真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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34:蜀/食休みにはご用心①

64/変わり始めた反応

 

 とある日、とある陽も高い昼の頃の中庭。

 昼食も済み、“ただ食休みするだけなのもな”と、許可を得てから弓を手にしての鍛錬。

 (やじり)を潰した矢を手に、弦を絞って放つ胴着姿の男が一人……俺です。

 たったそれだけの動作が、時として生き物を殺すものにもなるんだから凄いもんだ。

 

「うわっちゃ、また外した」

 

 狙った標的を、あっさり外しましたが。

 

「ん、と……姿勢正しく、力じゃなく姿勢で引き絞って……っと、右腕も大分調子がよくなったな」

 

 残念ながら指南役の黄忠さんは別の仕事でここには居ない。

 仕方も無しに独学と“少しの助言”とで、弓を引き絞っている。

 

「はぁ……今日というこの日まで、一度しか修行の話を出せなかった自分に呆れるよ」

 

 “俺に弓を教えてください!”って言って、すんなり教えてくれるのかといえば……どうなんだろう。一度は約束してもらえたものの、その日は愛紗が風邪を引いたことで流れてしまった。

 それから今日までこんな感じでずるずるとだ。

 祭さんからの最後の命令って理由もあるけど、それ以上に学べることは学びたいのが本音だ。けれど結局今日まで、仕事の手伝いや自分の鍛錬、桃香との鍛錬と続き……とどめの教師役で時間の悉くが潰れてしまった。

 何処でどんな陰謀が渦巻いているのかは謎で……って、言いがかりもいいところだろうけど、鍛錬の時間が取れる時に限って黄忠さんに用事があったり仕事があったりだ。

 そんな日が、こうしてようやく弓を手に取れるまで続いてしまった。

 

「思春、祭さんの弓術を身近で見てきた思春にお願いが……」

「姿勢の取り方なら教えただろう」

「うう……」

 

 それでも隣に誰かが居てくれるのはありがたいことで、今日は急な俺の我が儘に思春が付き合ってくれていた。“少しの助言”っていうのがつまり、思春の言葉だったりする。

 

「ん……」

 

 矢を番い、引き絞る。

 こうしてここで鍛錬できるのもあと何日になるのか。

 

(“あと何日”かぁ)

 

 学校のことが安定に向かうのなら、俺が蜀に留まる理由はそんなにあるわけじゃない。

 そもそもが“これから始める学校のことで相談に乗ってくれる人が居れば”って理由で、こうして蜀に来ているわけだ。

 学校が出来上がるまでに、随分と別のことをやっていた気がするのは……き、気にしないでおこう。

 ……あれ? 相談って意味なら、相談したいことがある内は……帰れない?

 

「はっ……ははっ、まさかなぁ、あはははは……」

「?」

 

 急に笑い出す俺を、思春が不思議な顔で睨んでいた。

 ……不思議な顔で睨まないでください。

 

「………」

 

 よし落ち着こう。

 雑念は払って、弓を引き、放つことに意識を向ける。

 

(腕に軽く氣を込めて……放つ!)

 

 手放した弦が引かれた分だけ戻り、その勢いの分だけ空を裂く。

 放たれた、鏃を潰された矢は真っ直ぐに飛……んでくれず、見当違いの方向へとぽーんと飛ぶと、ぼてりと落下した。

 

「………」

 

 いっそ、弓兵にでも教わろうかしら。

 そんなことを思い始めてしまうくらい、自分の腕に呆れた。

 

(集中が出来ればなんとかなる~なんて、調子のいいことを考えてた……)

 

 やっぱり大事だね、技術。

 いや、今までの鍛錬が順調すぎたのさ……俺なんて、天ではただの学生にすぎない小僧なんだから。

 

(丁度手元に矢が無くなったし、矢を拾ったら兵のところに行こう)

 

 矢が落ちた茂みへと足を運ばせ、茂みに突っ込むんじゃなく茂みに絡まるように突っ込んでいる、我ながら情けない飛び方をさせてしまった矢に手を伸ばした……その時。

 

「?」

 

