「"深雪"は大丈夫なのか」

「航行には問題ないそうで、船団の巡航速度には十分ついて行けるそうです」

「それは良かった。シンガポールで修復出来そうか」

「その見込みです」

「三水戦への連絡は」

「すでにしています。修理についても了承済みです」

「よし」

「ただ…」

 

保科は言葉を濁した。

 

「なんだ」

「修理の間、十一駆は任務から外して欲しいとのことです」

「むむむ」

 

駆逐艦深雪が所属する第十一駆逐隊は第一艦隊第三水雷戦隊からの借り物である。

一時的に第七艦隊の指揮下にあるが、任務が終われば管轄は元に戻る。

護衛戦力はカツカツであるため、借り物と言えど中核の戦力だ。

 

「第一小隊の"吹雪""白雪"だけでも借りれないか調整してくれないか」

「分かりました」

「次は護衛艦2隻が付くから大丈夫かと思うが念のためだ」

「はい」

 

対潜水艦に関しては強力なソナーを装備する現代艦の方にアドバンテージがある。哨戒ヘリで広範囲に索敵出来るのも強みだ。

ただ、全世界で戦闘状態となっている今日では海上護衛軍の護衛艦のみでは対応出来ない。砲撃戦となった際は艦娘の方が有効であるため、護衛艦と共同で護衛している。

船団護衛用の艦娘を運用するのがこの第七艦隊の主要任務である。

 

「それで、我が艦隊はどうだ」

 

第七艦隊の艦娘はほとんどが借り物で構成されているものの、各地から苦労して集めたプロパー艦娘がいる。

今隣にいる名取もそうだが、三日月を旗艦とする駆逐艦4隻である。

現在は2度目の護衛任務に出ていて、トラックや南洋と言った前線へ出撃しているのだ。

 

「問題ありません。むしろ少し早いですね」

 

活気がある4隻だから、張り切っているのだろう。何となく光景が頭に浮かぶ。

 

「到着は1500(ヒトゴウマルマル)だったな」

「その通りです」

「分かった。俺は桟橋に迎えに行く」

「分かりました。幹部は出席させます」

「悪いな」

「いえ、自分達の部隊を出迎えたい気持ちはよく分かります」

 

到着までは少し時間があるため、昼食を食べ、もう少し仕事を続ける事にした。

午前中に申請書の類いの処理があらかた終わったため、各部署から提出された報告書を読む。

名取と手分けして読み、概要を話し合った。やはり二人で仕事をすると、眠くならないし、効率が良い。

効率もそうだが、他人と話し合うと自分の観点とは違う答えが見つかり面白かった。三日月は真面目に見解を述べる事が多いが、名取は控えめな声でいて内容は辛口だったりする。良し悪しはともかく、思った事を言えるのはすごいと思う。司令部のスタッフの中に入るのも躊躇われる性格だが、和やかな空気を作れば結構溶け込んでくれる様だ。早く司令部に溶け込んで貰えるように、何か策を考える必要があるかも知れない。

 

そんな事を考えながら報告書の内容について話し合っていると、早い物で15時に近くなった。

普段の仕事もこれくらい早く終われば良いのだが…。

 

机に置いてある制帽を取り、隣室の参謀達に声を掛けていると、名取も正装をすると言って出ていった。

今は海自の制服姿で凛々しい姿だが、艦娘の制服を着て来るのだろう。

 

庁舎を出て鎮守府の車に乗る。普通の黒い国産セダンに海軍の錨マーク、数字だけのナンバー。

無理やり自衛軍仕様にした様に見えるが、乗り心地は良い。参謀達が数台に分かれて乗り込むとすぐに発車した。艤装を載せる大型トラックや整備員達のワゴンも後ろから続く。

 

「大掛かりになってしまいましたね」

「いや本当に。長官室で待っていた方が良かったかも知れないが、何となく待ちきれなくてね。次からは自重するよ」

 

セーラー服と巫女服を掛け合わせた様な長良型の制服を着た名取から何となく目を反らしながら会話をする。

桟橋までは歩くと遠いため、今回は車を用意して貰った。数分後には艦隊が帰投する桟橋へ到着した。秋風靡く桟橋に降りてみたが、少し肌寒い。遮る建物が無い港は風が強かった。

予定より少し早く着いたので、港で待つ事にする。

車の中で待つ事十分。司令部から電話を受け取ったスタッフの掛け声で、車を降りる。

時刻は15時15分。艦隊は浦賀水道を離れ、間もなく横須賀に到着するとの事だ。スマホで船舶マップを確認すると、"MIKAZUKI [JP]"と出ていた。律儀にAISを起動している様だ。優等生だが、任務中に付けてないか心配になった。敵がこれを見ているかは知らないが、AISの電波を元に攻撃している可能性はある。今度確認してみようか。

 

 

