二人がリバー・ウッドの村の門の前にたどり着いたのは、昼を過ぎ太陽が南中を過ぎてからであった。
川のほとりにあるこの村は、狩人や木こりが多く住んでいるようで、やはり木造建築が目立つ集落だった。
「やっとついたわね!」
「静かにしろと言っただろうが」
ノアが喜んでいると、エドアードはぶっきらぼうに言った。
「わ、わかってるわよ……」
しゅん、とするノアをよそに、エドアードは門の方へと向かっていく。
村に着く前、ノアはエドアードに、一つの言いつけをされていた。
『お前はエルフだから、必ず目立たないようにしろ。口を開くのも最低限にして、俺の名前も口にするな』
そう言って、エドアードはマントに付いたフードを目深く被って顔を隠した。
サルモールの追っ手を気にしてのことなのだろう。
……しかし自分は顔を丸出しなのに、エドアードがこれでは、むしろ目立ってしまうのでないだろうか?
フードを目深く被るエドアードは、見るからに不気味に見えるし、まるで自分の存在を知られることを忌避しているようだ。
ノアはそう訝しんでいたが、あまり深くは考えないことにして、エドアードの後に続く。
ーー
「止まれ。ここはリバー・ウッドの村だ。北に向かう旅人か?」
エドアードが門の前に立つと、衛兵に呼び止められる。
衛兵は、馬の紋章が描かれた盾と軽鎧を持ち、腰には剣を差していた。馬の紋章はホワイトランを象徴する。つまり、この衛兵達はホワイトランの街から派遣されてきた正規の衛兵ということになる。
エドアードは心の中で軽く舌打ちをつく。
……
おそらく、内戦で起きるであろう小競り合いや治安悪化に備え、ホワイトランの境に位置するこの村に人員が派遣されたのだろう。
「怪しい奴め……答えろ!何の目的で来た!」
そんなことを考えていると、衛兵は痺れを切らし、声を荒げた。
目深くフードを被った格好も裏目になった。
(……しょうがない、か。)
「ああ、すまない。ホワイトランに向かう旅の途中なんだ。長旅で疲れていてな、村の宿に一晩泊めてもらいたいんだ」
エドアードはフードを取ると、努めて明るい声を作って言った。
「……そんなエルフの子供を連れての旅か?」
と、そこでノアに目が行ったのか、衛兵は訝しげな目で見る。
「この子は巡礼者だ。シロディールのさる商家の令嬢でな。俺はこの子の家に仕える用心棒だ」
エドアードは、あらかじめ作っておいた言い訳を淀みなく告げる。
帝国がアルドメリ自治領と仲が悪いとはいえ、多様性のあるシロディールにはエルフの金持ちも多くいるので、そう大きな疑問も与えないだろう。
「……はい。
ノアもそれに合わせるように、しずしずとした所作で頭を下げる。かなり堂に行った演技で、ノアの可憐さはもちろん、巡礼服ではないものの貴族のように高そうなコートを着ていることや、そして皮肉にもサルモールの与えた教養が令嬢らしさに大きな説得力を与えた。
「ふ、ふむ……敬虔なお嬢さんだ。ただのエルフとは違うようだ」
ノアが機転を利かし、九大神と言ったのも良かったようだ。サルモールの人間ならば、口が裂けても九大神とは言わないだろう。それに工作員にそもそもこんなエルフの少女は使われない。
しかしこの機転といい、この前のドラウグルとの戦いといい、肝が座っているものだと、少し感心していると。
「よし、わかった。村へ入るのを許可する。この村には前々からポズマー(ウッドエルフ)が住んでいるらしいから、そう偏見もないだろう。たが、くれぐれも問題は起こすなよ?」
衛兵が村への入場許可をくれた。
エドアード達は、少しホッとしながら門をくぐる。が──
「……ふ、俺にはわかっているぞ」
「──!」
そこで、衛兵がエドアードを呼び止めるように言った。
ノアはそれに気がつかず、先に行ってしまう。
ぴくりと、腕が背の大剣に伸びかける。しかし力づくは得策ではないと思い直した。サルモールと帝国を敵に回した以上、ホワイトランの衛兵を切れば本当にスカイリムに居場所がなくなる。
(まさか、ここまで手が回されていたのか?ホワイトランがサルモールを受け入れたなどという話は聞かなかったが……こうなったら、もう村の連中に話をつけて貰うしか──……いや)
そこで、エドアードの心に、スッと冷たいものが流れた気がした。
──ノアなど捨てて、一人で引き返してしまえばいいのではないか?
