※再投稿しました。
ジェラール山脈ペイル峠を越えた先、そこには重く雪を被った針葉樹の銀世界が広がっていた。
スカイリム地方南端、ファルクリース地域が見えてきたのだ。ここの先にある関所を越えればスカイリム地方だ。
「通行税はレマン銀貨3枚になります」
関所に着いたエドアードは、通行税として銀貨を3枚請求される。
現在帝国ではセプティム金貨、レマン銀貨、アレッシア銅貨の三種の通貨が主に流通している。相対価値は25アレッシア銅が1レマン銀、10レマン銀が1セプティム金というふうだ。
なおスカイリムは内戦中で、銀の一大産出地であるリーチ地方の混乱などによって、常にこの相場に当てはまるとも言えないのだが。
エドアードはレマン銀貨を3枚、皮袋から取り出して兵士に手渡す。
これは決して安くはない出費だ。
スカイリムの一般人にとって、狩猟などを収入に入れても平均年収は多くとも25セプティム金貨(実際に庶民が金貨を扱うことは殆どないのだが)、日給に換算するとだいたい23〜25アレッシア銅程度だろう。
銀貨1枚が銅貨25枚であるからして、つまり今支払った通行税はだいたい一般市民の3日の稼ぎに等しい。
関所の通行税は荷物価格のおおよそ1%だ。武具以外に殆ど荷物のないエドアードだが、鎧や武器類などの装備は税の対象となる。
レマン銀貨3枚が徴収されたということは、関所はエドアードの装備一式を金貨30枚分もの価値と判断したということになる。
エドアードは今までの旅の途上で、傭兵や用心棒のほか、古代の遺跡や洞窟の探索など冒険者の真似事の様なこともしてきた。その際に見つけた物品や古代の秘宝を換金してきた。
危険も伴う分の実入りはかなり期待できたので、エドアードは一般市民からすればかなり金を持っている部類であり、武具には惜しまず金を注ぎ込んできたのである。
ただ決して余裕があるわけでもない。
スカイリムの街に着けばまた何かしら金を稼ぐ必要は出てくるだろう。
スカイリムには古代ノルドの遺跡などが各地に点在しており、数回も探索すれば当面の資金は手に入るだろう。それに内戦中のスカイリムでは傭兵や用心棒としての仕事にも困らなさそうだ。出稼ぎに来たわけでもないのだが、働き口が多いに越したことはないだろう。
そんなことを考えつつ、エドアードは関所の門を通り抜け、スゥッと一呼吸する。
「ハァー……」
再び、銀色の息が空に溶けていく。
「帰ってきたな……」
ここを飛び出した時のことを思い出し、苦々しく思うと同時に懐かしくも感じる。
やはり、ここが自分の故郷なのだ。
少しだけ感慨に耽りながらも、エドアードは最寄りの大きな街である『ヘルゲン』へと向かうため山を降りて行く。
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スカイリムは基本的にいくつ地域に別れており、それぞれが首都をもっている。
内戦帝国軍本拠地、スカイリム全体の首都でもあるソリチュードの街を擁するハーフィンガル地方。
内戦独立派、通称ストームクロークの本拠地であり、古都ウィンドヘルム擁するイーストマーチ地方。
そして、スカイリム地方中心部に位置しており、軍事的商業的要衝でありながら内戦においては中立の立場に立つ都市ホワイトランを擁するホワイトラン地方。
等々、他にも6つの地域に別れているが、スカイリムの現状を語るのに、ここで全てを語る必要もないだろう。
これらの都市にはそれぞれ首長と呼ばれる地域の長が住んでおり、(内戦中の現在は事実上空席であるが)その首長達の中で選ばれた者が上級王としてスカイリムを帝国から委任統治するのだ。
