可愛くない?
「比企谷くん、この書類にサインしてくれないかしら?」
ある日の事である。
八幡がいつもの様にマッ缶を片手に、そして全身には気怠げなオーラを纏いながら部室に行くと、雪乃にそんなことを言われた。
いつもは「俺はボッチで〜……」などと言ってるこの男だが、奉仕部の二人といろはなどの他数人は、八幡すら気がつかない心の奥底で友達だと認識しており、それなりに信頼を置いている。
その中でも特に雪乃には、特別な感情を抱いている。尤も、それが恋心なのか憧れなのかは分からないが。
しかしその雪乃の頼みとあっても、これは中々ハードルが高いものであった。
雪乃はこの書類と言ったが、封筒に入れられたそれは全く見る事が出来ず、何の書類なのか、いやそもそも本当に書類なのかすら分からない。ただ一部が切り取られており、そこに名前を書けという事だろう。
八幡の脳裏をよぎるのは、レイ・ペンパーあるいはウシジマくんである。どちらもロクな結果を迎えない。
「入部届はもう書いただろ」
「入部届ではないわ」
「なら何の書類だよ」
「それは貴方が気にすることではないわ」
向こうから頼んで来たのに、突っぱねる様なこの態度。八幡は少しムッとした。
しかしそれ以上に、気になる事があった。
雪ノ下雪乃が、あの嘘をつかない雪ノ下雪乃が何かを隠して八幡に頼みごとをしている。
こんな事はこれまで一度もなかった、由比ヶ浜との間でもなかっただろう。
「……ごめんなさい、比企谷くん。今の態度は流石に少し良くなかったわ。どうやら私も緊張しているようね」
雪乃の素直な謝罪に、八幡は少し面食らった。
八幡の知る雪乃は、とにかく負けず嫌いである。謝る、ということはつまり自分の非を認めること。それは雪乃が最も苦手としていることである。
「で、この書類は何なんだ?」
「そうね……」
八幡としては、別に謝罪して欲しい訳じゃ無い。
単純に書類が何なのか、それを答えて欲しいのだ。
雪乃はアゴに手を当てて目を瞑り、少し考え込んだ。
「そうね。まず一つ言えることは、この書類に署名したことで比企谷くんが損をすることはないということよ。むしろ、益になる事の方が多いわ」
自信を持ってそう言い切る。
八幡は別にマゾヒストでもなんでもない。なので利益があるのなら、喜んでそれを享受する。
しかし、しかしだ。
もし「この書類にサインしたら、絶対いい事ありますよ! 書類の詳細は見せられないですけど」と言われてサインする人間などいるのだろうか。由比ヶ浜ならあるいはサインするかもしれないが……少なくとも、八幡は違った。
「悪いが雪ノ下、その書類にサインは出来ない。少なくとも今のところはな。流石にちょっと、なんだ……怪しすぎる」
「……なるほど。比企谷くんはこの書類の安全性に疑問を抱いている、というわけね」
「まあそうだな」
「それなら、これでどうかしら?」
雪乃が取り出したのは、ハンコだった。
手に取ってみると、比企谷と書かれている。
「これウチの実印じゃねえか!」
「ええ、紛れもなく貴方の家の実印よ。勘違いしないでもらいたいのだけど、これは盗んだり強奪したものではないわ。貴方のご両親と小町さんにキチンと説明して、正式に預かったものよ。法律上でも、なんの問題もないわ。私が実印を押した場合、比企谷家の意思で押されたものと同等の効力を持つ……言ってる意味、分かるかしら?」
「国語三位舐めんなよ。そのくらいの読解力はある。ていうかなんだ、ウチの両親と小町は何考えてんだ?」
八幡にあまり愛情を注いでいないとはいえ、八幡の両親は成人した大人だ。雪乃が持ってきた書類に正当性が無かったら、流石に実印は渡さないだろう。
どんな書類かは見せる事が出来ない。
しかし、両親が実印を預ける程度には信頼度が置ける書類……八幡には、少しも検討がつかなかった。
「雪ノ下」
「何かしら、比企谷君」
「……お前は、お前はこの書類にサインして欲しいのか?」
「そうね。そうなる事を願ってるわ。多分、貴方が思ってるよりもずっと、その事を想ってる」
「……そうか。ホラ、貸せよ。サインしてやるから」
「いいの?」
「早くしねえと、気が変わるかもしれないぞ」
「それは大変ね。それじゃあ、よろしくお願いします」
雪乃は書類を渡した。
ものの数秒で、八幡は書類にサインした。
「なあ、もうサインしたんだし教えてくれよ。一体何の書類なんだ?」
「まだ秘密よ。明日になれば、嫌でも分かるわ」
「明日になったら、急に借金取りが来るとかねえよな?」
「ふふふ。そうね、それはないわ。ただ、誰か訪れて来るかもね」
雪乃は少し微笑むと、書類を大事そうにカバンにしまった。
「今日はもう部活は終わりよ。私はこの書類を市役所に出して来るから、鍵はお願い出来るかしら?」
「ああ。──ん、市役所?」
八幡が何かに気がついたとき、雪乃の姿はもうそこには無かった。
そして次の日、雪乃は学校にも、部活にも来なかった。
八幡は何かに引っかかりつつも、家に帰った。
メールアドレス、聞いておけば良かった。
自分らしくない。そう考えながらも、そう考えずには居られなかった。
ため息をつきながら、八幡は家の玄関を開けた。
「お帰りなさい、あなた」
──そこには雪乃がいた。
雪ノ下雪乃ではなく、比企谷雪乃がいた。
八幡が18歳未満なことには触れない様に。
後、描き切ってから思いました。
このネタ、静ちゃんの方が合ってたね。
でもね、私は思うわけです。
高校生なのに同級生と結婚してるって、凄くない? 凄く萌えるシュチュエーションじゃない? しかも同棲なんかしてたら、これはもう犯罪ですよ。
一方、静ちゃんと結婚してたらマジの方の法律違反だから。
まあ何が言いたいかというと、
八幡と同棲してるゆきのんのお話、誰か書いて。