特に並び順がある訳では無いため、順列をあれこれ言いながら適当に並んで艦隊の到着を待つ。

もう少し車にいても良かったかと後悔し始めた頃、艦隊は帰還した。

微速で桟橋に近付き、そのまま上がってくる。桟橋と言っても艦娘が上がるために水面との高さが30cm程しかない浮き桟橋だ。船が桟橋に接岸する時のようにタグボートが来る訳でもなく、結索のためにロープを投げ込む事もない。まるでプールから上がるように上陸して来た。

三日月は俺の姿を見つけると、姉達を連れて目の前までやって来た。

三日月のマストには海軍旗、甲種隊司令旗、第一代表旗、(Papa)信号旗と、煌びやかな旗が並んでいる。気のせいかも知れないが、体全体がキラキラ輝いているようにも見えた。

 

「司令官。三日月以下、第七艦隊帰還しました。作戦完了です」

「ご苦労。怪我はないか」

「怪我…、あ、はい。損傷した艦はありません」

「分かった。艤装を解除し、司令部まで向かうように」

「了解です」

 

4人は敬礼をして、鎮守府の港湾スタッフの方に向かった。

港湾作業員は慣れた手つきで艤装にクレーンを接続して釣り上げる作業を始める。

作業を眺めていると、並んでいた松長航空参謀が声を掛けてきた。

 

「無事帰還しましたね」

「報告は聞いていたが、実際に姿を見ると安心するな」

「仰る通りです」

「今回も大型の航空無線が役に立ったみたいだぞ」

「装備させて正解でした」

 

褒められた松長航空参謀は自信のある笑顔を見せた。

 

「後は対空兵装を充実させたいものです」

「そうだな。前回は陽炎型の対空能力を羨ましがっていたな」

「ええ。ニ水戦の様に練度で補うのでは無く、根本的に防空能力を強化した改装案を以前提出しましたが、如何だったでしょうか」

 

以前松長は睦月型の対空能力と対潜能力を大幅に上昇させる改二案を出して来たのである。

 

「悪くないが、大規模改装となると、それだけで数億円かかるからな。上が承認してくれるかどうか」

「睦月型は特型以降の駆逐艦と比べて見劣りがします。特定分野を伸ばすことで個性が出るものと思料します」

「そうだな。軍令部に出してみるが、実現したとしても時間がかかる。現状で出来る装備改装をメインにチューニングしたいところだ」

「ええ」

「ところで航空隊の方はどうだ」

「練度が上がっており、そろそろ実戦にも出せるレベルまで来ています」

「そうか。正式にはまだ通達していないが、あの航空隊をどこかの泊地に出そうと思っている」

 

松長は目を見開いた。

 

「本当ですか」

「うん。空軍や航空集団が常時直掩を出すのは限界もあるし、前回の遠征は連携の綻びを突かれて損害が出た。監視網の穴を埋めるために、あの航空隊を使おうと思う」

「なるほど」

「前線に出す訳じゃないし、零式水偵で空戦をさせるつもりもない。普通の偵察や潜水艦狩りなら良い訓練になるだろう」

「あくまでも訓練の一環という訳ですね」

「今のところは。だから、進出する場所や運用などの研究を始めてくれないか」

 

俺が研究を命じると、松長はニヤリと笑った。

 

「実は既に始めております。個人的なものに過ぎませんが」

「ほう。気が早いな」

「航空参謀として、あの航空隊を活かそうと考えておりまして」

「流石だな。俺もそのつもりで君を採用したんだ。今度の追加予算で第七艦隊の航空隊が増える話もあるし、よろしく頼む」

「はい。承知しました」

「長官、そろそろ戻りませんか」

 

寒そうにしている保科参謀長が口を挟んで来た。ふと周りを見ると、トラックに艤装が積まれ、各種装備も外されるところだった。

 

「そうだな。戻ろう」

 

名取に声を掛けようと振り向くと、黙って水平線を見つめていた。

何か見えるのかと、視線の方向を追ったが特に何もない。何かを見ている訳では無く、過去を思い出しているのだろうか。

 

「まだ海を見ていたいか」

 

突然声を掛けたので、驚かせてしまったようだ。少し飛び上がってこちらを振り向いた。

 

「いえ…。ただ、踏み出せばすぐに海へ出られそうな気がしましたが、体が動きませんでした」

「……」

 

憂いを帯びた横顔に掛ける言葉が見つからない。

 

「すみません」

「そうか。まあ無理するな。すぐに出さなければならない程戦力が逼迫している訳では…いやギリギリだが…、その内慣れるさ」

「ありがとうございます」

「さあ。寒いし帰ろう」

「はい」

 

浮ついている名取の手を引いて車に乗せた。

秋も深まり冬が近付いている。まだ16時だと言うのに日は沈み掛けていた。

いつもは幻想的で夕暮れは好きだが、今日は視界から振り払う様にに運転手へ合図を送り、港を後にした。

 

 

 

執務室に戻り、制帽を机に置くと、どっと疲れが出て来た。寒い中待つのは意外と堪える。やはり次からは控える様にしよう。

 

「お茶、淹れましょうか」

「ああ頼む」

 

名取は温かい緑茶を淹れてくれた。冷えた体にはありがたい。

お茶を飲んでいると、ノックと共に三日月が部屋に入って来た。

 