そしてここ『ヘルゲン』は、ファルクリース地方東部のジェラール山脈の麓の街だ。厚い城壁に囲まれ商人の往来も盛んであり、地方首都を差し置いてファルクリース地方で最も発展している都市といえる。
何故これ程発展したのかというと、それはやはり地政学的要因にある。
エドアードがそうである様に、ヘルゲンはシロディールからスカイリムに訪れた者が、おそらくは最初に訪れる街だろう。また北はホワイトラン、東は商業盛んなリフト、西は銀産出地のリーチと重要な地勢を占めている。
それ故シロディールとスカイリムの交易の重要拠点であり、同時に軍事的価値も大きく、それがこの街の城壁を更に厚いものとし、また人を呼び込んだのだ。
エドアードが街の中に入ると、駐屯している帝国の兵士達と傭兵で溢れかえっていた。それを目当てにした商人達の出店の活気で、内戦中だというのに寧ろ街は嘗て無い程の好景気の只中にあった。
(内戦中だってのに。人間てのはゲンキンなもんだな)
一服する為に酒場に寄ったエドアードであったが、この喧騒では全く休むことなどできない。気性の荒い荒くれ者達が真昼間から飲んで歌って騒いでいる様を見ていると、つくづく帰ってきてしまったという実感に襲われる。
「どうだね? 当店自慢のジュニパーベリーの蜂蜜酒は?」
蜂蜜酒をチビチビと啜っていると、男が寄ってきた。
「あんたは?」
名を尋ねる。
「俺はヴィロット、この酒場の主人だ」
ノルド特有の金髪に人の良さそうな垂れ目が特徴的な男だ。
「これはここでしか飲めない一品だ。わざわざこれを飲みにヘルゲンまで来る奴もいるもんさ」
チラリとジョッキに目を向ける。
少し燻んだ黄金色の蜂蜜酒の中に、確かにジュニパーベリーの甘みとスパイシーさを感じる。
「……確かに悪くないな」
無愛想に答えると、ヴィロットはうんうんと嬉しそうに頷く。
「そうだろう! これはなんたって──」
「それで俺に何の用なんだ?」
長い自慢話が始まりそうだったので、エドアードは先に釘を刺しておく。
わざわざこの混雑の中から自分を選んで話しかけてきたのだ。おそらく何らかの用件があるのだろう。エドアードはそう考えていた。
「おお、そうだったそうだった」
ヴィロットはニヤリと笑う。
「あんた中々な装備(ナリ)をしてるようだがな。なんだ、あんたもシロディールからこの内戦で一儲けしに来た口かい?」
……そういうことか。
酒場は旅人にとって重要な情報の収集源である。故に旅人達にとって良い酒場とは、ただ飯と酒が美味いだけではダメなのだ。
付近や地域の情勢からタムリエル大陸全体のことまで、より詳しく知る為の情報源としての役割が期待されるのである。また酒場の店主というのはそういった役割からか顔が広く、首長が街の戦士達にモンスターや山賊達の討伐などを依頼する際には戦士達と首長達地方政府の窓口となることも多々ある。
おそらくはこのヴィロットも、傭兵然としたエドアードから何か話を聞いておこうと思ったのだろう。
ちょうどいい。エドアードはそう思った。自分も今のスカイリムを詳しく知る必要があったのだ。
「いや、俺はこんなナリだが別に傭兵ってわけじゃあない」
「なんだそうだったのか、俺はてっきり……」
「つい最近南方から帰ってきたばかりでな。里帰りみたいなもんだ」
ヴィロットは一瞬落胆した様にも見えたが、エドアードが珍しい南方へ行って帰ってきた旅人と聞いて、案の定食いついてくる。
「そうか! 南方から帰ってきた同胞だったとは! このご時世、傭兵でもないのにスカイリムに帰ってくるなんて珍しい!