 ガサリ、と矢が引っ張り込まれ、茂みに飲み込まれた。

 いや、引っ張り込まれたんじゃなくて滑り落ちたのかなぁと、茂みを掻き分けてみれば。

 

「………」

「………」

 

 目が合った。

 それは俺を見上げ、俺はソレを見下ろしていた。

 小さな体躯に、ぱっちりとした瞳が俺を見ていた。

 

「…………孟……獲? えと、こんなところで……その、何してるんだ?」

「……!」

 

 いやな予感が絶えず、茂みを掻き分けていた手を戻した……その瞬間、どういった習性なのか引っ込め始めた手へと「エサにゃーっ!」と叫んで飛びついてギャアーッ!?

 

「いだぁああだだだだだこらこらこらぁあっ!! 噛みつくな噛みつくなぁっ!!」

「! ……また(にぃ)にゃ……」

「噛み付かれて落胆されても困るんだけど!?」

 

 噛まれていた手が解放され、くっきりと歯形がついてしまったそれを見てがっくり気分。

 というかこの人型猫……猫型人間か? は、いったいここで何をしていたんだろう。

 

「~……はぁ、いちち……! それで、こんなところでどうしたんだ? もしかして寝てたりしたか?」

 

 だったら騒がしくしてしまって悪かった、と謝ろうとしたんだが、「いいにおいに釣られて来たにゃ!」……謝る気持ちがどっかへ飛んでしまった。

 もしかしたらで謝られても嬉しくはないだろうけどさ。むしろ今自分が悲しいよ。

 

(…………あ~……)

 

 貂蝉の話を信じるなら、俺からは動物が好む香りがしている……んだっけ?

 だから孟獲も俺を噛んだりする、と。

 自分で嗅いでみても、そんな匂いは全然なんだけどなぁ。

 

「しっかり目を合わせておきながら、エサと勘違いしないでくれ……お願いだから」

「ここに来てから狩りらしい狩りをしてないのにゃ……前に狩りをしたら怒られて、ずっとごぶさたにゃ……」

「狩り? 森でやるくらいなら、桃香も許してくれそうなのに───」

「街でしたにゃ」

 

 へぇそっか、街で……街───街ぃっ!?

 って、待て? もしかして以前、朱里が見せてくれた書物の……“某日、街中の食材が少女の軍勢に奪われ、大惨事に”っていうのは……。

 

「怒るよ! そりゃ怒るだろっ! そもそもそれって狩りとかじゃなく略奪だろっ!」

「怒られたからそれはもうしないにゃ! だから今はこうして、動いてるエサを───」

「いや死ぬから!! 狩られたら俺が死ぬから!!」

「平気にゃっ、みぃはただ狩りをしたいだけだから、兄は逃げてくれればいいのにゃ!」

「…………逃げ切れなかったら?」

「噛むにゃ」

「そういうこと、胸張って言わないで……お願いだから……」

 

 腰に手を当て、得意顔でそんなこと言われても嬉しくもなんともないよ。 

 

「それに今、弓の練習してるから狩りに付き合う時間は……って、その“兄”ってなに?」

「前にここで、桃香にお兄さんとか言われているのを聞いたにゃ。みぃはおまえの名前を知らないから、兄と呼ぶことにしたのにゃ!」

「いやいやいやいや自己紹介なら最初にしただろ!? 一刀! 北郷一刀! なっ!?」

「最初……───エサにゃ!」

「エッ……!? やっ、そりゃ最初って意味ではそうなるけど! あ、ちがっ、そっちの最初じゃなくてっ………あ、あー……うん……もう兄でいいです……」

 

 せめて人で居たいです。エサ扱いよりはマシだよな、きっと……。

 

「じゃあ早速逃げるにゃ! みぃはやさしいから、ここで少しだけ待っててあげるじょ!」

「待てっ! いつ狩りに付き合うことになったんだ!?」

「みぃがこの矢を拾ってからにゃっ。付き合ってくれないならこの矢は返さないのにゃ」

「えぇえっ!?」

 

