縮尺の計算式だとか倍率の根拠だとかもそのうち載せようと思っています。
ギィ、と音を立て扉を開けると、ようやくランタン以外の光が暗闇を切り裂いた。
暗闇になれた目にチカチカとチラついて、二人は貧血になったような感覚に襲われる。
「わあー……」
外だ。
トンネルに入る前には傾きかけていたくらいの日が、既に綺麗な夕焼けとなっていた。崖の淵に建設された北監視所は見晴らしが良く、ノアは興奮気味になってエドアードのマントを引っ張った。
「ねえ、ねえ、見て! 夕焼けよ! ……空よ!」
エドアードは、それに少しめんどくさそうに答える。
「このくらいの場所はスカイリムにはいくらでもある」
「うん。……でも、私は知らないの」
しかし、それでもノアはため息つくように言った。軟禁生活の長かった彼女からしてみれば、こういった光景の1つ1つが貴重なのだろうか。興奮が徐々に静かな感嘆へと変わっていったようで、しばらく静かに夕焼けを見つめ続けた。
かく言うエドアードも、そんなノアを見ていると少し感慨深い気持ちになって、つい目の前の光景に見入ってしまう。
「これが、スカイリムなのね……」
しかし、次の瞬間にはギョッとさせられた。
ノアのぱっちり見開いた青い目から、大粒の涙が溢れ落ちていたのだ。
「お、おい?」
「……違うの。夕日が綺麗で、それで、でも……」
ノアはそこで言葉を切って、静かに夕日を眺め続けた。夕日に照らされ、頬に涙を伝わせるその姿が、まるで美しい宗教画のようにさえ思えた。
しかし、そんな奇跡的な光景も長くは続かなかった。ノアはヒックヒックとえずくようになると、やがて決壊したように、わんわんと泣き始めたのだ。
今日一日にあったことが、今更になって津波のように押し寄せてきたのだろう。ノアは掴んでいたエドアードの外套に縋り付くように顔を埋め崩れ落ちた。
エドアードは抱き寄せも突き放しもしなかったが、ただ黙ってそこに立っていた。
────
結局、二人はそこで隠れるように野宿することになった。
古びた監視所の内部は吹きさらしのようになっていて、寒さを凌ぐには物足りない。だが風雨を凌ぐには十分なので贅沢は言えなかった。
パチパチと焚き火の爆ぜる音が監視所の中に響いていた。あの後、一頻り泣いたノアは泣き腫らした目に少し憂いを帯びた表情で、静かに、ジッと炎を見つめていた。
「……もう何年前かしら」
エドアードが口を開くタイミングを伺っていた時だった。
ポツリと、ノアが呟いた。
「私はヴァレンウッドの森にお母さんと暮らしてたの」
エドアードの疑問を察してなのか、それとも聞いて欲しかったのか、ポツリポツリと自身の身の上の話を始めた。
「私にはお父さんがいなかったわ。住んでたとこも小さな小屋みたいなとこだった。ボロくて、狭くて。
……でも、なんの不自由もなかったの。お母さんが一緒だったもの」
ノアは母との穏やかな暮らしを、覚えている限り語った。
森で草花と戯れ、遊び疲れたら母の膝の上で眠る。子供らしい、愛に溢れた日々。森での思い出を語るノアは幸せそうで、空気など読めなそうなエドアードもその時ばかりは静かに聴いてやっていた。しかし。
「……でも、あいつらが来た」
そこで、ノアはその綺麗な顔を歪めた。
森で平和に暮らしてノア達母娘は、ある日突然現れたサルモールに連行され、引き離されてしまったのだ。
そこからの暮らしは、とても不可解なものであったという。
サマーセットに連行されたノアは軟禁され、母を含むあらゆる人間との接見を制限された。しかし、それ以外には殆ど不自由のない暮らしを与えられたのだという。
部屋は軟禁部屋とはいうものの豪奢な装飾で彩られており、着る服も食事もまるで王侯貴族のようなものが用意された。娯楽などは許されなかったというが、監視も兼ねた侍女によりマナーや刺繍などその他貴族女性を育てるような教育も施されたという。
「何故奴らがそんなことをする?」
エドアードにも、あまりに不可解であった。
ノアが何かサルモールに都合の悪い存在だとしたらさっさと殺してしまうはずだし、そうでなくとも金のかかる暮らしや教育を与える必要などないはずだ。ノアが追放されたという王族の係累であったりする可能性も考えたがそれなら尚更邪魔な存在だろう。国内のサルモールの反対勢力の旗頭になりかねないし、軟禁程度で済ますにしても、もっと粗雑に扱われるだろう。
「……わかんないわよ。こっちだってぜんぜん意味がわからなかったわよ。お母さんとは会わせて貰えなくて、何年も経っていって……」
エドアードが思考と想像力の迷宮に囚われそうになったところで、ノアはまたうずくまるように泣き出した。
「私、お母さんがどうなったのかも知らないの。会いたい。お母さんに、会いたいよ」
エドアードはもっと聞きたいこともあったが、スンッスンッと漏れ出る嗚咽が、それ以上のことを聞くことを憚らせた。
エドアードは内心でため息を吐くしかなかった。
──
やがてノアは泣き疲れたように眠ってしまった。
エドアードは見張り番をしながら、これからのことを考えていた。
(だいたいの事情はわかったが……これから、どうする?)