しかし、その南方やらの話を聞かせて貰えると助かるね! アルドメリ自治領のせいで、最近は南方からの旅人はあんまり来ないんだよ」
エドアードは数年前まで主にシロディール南方を旅していた。時には、アルドメリ自治領の属領であるエルスウェアやヴァレンウッド、帝国から離脱したハンマーフェル地方にも訪れていたこともある。さすがにサマーセット諸島は無いが。
ヴィロットも言う様に、今のアルドメリ自治領やその周辺に立ち寄る者は先の大戦の影響で非常に少ない。
「スカイリムは久しぶりなんでな。内戦関係の話を詳しく聞かせて貰えると、こちらも助かる」
「よし来た! 飯にイロつけとくよ!」
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現在、スカイリムの民は独立派の反乱軍と帝国派の帝国軍に別れて内戦中である。
独立派の指導者はウルフリック・ストームクロークという男だ。
(反乱軍がストームクローク軍というのはこの男の名を冠しているのだろうか)
タロス信仰を唱えるこの男がスカイリムを統治する上級王トリグを殺したことが契機となって内戦は始まった。
何でも、この時この男は「声の力」(シャウト)と呼ばれる伝説的な魔法で上級王を八つ裂きにしたと言われているらしい。何とも眉唾な話であるが……。
そして、現在ストームクロークはウィンドヘルムを本拠地として、イーストマーチ、リフト、ペイル東部、飛び地でリーチ南部を占領している。
変わって帝国派。
帝国軍の指導者は帝国から派遣されてきた、帝国軍第8軍団将軍であるテュリウスという男だ。
帝国軍は本拠地ソリチュード擁すハーフィンガル地方を筆頭に、ハイヤルマーチ、ペイル西部、ウィンターホールド、リーチ北部、さらに飛び地でファルクリースを占領している。
なお、スカイリム中央のホワイトランは危ういながらも唯一の中立の立場にあるらしい。
戦況は、ついこの間にペイル西部を奪取した帝国軍が有利とのことである。
しかし、雪の降る季節ということや、中央のホワイトラン平原が不可侵の中立地帯であるせいで大軍を展開しにくい状況にあり、互いに決定打を欠いていて現在半ば膠着状態にあるらしい。
雪解けしてきた時にどう動くか、そしてホワイトランなどの中立勢力を如何に取り込むかということが今後の戦況を大きく左右することになるだろうとのことだ。
赤色 帝国
青色 ストームクローク
黄色 中立
エドアードが内戦について知っていた情報と、ヴィロットにより今知った情報を併せて整理するとこんなところだろうか。
膠着状態とはいえ散発的な小競り合いは各地起こっているらしく、出来るだけ巻き込まれないように用心しなければならないだろう。
そして内戦以外にもいくつかの懸念事項がある。
それはアルドメリ自治領統治機構──『サルモール』だ。
帝国支配下の各都市では彼らエルフの部隊が自由に出入りしており、タロス信者狩りどころか気に入らない民間人までも連行することがあるようだ。
関わらなければそう心配ないだろうが、念のためこちらにも気をつけた方がいいだろう。
彼らと敵対すると非常に厄介なことになる。それはブルーマの街でも見てきたことだ。
「よし」
明日早朝には出発する予定だ。蜂蜜酒も程々にして、そろそろ宿屋へ向かうことにしよう。
エドアードはそう考えて、割安な代金を支払って酒場を後にしようとする。
「ああ、そうそう!」
だが、そこでヴィロットのオヤジが何かを思い出したように声をあげた。そして周りを伺いながら、耳打ちをする様に小声で話し始める。
「言い忘れてたんだがね……
最近ここらで出るらしいんだよ」
「……出る?」
「ああ、スカイリム中をあちこち旅してる奴がこの前話してたんだよ。
……『亡霊の戦士』が出るって」
エドアードは唐突に、凍りついたようにピタリと動きを止めた。
「あんたも聞いたことがないか?
むかーしむかしから、人を襲ってるっていう黒い鎧と大剣のバケモノ」
「……」
「各地でたまーに目撃例があったらしいんだが、最近スカイリムでも見た奴が大勢いるって噂さ。
何でも南方の山賊砦で100人皆殺しにしただとか煙みたいに消えちまうだとか、とても信じられないような話ばかりでどうにも──ん? どうしたんだ?」
固まったままのエドアードに、ヴィロットは声をかける。
「おい……? 何だ、肝でも冷やしたのか?」
すると、静かにゆっくりと、彼は口を開いた。
「……ああ、知っている。知っているとも。俺は、そいつを知っている。
だから俺はここに、スカイリムに帰ってきたんだ」
ジョッキを握りしめられたジョッキが、ミシリ、と音を立てた。