十数人の武装小隊に護られた1台の馬車が、雪の残るガタガタとした山道を物ともせずに進んでいた。
馬車は外見こそ地味無難ではあるが、それはそのままこの馬車の価値を示してはいない。車体も車輪も最新式の物で、その他のどの部品もが細かな魔術符呪による補強、防護措置が施されている。それを選び抜かれた寒さに強いスカイリム産良馬数頭に引かせているのだ。そこいらの馬車とはとても比べ物にならない、例えどんな悪路でも進むことができる代物だろう。
しかし、一体どうしてそんな大変な馬車を、こんな地味な見た目に仕上げているのかというと……やはり、できる限り目立ちたくないからなのだろう。
「なんたってこんな辺境にまで駆り出されなきゃならないんだ……」
サルモール独特の兵装に身を包んだアルトマーの兵士が上官へ愚痴る様に言った。
「おい、あまり無駄口を叩くな。司法高官殿に聞こえるぞ」
「……だってそうでしょう? こんな大層な馬車を護衛するってんだからシロディール行きかと思えば、気づけばこんなところまで来て」
諌めた上官は、御者の横で踏ん反り返るように座る司法高官に聞こえてはいないかチラリと伺う。……どうやら問題ないようだ。
「まぁ確かにな。貴人を秘密裏に移送する時にはこんな馬車が使われることがあると聞くが、内戦中のスカイリムへってのもおかしなものだ」
兵士達の疑問はそこだった。
任務内容は馬車の護衛。これは良くあることだ。しかし、彼らは護衛する人物のことを全く聞かされていないのである。しかも自分達の見ているところでは、その人物は外に出てきさえしない。全ての世話はあの高慢ちきな司法高官と隊長が直々に行っている徹底ぶりだ。たまに聞こえる声音やたまにチラと見える姿から、少女であることだけがわかっているが、それはまた謎に拍車をかけるだけだった。司法高官や隊長に尋ねたところで、
「お前たちが知る必要はない」
その一点張りである。
護衛の数は少なめではあるが、秘密裏の移送と考えれば最大限というくらいの数ではあるだろう。(質で言えばほぼ全員アルトマーの
目立ちたくないが対象の安全は必ず確保したい。そんな絶妙な思惑が見え隠れする。
しかしそれでいて運んでいる先は内戦中にあるスカイリムというのだ。
最初は軍人とも考えたが少女であろうということがそれを否定する。だいたいただの軍人ならばこうも徹底した扱いにもならないだろうし、どんな人物かさえ知らされないということもないはずだ。
ではいったいどんな人物を、どんな目的があって運んでいるのだろうか? ……それはやはり自分達の知るべきことではないのだろう。
隊長や司法高官の態度からして、これは極秘任務の一環であることは間違いない。詳細を知ってしまうと、いくらサルモールの一員とはいえ自分達もマズイことになる可能性がある。
サルモールという集団は秘密の維持の為ならば、平気で『そういったこと』をやるだろう。そしておそらくこの任務の失敗もまたそれと同じ様な道を辿ることを意味するのかもしれない。
……深く考えずに黙々と終わらせよう。そして早く暖かいサマーセットに帰りたい。
兵士達がそんなことを考えているうちにスカイリムとの国境関所が見えてきた。
関所の衛兵達が馬車に駆け寄ってくる。
「……馬車の中を点検をしてよろしいでしょうか?」
衛兵達の声や視線から若干硬いものを感じる。それに対応するこちら側もそうだ。
空気が物々しいような雰囲気を帯び、ピリピリとした緊張が生まれる。
これも仕方がないことだ。
『大戦』は終結したとはいえ、実質ただの長めの休戦だということを互いにわかっているのだ。遠くない未来にまた殺し合いをすることになる。お互いに敵だという認識がこの様な空気を作り出すのだろう。
「特別手形だ。早く通していただこうか?」
司法高官が高圧な態度で紙切れを一枚手渡す。
自分たちにさえこの任務内容は秘匿されているのだ。当然、帝国側の兵士達に馬車を調べさせる筈もない。根回しが既に済ませてあるのはあたりまえのことだろう。
「……申し訳ありませんでした。それではお通り下さい」
ピリピリとした空気の中、一行はゆっくりと関所を通り抜ける。関所から少し離れたあたりで、心なしか兵士達が、ふーっ、と息を吐いたにように聞こえた。
とにかく、スカイリムに着いたのだ。
自分達の任務は大使館に到着するまでの護衛だ。長めの任務だったので、この後に少しは休暇を貰えるだろう。そう思えば、彼らも自然と足が軽くなるというものだった。
そうして関所から暫く下り、そろそろヘルゲンに着こうという時だった。
「うん?」
兵士の1人が、何やら声を上げる。
「どうしたんだ?」
「いや、何か物音がした気がするんだ」
周囲の者が耳を澄ましてみるが何も聞こえはしない。
「……気のせいじゃないか? スカイリムは鹿やら熊やら野生動物が多いしそれだろう」
ガサガサ……
……いや、違う。
今度は大きな音で、森の奥から木を擦るような音が聞こえてくる。
「おい、なんなんだこの音?」
ガサッガサガサッ! ガサガサガサ!!
