エルフと復讐者の旅   作:月野鹿之助

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第1話「北の街」

 

「もう行っちまうのかい?」

 

 ブルーマの街のとある宿屋。

 

「もう少しゆっくりしてったらどうだい? 冬の山を越えるには体力がいるぞ?」

 

 宿の主人に誰かが引き止められていた。

 

「少しくらい飯に色をつけてやっても良い」

 

「……長居はする主義じゃない」

 

 大柄な男はドアに手をかけたまま、ぶっきらぼうに返答した。

 

 男は短く刈り込んだ黒髪に、この国では少し珍しい鳶色の目をしていた。羽織っている外套の上からでも、その肉体がよく鍛えられていることがわかる。また外套の隙間から鋼鉄と黒檀鉱の重鎧が鈍い光沢を見せていた。暗色中心の装いとその大柄な身体は、まるで大熊のような異質な威圧感を放っている。

 

 さらに外套の下には短剣に小弓にと、ジャラジャラと武器がぶら下がっているようだが、中でも一際目を引くのはその背に背負う身の丈程もある大剣だ。分厚く長大なそれはおおよそ凡百な者では持ち上げることも叶わぬだろう。

 

 男を見て、主人は思った。

 こんな装備で男は一体何と戦おうというのだろう? これではまるで一人で砦にでも殴り込もうという様なものだ、と。

 

 若い戦士が見栄を張って身の程に合わぬ物を装備していることは良くある話だが、この男が持つ武具のどれにも細かい傷や錆があり、それを否定している。

 

 これらの過剰ともいえる装備は、男の黒髪に外套という容貌とも相まり、見る者に少々不気味ささえも感じさせた。

 

「そうか、今はこんな時代だ。あんたにどうか、九大……おっと、八大神のご加護がありますように」

 

 しかし、この宿の主人はこの大熊の様な男に気前良く接した。

 

 なぜならブルーマはスカイリムにほど近く、「ノルド」が多い街だからだ。

 

「ノルド」とは、男の目的地でもあるスカイリム地方の大多数を占める人種だ。

 彼らは屈強な戦士を好む傾向が非常に強く、また彼ら自身も誇り高き戦士の種族だ。

 

 そんな彼らからすれば男のような物騒なナリの人間もある程度好意的に写るのだろうか。この街の人間は比較的この男に対し友好的であるのだ。

 

「名を聞いておいて良いかい? あんたはそのうち名を上げそうだ」

 

 宿の主人の問いに、男は一瞬黙り込み。

 

「エドアード……俺の名は、エドアードだ」

 

 またぶっきらぼうに一言だけ答える。

 

 そして男は、

 エドアードは扉を開き外へと出って行った。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 宿屋を後にしたエドアードは、街を出るため東門へ向かう。

 

「……だいぶ冷えてきたな」

 

 ハーッと息を吐くと、白銀の煙となって、やがて再び空気に溶けていった。

 

 この街はジェラール山脈中腹に位置しており、極北の地スカイリム地方への入り口でもある。北方かつ標高も高いおかげか一年中雪が降る豪雪地だ。

 

 いくら最も厳しい寒さの時季を過ぎたとはいえ、ここよりももっと寒いスカイリムを目指すエドアードの装備は些か物足りなく見えた。

 なけなしのような外套と鎧に付いた最低限の凍傷避けの符呪、それくらいだ。

 

 しかし、これで問題は無いのだ。

 エドアードもまた、「ノルド」であるのだから。

 

 寒冷地スカイリムで生きるノルドは、寒さに対して大きな耐性を持つのだ。スカイリムに行けば雪の中を半袖半ズボンで駆け回るノルドの子供も珍しくはない。暫く南方を旅していたノルドのエドアードにとっては、この程度の寒さならば寧ろ心地よいくらいだろう。ノルドが多いこの街も周りをよく見ればエドアードの様に気候に不釣り合いな装いの者も多い。

 

 他の種族にも触れておくと、人間種には他にインペリアル、レッドガード、ブレトンなどの人種がいて(ここでは説明を省くが……)、ノルドが寒さに強い様に、彼らもまたそれぞれの特性をもっている。

 

 そして亜人種と呼ばれる種族もいて

 猫の様なカジート、爬虫類の様な顔や身体のアルゴニアン、魔法に長けたエルフ(マー)など多く存在している。彼ら亜人種も人間種の様に更に多くの種族に枝別れしており、それぞれがまた別の種族的特性をもつのだ。