 南蛮の王が! 南蛮の王のイメージが、街中を駆けるいたずら小僧のレベルまで下がっていく! ……でも可愛いから許してしまいそうになってしまう。

 …………おそる……と思春を見てみれば、“またあの男は……”って顔で、さっき立っていた場所から一歩も動かず睨んでいらっしゃった。

 素晴らしい聴覚だ。そりゃあ騒ぐみたいに喋ってるけどさ。

 

(……どのみち、兵だって自分の時間を大切にしたいだろうし)

 

 仕方ないのかもしれない。

 今度、時間の都合が合う時に……黄忠さんに教えてもらえばいいだろう。

 もちろん、きちんと独学での勉強もするつもりだし、落ち込んでいても仕方がない。それよりも困難に身を投じて、自身のレベルアップに励もう。

 

「よし、じゃあやるか。ルールは鬼ごっこと同じでいいか?」

「るーるってなににゃ?」

「っとと、ルールっていうのは決まり……規則みたいなものだよ。これはこうしなきゃいけないってやつ。孟獲が街で狩りをしちゃいけないっていうのと同じこと」

「むぅ、“るーる”は好きになれそうにないじょ……」

「たはは……まあ、みんな口ではそういうけどね」

 

 ルールに則る人と、反する人が居るから世の中上手く回ってるんだと思う。

 ずぅっと同じことばっかりやってても、新しい何かは見つけられないし……だからって反してばっかりだと軌道ってものを見失う。

 

「でもルールは決めような。ん~っと……わかりやすく言うと、相手を捕まえたら相手が狩人になって、捕まえた人が逃げるエサになる。当然エサになったら逃げなきゃ食べられるから全力で逃げて、捕まったら今度はエサが狩人になる」

「それじゃあ食べれないにゃ!」

「食べちゃだめでしょ! 食べられないよ!?」

 

 危なァァァッ!! ……あ、こほん。危なかった……! ルール決めなかったら食われていた……!?

 流石に本当に食ったりはしないだろうけど、確実に噛まれはしていただろう。

 そんなわけできちんとルールを話して、こくこくと熱心に頷く彼女と……

 

「思」

「やらん」

 

 思春を誘おうとしたら、物凄い速さで断られました。

 

……。

 

 結論から言おうか。狩りごっこは熾烈を極めた。

 

「うおぉおおおおおお、おっ!? うわっ、ちょ待いぁあっだぁああーっ!!」

 

 一直線に逃げる俺を、木や壁などを匠に利用し追い詰め、間合いに入ったら即飛びつき、……その、噛み付いてくる。

 鬼になったのだからと追いかけるんだが、これがまたすばしっこいのなんの。

 

「っ……そこだぁああっ! ───あらっ!? うわゎわわへばぶっ!!」

 

 全力で駆け、今ならいけると飛びついてみれば、あっさり避けられて木に激突する自分。

 これはいけないと心構えを変えて、孟獲の動きに一定の法則がないかを観察してみるも、

 

「は、はは……は……自由奔放すぎてわからない……」

 

 法則なんてなかった。

 来たら察知して避ける。ただそれだけなのだ。

 なもんだから捕まえられず、新たなルールを追加。(孟獲につまらないにゃと言われた)

 それは3分間捕まえられなかったら狩人交代というもので、まあそのー……そのルールを許可してしまったがために、散々と噛まれることになる。

 

「交代だ」

「うひぃっ!?」

 

 時間を数えてもらう役だけはやってくれた思春に、この場合は感謝を届けるべきなんだろうかなぁ……思春が「交代だ」と言うたびに背筋にぞくりと冷たいものが走り、

 

「エサにゃー! エサにゃああぁぁんっ!!」

「キャーッ!?」

 

 こちらへと向き直る孟獲を前に悲鳴を上げて逃げ出す俺が居た。

 

「けどっ……そう何度も捕まってばかりじゃないぞっ!」

 

 逃げている時に法則が無いのなら、狩りの時の法則を探す!

 そしてその成果は、孟獲は噛み付こうとする時は必ずとびついてくるということ!