だんだんと音が大きくなってくる。
明らかに、こちらに何かが近づいてきている。
「各員、警戒態勢!!」
隊長が声を張り上げると、小隊は瞬時に警戒態勢に入る。
皆、身体を硬くする。
熊か狼ならば良いのだが、熊や狼は、こんな明らかで異様な殺気(……)を発さない。
…………ザザッ!!
そして、熊でも狼でもない『何か』が──姿を現した。
──ー
ヘルゲンを後にしたエドアードは、次は西のファルクリースの街を経由して北に向かいホワイトラン地方を目指すつもりでいた。
(西にある森を抜けて行けばファルクリースの街に着くはずだ)
酒場のヴィロットによると、西ホワイトラン地方への入り口の一つであるサンダーストーン渓谷周辺では定期的に帝国兵とストームクローク兵の小競り合いが起きているらしい。
それでも基本的に大規模な戦闘が起こることはないので、通り抜けられないということはないらしい。
そこからエドアードはホワイトランに入れるだろうと考えていた。
……実はここから真っ直ぐと北上すれば、簡単にホワイトランへ着くのだが。だが、エドアードはわざと西に大回りするルートを取ることにしていた。
何故ならまっすぐホワイトランを目指すと、着くまでには必ず通り抜けねばならない場所があるからだ。そこを通り抜けるのが少し気が向かないのだ。
エドアードは北の方角を、懐かしさと少し複雑な感慨に耽りながら眺めていた。
────
エルフの少女はフカフカのソファには座らず床に座り込んでいた。長旅のせいかそれとも他の理由か、美しい金髪は些か艶を失っている。
少女はふと、ほんの少し昔を思い出す。
世話係につけられた侍女がいた。外に出ることは疎か、娯楽さえも許されぬ身の自分を哀れに思ったのか何冊か本を持ってきてくれたことがあった。勇ましい冒険譚や女性の好みそうなロマンスものが多かった。
大牢獄から脱出する盗賊達の物語。
大海原を船で駆ける海賊達の物語。
……囚われのお姫様を救い出しに現れる、勇者の物語。
自分にもいつかそんな冒険をする時が来るのではないか。そんな淡い期待を抱いてしまうくらいには熱中してしまった。
次、また次と侍女に頼み物語を持って来てもらった。侍女もそんな自分の様子を見て、満足気にしてくれていた。
……しかし、しばらくしてその侍女は姿を見せなくなった。
次に用意された侍女は話しかけると怯えた様な顔で目を伏せるだけであった。
少女は自分を哀れんでくれた侍女が、その後どうなったのかは知り得なかった。知りたくなかった。
自分はこのまま一生「奴ら」の言いなりに、思い通りに生きていくしかない。そんな半ば確信めいた諦念は少女を深く絶望させていた。
運命が決まっているのなら、いっそ舌でも噛んでみた方が手っ取り早くて良いのではないか、油断するとそんな思いに心が傾きそうになるほどに。
ズズンッ!!
