広場を埋め尽くす出店、ガヤガヤと行き交う商人、買い物をする兵士達。
ヘルゲンの街は相変わらずの好景気に包まれていた。
「わぁ……」
初めて生で見る活気に、ノアは思わず感嘆の声を上げてしまう。
ノアはスカイリムへの旅程で幾つかの都市に立ち寄りはしていたものの、基本的に外を出歩くことなど出来ず、小さな窓から眺めることしかできなかった。そんなノアにとっては、行き交う人々、出店、売り物、その全てが興味の対象なのだ。
森を抜けた二人は簡単に傷の処置を済ませて、一度ヘルゲンへと戻ってきていた。
しかし街への興味は別にして、ノアとしてはサルモールのことが気になるので、さっさとこの辺りから離れた方が良いように感じていたのだが……
「こっちに来い」
エドアードの無愛想な声が飛ぶ。
この通り、さっきから無愛想に幾つか言葉を発する程度で何を聞いてもあまり反応を返してはくれない。しょうがなく、大人しくエドアードの後を付いて歩く。
そんなこんなでしばらく歩いていると、道行く者達の視線が自分に集まっていることにノアは気がつく。
「ね、ねぇ.」
自分は何か変なのか?
ノアにとって街を歩くというのは初めてのことだ。こうも注目されると流石に気にしてしまうし、何か無作法をしてしまったのかと不安になる。
「まずはその格好を何とかする」
「あっ」
……忘れていた。
ノアは改めて自分の格好を見てみる。
そういえば薄い服を一枚を見に纏うのみだった。
確かにノルドでもないのにこんなふうなスカイリムの気候を無視した様な格好では目立つだろう。
思い出したように寒さを感じ始める。さっさと服の一枚でも着なければ凍えてしまいそうだ。
……しかし、それにしたって、ここまでジロジロと人を見るのは失礼ではないだろうか? とも不満を覚えるのだが。
あまりに視線を集めるので、やっぱりノアには気になってしょうがなかった。
しかしここで一つ補足しておくと、この時ノアが集めていたのは、ただその格好への奇異の視線のみではない。
エルフは白金戦争以来、スカイリムではあまり歓迎されないだとか、諸々の理由もあるのだが、何よりその容姿故である。
白く柔らかそうな肌に薄く朱のさした頬。ぷっくりとした可愛らしい唇。人形の様に整った小さな輪郭。少し先がカールした流れる様な金髪。そして大きく吸い込まれる様な青い瞳。
まだ幼さを残した華奢な蕾ではあるが、それは逆に将来に咲き誇るさらなる大輪の華を夢見させる。
そう、ノアは美しい。非常に美しいのだ。
エルフが歓迎されぬスカイリムに於いても、男達が無視できぬ程に、女達は嫉妬もできぬほどに。
そんな見目麗しい少女が、乱れた薄着でゴツい戦士に連れ回されているのだから、目立つことこの上ない。
「お人形さんみたい」
「でもあれエルフだぞ?」
「寒くないのかしら?」
「あの男、エルフとはいえ、まさかあんな子供を……」
なんだかヒソヒソとした話し声が聞こえてくるが、ノアにはよく聞き取れない。
傷の痛みのせいかそれとも羞恥のせいか、ノアは顔が熱くなってきた気がした。
さっさと先を歩いて行ってしまうエドアードを慌てて追いかけた。
────
エドアードは服を買える店を探し歩いていた。
彼も善人でないとて鬼畜ではない。
一度助けておいて、そのままポイと放り出すつもりもなかったし、少女を薄布1枚で連れ回すわけにいかないことくらいもわかっている。
エドアードがチラリとノアを見ると、恥ずかしそうに身を小さくしているものの、それでも周りの店などに興味深々といった感じだ。あの様子だと、おそらくは今まであまり自由のある身分ではなかったのだろう。
しかし、グズグズと露店などに寄ってやっている暇は無い。
年相応に目を光らせるノアにお構いなしに、エドアードはさっさと人混みを通り抜けていく。そして一件の店の前で足を止めた。
レディアント装具店。