エドアードは内心サルモールも子供一人に逃げられたくらいなら追跡を諦めてくれるのではと期待していた。しかしノアの話を聞く限り、どうもサルモールは追ってくるような気がする。ノアがサルモールの何らかの機密に関わる存在であることは間違いないだろう。それも、外に出すのが都合が悪いような。
……下手をしたら、サルモールの要請で帝国からも追われる可能性もあるかもしれない。
その可能性を考えると、やはり早く帝国の勢力圏内から出ることを優先すべきだろうと思い至る。ストームクロークにしろホワイトランにしろ、他の独立勢力はどこも反サルモールの立場を取っているのでそう簡単に追っては来れまい。このまま道なりに北に抜け、独立勢力のホワイトラン地方に行くべきなのだろう。
「ふう……」
これからの方針が決まったところで、エドアードは少しため息を吐く。
似合わない同情などして気まぐれに助けたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった。殆ど宛のない旅で急ぐことはないとはいえ、自分にはやるべきことがあるということに変わりはないというのに。
この後悔もまた、エドアードの内心だった。エドアードは舌打ちをする。
ノアはホワイトランに着いたら置いていけばいい。そこまでしてやれば義理は果たしたことになるだろう。だがその後も追われる身になってしまったことに変わりはないのだ。それに、ノアを送り届けるまでは旅の速度も落ちてしまうだろう。
「……つくづく、嫌になる」
何に対して言ったのか、エドアードは天井を仰ぎ見るようにポツリと呟いた。
その声は煌々と燃える炎に焚べられたように、爆ぜる火の粉の音に掻き消された。
──
「…………ん」
翌朝、差し込む明かりにノアは目を覚ます。ぼんやりとした頭で身体を起こすと、ハラリと布が肩から落ちた。……エドアードの外套だ。
寝惚け眼で辺りを見回すと、出入り口付近で座ったまま眠るエドアードがいた。殆ど寝ずの番をしていたことを察して、ノアは少し申し訳なく思った。昨日は言うだけ言って、さっさと自分だけ眠ってしまった。
──そして、このマントに縋り付いて泣いてしまったのだ。
途端に、ノアは首の下から頭の先まで何かがせり上がってくるようになって、顔が真っ赤になった。
(ち、違う違う! そういうのじゃないんだから! エドって、ぶっきらぼうだし! 乱暴だし! ……お尻叩くし!)
ノアはブンブンと顔を振って目を覚ます。しかし自分にかけられていたマントのことを思い出してしまう。
(……でも、昨日は助けてくれたんだよね。たまにこうやって優しいし……)
チラリとエドアードの方を見ると、静かに目を瞑ったままだ。寒くないのかと思うが、鋼のような肉体がそれを跳ね返しているのだろう。
その逞しい肉体を見てノアはまた少し熱に当てられたように頬を染めると、ぶかぶかのマントに自らを包むようにする。
(……あったかい)
意外と臭くないだとか、こんな大きな身体なんだとか思っていると。
「……おい」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
声が飛んできて、ビクリと震える。
慌てて出入り口の方を見ると、エドアードが目を覚まして、ジッとノアの方を見ていた。
「なにをしてるんだ?」
「さ、さささ寒いから! 包まってもう一眠りしようと思っただけよ!」
「……二度寝してる暇なんか有るわけがないだろう。馬鹿なことを言ってないで、さっさと起きろ」
エドアードはぶっきらぼうに言うと、ノアからマントを剥ぎ取ってしまった。
「……もう、なによ! さあ、さっさと行きましょう!」
内心残念に思っている自分が何とも認めがたく、ノアは怒ったように言う。それからパチンッと一つ寝惚けた顔を叩いて立ち上がった。
「……どうかしたの?」
エドアードは少し意外そうな顔でノアを見ていた。
「いや、何でもない」
エドアードはそう言って立ち上がると、バサリとマントを羽織った。
────
ノアとの旅は、かなり遅々としたものになるだろう。
エドアードはそう考えていた。旅に慣れていないノアに合わせる必要があるからだ。
しかし、ノアは意外にもエドアードに着いてきていた。かなり無理をしている感じは否めないので、エドアードが折を見て休息を入れる必要はあったが。それでもしっかり歩いていた。
昨晩のことは切り替えているようで、気丈なものだとエドアードは内心で感心していた。