その時だった。何かがぶつかる様な音と共に馬車が急ブレーキした。
「キャッ!」
その強い衝撃に少女は壁へ打ち付けられる。
何があったのだろう? 事故でも起こしたのか。
そう思っていると、何やら外から悲鳴のようなものが聞こえてくる。
少女はまた、小さな窓から外を覗く。
────
何なんだ。これは、一体何なんだ。
人の形をした何かがちぎれ、吹き飛び、宙を舞う光景を兵士たちは半ば呆然として見ていた。
話は数分、いや、数十秒前に遡る。
森から飛び出してきた「何か」は、隊列のど真ん中に降り立った。その「何か」は、黒い霧の様に揺らいでいたが、じきに焦点が合ったように黒い甲冑に像を結んでいった。
「ルォオオオオオオ!!」
「亡霊」は雄叫びをあげる様に叫ぶと、背に背負った大剣に手を掛けた。
「抜かせるな!」
小隊長の声が響いた。
この任務に選ばれた兵士たちは、これでも先の大戦を生き抜いた強者ばかりだ。急な事態に陥ったとしても、そう冷静さを欠くものではない。
「馬車を守れ!!」
兵士達は冷静に黒い甲冑の戦士を囲みこみ、一斉に襲いかかった。隙のない槍衾だ。
殺った。誰もがそう思った。だが。
次の瞬間、兵士達、いや。
「兵士達だったモノ」が、宙を舞っていた。
その「中身」が、バシャバシャと音を立てて地に落ちた。白い雪の上に赤が飛び散った。
「……は?」
ポツンと、間抜けな声が響く。
何が起きたのか誰も理解できなかった。
誰も身動き一つ取らなかった。
ただ一人動いている黒い甲冑の戦士が、グルンッ! と血糊を振り払うように巨大な大剣を薙ぎはらうと、凄まじい剣風と共に血飛沫が舞った。
「ルォォオオオオ!!」
亡霊の獣の様な叫びが再び森に響く。
────
宙を舞った兵士がこちらに飛んでくる。
ドォン!
そのまま激突し、馬車を大きく揺らす。
「キャッ!」
小さく悲鳴をあげてしまう。
少女が再び外を覗き込むと、また一人、兵士が襲い掛かられているところだった。兵士は巨大な大剣の一撃を剣で防ぐが、剣は根元からポッキリ折れてそのまま宙を飛ぶ。
ベシャッ! と、兵士が馬車の前に落ちてきた。大剣が硬い鎧を貫通したのか、身体の半分は千切れてしまって手足はあらぬ方向を向いていた。
「……うっ、ぷ」
(怖い)
もはや虐殺とも言える場面を目の当たりにして、恐怖と吐き気が込み上げ、身体がガクガクと震え始める。
キィ……
「ッ────!」
小さな物音に、ビクッと震えて慌てて振り向く。
なんと、扉が開いていた。
先程の衝撃で鍵が外れたのだろうか?