 その瞬間を見極めれば、ぁあああだだだ駄目だぁああだだだだぁあーっ!?

 

「いたたたったたたた!? ちょ、ちょぉおっ!!」

 

 考え事に夢中になってて、飛びつかれたことに気づかなかった!

 せっかく法則がわかったのに意味ない! 全然意味ないよこれ!

 

「………」

 

 逃げる孟獲を五秒見送る。それがルールだ。

 で、五秒のうちに随分とお離れになられた彼女を追うと、もう細かいことは気にせずに彼女を捕まえることだけに集中することにした。

 そうだ、お行儀よく狩りをするヤツなんて居ない。

 法則なんてどうでもいい。木だろうが壁だろうが、利用してやろうじゃないか───!

 

「しぃっ!」

 

 地面を強く蹴り弾く。

 体は無駄に上に揺らさず、次に出す足が自分の体をより前に突き出すように、幾度も幾度も足を捌いてゆく。

 孟獲はもはや自分が捕まることはないって様子で、俺をからかう余裕すらある。

 その余裕の中にある、俺を目視しない隙を最大限に生かして距離を詰める。

 

「! 急に速くなったにゃ!」

 

 あ、気づかれた。気づかれるの早いって!

 ちょっ……これが野生の勘ってやつなのか!?

 いや、驚いてくれたなら動揺で動きが鈍る! 今はとにかく捕まえることだけ───!

 

「無駄だにゃ~っ♪ また木に登ってからかってやるにゃ~♪」

 

 孟獲が木に登る。

 その木へ足を伸ばし、走る勢いのままに駆け上がって手を伸ば───したが、ギリギリのところで逃げられた。

 

「お、おお~、今のはなかなか驚いたにゃっ、でもやっぱり勝つのはみぃなのにゃ」

 

 ……もちろん、一度捕まえられなかった程度で諦めるほど、諦めがいいほうじゃない。

 木を登る足をそのままに枝へと駆け上ると、既に別の木へと跳び移った孟獲を───こちらも跳んで追いかける!

 

「ふぎゃっ!? 真似するんじゃないにゃーっ!!」

 

 もういっそ、ここで彼女に野生の動きを習う気分で追いかけた。

 時には木を登り、時には壁を駆け、時には四足歩行で大地を駆け。

 道を外れて森を走り、山を登って雄叫びを上げ、山を下って川を泳ぎ(胴着だったから溺れるかと思った)、草原を走ったり茂みをくぐったり(この時点で結構渇いた)、中庭に戻って通路を駆けて、いよいよ追い詰められる───と、飛び込んだ先……が、その、風呂でして。

 その日俺は、丁度入っていた馬超さんと魏延さんによって、これでもかってくらいにボコボコにされたのでした。

 

……。

 

 ふしゅううううう……

 

「あの……はい……ほんと……すいません……」

 

 中庭の中心に座る男が一人。着替えはしたけど湯冷めするにはまだ早い上気した顔の二人に怒られていた。

 これが漫画とかだったら、絶対に“ふしゅううう”って擬音が鳴ってそうなくらい、ひどい地獄を見た。

 助かったといえば助かったことが一つだけ。

 二人とも丁度湯船に浸かっていたため、肩と顔しか見えなかったこと。

 しかしながら女性の入浴中に入ってしまったことは確かではあり、あとでたっぷりとボコボコにされました。……もちろん彼女らが上がり、きっちり着替えるまでの間、外で待っていたわけですが。

 説教をする場として中庭が選ばれたために、誰かが通ればちらちら見られるし、既に思春が溜め息とともに俺を見守っていたりする。

 見ないで……! こんな俺を見ないで……!