頭の中に、ふと、そんな考えがよぎった。
まだ名は名乗っていない。顔を見られたのも余所者の衛兵だけだ。ここで踵を返せば、ノアを置いていけば、自分には大した追っ手もかからないのではないか、と。
そもそも、助けてやっただけで十分だろう?何故自分がここまでやってやらねばならないのだ。
どうせあの子は死ぬ。野垂れ死ぬ。このスカイリムで、天涯孤独のエルフの少女が生きていけるわけがない。そうならなくとも、あの美しい容姿が物乞いになることさえ許さない。好きモノの慰み者や娼婦に身を落とすのが良いところだろう。
それに、ここに自分は来たくはなかったのだ。
未だ何も成していない。それなのに、
だから、唐突にこんな、冷徹な思いに支配されかけているのだろうか。
(…………いや、違うな)
そこで、エドアードは心の中で、少し自嘲するように笑う。
自分は、単に辛いだけなのだ。
身勝手に飛び出したこの場所が、省みなかったものを突きつけてくるようで、常に非難してくるようで。
さっさと離れたい、本当にその一心なのだ。
「ふふ、まあそう固くなるな」
と、そこで衛兵が、馴れ馴れしげにエドアードの肩にもたれかかって来たところで、埒のあかぬ思考の世界から現実へと引き戻される。
門番の衛兵は、人の良さそうな顔で、唇を釣り上げ笑っていた。
「よくある話だ。巡礼者とその従者を装っての逃亡なんてのはなあ」
やはりそうか。
どこからどう読み取ったのか、それともサルモールが何らかの手を回したのか、この衛兵は自分達の事情を知っているのだ。
こうなれば、やはり強行突破しかあるまい。一応、義理だけは果たしてやろう。極力殺さぬようにすれば、何とかなるだろう。
そう思って、今度こそ剣に手を掛けようとしたのだが──
「ふふ、商家の令嬢と従者が、手に手を取っての逃避行か。エルフとノルドでも、男と女ということかね?」
「……」
「ん?ああ、安心しろ。イスミールの髭にかけて、追っ手が来ても突っぱねて追い返してやろう。まあ、その武具を見れば、苦労もあったようだからな」
……どうやら、この衛兵は妄想力が逞しいタイプの輩であったらしい。
エドアードは、途端に力抜けるような、バカバカしい気持ちになる。
「……いや、そうじゃ──」
「しかしまあ、綺麗に育ちそうなのはわかるが、いくら何でももう少し待ってからにするべきじゃなかったのか?2、3年もしたら、きっとディベラも嫉妬するような美女に──……いや、そうか、そうだな。待てない事情があったんだな?そうなんだな?」
「だから、少し話を──」
「いや、みなまで言うな!言わなくていい!いいんだ!まあ、頑張れよ!」
そうして、ポンポンっと肩を叩いて指を立てると、衛兵はエドアードを通した。
「……」
門を通されたエドアードは、暫くそこで立ち尽くしていた。
エドアードが付いてこないことに気がついたノアも、何をしてるんだというふうにこちらを見ていた。
……別に、悪い勘違いではなかった。
これで、追っ手に関しては、かなり心配がなくなったのだから。
あの衛兵も、性質の良い人間なのだろう。エドアード達は助けられたのだ。
しかし、エドアードは物凄く納得の出来ない思いに苛まれていた。
そして、変な噂が広まる前に、絶対にこの村を出て行こうと決意したのであった。
自らの名誉のために。
ーー
二人は寄り道することなく、まっすぐ宿屋「スリーピング・ジャイアント」にやって来ていた。
「エルフが、ここに何の用かしら?」
宿に入るなり、いきなりだった。
宿の女主人らしき人物が、二人を見るなり言ったのだ。
女主人は、だいたい50歳程度だろうか。金髪を前髪ごとキツく後ろに縛って、如何にも気難しそうな顔をしていた。