「駆逐艦三日月、帰還致しました」

「うむ。ご苦労だった。前回と比べると被害が出ず、安心したよ」

「はい。しかし、今回も敵潜とは遭遇しました」

「そのようだ。敵は潜水艦での浸透を考えているのかも知れないな。ともかく長旅ご苦労だった。ゆっくり休みなさい」

「ありがとうございます!それで…」

 

先程まではきはきと話していた三日月だが、俺の方を見て言い淀んだ。

 

「どうした?」

「み、三日月の席は…」

「席なら…」

 

席なら俺の横にあるではないかと振り向くと、名取が座っている。

迂闊であった。三日月がいない間、名取に貸していた事を忘れていた。

 

「あ、すみません。提督、私は別に…」

 

事情に気が付いた名取が慌てて席を立つ。

直立不動の姿勢のまま、俺の方を見た。

机の上には名取が飲んでいたカップや読み掛けの資料が広げられている。

どうやら艦隊を迎えに行く時に、片付けずにそのままにしていたようだ。機密情報となる資料を出しっ放しにしておくのはセキュリティ上良くない。席を立つ際は仕舞うのが事務の基本である。

いや、今はそんな事どうでも良い。思考が逃避へと向かおうとしている。

別にやましい事はしていない。貸していただけだと言えば収まるかも知れない。しかし、ここで単純に三日月と席を代われば済む話では無い事は三日月の顔を見れば察せる。

ショックを受けた顔をした三日月は俺の言葉を待っていた。何を期待しているかは分からないが、

名取も俺の反応を見ており、軽率な言葉は掛けられない。

そういえば名取と三日月は会うのが今日が初めてである。先程は直接言葉を交わすことが無かったため、紹介していないのである。

 

「あーそうだな。三日月がいない間、名取に席を使わせてあげていた」

「名取さん…ですか」

「さっき埠頭で出迎えたが、対面して会うのは初めてかも知れないな。彼女が軽巡名取だ。昨日着任したばかりで、慣れないことも多いだろう。フォローを頼むよ」

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

我ながら悪くない切り抜け方ではないか。

自分の席に知らない年上の人が座っていたら困惑するのは当然だ。丁寧に説明し、誤解を解いてやれば納得してくれるはずである。それにいきなり自己紹介を始める事で注目の対象は俺から紹介された方へ向く。

 

「名取は第五水雷戦隊旗艦だから三日月は名取の部下となるが、三日月は第七艦隊の旗艦でもある。ややこしいが、三日月の方が階級は上だ」

「いえそんな」

「だからこの机は三日月が座ってくれ。名取の席は持って来させる」

 

フロアにある机はただの事務机。俺は長官だからか、木目調の少し高そうな物が用意されているが、応接セットや秘書用の机は殺風景な事務机である。民間企業ならお金を掛ける所かも知れないが、そこはお役所である。

数人のスタッフによって運び込まれた机を並べ、ささやかな模様替えは完了した。

 

「さて、残りの仕事を片付けるかな」

「はい」

 

伸びをしながら席に戻る。三日月は遠征帰りだと言うのにはきはきと電話対応を始めた。名取は新しい机へ書類を移している。ファイルを持つ合間にポツリと呟いた。

 

「…上手く逃げ切りましたね」

「え?」

「い、いえ…」

 

独り言の様だが自分に向けて言われたものだろう。

さり気なく躱したつもりだったがバレていた。まあ三日月から誤解されなければ良い。

 

「司令官。参謀長からお電話です」

 

三日月が電話を取った電話は俺宛だったようだ。

 

「長官。参謀長の保科です。先程、軍令部より連絡がありまして、1週間後に軍令部へ出頭せよとの命令です」

「軍令部」

「何でも、長野軍令部総長直々の呼び出しとの事」

「マジか」

「処置に関する件でしょう。私も出席します」

「分かった。周りへの調整を早めてくれ」

「承知しました」

 

俺の処置。

正直、直接俺に非があった訳ではない。第七艦隊の護衛対象海域でも無いため、部下の失態でも無い。要は不幸な事故の責任を誰が取るかという話。政治は好きではないが、上に立つ者の宿命だ。しかし俺は、謂れの無い罪を被って損をすることを甘受する聖人ではない。道半ばで辞めたくないという気持ちがあるし、自分が育てた艦隊の行く末を今後も見守って行きたいという気持ちもある。政治から逃れるために前線の艦艇に乗艦して来たが、今は不思議と政治に打ち克つ闘志が湧いてきているのだ。その闘志を全うするため、各方面への根回しを進め、万全な状態で来週を迎えることを決意した。

 




秘書って良いですね。
仕事の補助やスケジュールを管理してくれる存在。私も一人欲しいです。

しかし、私の仕事は主体的に動かすものもありますが、会議の調整や先輩社員と仕事を分担したりします。あれ、私は秘書だった可能性が…!?

まあ事務仕事の一部を請け負うのが秘書なので、当然ですけども。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。