艦これ海上護衛戦   作:INtention

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今回は短めです。


第七話 本格始動

 

「今日より第七艦隊の業務が始まる。みんなよろしく頼む」

「は!」

 

司令部の全員が敬礼する。

月初めの今日から本格的に第七艦隊が始動する。

所属艦が1隻もいない艦隊だが、皆の士気は高い。

 

「プロジェククターを点けてくれ」

 

部下の操作で壁のスクリーンに西太平洋の地図が表示される。

そのいたる所に艦隊と商船団の位置を示すマーカーが付いている。

第一艦隊では巨大な液晶ディスプレイだったが、当艦隊にはそのような予算はない。

その代わりプロジェクターで代用した。多少表示が薄いが充分使えるだろう。

 

シンガポールから本土までの主要航路は、大型タンカーなどを擁する高速船団の「ヒ船団」、中小商船など、比較的低速な「ミ船団」が多くを占める。

船団には基本的に1個駆逐隊と1個護衛隊群が護衛に着く。

 

9駆 朝雲、山雲

11駆 吹雪、白雪、初雪、深雪

19駆 磯波、敷波、綾波

24駆 海風、江風

30駆 睦月、如月、弥生、望月

 

借りられたのは15隻だが、平常時は11隻だ。大規模攻勢時には30駆の4隻が増えるが、それ以外の時期には逆に使える駆逐艦が大幅に減る可能性がある。

"ヒ""ミ"船団だけではなく、オーストラリアから食料品や鉄鉱石を輸送する「テ船団」などもあり、いくら艦娘と言えど、正直11隻の護衛では足りない。

 

作戦に合わせて臨機応変に変える必要があるだろう。

やはり第三艦隊の駆逐隊も加えないと厳しい。

 

「1時間後にシンガポールからヒ36船団が出港します」

「護衛は」

「第13護衛隊群と第24駆逐隊です」

「艦娘は2隻か…」

「来週には大規模攻勢が控えており、船団の数が増発されたので致し方ありません」

 

作戦で船腹を動員するために内地へかき集めておこうと言う訳か。

 

「19駆より入電。高知沖にて川崎、名古屋、門司より船舶の集結を確認、ヒ35船団の航行を開始するとの事です」

 

別の部下が報告する。

 

「了解。速度はどれくらいだ」

「自動車運搬船がいるので18ノットです」

 

俺の質問に部下は資料をめくりながら答える。

 

「低速ですが客船がいないので問題ないでしょう」

「おい、貨物船だって無人ではないんだぞ。不謹慎な考えは止めないか」

「仰る通りです。失礼しました」

 

数で言えば貨物船は沈んだ時に失われる命は少ないかも知れないが、ゼロではない。経済的に見ても船舶を運行する貴重な人材を失う訳で、得になるものはなにもない。

いや、ヤツらは喜ぶかも知れないが。

 

そうしてる内に、地図の高知沖に"ヒ35"の文字とポインターが現れた。

GPSは機能していないので、時間と行先による予想だ。昼12時の定時連絡によって現在位置は更新される。

正確ではないが、少しでもリアルタイムに近づける工夫だ。

第七艦隊独自のシステムなので、他は分からないが、概ね同じようなものだろう。

本当ならもっと位置確認の頻度を上げたいが、全船舶に搭載しているのは開戦後に作られた急造の簡易システムなので、完全に自動とはなっておらず、人員の負担軽減のために一日一度となっている。

 

「問題は無さそうだな」

「はい。今のところは順調です」

 

参謀長の保科は落ち着いた表情で頷く。

 

「悪いが、俺は別件を片付けなければならない」

「インドネシアですか」

「そうだ」

「畏まりました。何かあれば報告します」

「頼む」

 

 

 

長官室に入り、ため息をつく。

司令部は人数こそ少ないが長官室程静かではない。

あまりにも静かだったので窓を開けた。

窓から環境音が入ってくる。前線で指揮を取っていた俺にとっては自然の音がある方が落ち着く。

 

ノックが響き、参謀飾緒を付けた士官が入って来た。

 

「黒島大佐ですね」

「外がお好きですか」

「えぇまあ。乗艦期間が長かったものですから」

「砲撃の音も、ですか」

 

意味深な事を聞いて来る。

 

「CICでは砲撃の音はほとんど聞こえないんですよね」

「そうだったか。滅多に砲撃演習はしなかったからな」

「CICに穴が空いた時は丸聞こえでしたよ。敵のでしたが」

「それはそれは」

 

嫌味っぽく言ったが、黒島はそれを知ってか知らずでか面白そうに笑みを漏らした。

何がおかしいのだろう。

 