 

「かかかかか狩人ごっこだかなんだか知らないけど、そんなのに夢中になってるからって人が入ってるのに飛び込んでくるなんてっ! ななっ、なっななななに考えてんだよこのエロエロ大魔神!!」

「ごめんっ! 本当にごめんっ! でも本当に全然見てないし、すぐに外に出たしっ!」

「見たとかそういう問題じゃなくてっ! 入ってくること自体が問題なんだよっ!」

「そうですよねごめんなさい!!」

 

 例の如く正座な俺は、自分が犯してしまった罪をぐるぐると考えて、がっくりと項垂れていたわけだ。

 

(ああ……終わった……。比較的平穏(?)に過ごしてきた俺の人生が、狩りごっこに夢中になっていた……ただそれだけのことで全て……)

 

 どうなるんだろう。他国の将の湯浴みを覗いた罰は、どれほどの重罪なんだろうか。

 やっぱり打ち首獄門とか……?

 

「ああ華琳……たとえ次に会う時に首と胴体が離れていても、愛しているから……」

「首!? ぶぶ物騒なこと言うなよっ! 殺すなんてこと、するわけないだろっ!」

「え?」

 

 かつての日、雪蓮に祭さんのことを打ち明けようとした際、華琳に言ったことをもう一度口にすると、酷く慌てた様子で否定された。

 驚きにぽかんとしていると、「覗いたことへの罰ならもう散々殴ったし、二度としないようにこうして叱ってるんだから、それでいいんだよっ」と馬超さん。

 

「いや、だって……その気がなかったとはいえ、桃香の時でさえ愛紗に散々追われて死ぬ思いをしたし……てっきり俺、今度こそダメなのかと」

「当然だ。桃香さまのお美しい肢体を見ておいて、あれしきで済んだこと……桃香さまに死ぬまで感謝するんだな」

「うん、それはもちろんだけど……二人はいいのか?」

「……はぁ……いいよ。驚いたとはいえ、その……殴りすぎたし。あたしもあんたのその、えっと、みみみみ……見ちゃってるし…………ってななななに言わせんだよこのばかっ!」

「えぇっ!? そこで俺が怒られるの!?」

 

 もうどうしたらいいのか。

 けれど反省の心は消えない。

 同盟国の将の湯浴みを覗いてしまったなんて、ふりだしもいいところだ。

 不可抗力どころか、そもそもこの世界に戻ってこれるとも思ってなかったあの瞬間、桃香の着替えを覗いてしまったことで始まった二度目の三国での青春は、蜀国からの印象はマイナスでしかなかった。

 それを最近、“ようやくプラスに持っていけたかなー”って思い始めたところでこれだもんなぁ……もう自分の馬鹿さ加減に泣きたくなる。

 

「本来なら叩き潰してやりたいところだが、一度だけ見逃してやる。次はないと思え」

「………」

 

 それでも覗かれた恥ずかしさからか、顔を赤くしてそっぽを向く魏延さん。

 もし、以前に俺の着替えを覗かれてなかったら、俺の命はここで潰えていたのでしょうか。

 そう考えると、人生っていうのはつくづく何がプラスに働くのかわからない。

 そもそも追いかけっこに夢中にならなければ、こんなことにはならなかったわけだが……ってそうだ、孟獲は何処に行った?

 

「ありがとう。それと、本当にごめん。……ところで二人に訊きたいんだけど、孟獲が何処に行ったか、知らないかな」

「? いや、知らないけど。あんたより先に飛び込んできたのは見たけど……目で追うよりも先にあんたが飛び込んできたからな」

「うぐっ……ご、ごめん」

 

 謝ることしか出来ないね、うん。

 そうしてしゅんと項垂れていると、魏延さんが俺の腕を引っ張って無理矢理立ち上がらせて、「見逃してやると言っているんだから、いつまでも沈むな鬱陶しい」と言ってくる。

 そうは言ってくれるけど、許されてもこう、罪の意識っていうのは残るもので。

 だからこそ次はそうならないようにって気をつけられるんだろうけどさ。

 

「ん……うん、ありがとう。じゃあ───俺、弓の練習に戻るな」

「弓? 紫苑も一緒なのか?」

 

 口からこぼれた言葉に、馬超さんが首を傾げる。

 俺はそれに「ああいや」と返して、都合が合わずに教えてもらえていないことを話した。

 

「だから今、思春に付き合ってもらいながら弓の練習をね。そこに孟獲が来て、狩りがしたいって言い出してね……」

「断ればいいじゃないかよ」

「断ったら噛み付かれそうだったから。ほら」

 

 はい、と胴着の袖をまくってみせると、そこには無数の噛み痕が。

 それを見てしまっては、馬超さんも呆れるほかなかったようで、軽く目を逸らしながら溜め息を吐いていた。

 

「ワタシとしては、ワタシに向かってくる犬どもが貴様に向かうようになって、ありがたい限りだがな」

「……それって一応、お礼として受け取っていいのかな」

「皮肉も受け取れないのか、頭の薄い奴め」

「───……」

 

 いや……いい、いいんだけどね?