 

 

 エドアードが広場の脇を通り抜けて東門に向かっていると、何やら喧騒を耳にする。

 

「──ッ! ──ッ!!」

 

 大きな声で話している男は、特徴的な黒いローブ、切れ目に尖った耳……エルフ。中でもあの淡黄色の肌はアルトマー種(ハイエルフ)だろう。魔法に長けたエルフの中でも、更に魔法に長けた種族だ。

 

 どうやら大きな馬車を引いたエルフの集団と、青い顔をした僧侶の様な男が揉めているようだ。

 

 エルフと僧侶という組み合わせで、おおよそ何を揉めているのかは見当がついた。

 

「貴様、先程『九大神』などと言ったな? 我々の知る限り、神々は八大神である筈なのだが? んん?」

 

 広場に近づくと、エルフがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら僧侶に詰問していた。

 

「ここは昔、あの忌まわしき邪神の教会であったらしいな。しかしおかしいな? 帝国は先の大戦での協定で、その信仰を悔い改めたと思っていたのだが?」

 

「ぐ……」

 

 ……先の大戦、協定。

 おそらくは『白金協定』

 

『白金協定』とは、26年前に終結した『大戦』の和平協定だ。

 

『大戦』とは、エルフの集団──特に南方のサマーセット諸島に多く住むエルフ人種『アルトマー』──を中心に組織された『アルドメリ自治領』と、大陸の大部分を支配する人間達の『帝国』との間で起きた大戦争である。

 

 両者の多大な損耗の末に、帝国で信仰されている九大神の中の一柱タロス神の信仰を禁じる協定が結ばれ、九大神が八大神になり和睦が成立した。

 

(タロス神とは、またの名をタイバー・セプティムと呼ばれる人物が神格化された神である。

 タイバーはタムリエルの全人種全種族を征服、統一し、現在の帝国の基礎を築いた人物である。その征服された種族の中にはもちろんエルフ達も含まれており、それ故に彼らはタイバー・セプティム=タロスを憎むのである。

 実際にはこの協定にはその他多くの経緯と思惑があるのだが、ここでは割愛する)

 

 戦争はその後にも爪痕を多く残し、エドアードがこれから向かう予定のスカイリム地方などではタロス信仰の禁止に反発した反乱が起きており、現在国を真っ二つにする内戦中である。その他の地域も帝国を離脱するなどした。

 

 しかし、あの大きな犠牲を払った戦いの終結も、また次なる戦いまでの束の間の休息でしかないのだろう。

 

 まさに「終わりなき季節」。

 

 結局、アルドメリは帝国を、帝国はアルドメリを滅ぼすまで争いを止めることはないのだ。

 

 そして今、この広場でエルフ──アルトマー達に青い顔で詰問されている僧侶は、この広場の教会、古くはタロス教会であった場所の関係者なのだろう。

 

 ジッと見ていると、直ぐそばで様子を伺っていた男が近寄ってくる。

 

「……あの坊さん、アルトマーの連中が広場に馬車の乗り入れをしてることに抗議したみたいなんだ」

 

 頼んでもいないのに男は事情を話し始める。エドアードは別に興味もなかったが耳だけは傾ける。

 

「でも不味いことに、ここは『九大神』の見守る教会の広場って口を滑らせちまったんだよ。あそこは前はタロス教会だったからな。

 あれ、たぶんサルモールの司法高官だぜ。助太刀してやりたいんだが……アレに連れて行かれたら終わりだ」

 

 男は何かを期待する様な目でエドアードを見るが、気づかない振りをする。

 

『サルモール』──アルドメリ自治領の統治機構とも言える組織だ。

 その中でも司法高官と呼ばれる黒衣の高官達。彼らにタロス信仰を疑われるのは非常に不味いことである。協定により彼らには帝国内でも大きな権限が与えられており、タロス崇拝者を協定違反者として「連行」することができるのだ。

 ……そして、連行されて帰ってきたものは誰もいないとも言われている。

 

 帝国も協定を盾にされると異を唱えることなどできないため、それを良いことにサルモールはやりたい放題というのも民衆の帝国への不満に繋がっている。

 

 しかし、何故こんなところにサルモールの高官がいるのか? 