ソリチュードに本拠を構え、スカイリムでも中央の流行を抑えていて女性人気の高い服屋だという。ヘルゲンの好景気に乗じて進出してきたのだろうか。ソリチュードとヘルゲンはスカイリムの北端と南端だというのに。その商魂にエドアードは感心する。
「らっしゃーい……」
しかし、店に入ると気だるそうな男の店員が、気だるそうな声でエドアードたちを出迎えた。何ともやる気がなさ気だ。他に従業員は見当たらないし、この店の主なのだろうか。
店主と思われる男はエドアードを一瞥するなり、また更に気だるそうになった。
「傭兵の方ですか、それとも帝国の兵士の方ですか、でもこちらには鎧なんてありゃしませんよ。もちろん剣もね」
男は死んだ目をしていた。
「ああ……もう嫌だ。ここのところ毎日こんな客ばかりだ。売れるのはオッさんの下着の替えくらい……あねさん達はとっととソリチュードに引き上げちまうし……」
更に、ボソボソと愚痴をこぼす。
好景気に色気を出して出店してみたものの、アテが外れてしまったのだろう。今のヘルゲンは賑わってはいるものの、その大半は内戦への参加を目的とした傭兵、駐屯する帝国兵によるものだ。男臭い戦士とそれ用の商人の集まる街で、オシャレな服を買い求める物好きなどそういるはずがない。商魂先走った的外れな出店計画だったというところだろうか。
とはいえ、実は店自体はそれなりに繁盛しているのはしているのだが。来るのは日用品の安物下着を買いに来る戦士や住人ばかりで、高価な服やコートなんて少しも売れやしないというだけで。
しかし店主も服屋の端くれ。美意識は高い。大量のおっさんに大量のパンツを売りに遥々ヘルゲンにきた訳ではない。できることならオシャレを求めて来る客を相手にオシャレを売る商売をしたいのだ。そして贅沢を言うならば、服に彩られる者の器量が高ければ尚良い。
そんな店主からしてみれば、コテコテの戦士風なエドアードなど、またか、という感じなのだろう。まさにお呼びでないのだ。そのやる気のない顔には、脳筋が一体何を買いに服屋に来たんだとでも言わんばかりの失礼な態度が滲み出ている。
だが、
「そっちのに一枚適当に見繕ってくれ。一番安いのでな」
店主はエドアードの後ろから店に入って来た者を見た瞬間、眠そうな目を大きく見開いた。
強面の戦士の後ろから、キョロキョロと周りを見回しながら店に入って来たのは、見たこともないくらい可愛らしいエルフの少女ではないか。
「……そちらのお嬢様が、服を! お求めですか!」
先程の気だるそうな顔に一瞬で生気が宿り、ガタン! と鼻息荒く椅子から飛び上がる。一番安いの、という言葉は店主の頭からは吹き飛んでいた。
そう、店主にもやっとおっさんのパンツを売る以外の仕事が舞い込んできたのだから。
早速店の奥に駆けて行くと、パーティにでも着ていく様な服を何着も持ち出してきた。
「どの様なお召し物をお探しでしょうか!? 御晴れ着などでしたらこちらの様な……」
「……違う。こっちのには旅の防寒具を買いに来たんだ」
エドアードは興奮した様子でペラペラと商品説明を始めようとする店主に釘をさす。
「……ああ、ああ! これは申し訳ありません! 少々お待ちを!」
今度は店の奥からコートを1着取り出してきた。高級そうな黒地に白いボタンとラインがあしらわれた可愛らしいコートであった。スカイリムなどでは余り見ないタイプの服で、強いて言うのならシロディールなどで流行っているものに近いだろうか。
モノとしては相当に良いものだというのがわかるのだが……やはり見るからに高そうだ。
というか、スカイリムじゃこんな洗練されたデザインの服は目立つ。
「これ、高いんだろう?」
「いえいえ! お値段は普段よりもかなりお得になっておりまして、たったのセプティム金貨1枚とレマン銀貨8枚でございます!」
(……やっぱり高い)
エドアードは心の中で愚痴をこぼす。今の手持ちではそう気軽に手を出せる値段ではない。
しかし、街中見渡しても女子供の服を売っているのはここくらいだ。こんなものしか売っていないのなら、あとは宿屋か民家ででも交渉して、町娘のお古でも買い取りに行くしかない。