「そんな歴戦の提督には申し訳ないが、今回の沈没()()は醜い責任論だ」

「でしょうね」

「護衛艦隊の失策をこちらに押し付けようとしている」

「具体的には私ですか?」

「そうだな。だが、彼らは過ちを冒した」

「過ち」

「艦隊司令部のスタッフは連合艦隊の通商護衛担当部署を知らなかったらしい。第七艦隊と知ると、その長官の責任としたのだ」

 

確かに電話を取った後、誰かも聞かずに責任をなすり付けて来たが、そういう事だったのか。

 

「護衛艦隊肝入りの君が提督と知らずにね」

 

黒島は楽しそうに笑う。

よく笑う人だ。

 

「上まで伝わり、通商護衛艦隊が君がの物と気がついた司令部は、途端に深海棲艦を野放しにしていた連合艦隊、特に第四艦隊が悪いと言い出したのだよ」

 

井上提督は寝耳に水だったろう。何せ来日の事自体を知らされていなかったのだから。

 

「一航艦の東雲なんて自衛艦隊司令部(船越)を空爆するとか仰っていましたな」

「えぇ…」

 

自衛艦隊は護衛艦隊だけでなく連合艦隊の上位機関でもある。逆恨み以下の何でもない。

 

「まあそれはともかく。少なくとも君の責任にはならないだろう。もちろん、あの時は準備期間であって護衛の管轄はこっちにあった訳だが」

「そうですね」

「しかし、形ばかりでもケジメを付けなくてはならない」

「ケジメ」

「明後日、海軍の定例会議があるのだが、君にも参加してもらう」

「分かりました」

 

黒島は資料を渡すと、部屋を出ていった。

その資料に目を落とすと、「インドネシア閣僚の来日中止及び同使節船沈没の件について」と書かれている。

 

明後日、確実に誰かの首が飛ぶ。それが親しい士官で無ければよいなと思った。

 

 

 

二日後、俺は司令部のスクリーン前にいた。

 

「シンガポールからシマ16船団が出港したとの連絡が入りました」

「護衛は」

「"グレゴリオ・デル・ピラール"級フリゲート2隻と第13護衛隊の"あさゆき"です」

「え、どこのフリゲートだ」

「フィリピン海軍です」

 

俺は慌ててファイルをめくる。

アメリカ沿岸警備隊のお古だ。

武装は76mm単装速射砲1門と機銃がいくつか。

日本の護衛艦にも搭載している三連装短魚雷発射は冷戦終結による経費削減で降ろされている。

その代わり、急遽旧式のヘッジホッグ対潜迫撃砲や片舷爆雷投射器を載せているらしい。

驚くべき事は、これらがフィリピン海軍の主力であり、旗艦だと言うことだ。

 

「なんだこれは。冷戦期の海自でももっとマシな装備だったぞ」

「冷戦期は後方で温々(ぬくぬく)とアメリカの傘の下で生きていた国ですから」

 

日中韓露と中規模以上の外洋海軍(ブルーウォーターネイビー)が日本周辺に多いので、それが当たり前のように思えるが、小型フリゲートやミサイル艇程度の沿岸海軍(ブラウンウォーターネイビー)がほとんどであるという事実を忘れていた。

彼らからすればそのほとんどを投入してまで守るべき船団なのである。

 

「こっちからは"あさゆき"か」

 

"あさゆき"は"はつゆき"型護衛艦の11番艦で、俺が乗艦していた"うみぎり"の一つ前、つまり海自最古参の護衛艦だ。練習艦に型落ちした艦もある程だが、この有事は退役を許さなかったようだ。

武装は"あさぎり"型とほぼ同じだが、幾分小型のため、システムが幾分古い。

 

「力不足だな。それで、艦娘は…」

「残念ながらその余裕はありません」

「だよなぁ」

 

借りたのは11隻。それで全部を賄える訳がない。護衛艦隊ご自慢の八八艦隊なら別だが、それすら完成していない現状、護衛艦1隻でも重要な戦力だ。

 

「どうにかならないものかな」

「第三艦隊は駄目だったんでしたっけ」

「交渉の余地はある」

「まだ希望が持てます…かね」

「うむ…」

 

もう大規模攻勢も関係なく暇な駆逐艦を引っ張って来ようか…。

そう考えていた時、入り口に下士官が現れた。

 

「長官!お迎えに上がりました」

 

「もうそんな時間か。保科、後は頼む」

「畏まりました」

 

俺は鞄を抱えて部屋を出た。

 




プロジェクターはともかく、一日一度の定時報告は大戦中に行われていた命令です。
GPSがない時代、船団の位置を把握するには便利だったかも知れませんね...

ちなみに「シマ16船団」はシンガポール~マニラ第16船団という意味です。"ヒ"などの名前が無い場合は出発地と到着地の頭文字を組み合わせています。
とは言え軍事輸送は"松"だったり、数字のみの時期もありますが。

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