 

 エドアードは広場に停まる馬車に視線を向ける。

 

 見た目は地味だが、かなりしっかりとした造りのものだ。見た所この高官が乗ってきたというより護衛してきたという風だ。高官直々に小隊を指揮して護衛するとなると、かなりの重要人物が乗っているのかもしれない。

 しかし、そんな高位の人物がこんな僻地に? という疑問もまた生まれるのだが。

 

「な、なぁ、あんた……」

 

 男は何か口にしようとするが、

 

「じゃあな」

 

 それだけ言って、踵を返して門へと歩き出す。

 

「お、おい」

 

 好奇心も刺激されたが……まぁ自分には関係のないことだ。あの僧侶も可哀想だが生きては帰れまい。でもそんなことは自分の知ったことではないのだ。さっさと町を出よう。

 

 そんなことを考えながら、エドアードは人だかりから離れようとする。すると。

 

『やめなさい』

 

 馬車の中から声が響いた。

 

『あなた達、こんなところで油を売っている暇は無いはずでしょう?』

 

 女──いや、少女だろうか? 

 その声には幼さの残った様な響きがあった。

 

「……しかし、この者は邪教徒であると思われますが」

 

『もう一度言うわ。こんなところで油を売っていて良いのかしら? 目立つなと卿に言われたのではないの?』

 

 そう言われアルトマーは僧侶を一瞥し、チッと小さく舌打ちをして馬車の方へ戻って行く。僧侶は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

 広場には安堵の空気が広がる。

 

 何故サルモールの高官が少女などを護ってこんな僻地に来ているのか。やはり多少興味はあった。しかし、こんなところで油を売っている暇はない。

 また面倒事が起きる前に、エドアードは町を離れることにした。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 馬車に揺られ、目を覚ましあたりを見回す。

 

 この馬車の中は外見からは想像がつかない程の見事な飾り付けがなされており、フカフカのソファにマジックアイテムによる空調も効いていて何の不自由もない、まるで王侯貴族の乗る様な馬車だ。

 

 しかし、それと不満が無いかということは全くの別問題である。

 

 ここは牢獄なのだ。

 

 申し訳程度に取り付けられた小窓は、外の寒さのせいか曇ってしまってよく見えない。

 

 窓の曇りを取って、今日も少女は外の世界を眺める。その瞳に儚い期待と、憧れと、そして諦めの色を宿し。

 

 

 エルフの少女は山の向こうを、ただ遠くを見ていた。

 

 




※補足なので、読まなくても良い後書きです。
白金大戦の簡単な概要です。物語には大して関係はありません

( 『大戦』とは、当時帝都の存在するシロディールを中心としてスカイリムなど諸地方を支配する「帝国」と、南方のサマーセット諸島、ヴァレンウッド、エルスウェアの3地方を支配する通称「アルドメリ自治領」との戦争である。
 アルドメリ自治領が、帝国領ハンマーフェル地方の割譲と、タロス、またの名をタイバー・セプティムという神への信仰の禁止を要求したことに端を発した。

 その結果は、両者の多大なる損耗の末に帝国が当初の要求をそのまま呑む形で和平を提案したことにより終結を見た。 その和平の際に帝国の呑んだエルフ達の要求、両国に結ばれた協定が「白金協定」と呼ばれている。

 しかしこの白金協定はタムリエルの帝国諸侯に激震を走らせた。

 帝国は一度はエルフ達に帝都さえも占領される憂き目にあっている。
 そこで帝国の為に尽力して反攻をしたのが、強くタロスを崇拝するスカイリムのノルド、そして割譲を要求されたハンマーフェルの民レッドガード達なのだ。彼らは自らの自由と帝国の為、多くの血を流し遂には帝都さえも奪還せしめた。

 当然ながらそんな彼らからしてみれば、帝国が結局要求を呑んで自分たちを見捨てたなどとは到底受け入れられる筈はなかった。
 そして帝国は要求を受け入れないハンマーフェルとその民を放棄するという暴挙に出る。それによりハンマーフェルは帝国を離脱、独立を宣言し、単独でアルドメリ自治領と相対する道を選ばざるを得なくなった。その後、なんとか独力でアルドメリ自治領を撃退することに成功したハンマーフェルだが、やはり帝国への遺恨は深いものとなった。

 スカイリムは要求を呑み帝国に踏みとどまったものの、結局は帝国派と独立派とで国論を真っ二つにし、遂に今年から内戦へと突入したのだ。)

大戦前の勢力図
【挿絵表示】


大戦後の勢力図
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赤 帝国
黄 アルドメリ自治領
他 独立国、反乱勢力
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