 ともかくもう一度、ごめんとありがとうを唱えると、立ち上がって思春のもとへと歩いていく。

 そこで弓を拾って矢を拾って……あれ? どうして矢が? と思春を見ると、どうにも先ほど孟獲が置いていったらしい。

 

「………」

 

 散々噛まれて、捕まえることも出来なくて、覗きをしてしまった上に正座と説教のコンボ……その報酬がこれか……。

 

(……空が青いや……)

 

 上向いてないと泣きそうでした。

 けどいつまでもそうしているわけにもいかないので、矢を番えて引き絞る。

 的はさっきまでと同様に太い木の中心。

 軽く印をつけてあるそこへと矢を放ち、当たればよし外れればがっくり。

 で、見事にあっさり外して見せた俺は、何処にも行かずにこちらを見ている馬超さんと魏延さんに気づく。

 

「? えと、まだなにかあった?」

 

 ハテ、と首を傾げながら言ってみるが……ハッ!? まさかやっぱり怒り足りないとか!?

 そんなことを思っていると、二人がどかどかと近づいてきて言葉を投げてくる。

 やれ姿勢が違うだの、そこはそうじゃないだの。

 いきなりのことで何がなんだかわからないんだが、どうやら弓のことを教えてくれているようで……

 

「え、と……こう?」

「違う。もっと姿勢を斜に、力強く構えろ」

「こう……かな」

 

 魏延さんに言われるがまま、大股で重心を下に、力強く弦を引き絞る。

 ……が、

 

「違う違う、もっと自然な姿勢でしなやかにやさしく構えるんだよ」

「えぇっ!? 斜で力強くて自然でしなやかってなに!?」

 

 馬超さんはまったく別の方向で教えてくれている。

 教えてくれているのは間違いないんだけど、二人とも何かが違う。

 こう……誰かを頭の中に思い描いて、その姿勢を教えてくれているようなんだけど、俺にはそのビジョンが全然浮かんでこないわけで。

 

「これが桔梗さまの構えだ」

「紫苑はいっつも静かに素早く構えるから、自然でしなやかのほうがいいに決まってるだろ」

「………」

 

 桔梗? 桔梗って……? 紫苑って……?

 …………あ、あー……そういえば黄忠さんと厳顔さんがお互いのことをそう呼んでいたような……。

 

「大体、桔梗は弓じゃなくて豪天砲だろ?」

「遠距離武器に隔てなどない。近接武器だろうと近づいて叩き潰すだけだ」

「なに言ってんだか。得物によって取る行動なんて変わってくるし、同じなんてことはないね」

「………」

「………」

 

 俺を挟んで睨み合う二人。

 あ……なんだか嫌な予感。

 

「あー……思春? 僕ら邪魔みたいだからあっちに助けてぇえーっ!!」

 

 そろりと逃げようとしたらあっさり捕まり、喋り途中だったのに思わず助けてとか叫んでしまった。

 思春は思春で暖かくもない目で俺のことを見守っています。助けてくれる状況は望めないようです。

 

「助けてなんて物騒なこと言うなよっ! あたしはただ教えてやろうと……!」

「理解ができたならさっさと弓を構えろ。時間が惜しいだろう」

(魏延さんがまるで思春のようだ……)

 

 でも教えてくれるのはありがたい。

 大変ありがたいんだけど───いや、諦めよう。逃げられない状況で何を言っても無駄なのだ。

 覚悟を決めよう、彼女らに教わるという、ただそれだけだけどとても大変な覚悟を。


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