「そういえば、ちょっとこれ見てみて欲しいんだけど……」
何かを思い出した様に、唐突にノアが口を挟んでくる。そして、パンパンに膨れていた小さなポケットから小袋を取り出してみせた。
「お金とは少し違うけれど……これって使えるのかしら?」
「こ、これは……!」
またも店主が目を大きく見開く。
ノアが小袋から取り出したのは、宝石に細かな細工が施された数々の宝飾品だ。
「と、当店は宝石類の販売買い取りも致しておりますが……」
「ならお願いしていいかしら?」
「し、しかしこのヘルゲン店舗では、金貨の在庫が少々不足しておりまして。銀貨での買い取りとなると、この全てを買い取るのは少々難しく……3つほどでしたら金貨で買い取ることができるかと」
宝飾品に殆ど知識のないエドアードから見ても、それらが高価な品だということは一目でわかる。
普段からそれらを扱うものからすればなかなかのものらしく、それをこんな少女がジャラジャラと持っていることへの驚愕と羨望がひしひしと伝わってくる。
「なら、それで良いわ」
ノアは軽く返事をする。
「で、ではそこで鑑定をお待ちください」
そそくさと店員は店の奥に引っ込んでいき、しばらくして戻ってくる。
「鑑定の結果なのですが、この宝飾品等はセプティム金貨26枚で買い取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「に、26枚だと?」
エドアードは思わず声を上げてしまった。金貨26枚分とは、一般市民が年間必死に働いて稼ぐよりも多い金額だ。女のノアならば、慎ましく暮らせば数年は不自由なく暮らせるだろう。それも宝飾品はこれだけではないのだ。全て売れば一体幾らになるのか?
(おい、これ、何処から持ってきた?)
何を驚いているのかとキョトンとするノアに、店主に聞こえない様に小さな声で話す。
(サルモールから逃げてくる時に、今までにくすねてた分と一緒に盗ってきちゃった。役に立つかなって思って)
「あの〜、お客様。先程も申し上げたのですが当店少々金貨が不足しておりまして……。そこでご相談なのですが、金貨24枚お支払いし、先程のコートとその他のもの計金貨2枚分お買いもの頂くというのはいかがでしょうか?
もちろん、こちらの都合ですので勉強させていただくのですが……」
チラリとノアはエドアードの方を伺ってきた。
エドアードは少し悩む。
目立つ格好など以ての外だ。……だが、ただ歩くだけでもノアの美貌は物凄く目を惹く。街中で既に多目立ちもしたことだし今更なのだ。それに、どうせ自分がノアの面倒を見るのは一先ずの安全圏に連れて行くまでだ。そう決めている。それまでは守るが、その後は知ったことではない。
「お前の金だ。好きにしろ」
嬉しそうな表情を浮かべたノアは商品を選んでいく。
しかし、少女がサルモールに護られてこんな僻地に来るなどというだけでも怪しいというのに、次にはこれだ。
ここは一般人ならば残りの釣り銭は銀貨での支払いを求めるのだろうが、高いコートを買った挙句に他の高級な商品まで買い始めた。金貨の1枚の価値がどうだとかはまるで気にしていないのだろう。
この少女は一体何者なのか?
市井を観察する様子からして明らかに浮世離れしており、この今の様子を見る限りは金銭感覚がぶっ飛んでるというよりは「無い」といった感じだ。それに日常的に豪奢な宝石や見事な装飾の小物に囲まれて過ごしていたようなことも言っている。
(サマーセット貴族の子女? いや、サルモールが権力を握って以降貴族は力を失い王族は追放されたはずだ。……でも、それなら色々納得がいくのも確かなんだが)
やはり、サルモールからの追っ手が気になる。この街から早く離れることを優先すべきではあるのだが、落ち着ける場所に着き次第、事情を聞くべきか。
短い付き合いになるだろうとはいえ、自分が何に首を突っ込んでしまったのか、少々面倒だが知らぬ振りをするわけにもいかなくなってきた。