「デルフィン、宿屋の主人が旅人に吐く第一声ではないだろう?」
「オーグナー、余所者を把握するのは私の仕事よ」
カウンターの方から、オーグナーと呼ばれる店番らしき男性がやってきて諌めたが、女主人──デルフィンは、キツい口調で返した。
ノアは内心ムッとしたが、先ほどのようにしずしずとした態度で、エドアードと打ち合わせた演技をする。
「九大神への巡礼の旅で、スカイリムにやってきました。どうか一晩泊めていただけませんか?」
「……ふうん、サルモールのエルフ共とは違うってことね」
すると、デルフィンの目から少し険が消えた。いや、なぜかノアにはホッとしたようにも見えた。エルフというだけで、そこまで警戒されるものなのだろうか。
しかしやはり、スカイリムの地でタロスへの敬意を示すのは特別な意味があるのだろう。
いや、エルフであるノアがそうすることに意味があるのか。
ノアは施された教育のおかげで、タロスがどういった存在か知らない訳ではなかった。
数百年前にも存在したというアルドメリ自治領を打倒し、征服した皇帝こそがタロスなのだ。
エルフ──特にアルトマーにとって彼は忸怩たる存在なのだろう。
しかし、ノアにはタロスを讃えてみせることなど全く抵抗はない。
むしろノアにとっては母と引き離したアルドメリとサルモールこそが憎くてしょうがない。奴らに捕まっていた頃は、タロス=タイバー・セプティムの名が出るたび、奴らが顔をしかめていたのが面白かったくらいだ。
ーー
「ここがあなた達の部屋よ。くれぐれも、騒ぎは起こさないことね」
デルフィンは二人を部屋に案内すると、さっさと扉を閉めて行ってしまった。
「感じの悪い人ね。悪い人ってわけじゃなさそうだけど……」
「……あんな奴、いなかったんだがな」
「え?どういう意味?」
「何でもない。明日は夜明け前には動き始めるから、今のうちにさっさと寝てろ」
そうぶっきらぼうに言って、エドアードは椅子に座ると、武具を外して手入れを始める。ノアはその言い様に、少し頬を膨らませる。
「でも、ノルドの男の人って、いっつもお酒飲んでるのね!エドも飲んできたら!?」
先ほどデルフィン達と話している横では、酒臭い酔っ払いたちが騒いでいて、吟遊詩人らしき男の下手な歌に野次を飛ばしていた。
思えばヘルゲンも酔っ払いだらけだった。
「……あれ?」
と、そこでノアはあることに気がつく。
「こ、この部屋、ベッドが一つしかないの⁉︎」
この部屋、結構広いのだが、ダブルサイズのベッドが一つあるだけだ。
ノアは顔を真っ赤にして叫んだ。
「おい」
エドアードは、いい加減黙れとでも言うようにノアを見る。
「だ、だって……」
エドアードはこの村に来てから気が立っているのか、また口を開こうとしたノアを睨みつける。
ノアはまたしゅんとして黙ってしまう。
キツく言い過ぎたのか、ノアはベッドの淵に腰掛けて、すっかり沈んだ様子になる。部屋の中には重苦しい雰囲気が横たわる。
やがてそれに耐えかねたように、エドアードがチッと舌打ちをついて言った。
「ベッドはお前が使えばいい。俺はここで寝る」
「でも、そうしたらエドが……」
ノアは気が咎めたように言うが、エドアードは大剣を手に取ると、それを眺めながら言った。
「いや、今夜は忙しくなるかもしれないからな。だから、お前も早めに寝てろ」
「それって、どういう……?」
ノアは首をかしげて言ったが、エドアードは再び剣を壁に立てかけると、腕を組んで目を瞑ってしまった。
(……いっつも、こんな感じ。ぶっきらぼうなんてものじゃないわ)
ノアはため息をついて、言う通りにさっさと寝支度にかかることにした。