司法高官も兵士達も大混乱で気がつく様子はない。
逃げるなら、
外に出るなら、今しかない。
恐怖に震える少女の頭の中に、そんな囁きが聞こえた。
今ならば──今ならば、本当に逃げられるかもしれない。
少女はドアに手を掛ける。
……しかし、手を引くことができない。
手が動いてくれない。
(外は……外ではこんなことが起こるんだ)
扉の向こうへと意識を向けると、また兵士達の断末魔が聞こえてくる。
こんな世界に飛び出して行く勇気など自分にあるのか。
それに、外に出たところで一体どうするというのだろう? 逃げ切れたとして頼れる者もいない。見知らぬ土地に身体一つで。
そんな考えが、少女を逡巡させた。
しかし、本を、少女が憧れた数々の物語を想う。
冒険譚の船乗り、盗賊、勇者、囚われのお姫様だって、ただ待っているだけの者はいなかった。
いつも自分で何か行動を起こしていたではないか。
冒険譚の様に上手く行くわけはない、わかっている。
しかし、ここで何もしなければ、ただ無意味に生きて、そして死ぬだけだ。
「そんなの、絶対に嫌」
目の前の運命の糸を掴みとるのは、誰でもない。自分自身だ。
運命を変えたければ、行動するしかないのだ。
少女は馬車の中の調度品に装飾されたものや、今までにこっそりくすねてきた高そうな小物類、宝石の入った小袋をできるだけひっつかんで薄い服のポケットに詰める。
ドアに手を掛け、一度だけ深呼吸をする。
そして少女は自らの意志で、外への一歩を踏み出す。
────
兵士は必死の形相で槍を突き出す……が、亡霊の戦士はそれを容易く掴みとる。
いくら引っ張っても万力の様な力で、ピクリとも動かせない。
そして、亡霊の戦士が槍をグンッと引き寄せる。
「ひっ.!」
亡霊の戦士はそのまま剣を突き立てると、兵士は腹から串刺しにされるように剣に突き刺さった。
そしてそのまま掲げるように剣を持ち上げた。
「ああああああああ!!」
まだ息のある兵士の絶叫が響き渡る。
亡霊の戦士は鬱陶しそうに掲げた剣を一振りする。
串刺しになった兵士はそのまま吹っ飛んで、他の兵士たちの方へ転がっていった。
串刺しになっていた兵士は腕と足を不自然な方向に曲げて、ビクンビクンと痙攣していた。
「ヒ……ヒィィィ!!」
誰かが悲鳴を挙げる。
兵士の一人が逃亡を図ろうとする。
甲冑の戦士はそれを一瞥すると、ガバァと振りかぶって、掴んだままの槍を投げつけた。
槍は逃亡する兵士の頭の吹き飛ばし、兵士は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「あ、ああ……」
最早、士気を保つことは不可能であった。
しかしそれでも逃げる者が1人しかいないのは、彼らの兵士としての矜持か義務感か。……それとも、無駄なことだと悟ったのか。
しかし、『亡霊』に慈悲はない。
また次々と兵士達に襲いかかり、そして紙切れの様に吹き飛ばしていった。
たまに襲い掛かられる仲間に援護の魔法を飛ばす者もいたが、鎧に魔法が施されているのか弾かれるようにたち消えてしまい全く意に介すことは無い。
「何をしている! やれ! 早く囲んで殺せ!!」
司法高官が悲鳴をあげるように叫ぶ。
しかし、もう全員足が竦んで隊の形を成してはいない。
亡霊の戦士は、ゆっくりと次の獲物へ向けて歩きだす。
兵士たちには、次の獲物が自分でないことを只々祈るしかなかった。だが、
「ググ……」
そこで、唐突に亡霊の戦士は動きを止めた。
急に落ち着きをなくし始める。
「グルォォオオオオオ!!!!」
空気を震わせる様な咆哮をあげ、今度こそ兵士たちの方へ走り出す。
半ば諦めと絶望を顔に貼り付けた兵士たちへと、凄まじい速度で距離をつめる。
そして……兵士達の目前で、再びピタリと動きを止めた。
「へ……?」
身構えていた兵士たちが、間抜けな声をあげる。
亡霊の戦士はブルブルと震え始めた。
そして次の瞬間には、スゥ──ーッと、実体を失うように消えてしまった。
「はっ……?」
またも兵士達の間抜けな声が響く。
「た、助かった……のか?」
辺りにあるのは木々の擦れる音と、静寂ばかりだ。
亡霊の戦士の気配は、もう何処にも、影も形もない。
「行ってくれた」
全員の顔に、安堵の色が見て取れた。
その言葉で緊張が解け、生き残った兵士たちはその場に腰を抜かした様にへたり込んだ。
乾いた様に笑う者、殺戮を思い出し吐き出す者、放心した様に動かない者。様々だった。
……しかし。その中で二名だけが、明らかに様子が異なった。
小隊長は青い顔で、司法高官は紅潮した顔で、馬車の前に立っていた。
もぬけの殻となった馬車の前で。
兵士たちは嫌な予感を感じつつ、上官達に視線を向ける。
「娘を探せ!!」
静まり返った森に怒声が響いた。