……監視所から直ぐ下の街道に出るためには少し崖を伝う必要があったので、抱えて飛び降りた時は流石にかなりの文句を言ったが。
「お前、この後どうするつもりだ」
昼を過ぎた頃。川のほとりを道なりに歩いていた時だった。エドアードが言った。
「この後って?」
ノアは意味がわからなかったのかキョトンとする。
「俺がお前を守るのはサルモールの手が届かなくなるホワイトランの街までだ」
「あ……うん…………そうよね。ホワイトランまでよね」
ノアはほんの少し落胆を露わにしたような顔をして俯いたが、やがて納得したように言った。まるでお前を捨てると宣告された仔猫のようで、エドアードは少しやりにくかった。
しかし当然のことなのだ。ただでさえ旅の計画は狂っている。エドアードからすればここまでで十分良くしてやっているのだ。だからホワイトランがどんなにいい街だとしても、美しいエルフの少女が一人で生きていくことがどれだけ難しく、そして碌な末路辿れないことがわかっていても、知ったことではないのだ。
「……そうだ! お父さんよ、お父さんを探すわ!」
エドアードが誰に言っているのかわからない言い訳を心の中で呟いていると、すっかり沈んでいたノアが途端に明るい顔になって、名案を思いついたように言った。
「お前、親父はいないんじゃなかったのか?」
「そうよ。でも、昔お母さんが言ってたの。私のお父さんは凄く強いノルドだったって。ノルドなら、きっとスカイリムのどこかにいると思うの!」
エルフの父がノルド、というのは特におかしなことではない。人種が違う場合、子供はハーフではなく母親の人種的特徴を受け継いで生まれるのだ。個人差もあるが父親の人種的特徴の継承は限定的というのが常識だ。
エドアードも、母親がノルドで父親はシロディール地方の|帝国人(インペリアル)であった。髪が黒いのは父のそれを受け継いだのかもしれない。
しかし、ノルドだからスカイリムにいるというのは安直だろうとエドアードは思った。こんな少女がスカイリムで静かに暮らすどころか父親探しの一人旅などすれば、一体どんな目に合うかなど火を見るより明らかだろうとも。
「顔くらいは知ってるのか?」
「ううん。私が生まれる前にしょうがない理由があって離れ離れになっちゃったんだってお母さんが言ってたわ。でも、いつか必ず会いに来てくれるはずだって、絶対私たちを見つけてくれるって言ってた!
……うん、そうよ。私たち何年も閉じ込められてたし、きっとお父さんも見つけようがなかったと思うの。
なら、私から迎えに行けばいいのよ! たぶん私ったらお母さんにそっくりだから、きっと会えばすぐにわかっちゃうもの!
それに、お母さんが捕まってるのを知ったら、きっと一緒に助けに行ってくれるもの!」
ここまで妻と娘をほったらかした男が、今更サルモールに追われる娘を養ってやるとも、サルモールに攫われた妻の救出に乗り出すともエドアードには思えなかった。だいたい、ノアはもう何年も母を見ていないというのだ。生存さえ怪しい。
……だがそれを口にしてしまうと、少女の最後の希望を砕いてしまう気がした。
優しい母は生きている、まだ見ぬ父はきっと自分達を愛している、自分にはきっとまだできることがある、という。
だからエドアードは何も言わなかった。
その無垢を眩しいように思ったからか、それともこれ以上ノアと言葉を交わし聞いていたら、何か変な心変わりを起こしてしまいかねないからか。
「……ああ、見つかるといいな」
「うん! えへへ」
エドアードはそれだけ呟くと、そのまま静かに歩みを進めた。初めてエドアードから得られた同意にノアの顔が輝いた。
だが、エドアードにはそれが虚勢のように見えて、どこか後ろめたくてたまらない気分になった。
ホワイトランの壁の中には住み心地の良い安寧があって、それが少女を無謀な幻想から覚ましてくれることを祈るしかない。そう思うしかなかった。
────
そうして北を目指すこと数日が経った。
道なりに細い街道を歩いていると、二人は川のほとりの小さな村に辿り着いた。
その村の名前は、『リバーウッド』である。
※そういえば、僕が手書きしたスカイリムの地図はフリー扱いにしますので、許される範囲で好きに使ってもらって構いませんよ。正直どこまで許されるのかはわからないので、自己責任でお願いしたいですが。
そのうちまっさらな白地図verも載せときますので。